第74話前編 おじさんはまだ死ねない
二度目の生を受けたばかりのリンはまだ弱かった。
リンの理想の、ガナーシャの隣にいる理想のリンに比べて。
リンが巡りの旅を終えて生まれ落ちた場所は、ウワンデラの端。ビュコの街の端にある貧民街だった。
貧民街ではあったが人々は助け合って生きており他の貧民街に比べれば何倍も天国と言える場所だった。だが、リンにとっては、最も愛する人のいないその場所は天国とは言えなかった。
ガナーシャを迎えに行くためにリンは幼い頃から準備を始めた。
身体を鍛え、知識を蓄え、少しでも金を稼ごうと働いた。
前世の記憶を持つリンは貧民街の奇跡と呼ばれ、ビュコでも話題となるほどだった。
そんな折、リンにとって二人目の母親が死んでしまう。
リンも一人目の、【黒の館】に自分を捨てた母親と違い、優しく接してくれた母親の為に頑張ったが、それでも、死んでしまった。
「リン、お前はこれからどうするんだい?」
母親が死んで直ぐにビュコの街を治める貴族の男が聞いてきた。
「旅に出ます。人を探しに」
「人? この街以外に知り合いが」
「はい」
「だが、お前ひとりでは大変だろう? ……どうかな? 支援孤児という制度があるんだ。私が君を支援してあげてもいいんだが……」
男は厭らしく視線を下に動かしながらリンに近づこうとした。
リンは、頭の良さでも評判であったがその見た目も可愛らしく噂になっていた。
リンはまだ幼かったし、その男にも立場があった。だが、リンが美しく成長した頃には、返しきれないほどの、そして、逃げられないほどの恩が積み重なっているだろう。
だから、リンは深々と頭を下げて断った。
「大丈夫です。ありがとうございます」
だが、男はリンのその態度が、女が、遥かに年下が、貧民街の人間が、気に喰わず苛立ちを露にする。
「大丈夫じゃないだろ。お前は何も分かっていないんだ。世界の恐ろしさを」
リンは十分に知っていた。ビュコの街とは比べ物にならないほどの悪意に満ちた、そして、睡眠や食事と同じようにいつも通りに痛めつけられる最悪の場所を、真っ黒なあの場所を知っていた。あそこに比べればここはマシだった。
「……お前がそんな態度なら。私にも考えがある」
ただ、
「貧民街を、潰す」
比べれば、だった。
男の後ろにはいつの間にか、屈強な身体と悪意に満ちた目をしている男達が並んでいた。
貴族の男が命じれば、彼らはすぐにでも貧民街に向かうのだろう。
リンはぎゅっと包帯だらけの腕の先の拳を握りしめ口を開く。
「わかりました」
「そうか、分かってくれたか! やはりお前はかわいらしく、そして、かしこいなあ!」
「アナタは、醜く、愚かですね」
リンはそう呟くとぎゅっと握られた拳の中で黒く輝く契約紋を解放させる。
腕に巻かれた包帯を解いていくとそこには刺青のように黒く刻まれた紋。
「な、なんだその腕は! 気持ち悪い! それに誰が醜く愚かだ! それはお前だろうが! もういい、一度痛い目を見せて分からせてやろう、大人の怖さを」
そして……大人たちを、立ち上がれなくするほどに、誇りも、魔力も何もかも奪い尽くした。
リンは自ら捕まり自分ひとりの仕業だと説明した。
貧民街のみんなが泣き叫ぶ中、リンは魔封縄で縛られ、王都へと連れていかれた。
(こんなのまだ絶望じゃない。あの人なら乗り越えられる。なら、わたしも乗り越えてみせる)
「なあ、あんた、呪い持ちなんだって?」
王都に護送される間、白と黒の混じった髪の冒険者がリンに話しかけてきた。
「ええ」
「呪いってやっぱり苦しいのか?」
「力を使う代償があるから。使えば使う程痛みや苦しみが増すの」
「そうか……」
その冒険者は白と黒の混じった髪をくしゃくしゃと掻きながら悲しそうな目をしていた。
