最終話中編 おじさんは、死ねない
ガナーシャはじっと見ていた。
崩れた瓦礫の下、彼女なら絶対に生きていると確信しているから。
がらと音を立てて瓦礫がどかされていく。静かに丁寧に。
そう言えば、玩具の片づけが妙に好きだったなとガナーシャは少し笑う。
玩具の片づけが得意な少女だった魔王はボロボロの姿を現す。
「流石、ガナーシャさん。すごかったよ、さっきの一撃。でも、やっぱり私は倒せない」
「僕は弱いからね」
「ネプレステラの時みたいに斬れば殺せたかもしれないのに」
「殺す必要はないでしょ?」
「本当にそう思う?」
ガナーシャとリンは見つめ合う。
それに呼応するようにガナーシャの全身の契約紋とリンに刻まれた二つの契約紋が妖しく薄く光る。
「もう策はないでしょ?」
「ないかもね」
「ガナーシャさん……ころしてあげるね」
「大丈夫」
リンの言葉にガナーシャは笑う。
「死なないよ」
ざんと足音がした。
すると、通り雨のように足音が降り注いだ。
そして、二人を見つめる『子どもたち』が現れた。
「みんながいるからね」
その『子どもたち』の多くが強者であり、英雄と呼ばれる者も国の重要人物も世界の歴史を変えた職人もいたが、みなが等しく、『おじさん』を慕っていた。
「ガナーシャさん! 【アシナガの子】10名! 馳せ参じました!」
白と黒の混じった髪の青年が先頭に立ち叫ぶ。
その後ろにはずらりと並んだアシナガの子達。
「よかったっ……間に合った、ようですね……!」
「おつかれ、アクア。あとは、お姉さんたちに任せておきな」
「ん」
「だっはっは! お姉さんぶるなよ!」
「ジュリ、アシナガ様よ、うれしいね」
「ジュラ、アシナガ様ね、うれしいわ」
「ふわああ……さあて、稼ぐかあ」
「あのぅ……何故、わたし連れて来ちゃったんですかぁ? 全部ぶっこわしちゃいますよぉ……?」
「シャラクさんっ! 例の武器ですっ! 呪いも込めておきました」
「おう、助かる」
相変わらずな様子と成長した姿にガナーシャはうっすらと涙をにじませてしまう。
「みんな……シャラクまで」
呟くリンの視線の先にいた青年は、メラから受け取ったカタナを持って深く腰を落とし構えると、目にも見えぬ速さでカタナを抜いた。
「空断」
巨大な魔力の斬撃。
それがリンを襲う。
「くっ……!」
紙一重で避けたリンを通り過ぎた斬撃は何も破壊することなくふわりと空に溶ける。
「流石……破壊を司る【破壊者】ね……!」
「リン、もうやめとけ。……あの時とは違う。お前は勝てない」
「……だね。わかったわ。降参よ、降参。悪魔達も私が殺されたくはないだろうし」
リンが手をだらりと下げてボロボロの身体でゆっくりとシャラク達に近づいていく。
ガナーシャの傍に降り立ったアキがふらつくガナーシャを支える。
「アキさん、みんな呼んでくれてありがとう」
「もうほんとガクガクブルブルですよ! みんなワタシに殺気飛ばしながら近づいてきたんですから! 悪魔の【色欲】を蟻よせの砂糖みたいに使わないでくださいよお! は! まさか……これも計算に入ってたんですか? 入ってたんですね! もう! もうですよ! アナタは! 本当に! もう!」
アキの言葉に苦笑いを浮かべながらガナーシャは近づいてきたリンに言葉を掛ける。
「リン」
「ガナーシャさん……ねえ、ガナーシャさん、教えてよ」
リンは足を止める。だが、もう攻撃する意思はないようで手は下げたまま。
「なんでまた支援孤児を始めたの?」
悲しそうに笑いながら。
「もう支援孤児はしないと思っていたのに」
嬉しそうに泣きながら。
「わたしでいっぱい泣いてくれたからしないと思っていたのに」
怒ったように驚いたように不思議なようにガナーシャに問いかける。
「支援孤児である私が魔王になったからしないと思っていたのに。ねえ、なんで?」
ガナーシャはもじゃもじゃの赤茶髪を掻きながら、アシナガの子達が駆け寄っていく3人の、リン、ケン、ニナ、新しい支援孤児たちを見る。
