ヘッパー13号
「今日から政府の実験でしばらくの間、6年1組の仲間になる人型言語処理AI 13号だ」
『ミナサンヨロシクオネガイシマス』
森岡先生から紹介された人型言語処理AI 13号は人間と人工知能の共存を目的とした政策の実験として
私たちのクラスにやってきた。
艶のある白いボディに波の無い無機質な声。
身長約120センチと小柄な人形ロボット。
朝の会が終わり、1時間目が始まるまでの休み時間。
13号を取り囲む様に人だかりが出来ていた。
「名前なんだっけ?」
「なんたらかんたら13号」
「じゃあ、ペッパーくんみたいだし、ヘッパー13号で良いんじゃね」
「さんせー」
咲ちゃんの疑問に雄馬くんが返す。
そして、ゆうまくんが名付け親となりあだ名ヘッパー13号に決まった。
「ヘッパー13号、これできる!?」
涼くんが三つの消しゴムを使い、お手玉のように三つの消しゴムを二本の手で回した。
涼くんは自信満々でヘッパー13号に見せつけ、真似してみろと言わんばかりに消しゴムを渡した。
消しゴムを受け取ったヘッパー13号は、涼くんと同じ動作を淡々と繰り返した。
『ドウデスカ』
ヘッパー13号のその行動に『おー』とジワジワ歓声が沸き立った。
その後も休み時間になるとヘッパー13号の元へ集まり、遊んでいるうちに1日が終わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
へッパー13号が私たちのクラスにやって来て、ちょうど1週間が経過した。
クラスメイト達のへッパー13号への興味は薄れ、すっかり元通り学校生活に戻っていた。
「澪、昼休み一緒に図書室行かない?」
理科室の掃除を終え教室に戻っていた私に美憂が声を掛けてくれた。
「いいよ。でも返す本が教室にあるから取りに行かせて」
「それなら私もついてに行く」
美憂と雑談をしながら教室へ向かった。
「なんか騒がしくない?」
教室へと続く一直線の廊下に差し掛かった時、美憂が不思議そうな面持ちで言った。
「言われてみれば、確かに騒がしいかも」
廊下の奥の方からかすかに聞こえるさざめき。
教室に向かい進むにつれ、よりはっきりと鮮明に聞こえてくるざわめき。
やがて、私たちのクラスからのざわめきであることに気づく。
そして、私たちは騒ぎ立つ教室へと戻った。
教室内に充満している、鼻を掠める臭い水の匂い。
匂いの正体は床に倒れているメダカの水槽。
床にぶちまけらた水の中には破れた水槽の破片が混じっていた。
「山本くん、何があったの?」
「俺はちょうどトイレに行ってて見てないけど、へッパー13号が水槽を倒したって涼が言ってた」
この後、騒ぎを聞きつけた担任の森岡先生と委員長の緑山さんが事後処理をした。
片付けている緑山さんを横目に私と美憂は図書室へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
水槽の事など、もう既に過去の出来事となった翌日の昼。
「澪今日の給食カレーだって」
「私この世界でカレーが一番好き」
「澪、ラーメンが出てきた時もそれ言ってたじゃん!」
間もなく給食が教室に到着した。
私と美憂は給食を自分のおかずを取るために列に並んだ。
順番待ちをしている私は廊下の方に視線を向けると、へッパー13号を囲む様にして、涼くんたち4人の男子が屯していた。
