第73話後半 おじさんは一人では死ねない
追いかけてくるリンの触手の嵐を逃げて躱しながらアキは並走するガナーシャに訴えかける。
「なんで【強欲】の魔王が、ガナーシャさんを狙っているんですか!?」
「正確には、僕と【巡り】なんだ」
「え?」
「彼女は、【巡り】を手に入れて、僕と永遠に一緒にいることを望んでいるん、だっ……!」
呆けたアキを抱きかかえるように回転しガナーシャはアキがいた場所を通り抜けていく触手を蹴って距離を取る。
「はぁああ!? ま、まさか、ガナーシャさんとずっと一緒にいる為に、二人で記憶を持ったままの巡りを行えるようになろうとしてるってことです!?」
「そのまさか……っていうか、そういうのペラペラしゃべって良いの?」
「【巡り】持ちでしかも、巡りと少しでも通じ合える人に話してなんの問題があるんですかってのお!」
「あー、なるほど」
ガナーシャの腕の中で涙を溢しながら怒り狂うアキにガナーシャは苦笑いを浮かべながら、走るよう背中を押す。アキは恨みがましそうな目を向けながらも必死で逃げ出し始める。
「ででででも、彼女は【巡り】を奪えるんですか?」
「【強欲】と【嫉妬】で僕の呪いを自分のものにしようとしているらしい」
「もぉおおおお! メチャクチャですよ! そんなのぉおお! 悪魔の掟全部無視してるじゃないですかあ! でも、どうやってぇええ!?」
ガナーシャは後ろをちらりと見ると、街に仕掛けていた罠を発動させる。
魔力阻害の煙があたりに充満し始める。
「どうやら僕が死にかけると巡りが僕を守ろうと出てくるらしくてね」
「はあ!? どんだけ【巡り】のお気に入りなんですか!? ガナーシャさん」
「初めて彼女を撃退した時はとんでもないことになったらしいんだ」
「と、とんでもないこと、というと……」
リンが強引に煙を吹き飛ばすその一瞬前にガナーシャの魔力を切欠に、矢が飛び出して行く。だが、矢はリンの触手に全て掴み取られ、『リンのもの』となり、投げ返される。
ガナーシャ達の前方に突き刺さり行く手を阻む。
ガナーシャとアキは振り返ってリンを向かい合う。
「えーと、キワの魔王城が半壊、僕は十数日寝たきり。彼女は半身を失った」
「失ったはずの半身ありますけどお!? あああ、何があったか想像したくない。そんなレベルの【強欲】持ちと戦いたくない! なんでワタシがあんなのと遭遇してんだあ!?」
「だって、多分、君とあの子なら相性がいいはずだから」
ガナーシャの言葉を聞いてアキは顔を真っ青にしながら震える唇を開き、叫ぶ。
「あ、あ、あー! ガナーシャさん、もしかして……わざと今日に合わせました? ワタシをあの魔王とぶつけようと」
「うん。だって、子ども達は巻き込むわけにはいかないし。他の皆は忙しそうだし」
「ガナーシャさぁああああん!」
あっけらかんと言うガナーシャにアキが飛びつくと、ガナーシャは赤茶のもじゃもじゃ髪を掻きながら困ったように笑う。
「アキさんと二人ならなんとか出来ると思って」
「……!! そ、そんなこと言われても嬉しくないんですからね!」
アキのちょっと嬉しそうなその様子に、触手の攻撃を止めたリンが微笑みながらガナーシャに語り掛ける。
「ねえ、ガナーシャさん。その女は駄目だよ。ふしだら。胸が下品。わたしのほうがかわいいでしょ?」
「誰の胸が下品だああああ! 上品下品どころかその品も胸もない女がぁああ!」
リンがにっこりと微笑む。
「……殺すね」
「あーあ」
「ああー! もう! わかりましたよ! こっちだって悪魔の意地見せてやりますよ!」