(いい人だな……)
リンはその冒険者を見ながら微笑んでいた。
どこか彼を思わせるその仕草。そして、年齢も彼と、いや、正しくはお別れした時の彼と同じくらいかもしれないくらい若い冒険者だったのもあるかもしれない。
だから、思わず口走っていた。
「でも」
「……でも?」
「誰かがその苦しさを分かってくれるなら、苦しみは和らぐわ。気持ちだけど。それに、痛みや苦しみも慣れていくものなの」
「……あんた、大人だな」
「あなたより年上だもの」
「いや、絶対嘘だろ! 俺は13だぞ! あんたは?」
「……今は、10よ」
「だろ!」
「シャラク。騒ぎすぎ。彼女はまだ分からないのよ。あまり、感情移入しすぎると辛くなるかもよ」
シャラクと呼ばれた少年の騒ぐ姿に見かねて、緑髪の女性が少年を嗜める。
「でも! 先生の為にも知りたいだろ」
「それはそう」
「それに先生だったらこの子にやさしくするだろ」
「それもそう」
そう言って二人は笑いあう。
二人を見ながらリンはあの頃の子どもたちを思い出し『あの人』から遠ざかってしまった苦しさが少し紛れるような気がした。
「ほお、お前が呪いの子か」
牢に入れられたリンにそう声を掛けてきたのは、凛々しく、そして、義手の女性だった。
「だれ?」
「気にするな。それより、お前には二つの道がある。ひとつ、『呪いの子』として危険な存在となる前に処刑される。もうひとつ、私が根性を叩き直す」
「『大人』のいう事なんて聞きたくない」
リンが思い切り皮肉を込めて告げると、女は愉快そうに笑う。
「ほお、面白いな。だが、私はお前のいう事を聞かない。元よりお前に選択肢はない」
「はあ!?」
「お前の根性を叩き直す。楽しみにしていろ」
「ちょっと!」
リンが叫ぶと、女は義手の掌を差し出し見せつける。
「これは私の手だ。人を一撃で殴り殺せる。だが、人を守ることも出来る。お前の呪いなぞ恐ろしくない。使え、自分の持っているものを。あいつみたいにな」
女の顔が柔らかくなった気がしてリンは息を呑む。美しい笑顔だった。
貴族の、彼と同じような品のある笑みだった。
「サファイア様、お客様が……」
白髪の執事が音もなく近づき女に告げる。
「ガナーシャが!?」
「ガナーシャ!?」
女が目を見開き叫ぶと、リンもまた目を見開き叫ぶ。
それを見て女はリンの元に近づき問いかける。
「……知っているのか?」
「お願いします! お願いします! 今まで言った酷い事は全部謝ります! なんでもします! だから……ガナーシャに会わせて……」
リンは牢屋の中で跪き、冷たい床に手をついて頭を下げる。
「分かった。だから、頭を上げろ。子供がそんな真似をするなんてつまらんぞ。ヤツにすぐに伝えよう。ビュコの街のリン、だったな」
「いいえ」
「は?」
屈んだ女と頭をあげたリンの目線の高さが合い見つめ合う。
「【黒の館】のリンが、『かえってきた』と伝えてください。ガナーシャなら、それできっと」
そして、暫くして……男がやってきた。
肩で息をしながら汗をかいて……リンに会うために急いでやってきたと分かる様子で。
リンの記憶の中のガナーシャに比べて年を取ったガナーシャが、そこにいた。
「ガナーシャ……」
「リン……? 僕のことを、覚えているのか……?」
「『死にたいなら首を横に、生きたいなら首を縦に振る事』それが最初の言葉」
「リン!」
「ガナーシャ……! ガナーシャァアアアア……!」
死に別れた二人は再会する。一人は生き、一人は死に、再び出会うことが出来たと二人とも泣いた。
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