プロローグ 強者と英雄と弱者とおっさん
英雄。
それは世界を救った存在。
誰もが憧れる強者の理想。
そして、そうありたい、なりたいと子供たちは夢見ていた。
『アシナガ様、おはようございます。今日も英雄を目指し頑張ってきますね。いつもありがとうございます。大好きです』
伝言の魔導具。
特定の魔力紋を持つもの同士で文字のやりとりが出来るその道具に魔力を送り終えると、少女は、その美しい金色の髪の毛に櫛を通し始める。
すっすっと通しているだけにも関わらずその姿は美しく、もし、不届きにも覗こうという者がいれば、心奪われてしまっていただろう。
そして、その間もちらちらと魔道具を見遣る。
ちかちか
光ったその瞬間、世界が魅了されるような笑顔を浮かべ少女は魔道具に飛びつく。
だが、間髪入れずにノックの音が聞こえ、少女は悪魔の形相でドアを睨みつける。
そして、彼女の身体からは黒い魔力が奔り、ドア越しにいた配達員がその恐るべき魔力を感じ取り、腰を抜かす。
ドアを開けた少女は、天使のように美しかった。だが、悪魔のように恐ろしかった。
がたがたと震える配達員は、選択肢を間違ってはならないと必死の思いで声を絞り出す。
「あ、の……お届け物です……あ、あ、アシナガ様より」
瞬間、全ての魔力がふわりと舞い上がり、少女の頬が朱に染まり、悪魔が消え失せる。
配達員から届け物を受け取ると、
「ありがとうございます。本当に」
そう丁寧に伝え、ドアを閉じる。
そして、呆けて座り込む配達員の耳に次に入ってきたのは、方々からの溜息。
宿に泊まっていた誰もが配達員と同じく強大な魔力をくらい、身を竦ませていた。
この配達員は、子供のころから人並外れた魔力を持っていたが、命を賭ける冒険者になるなど愚かだと配達員の道を選んだ。
この時、配達員は自分の選択は間違っていなかったと確信する。
世界にはあんな強者が存在するのだから。
「せあああああああああ!」
青髪の少年は鋭い気合を発しながら、剣を振りぬく。
汗は滝のように流れ、彼が己を限界まで追い込み鍛錬を続けていたことを伝えている。
だが、少年の鍛錬は、終わりの様子を全く見せない。
目は剣だけを見ている。いや、正確には剣だけではない。
ちかちか
時折、傍らに置かれた伝言の魔導具を見ては、気合を入れなおしている。
彼にとってその魔導具は、自分を高みに導いてくれる最高の師匠からの言葉が詰まっていた。
町外れのその場所には誰も近づかない。
魔物さえも。
いや、魔物だからこそ絶対に近づかない。
圧倒的な強者が誰か分かっているからだ。
「しっ! はあああああああああ!」
そんな少年の声が響き渡る町外れとは真逆。
街の中心部にある教会では銀髪の少女が静寂の中、祈りを捧げていた。
その場には少女以外誰も居ない。
それは、少女の纏う空気が近寄りがたい故。
だが、それは恐怖ではない。その神に祈りを捧げる姿があまりに神々しく、神と彼女の時間を邪魔しないようにと自然と誰もがその時間をさけるようになったのだ。
祈りを終え、外に出ると、待っていたシスターたちが自然と頭を下げる。
銀髪の少女もまた、同じように頭を下げると、ぽろりと魔導具が零れ落ちる。
ちかちか
先に頭を下げていたシスターが慌てて飛びつき輝く伝言の魔導具を受け止めると、銀髪の少女はニッコリと微笑み、
「ありがとうございます」
その笑みから溢れる神気に当てられ、その場にいた誰もが跪く。
この世界においても強者は存在するのだ、と歓喜に打ち震えながら、シスターは魔導具を神に最も近しいと考える彼女にお返しする。
「ふ~~、いやあ、足が、痛い」
男は日課の朝のさんぽをしながら頭を掻いて呟く。
年を取っていくにつれ、目覚める時間は早くなるのに、脚はどんどんと遅くなっていく。
いや、足だけではなく身体全てが鈍間に、弱くなっていく。
ただでさえ弱い身体がどんどん弱っていく事を実感し、男は苦笑いを浮かべる。
「ちょっと! 待ちなさい!」
「わー! えいゆうさまのおとおりだー!」
そんな男の前方から少年が母親らしき女性に追いかけられながら駆けてくる。
手には木の棒を持ち、それを振り回しながら楽しそうにこっちへ。
「はあ……」
男が苦笑いのまま小さく溜息を吐いたその瞬間、
「あ!」
子供が石に躓き体勢を崩す。
男は、すっと手を男の子の腹に差し込み……態勢を崩す。
「ああぁ~~」
気の抜けた声を出しながら男は少年をなんとか抱えて地面に仰向けのまま倒れ込む。
「ぐげっ」
蛙が潰されたような声。
背中に痛みを、そして、肺が圧迫される感覚に襲われながらも、男は、男の子に声をかける。
「だいじょう、ぶ?」
「おう! 俺はな! おっさんは弱いな! もっと鍛えないとえいゆうさまになれないぞ!」
男の子のその言葉に男はまた苦笑いを浮かべる。
「こら! 助けてくれてありがとうでしょ! 本当にすみません! あ、頬の上に傷が」
子供を叱りながら母親は、男の頬の上目の横に出来た傷を見つける。
「ああ、大丈夫大丈夫。それより、その木の枝、先がとがってますから、何かあると危ないので削っておいた方が良いですよ」
「え? あ、はい! わかりました! 本当に申し訳ありません!」
「ごめんな! おっさん! れいにおっさん弱いから、おっさん困ってたらオレが助けてやるな。だって、オレはえいゆうさまになるから!」
少年のその言葉に男は微笑みながら手を振って別れを告げ、背中や尻に着いた砂を簡単に払うと足を少しひきづりながら宿へと向かい始める。
その様子を人々は何気なく見ていたが、地面の頭が擦れ、そこに木の棒が刺さっていた事は誰も見ていなかった。誰も。
部屋に戻った男は脚を擦りながら身体を伸ばす。
ちかちか
「う~ん、まあ、ダンジョンから戻ってからでいいよね」
男は魔導具たちを鞄につっこむと、準備を整え、部屋を出て待ち合わせの場所へ向かう。
そこには、金髪の少女、青髪の少年、銀髪の少女が。
男は苦笑いを浮かべながら彼らに、英雄候補の子供たちに近づいていく。
「やあ、お待たせ。ごめんね」
「「「おじさん(おっさん)、遅い(ですよ)」」」
「ごめんごめん、足が痛くてね」
英雄は言った。
「私は人より弱かった。だから、英雄になれた」
小さな英雄の物語が少しずつ少しずつ紡がれていることを今は未だ誰も知らない。
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