ガナーシャの呆れた顔とリンの笑み、両方をぶんぶんと首を振りながら見ていたアキが涙を零しながら魔力を高め始める。
ガナーシャと比べれば圧倒的な魔力を身体に纏いながらアキは詠唱を重ねていく。
リンも流石にその魔法を警戒してか触手の数を増やし、半分を使って襲い掛かる。
「〈蠱惑蝶〉」
アキがそう呟き紫色の魔力をまき散らすと、周囲に本物の蝶と見間違えるほどの魔力の塊が次々と浮かんでいく。
リンの触手はアキやガナーシャに届く直前で方向を変え、紫色の蝶に襲い掛かる。
「……!」
「ふふふ、この蝶を消さない限りは、ワタシ達に貴方は攻撃できませんよ。それと……」
紫色の蝶が潰れると鱗粉のような紫の魔力の粉が漂い、触手に張り付いていく。
すると、紫に染まった触手は突如、リンに向かいはじめ、リンは残った触手で相殺する。
「気を付けてくださいね。惑わされないように」
「……相手の攻撃を誘導して、操る魔法。そうか【色欲】だから」
「【色欲】一族の七虹、アキュレイ。二つ持ちだけど【強欲】と【嫉妬】とは本当に運が悪かったですね。せいぜい溢れる欲望をワタシの色に乱されぶつけてくださいな」
アキとガナーシャに向かっていく触手だが全てアキの蝶に引き寄せられていき一向にガナーシャ達の元に届くことはなかった。それどころか、触手はアキに従うようにリンを攻撃し始め、徐々にリンに向かっていく触手の方が多くなっていく。
「狂い死んでくださいな」
アキが妖しく微笑むと、リンの触手は全てリンに向かって飛び込んでいく。
が、リンに届くその直前で全て潰れてしまう。
それは触手だけでなく、ガナーシャもアキもまた地面に縛り付けられたように伏せていた。
「こ、これは……」
「ふふふ、いいなあ。【色欲】。それがあれば【巡り】に勝つ可能性も高まるかも……」
地面に顔をこすりつけながらアキはリンの方に顔を向けるとリンもまた苦しそうに必死で身体を支えている。
「自分ごと、【嫉妬】の力で!?」
「これが……【嫉妬】の……?」
アキの叫びにガナーシャはちらりと視線を向けたものの、二人に比べ格段に弱いガナーシャは必死に潰されまいと身体に力を入れる。
「ガナーシャさん」
「アキさん……! リンは、僕を殺せない……殺したら【巡り】も消えるし、彼女の望みは僕をギリギリまで追いつめて【巡り】を呼び出し、力を奪って、その後に僕を殺して二人で巡りの旅に、生まれ変わる事だ、から……」
ガナーシャが必死で絞り出した声と訴えるような目にアキは少しだけ目を見開き、小さく頷く。
「いけない。このままじゃ、【強欲】も出せないし、ガナーシャさんも殺しちゃう」
そう言いながらリンが一帯に掛けていた魔力を解除すると、待ち構えていたかのようにガナーシャとアキは飛び起きリンに向かって駆け出す。
「あは。次は何するの。頂戴、もっと頂戴。あの【巡り】を倒す為にいっぱい教えて」
アキが再び〈蠱惑蝶〉を舞わせる。
ガナーシャとアキが見えなくなるほどの大量の蝶の壁がリンに迫るが、リンは心底失望したような表情を浮かべる。
「なあんだ、それは見たよ。【嫉妬】ですぐに落ちちゃうけど、いいの?」
リンが指をくいを上げると地面から細い鎖のような魔力が飛び出し、全ての蝶を捉え地面にたたきつけようとする。引っ張られるように落ちていく蝶の壁の先には、二人はいなかった。
ふとリンは空を見上げる。
すると、紫の魔力に染まったガナーシャがアキと共に引っ張られるように落ちて来ていた。
「【色欲】で無理やり操らせて!? でも! 空中じゃ【強欲】は避けられないでしょう!」
リンが叫びながら触手を素早く一本生み出し伸ばし、貫く。