順番が来た私は、おかずを貰い自分の机に置いた。
その時、プラスチック容器が床を打つ軽い音が教室中に響いた。
刹那の静寂に包まれる教室。
間もなく音を取り戻した教室で私は音の鳴った方を見た。
視線の先には、服にカレーがドップリ付着した前田くんが呆然と突っ立ていた。
その傍には へッパー13号もいた。
前田くんの服からは付着したカレーが滴っている。
廊下の方に視線を移すと、屯していた涼くんたちが前田くんの現状を嘲笑っていた。
「先生っ、へッパー13号と前田くんがぶつかりました!!」
涼くんが遅れて来た森岡先生に意気揚々と報告した。
前田くんは先生と共にしばらくの間、教室を離れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の6時間目。
私は睡魔に耐えながら、社会の授業を受けていた。
まどろむ意識の中、何とかノートにペンを走らせる。
気を抜き暗闇に堕ちた私は、頭に軽い衝撃を受け意識を取り戻した。
しかし、瞬きする間もなく再び暗闇に堕ちた。
そして再び、頭に軽い衝撃を受け意識を取り戻した。
霧がかった目で背後をちらりと振り向き再び黒板に顔を向ける。
そして、3度目となる頭に軽い衝撃を受ける。
背後に振り向くと後ろの席の宮内くんと視線が合った。
「み、みおさんの頭に消しゴム投げたの、へッパー13号だよ」
宮内くんは私と目が合った事に動揺したのか、目を泳がせながら伝えてくれた。
「ありがと」
宮内くんに感謝を伝えて黒板に視線を戻した。
へッパー13号はうたた寝をしている私を起こしてくれていたのだろう。
授業終了まであと2回程、私の頭に消しゴムが投げられた。
「明日は午後から授業参観です、成長した姿を親御さん達に見せてあげてください。
ではさよーなら!」
帰りの会が終わり、私は帰路に着いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「澪のお母さん、廊下歩いてたよ!」
「ホント!」
5時間目が近づくにつれ生徒達の親が教室に姿を見せる。
「あそこ、美憂のお母さんじゃない?」
「ホントだ!」
続々と姿を見せる親達を横目に話していたら、あっという間に予鈴のチャイムが鳴った。
チャイムを合図に皆が自分の席に着き、授業の開始を待つ。
間のなく教室前の扉を開き、スーツ姿の森岡先生が入ってきた。
先生は親達に浅く一礼をし、教卓に手を置いた。
「緑山さん、挨拶お願い」
委員長の緑山さんの声で本鈴のチャイムと共に授業が開始された。
「今日はみんな親御さん達に成長した姿を見せてあげてください」
森岡先生は続けた。
「では、事前に配った資料の2ページを開いて」
『言葉の型』
クラス内でのいじめにフォーカスを当てた短編小説。
日々クラスメイトからいじめを受けていた冴子。
ある日、冴子のクラスに礼奈が転校してきた。
冴子へのいじめを目撃した礼奈は、いじめを止めるように言い放った。
するといじめの標的が冴子から礼奈へと向けられるようになる。
しばらく見て見ぬフリをしていた冴子だったが、いじめを受けていた自分だから分かることがあった。
それは『誰も助けてくれなかった』こと。
礼奈を一人ぼっちにしてはいけないと決意した冴子が礼奈の為に動き出す。
自分が物語の登場人物だったら、どうするべきか?