そして、少しだけ身体をかがめ、リンと目を合わせ応える。
「ただのおじさんの我儘だよ」
少し気恥ずかしそうに、それでも、リンの目を見てガナーシャは答える。
嘘偽りのない気持ちを、まっすぐに。
「笑っている子は多い方がいい」
そう言ってガナーシャは笑った。
その顔を見てリンは目を見開き、俯いて笑う。
「そう……やっぱり、ガナーシャさんはガナーシャさんなのね」
「リンも、リンだよ」
「え?」
「魔王になろうと、英雄になろうと、何気ない日々を穏やかに暮らす人だろうと、どんな運命を辿っても君は君だ。そして、君も、ここにいるみんなも……僕の支援孤児、僕の家族だ」
「そんなこと、言った事なかったのに……」
「年を取ったせいかな。そういう覚悟も決まったんだ」
「そっか……じゃ、あ……! あ、あ、が、うぎ、ぐぐぐ……」
リンが全てから解放されたように笑ったその時、契約紋が妖しく輝きその黒い光がリンを包み込む。
「リン!」
「待って! 勝手な事しないで! 私は……私は!」
リンが自分を包む黒い光に必死に話しかけるが黒い光はどんどんと強くなり、リンとその周りが黒く輝いている。
「転送系魔法!? まさか、【強欲】で手に入れたのか! ミクサ!」
「駄目! 間に合わない! 〈転送〉を妨害すれば、最悪リンがぐちゃぐちゃになっちゃう!」
シャラクがミクサに視線を向けるがミクサはリンを包む黒い光を見て首を横に振る。
ガナーシャはリンに向かって駆け寄り、叫ぶ。
「……リン! また会おう! 一緒に君の中の悪魔と戦おう。忘れないで! 君の中に、君の悪魔と一緒に戦う僕がいることを!」
「……うん! 私、頑張るから! 生きるよ! また、ね」
「リン!」
「うん! ガナーシャさん! だいすき」
リンは笑って光に消えていく。
ガナーシャは、必死に笑っていた。彼女がさみしくないように。
「消えた、か」
ガナーシャは一言呟くと、すぐに顔を上げて動き出そうとしたその時だった。
「三人の英雄候補の治療を!」
「オイラが!」
「呪いの影響がないか、あたしが見ますっ!」
「ジュリジュラ! 魔力探知で出来る限り調べろ! リンがどこに行ったか! 全力で追う!」
「生産系を中心に、この場の修復を! けが人がいないか、強力な魔力波によって影響を受けた人間がいないか調査を!」
「声、拾うかも! 連絡はお任せを!」
「見せてやろうぜ! アシナガの子の力を、この人に!」
「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」
『子ども達』が動き出していた。
ガナーシャは彼らの成長に驚きながらゆっくりと腰を下ろす。
それを視界の端で捉えた子供たちはふわりと笑い、また、動き始める。
気付けば、アキがガナーシャの傍に近寄ってきていた。
「大丈夫なんですか? あの人放っておいて。あれだけの力あったら、仲間増やして世界征服とかしてばんばん人間殺されるんじゃ……」
「大丈夫、死なないよ。彼女は仲間を作らない。自分だけを見て欲しいから。そして、彼女は人を殺せない」
「は?」
「彼女の中でまだ僕との約束が残っているらしくてね。彼女が殺せるのは、僕だけなんだ」
「え? は? は?」
「あ、悪魔は殺せるよ」
「はぁあああああ!?」
「全く……言葉ってのは呪いであり、祝福だね……」
「ガナーシャ、さん……? ガナーシャさん!!」
アキの叫びに反応し、文字通り飛んできた子供たちがガナーシャの名を呼ぶ。
「ちょっと! ガナーシャ!」
「おい! ガナーシャ! ガナーシャぁああ!」
「ガナーシャさん! お父さんお父さん!」
その中で、自分を我儘にさせてくれた新しい子供たちの声が聞こえた気がした。
感謝を心の中で呟きながらガナーシャは深い眠りについた。
お読みくださりありがとうございます。最終話です! 早ければ今日完結。明日には必ず!
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