番外編① 解くものは解けない・後編
『君に問う』
『答えられることは答えるよ』
ゲアルゲルガは今日も伝言用魔導具でガナーシャに質問していた。
『悪魔とは何か?』
『難しい事を聞くね』
ガナーシャはよく知っていた。
本で得た知識は勿論のこと、とにかく人の話をよく知っていた。
『これは勘だけど』
ガナーシャはよく勘で答える。
だが、それは多すぎる位の事実と、人の言葉、そして、論理的にも理由付けをされていて、矛盾を探す方が難しいくらいだった。だが、それでもガナーシャは勘だという。
だからガナーシャの頭の中にはありとあらゆる可能性が想像されていた。
絶対はないと沢山の糸を垂らし最も太い糸を見せてくれるのだ。勘だと言いながら。
『自分であり、自分ではない、自分』
そして、ゲアルゲルガの想像を超える答えを投げてくることがあった。
それは、『賢い』とはまた違う答え。
ゲアルゲルガの知らない答え。
時折、ガナーシャはその答えの理由を教えてくれない。
『勘だよ』
それだけで終わらせる。
そして、ゲアルゲルガは考える。
その答えを解き明かそうと考える。その時間がゲアルゲルガの楽しみの一つだった。
もう一つの楽しみ。
『じゃあ、僕から質問』
ガナーシャからの質問もゲアルゲルガの楽しみだった。
『最近何食べた?』
何気ない質問。ゲアルゲルガにとっての難問。
初めて来た質問はこれだった。
『好きな食べ物は何?』
ゲアルゲルガは悩んだ。
(好きな、食べ物、だって……!?)
ゲアルゲルガは困った。
食べ物は勿論食べる。土人形に命じれば美味しいかはともかくセア島にある材料で作れるものならば作ってくれた。
だが、
(好きとはどのくらいのことを好きであれば好きと言えるのか。何をもって好きというのか味か見た目か名前か、はたまた、味にしても)
ゲアルゲルガは考える。ガナーシャが求めているものは何か考える。
三日三晩考えた頃にガナーシャから再び伝言が届く。
『ぱっと思いついたものでいいんだよ』
ゲアルゲルガにとって、それは、衝撃だった。
呪いの子と呼ばれた彼が、まだ外に居た頃は一挙手一投足が睨まれていた。
『正解』を見つけなければ、物凄い顔で睨まれた。
そして、『箱』に入ることになってゲアルゲルガは気付いた。
(そうだ。答えを見せなければいいんだ。そして、見なければいいんだ)
自分の行いが正解かどうかわからない以上、答えを投げかけることも正解を確認することもしなければ苦しくないとゲアルゲルガは気づいた。
だから、『箱』から出ることはなかった。
心も身体も見せなければ傷つかないから。
『ぱっと思いついたものでいいんだよ』
思いついたものを言葉にする。
それは、恐怖だった。
ゲアルゲルガの中にいた話し相手がぎゅっとゲアルゲルガの喉から手を伸ばし口を塞いだような気がした。
でも。
気付けば、ゲアルゲルガは言葉を送っていた。
『ンセカの実』
ンセカの実は、セア島でよく取れる青い実だった。
それがゲアルゲルガは好きだった。
ゲアルゲルガは震えていた。
怖かった。
正解かどうか正解かどうか。
ガナーシャの答えを待つ。
ちかちかと輝く。
覗き込む。
『ンセカの実かあ。味が濃いから僕は苦手なんだけど、ゲアルゲルガは好きなんだね』
違った。
ガナーシャは好きではなかった。
ゲアルゲルガは慌てて文字を送る。
答えるんじゃなかった答えるんじゃなかった。
失敗した。
『ごめん』
今度はすぐにちかちか輝いた。
『なんであやまるの?』
ゲアルゲルガは震えている。言葉を紡ぐことに震えている。
