第74話中編 おじさんはまだ死ねない
前話のリンはビュコの貴族たちをぼっこぼこにしましたが皆殺しは改訂しました。
クライマックス焦りすぎて色々修正今後も入るかもしれません。
「リン、落ち着いた?」
ガナーシャは真っ赤に腫らした目で同じように真っ赤な眼のリンに話しかける。
「はい……」
「それじゃあ、これからなんだけど」
「罪を償います。罪を償って必ずガナーシャさんの所に」
「その必要はない」
胸の前で両手を組んで神に祈るそぶりを見せたリンに声を掛けたのは、ガナーシャを呼んでくれた女性だった。
「サファイア様」
「コイツは呼捨てなのに……」
「え?」
「なんでもない! それより、お前が罪を償う必要はない。あの男共は随分とつまらぬ真似をしていたようでなあ。なあ、ヴァルシュ」
サファイアが声を掛けるとゆらりとどこからか白髪の執事が現れ主に向かって頭を下げる。
「は。そもそもビュコの統治も彼ではなく押し付けられた形で別の者が。幸か不幸かそのお陰で安定しておりましたが、先日サファイア様が一喝したことで王都から逃げ出し……」
「なんだ、あの時殴った男か」
「一喝どころか一発入れてるんじゃないですか……」
ガナーシャが頭を抱えると、その横で話を聞いていたリンはおろおろと視線を彷徨わせる。
「あの、結局私はどうしたら……」
「そうだ。ガナーシャ、この娘の罪を握りつぶしてやったのはいわば貸しだ。その分、お前が面倒を見ろ。支援孤児をまたやるのだろう?」
「……サファイア様は貸しが好きですね」
「お前への貸しを増やすのが私の趣味でな」
そう言って笑いあう二人を見たリンはガナーシャに縋りつく。
「ねえ、ガナーシャ。どういうこと?」
「ああ、それはね……」
そして、その後、リンは、ガナーシャが昔手に入れたお金で支援孤児を始めた事、その子達が『アシナガの子』としてどんどん活躍している事を聞く。
「わたしもこれからガナーシャの支援孤児に……『アシナガの子』になれるの?」
「まあ、リンがよけれぶわあっ!」
リンが飛びつくとガナーシャはしりもちをつきながら後ろに倒れる。
嬉しそうにリンがガナーシャの胸板に頭をこすり付ける。
「なるわ! なる! わたし、わたし、ずっとガナーシャと家族になれたらと願っていたの! これでガナーシャと一緒に暮らせるのね!?」
リンが顔を上げ間近のガナーシャの顔を見つめるとガナーシャは困り笑顔を浮かべる。
「あー、それがね……」
「ガナーシャ、つまらん言い訳はよせ。リンだったな。コイツはちょっと今から戦争だ」
「せんそう……?」
リンの不安そうな瞳をじっと見返しながらガナーシャはゆっくりと頭を撫でてあげる。
「魔王の一人がウワンデラを狙っているらしくてな。こいつはこいつの子らと一緒に遊撃隊として魔王を狙ってもらう」
「魔王……」
「そうなんだ……。だから、僕は一緒には居られないんだ」
「ねえ、ガナーシャ。もしかして、白と黒の混じった髪の、シャラクってガナーシャの、アシナガの子?」
リンは思い浮かんだ一人の少年のことを問いかける。すると、ガナーシャは目を見開き、
「そうだよ。よく分かったね、リン。彼を呼びよせたらね丁度ビュコから帰ってきてたから。君が契約者だってことでシャラク達に同行してもらったんだ」
「分かったわ」
「リン?」
リンが決意の目でガナーシャを見る。それは真っ直ぐな目でガナーシャを射貫くようで。
「アシナガの子になる。そして、強くなる。そして、すぐにガナーシャの所に行くわ」
そう告げるとガナーシャは笑って……。
「うん、待ってる。そうだ、これを……」
ガナーシャが懐から取り出したのはちかちか光る伝言用魔導具。
「これはね伝言用魔導具。離れた相手とも文字のやりとりが出来る。丁度シャラクから返してもらってね。これをリン達に渡すよ」
「リン、達……?」
「いやあ、なんか、支援孤児のみんなが立派になり過ぎてね。僕としては普通に幸せに暮らしてくれるだけでいいんだけど……お金が有り余って、今回いっぱい支援孤児を……って、リン?」
気付けばリンが再びガナーシャの胸板に頭をこすり付けていた。
「ガナーシャ。わたし、その中で一番になるから。絶対絶対なるからね!」
「う、うん。あの、まあ、無理だけはしないでね?」
そして、リンは胸に覚えた小さな痛みに耐えながら、ガナーシャと別れ支援孤児となった。
支援孤児としての生活は苦ではなかった。ガナーシャのアシナガとしての支援は十分なものだったし、【黒の館】やビュコの貧民街よりも良いものを食べられているし、それに、大きな出会いもあった。
「アーニャ、じゃなかった、アクア」
「なあに、リン?」
リンと同じように前世の記憶を持つ少女。
彼女に出会えた。彼女はかなり記憶を失っていたし、呪いも消えていた。
だが、ガナーシャの事は覚えていたし、前のリンの事も覚えていてくれた。
二人で励まし合って高めあっていくことはリンにとって嬉しい事だった。
「早くガナー……アシナガさんのところに行きたいね」
「ふふ、そうね、頑張りましょう」
アクアは、本当に優秀で、音に関する魔法を自ら生み出すほどで孤児院にわざわざ王都お抱えの魔法使いが訪れる位だった。
そして、リンもまたそれに刺激を受け、自身の呪いを操り、更に、それなしでも十分戦えるような力を身につけていった。