アキの生み出した〈蠱惑蝶〉を。
そして、ちらりと目に入ったガナーシャの〈嫌悪〉の魔力に意識がいった瞬間だった。
「【色欲】は受けと返しの名手。ガナーシャさんとの相性もバッチリですね」
アキが妖艶な笑みを浮かべながらガナーシャを解放し抱きつくとガナーシャは抱きつかれたまま真横をすり抜けた触手を〈潤滑〉で滑りながらリンに迫る。
「アキさん!」
「貴女の魔力ぐっちゃぐちゃに狂い咲かせてあげますよ。〈魔花〉」
アキの放った紫色の魔力の塊がリンの身体に入り込む。
そして、
「ぐ、ぐあ、ああああああああ!」
リンの身体の中をリンの魔力が暴れまわり、その痛みにリンは叫ぶ。
うまく巡り切れなかった魔力は破裂し、体外で花のように広がっていく。
「これは……」
「うふふ、ワタシの奥の手ですよ。体内の魔力を無理やり操って暴走・暴発させる。強ければ強い程強烈な痛みに襲われますからね。二つ持ちなんて想像できなくらい、の……」
一際大きな紫の花が咲いたその時だった。
その花弁は黒い触手と化し外に広がり、伸びていく。
ありとあらゆる魔力を持つものに喰らいつき魔力を『奪って』いく。
「これは……【強欲】の『奪う』力……!」
触手によって奪われた魔力がリンの中に流れ込み、リンの身体がどんどんと元通りになっていく。恍惚とした表情で笑うリンにアキは身体を震わせる。
「あはあ……やっぱり【色欲】の『惑わせる』力、欲しいなあ……!」
リンがアキに向かって手を伸ばすと触手がそれに合わせて伸びていく。
「く! 〈蠱惑蝶〉!」
アキが紫色の蝶を舞わせる、が、触手は途中で無数に枝分かれしそれぞれが蝶に向かっていく。そして、蝶を捕まえると千切れるように落ちていき、残った一本だけがアキに向かって伸びていく。
「アキさん!」
その触手から庇うためにガナーシャが飛び込み、背中を抉られる。
斜めに抉り取られた背中からは赤い血がだくだくと流れ始め、ガナーシャはそのままアキに抱きついたまま崩れ落ちる。
「ガナーシャさん、駄目だよ。ワタシとガナーシャさんの未来の為にやってるんだから邪魔しないで。ね? 悪魔の貴女。なんだったら、ワタシと契約しましょ?」
ガナーシャを抱えながらアキは微笑み手を合わせるリンを見つめる。
そして、
「残念でしたね。ワタシは浮気しない主義なんで。この人に決めてます。それに、アナタのは契約じゃありません。『強奪』なんですよ。ま、流石魔王って感じではありますが……ありますが、まあ、魔王なら、とっとと『英雄』に倒されるべきですよねえ」
そう言ってアキが笑い返す。それを見たリンは自分の影が大きくなっていることに気付き、再び空を見上げる。
そこには歪な白銀の翼で空を舞う聖女と、剣を抜きながら叫んでいる剣士、そして、真っ黒な炎を握りしめながら飛び込んでくる魔女が。
「ねえ、ガナーシャに、なにしてんの?」
魔女の一撃がリンを包み込む。
そして、その背中を守るように剣士。
さらに、ガナーシャの元に降り立った聖女。
「流石、ガナーシャさんの英雄候補達。良い所で登場しますね」
「ガナーシャ、勝手に死ぬなんて許さないわよ!」
「おい! ガナーシャアア! あんたそんなタマじゃねえだろう!」
「わたしが絶対に死なせませんよ、ガナーシャさん」
三人のアシナガの子。
リア、ケン、ニナがガナーシャを守るようにリンの前に立ちはだかった。
お読みくださりありがとうございます。
思った以上に伝えきれてない情報がありすぎて……あと二話で終わるのか……?
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