『ガナーシャは、きらいだったから。間違った』
ちかちかとすぐに輝く。
『間違ってないよ』
『ゲアルゲルガは好きなんでしょ』
『ゲアルゲルガが本当に好きだと思っているなら正解だよ』
正解だった。
正解を知った。
正解がとけた。
ゲアルゲルガはそんな気がした。
それは恐怖だった。
箱が壊れて曖昧になる感覚。
それは喜びだった。
外が流れ込んで世界が広がる感覚。
ガナーシャは言葉をどんどんと流し込む。
ゲアルゲルガの知らない世界を。
『僕はね、ビュナカの【反乱】という名の酒が好きなんだ』
『【反乱】? 美味しいのかい?』
『安酒で、王国では馬鹿の水と呼ばれている』
『馬鹿の水? それ、大丈夫』
『大丈夫。ちゃんとした酒だよ。色んな酒をちびちびやったけどさ。【反乱】が僕は一番好きなんだ』
『何故?』
『うーん、難しいね。理論立てて言う事も出来るけど』
『けど?』
『答えがなければ好きになっちゃいけない気がするから、なんとなくと言っておくよ』
その時、どろりと何かがとけて、ゲアルゲルガは思った。
『外を見てみたい』
気付けばその言葉を送ってしまっていた。
伝言用魔導具を強く抱きしめていたから。
慌てて何か取り消しの言葉を送ろうとするが手が動かない。
ちかちかとひかる。
『出よう』
言葉が届いた。
その日、ゲアルゲルガは外に出ることを決めた。
だが、未だにゲアルゲルガは『箱』から出ていない。
ガナーシャから送られてくる悪魔や呪い、その情報を受け取り、自身の呪いを解き、世界中の呪いを解く答えを探していた。
箱の中には土人形が書いてくれた無数の情報が並べられ、それを元にいくつもの『勘』が並んでいた。
ゲアルゲルガはガナーシャや、ガナーシャから紹介された仲間を通して世界を知った。
彼らの話が時に面白く、時に羨ましく、時に悲しく、時に幸せだった。
そして、外の世界に出た自分がどうなるかを想像する。
それは恐怖。
答えのない恐怖。答えのない幸せ。曖昧なこたえ。
ゲアルゲルガは気づいていた。自身の呪いがとけかけていることに。
とけて自分の中で混ざり合い始めていることに。
「悪魔は偶数を好む、か……。好むじゃない。客観的な事実だ。それが好きかどうかは想像でしかない。それに、偶数を望むのは悪魔じゃない。それは……」
ちかちかと伝言用魔導具が輝く。
『ゲゲ! 新しい発見だ! リアのはリアじゃなかった! あれは、愛だ!』
おじさんのおじさんなりの言葉にゲゲは分からないという顔をする。
そして、分からないから笑う。
『分かった。ガナーシャ、いつか行くよ』
『いつでも待ってるよ、ゲゲ』
それはある日のガナーシャからの質問だった。
『君はこれからどうしたい?』
ゲアルゲルガは答えた。
『自分を知りたい』
その日、ゲアルゲルガは『ゲゲ』という愛称と、『支援孤児』という『箱』に入れてもらった。
ゲゲは、自分の腹に刻まれた【怠惰】の契約印を見る。
そして、それを一撫ですると、寄り添う土人形たちと一緒にそうぞうした作りかけの『空飛ぶ土人形』を見る。
誰かが馬鹿な事をというかもしれない。
落ちて怪我をするかもしれない。
世界を変えてしまうかもしれない。
それでも、ゲゲは震えながらもそれを作り続ける。
まだ見ぬおじさんの顔を見て、
「こんな顔だったんだ」と答え合わせをして笑うために。
本編で名前しか出てない【解くもの】のお話でした。
頂いた番外編では活躍できそうなので一発目に。
悪魔と呪いの研究をし続ける頭脳派。ずっと箱の中からガナーシャを助け続ける人物です。
次回は、リアの黒い子のお話の予定です。