そんなリンとアクアは早く一人前と認められて、他の支援孤児と共にパーティーを組んで旅に出た。ガナーシャに認めてもらうために追いつくために。
リンとアクアのパーティーは同じ時期の支援孤児の中でも冒険者志望の子ども達が集まっていたのでどんどんと頭角を現していった。
そして、1年もしない内にガナーシャと出会えることとなる。
「ガナーシャ、さん!」
「リン!」
リンがガナーシャに飛びつき頭をこすりつける。
ガナーシャは足を引きずってはいたが元気そうでリンはほっと胸をなでおろす。
「最前線に、来ちゃったんだね」
「うん! 来ちゃった!」
リンたちがキワにやってきた頃にはもう大規模な魔王との戦争は終わっていたが、魔王を討つために、アシナガの子や他の冒険者たちと共に戦いを続けていた。
「わたし、力になれるよ。ガナーシャさんの力に」
「……うん。リン、自分にやれることを、やるんだよ」
ガナーシャの言うことがその時リンは分からなかった。
だが、すぐに理解せざるを得なくなる。
キワでの戦闘は壮絶の一言だった。
昼夜問わず魔物の襲撃があり、パーティーは入れ替わり続け、安全な街まで戻り身体を休める。だが、その間にも魔物の襲撃は続いていることを知っており、心は穏やかではない。
相手の攻撃も、ただの力任せなものではなく、罠、魔法、スパイ、工作、とにかくありとあらゆる手で心を削りに来た。
そんな中で、ガナーシャ達は戦い続けていた。
リンやアクアは強かった。だが、それは比較的平和なウワンデラ国内での話。
そして、その先で守ってくれている者たちがいるからこそ。
『その先』にはリンやアクアよりも強い人間たちがいた。
シャラクもそうだった。
「先生! オレがやるから下がってくれ!」
「頼む! シャラク! 可能な限り動きは封じる!」
シャラクとミクサ。自分たちより先輩の支援孤児二人は誰よりもガナーシャと一緒にいた。
それは、二人が誰より強かったから、ガナーシャは誰より弱かったから。
そして、ガナーシャは誰よりも弱く、誰よりも狙われていたから。
魔王はガナーシャを狙っていた。裏を読み敵を封じ、人を導き寄り添い支え続ける男の存在が何よりも魔王の首筋に刃を立てていると知っていたから。
リンがそばにいられる時間はキワにはなかった。
それでもガナーシャはリンに声をかけに来てくれた。傍に二人を置いて。
リンは、心から強さを欲した。
誰よりも力を求め、戦った。
そして、悪魔達の契約印はそれに応え、リンを強くしてみせた。
代償を求めながら。
リンは強くなった。アクアを置いて、強く。引き留めようとするアクアの手を払い、強く。
リンはガナーシャの傍に居た。それでも、シャラクやミクサよりガナーシャに強さを認めてもらうことが出来なかった。二人の方が強かった。
リンより、強かった。
「来たか……会いたかったぞ。【弱者】ガナーシャ」
「えーと、僕より強い人、いっぱいいるけど?」
ガナーシャ達は魔王の一角、ネプレステラと対峙していた。
ウワンデラに平和をもたらすために避けられない戦いに臨んでいた。
「ふ……我々は【悪魔の猛毒】だと思っているよ。貴様のことを……」
「はははは、参ったな……」
ガナーシャは困り顔でもじゃもじゃ赤茶頭を掻きながら、それでも、指は動き続ける。
誰もがその指の動きに全神経を集中させている。リンもシャラクもミクサも他の冒険者たちも。
「その毒、喰らってやるわ!」
「みんな、大丈夫! 死にはしない、みんなで生き残ろう」
ネプレステラとの戦いは激闘を極めた。
戦いは3時間にも及び、リンたちはボロボロの状態。
それでも、ネプレステラは倒れなかった。
「はははは! お前たちさえ倒せば! お前たちさえ倒せ、ば……!」
ネプレステラは勝利を確信していた。シャラク達さえ倒せば大丈夫だと思っていたから。
「オレたちを倒せば……なんだと思っていた?」
ネプレステラは思っていた。
『シャラク達強者を倒せば【弱者】に打つ手はない』と。
そして、いつの間にか見失っていた。
【弱者】の姿を。
魔力の痕跡が至る所に残り、【弱者】の、ここでは吹けば飛びそうな小さな魔力は簡単には見つからない。そう、例え、
「キワに来て漸くの一撃だよ」
背後でギリギリまで解放させずに我慢していた真っ黒な脚でネプレステラの首を狙っていても。
「その一撃で、魔王の首か。猛毒め……」
そして……魔王の一角が崩れ落ちた。
手に入れた首は大きく、ウワンデラと接する地域から魔物たちは撤退せざるを得なくなる。
その大きな意味を理解している冒険者たちは勝鬨を上げ勝利を喜び合う。
そんな中だった。
一人の少女は、静かに近づいた。
少女の大好きな男だけは気付いていたがすべてを使い果たし、伸ばした手は届くことなくその場に倒れ込む。
少女は手を伸ばした。
男の傍にいる為に。
首のない魔王の身体に手を伸ばし、そして、
「その力が欲しいの。あの人の傍にいる為に」
彼女の中の悪魔が魔王からすべてを奪った。
お読みくださりありがとうございます。これでも大分はしょったのに…。
ちょっと話数は増えるかもですが、絶対に今週末完結させます。よければ、感想や☆評価で良いラストスパート出来るよう応援していただけると嬉しいです。
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