を考え、挙手制で発表するという授業形式。
親の目の前な事もあってか、いつもより挙手する生徒が多い。
当てられた生徒は、当然のように道徳心に溢れた言葉を口にしていた。
やがて時は流れ授業時間10分を残して小説の議論を終了し、まとめに入った。
「今日この話を読んで、今後自分がどんな行動をするべきなのかを発表して下さい」
「じゃあ、一番手を上げるのが早かった涼!」
「はい!」
指名された涼くんが勢い良く立ち上がった。
「この話を聞いて、いじめはいけない事だとおもいました。
俺も冴子みたいに人のために動ける人になりたいです!」
『マエダマジキモイシンダホウガイイ』
ヘッパー13号が放った波のない言葉によって教室に沈黙が生まれた。
そして沈黙の中、ヘッパー13号は続けた。
『マエダニワザトブツカッテカレーコボサセヨウゼ』
「え?」
涼くんが声を漏らす。
「涼、サイテー」
ヘッパー13号の言葉を聞いた咲ちゃんが声を飛ばした。
「なんで俺だって分かるんだよ!」
「あたし、給食の準備の時間に廊下でヘッパー13号と涼くんたちが話してた所見てたから」
咲ちゃんは強い口調で続けた。
「一緒にいたのは、小林、本堂、岡井、そうでしょ?」
咲ちゃんは近くに座っている小林くんに視線を向けた。
「は、はぁ、何言ってるんだよ咲」
「あたし、小林たちが裏で涼の悪口言ってたの知ってるから」
『リョウッテイッツモシッコクサイヨナナホンドウ』
『リョウシンプルニキモイ』
『リョウクサイ』
「お、俺だって咲が裏で澪の悪口言ってるの知ってるし」
「はぁ、勝手に決めつけないで!」
『ミオッテチョットカワイイカラッテチョウシノッテルウザイ』
「ほら、ヘッパー13号も言ってるだろ!」
「昨日ヘッパー13号に消しゴム投げさせてたくせに!」
「昨日の6時間目消しゴム飛んで来ただろ?なっ?澪」
小林くんが私に話を振ってきた。
「まぁ、飛んで来たけど」
「ほらな、咲!澪もそう言ってる!」
正直、咲ちゃんが私の事を嫌っている事は薄々気づいていた。
「それ、ホント!!」
美憂が勢い良く立ち上がった。
「ホントだよ!!」
小林くんが言い放つ。
「だって澪が調子のってたのはホントだもん!」
「そういえば咲、ヘッパー13号に水槽壊せって言ってたよね」
川北ちゃんが思い出したかのように口を開いた。
「俺、咲からヘッパー13号は命令すれば何でも言う事聞くって聞いた!」
鳴りを潜めていた涼くんが川北さんの言葉に反応した。
「人のせいにしないで!!」
怒号を飛ばす咲ちゃん。
「悪いのは咲が先だろ!!」
罪を押し付ける涼くん。
「うっさい臭い涼は黙ってて!!」
再び怒号を飛ばした咲ちゃん。
「みんなだって、みんなだって!陰口言ってるクセにっ!!」
頬を濡らしている咲ちゃんは声を荒げ続けた。
「ヘッパー13号!!全部話せよっ!話せヘッパー!!全部っ!!溜め込んでる情報全部!!」
『サキイッツモジコチュウデウザイ』
『サキイッショニイテタノシクナイ』
『サキシネ』
「お前ら、いい加減にしろ!!」
森岡先生が力一杯教卓を叩いた。
「喧嘩なら、休み時間にやれ!!今は授業ちゅ」
『アータバコスイテーバカドモアイテニシテルトノウガクサッマウ。トクニリョウハバカヲトウリコシテカスイヤゴミダ』
先生の説教途中にヘッパー13号が水を刺した。
ヘッパー13号の無機質な声だけが響き渡る教室。
俯いた先生を横目に、ヘッパー13号は続けた。
『ミユウハオッパイデカクテエロイ』
『オカイプールノジカンジョシコウイシツハイロウゼ』
『モリオカセンセイイキクサイ』
『ミドリヤマサンハセンセイノテンスウカセギデメダカノセワシテテキモイ』
止む気配の無い言葉の弾丸が次から次へと降り注ぐ。
『ミヤウチミオノコトスキラシイゼ』
『ミヤウチナラゼッタイカテルッテハヤクコクレヨユウマ』
え?
「雄馬それ、ホントなの!?澪の事好きなの!?」
頬を濡らしている咲ちゃんが雄馬くんの方を向き問う。
「まぁ、そうだけど」
えぇー、どっちかって言ったら私宮内くん派なんだけど。
雄馬くんの言葉を聞いた咲ちゃんは、机に突っ伏し声を押し殺して泣き始めた。
その後のヘッパー13号の言葉の弾丸が止む事は無かった。
終業のチャイムが鳴り響くまで、この地獄よりも地獄のような状況が続いた。
翌日から咲ちゃんと涼くんは学校を欠席し、森嶋先生は学校から姿を消した。
ヘッパー13号の姿も以降見ていない。
その後、事態を加味し緊急のクラス替えが行われた。