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ふと目を覚ますと、そこは異世界だった。


虫になっていた、そんな冒頭で始まる小説なら聞いたことがある。だから、少なからず信じてもいい。

でも、「異世界だった」そんなことが有り得るか?

いや、実質「虫になっていた」でもあれは小説なのだから、実際俺の身に起こったら、到底信じる気にはなれないだろう。

それほどのことだ、いくらなんでもこれは信じられない。


ヴェンツェル=ヴァン=ジョニシャは、ふーっと大きく息を吐き、もう一度周りを見渡してみた。


いつもなら、煉瓦色のちょっとばかしお洒落な石畳の路が、この王国を治めるマーストロニア家の城までつながっているはずで、異国の言葉が飛び交う城下町が広がっていて……。


でも、今目の前に広がっているのは、城壁の外に出てもあまり見る機会がないような、広大に広がる草原と、どこまでも続く青い空。

「……いくらなんでも、これは……。」

 そうつぶやきつつ、ヴェンツェルは自分の頬をぎゅっとつねる。しかし、周りの景色は変わるどころか、つねったことでボーっとしていた頭が冴え、その色合いに鮮やかさを増すばかりだった。


 ヴェンツェル=ヴァン=ジョニシャは、代々王邸に仕える宮廷音楽家一族の息子である。

 幼い頃から多彩な音楽と親しみ、祖父や父、兄たちが辿ってきたように宮廷音楽家になる、そんな輝ける未来へ向かって着々と歩んでいる、はずだった。

 もちろん、今日も。

 しかし、今ヴェンツェルがいるのは、とにかく彼の育った、そしてこれからも過ごすはずの、首都イシュトヴァーンではないのは確かだった。

イシュトヴァーンは、貿易で栄えた王の城下町であるため、常に貿易でやってきた異国の者たちの声や、商売をする商人たちの声であふれかえっている。少し離れた街のはずれへ行っても、少なからず人の声はするはずだ。もちろん、こんなに地平線のはっきりと見えるような草原は、城壁を抜ければあるのかもしれないが、それでもやはりこの異様な静けさはおかしかった。

 それに、ヴェンツェルには城壁を抜けた記憶なんて一切ない。今日は、船員たちが多く集まる酒場「蒼いイルカ亭」で、弦楽4重奏を弾きに楽団が来ていると言うので、勉強のためにも少し見に行こうかと、その酒場に向かう途中だったのだ。

 ヴェンツェルは、もう一度周りを見渡した。

 まさか誘拐、そんな馬鹿なことが一度頭をよぎったが、誘拐ならもちろんこんな風にヴェンツェルを自由にはしておかないだろう。

 ヴェンツェルだって、一応は宮廷音楽家一族という貴族の子。ある程度は、剣術だってやっている。剣術の道に進んだかつての学友たちに比べれば見劣りはするものの、それでもかなりの腕前ではある。

 それを知らずに誘拐を企もうなんてする誘拐犯は居ないだろう。

 そんなことを悶々と頭の中で考えていると、突然、背後から声を掛けられた。

「あの、す、すみません!」

「あぁ!?」

 あまりにも突然の出来事だったため、ついヴェンツェルは身構えて後ろを振り向く。

 そして、後悔した。

 そこに立っていたのは、淡い金髪をした碧眼の少女だったのだ。

「え、あっ……わ、悪い……ちょっと、気がたってたもんで……。」

 少女は、大きくぱっちりとした碧眼を少し潤ませて、怯えた表情のままうなずく。

 沈黙が二人を包んだ。

「……ここって、城壁の外、なんですかね。」

 先に沈黙を破ったのは、ヴェンツェルだった。

 しかし、それを言い終えて、すぐに気付いた。

 ―――それはないな。

 少女の服は、国と国とを結ぶ、古めかしい職業ではあるが、舟渡し屋の制服だったのだ。

 しかも、胸ポケットについている紋章(エンブレム)から察して、おそらく首都付近、少なくともイシュトヴァーンでは絶対にない。

 そして、それ以前に、剣などの装備もせず、ただの渡し屋の制服と言う身軽な服装で、ドラゴンなどが普通に闊歩するようなこの世界を、1人で歩き回るなんて考える酔狂な少女が、どこにいるだろうか。

 だけれども、そうだとしたら、ここは一体どこなのだろう。

「……私も、分からないんです。気付いたら……ここにいて。」

 その少女の言葉に、ヴェンツェルははっとして顔を上げる。

「もしかして、君も……!」

 と、それを遮ったのはなんだったのか。

 突然、ヴェンツェルと少女の前を閃光が走った。

「っ……!」

 かろうじて、ヴェンツェルはそれを避けたものの、少女の行方が気になる。

 少女は、青々と広がる草原の上に倒れこみ、咳き込んでいた。

「おい、大丈夫か!」

 ヴェンツェルは、少女に駆け寄って声をかける。少女は、苦しそうに何度も咳き込みつつも小さくうなずいた。


「貴様ら、この世界のものではないな。」


 不意に、頭上から低い男の声が降ってきた。

 ヴェンツェルは再び身構える。

「この、世界の……?」

 そうつぶやき、ヴェンツェルは男の方を見上げた。

 金色の長髪を後ろで束ね、同じく金色の鋭い瞳で男。彼は、ヴェンツェルと少女を静かに見据えていた。

 ヴェンツェルは、思い切って早口で男に叫んだ。 

「な、なあ!この世界って言ったよなっ?ここって、いったい何処なんだ!?頼む、教えてもらえ―――!」

「不法侵入者に教えることはない。」

 そんな必死の頼みを、男はばっさりと切り捨て、ヴェンツェルに向かって手をかざし、なにか口の中でつぶやこうとした。

 ―――と、そのとき。


「ダメ、シューレ!」


 再び、今度はヴェンツェルと男の間に閃光が走った。

「っ……!」


「アリシア……。」

 シューレ、と呼ばれた金髪金目の男は、ヴェンツェルのことを睨みながらもかざした手を戻す。そして、今現れたもう一人の少女に目をやる。

 彼女は、右目に眼帯、そして右腕には大きく派手な刺青が彫ってあった。

「ごめんね、|異世界の住人《》さん」

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