(1)前編
作者の趣味・妄想たっぷりオリジナル対戦ゲームの世界を好き勝手に書いただけの王道バトル小説です。
駄文による読みづらさなどは仕方が無い。と割り切っていただいて楽しんでいただけたら幸いです。
気が向いたら書いていく感じのペースなのでご容赦ください。
ということで長く続けていくつもりなので末永くよろしくお願いします。
0
待ち合わせたなら遅れるな。
1
「《水火風》に告ぐ! 本日ヒトロクマルマルにて、ポイント1-1-5に集合すること!」
そう言って教室を飛び出して行ったのは小学六年生、春風庚午。
「アイ・アイ・サー!」
応じて順に飛び出して行く男子が四人。壬伸。川名凛。火野金太。麻島風雅。ランドセルを雑に振り回しながら走って行く。
「こらー! リン君! キンター! アンタたちは掃除当番でしょうがぁ!」
女子がドアから上半身を乗り出してあっという間に遠ざかっていく背中に向かって叫ぶ。怒り心頭の顔に恐怖しつつも、肩を叩いて呼び止める。
「あー、寒川、僕が二人の代わりをするから」
「またぁ!? ダメよ氷空君。いつもそうじゃん。ちゃんとアイツらにもやらせないと!」
女子、寒川小夜は委員長らしい真面目さで庇ってくれるが、氷空空は首を横に振る。
「いいの。相談して決めたことだから大丈夫だよ。ほら、掃除しよう」
「はぁー。甘いんじゃないの」
「今日は特別なんだ。それに僕も早く帰りたいから、早く始めよ」
飛び出して行った五人ほどではないにしても、順に教室を出ていくクラスメイトたちを尻目に、空は掃除を始める。
空も五人と同じグループだ。だけど五人と違って家が近く約束の時間に余裕がある。特に川名凛と火野金太は電車通学ということもあって、早く帰らないと時間に間に合わない。だから代わったのだ。
「今日は特別って、何するのアンタたち?」
寒川小夜が訊いてきた。空はそれを考えただけで自然と口の端が浮き上がった。自分も楽しみにしているのだ。
「ゲームだよ。《レジェンドアーツ》。今日だけは、本当に特別なんだ」
2
《レジェンドアーツ》
専用のVR機器を使ったオンラインゲーム。三人称視点でキャラクターを俯瞰し、コントローラーと脳波で操る一体型のゲーム。
今はアーリーアクセス版ということで簡易的な操作が主だが、本日、日本時間にして十七時にアップデートが入り、本格サービスが開始される。事前情報によるとアップデートは一時間程で終わるらしく、十八時から遊び始めることができるらしい。これは普通では考えられないほど異例の速さであり、とても注目を集めている。
「絶対バグが出る」「伝説になるよな」「期待しすぎも良くない」「クソゲーになるだろ」
ネット上では好き勝手に評価する声が出ているが、裏返せばそれは期待が多いとも言える。
アップデートが入るとアーリーまでの仕様とがらりと変わるとも言われているので、それならば最後に集まろうということになった。
氷空空のアバター、『クー』がログインした。
時刻は十五時五十五分。存外ギリギリの時間になってしまった。集合時間はヒトロクマルマル、つまり十六時ちょうど。もうみんな集まっているだろうと思いきや、
「身代わりご苦労! クー隊員!」
ログインの直後、春風庚午のアバター、『シュンプウ』が迎えてくれた。後ろに三人おり、
「代わってくれてありがとな」
川名凛のアバター、『Rin』が話しかけてきた。
「ううん、大丈夫だったよ。でも相変わらず寒川が怒ってたけど」
「アイツな。いつも小うるさいんだよな」
「Rinとゴールドは常習犯ってことで目ぇつけられちゃってるもんな」
砕けた口調で、壬伸のアバター、『ミズチ』が言う。
「ゲームとかやらなそうだしなー。わかってねぇんだよ」
「普通のゲームならまだしもこのゲームは特にね。専用VR機で一般の販売も今日からだったんでしょう?」
麻島風雅のアバター、『風雅』は言う。
「一部地域の抽選で選ばれたところにランダムに配られたんでしょう? 申し込みがあったにしても、その中で俺らが揃ったのは本当にすごいよね」
「僕の場合団地がまとめて選ばれたみたいで、全部の家に送られたんだって。すごい太っ腹だよね。そうじゃなかったら遊べてなかったと思う」
「うちは親父の会社が選ばれたみたいで、じゅーぎょーいんみんなに配られたんだってさ。親父がゲームやらない人だったから貰っちゃった。ラッキー」
そんなこんなと話していると約束の時間になった。だけど、
「あれ? ゴールドは来てない?」
火野金太のアバター、『ゴールド』が一向に来ない。掃除当番も代わって先に帰ったはずなのに、まだログインしていないようだ。
「どうしたんだろう」
「…………」
何かあったのだろうか。心配になる。家の電話で訊いてみようかと考え始めたとき、
「すまん! 遅れた!」
来た。息を切らした様相で、肩を揺らして入ってきた。
「母さんが宿題やれやれってうるさくって…! 何とか説得して先にゲームやっていいってことになって…!」
「わかったよ。わかった。落ち着いて、ね」
「これ終わったらすぐ宿題やることになった…! クソォ…、今日はずっとやってたかったのに…!」
「明日学校休みだからなー。俺も布団に寝ながらやろうと思ってたんだけど、バレるかな?」
「大丈夫じゃね? それよりも寝落ちしちゃったら怖いよな。デスペナの実装もあるかもしれないんだろ?」
「安置に居ればいいんだろうけど、それもあるのかわからないし」
またまた会話が盛り上がり始めた。そのとき、
「来たな!」
シュンプウが言って歩き出した。追って見ると、そこに六人の集団が歩いて来ているのが見えた。
見慣れた集団だ。なぜなら、プレイヤー数が現時点で限られる今の状況では、よく見かける顔も限られるからだ。
「よく来てくれたな、《JUSTICE》」
「最後に勝ちをもらっていくぜぇ、《水火風》」
このゲームには【団】機能がある。
複数人のプレイヤーを一つの集団とする機能で、チームを構成することができる。このゲーム《レジェンドアーツ》はオンラインPvPゲームなので、【団】単位でのバトルができるのである。
【団】リーダー同士の承認があれば決まる、バトル。今日はアップデート前最後のバトルということで、時間指定の約束をしていたのだ。
「じゃあ早速だけど始めるかぁ。アプデが始まる前に終わらせたい。1本勝負取ったもん勝ちでいいなぁ?」
「ああ、いいぜ。勝利は俺たち、《水火風》がいただく!」
【団】同士のバトル、六対六が始まる。
4
《レジェンドアーツ》はPvPゲームで、両手両足に【武装】を装備して闘う。
見た目も拘ることができ、多様なスキンが実装されているがスキンに性能は無くただただ見栄えを良くすることができる程度である。
しかし、初期設定で入力を求められる身長・体重・体形の項目はその限りではない。
これらのバランスによって身体の筋力値が決められるからである。
例えば身長180センチ、体重75キロ、体型スレンダー型に決めた場合、大きく重い割に細いということで、身体の筋肉密度が大きいということで筋力値が高くなる。筋力値は上半身と下半身で割り振ることになり、上半身に多く振れば重く大きい【武装】を装備することができるようになり、また、両手でないと振るえない物も片手で振るえるようになったりする。下半身の筋力値は移動速度と持久力に適応される。
そうするとほとんどのプレイヤーが数値を高くしたがると思うだろうが、低い数値にもメリットがある。それは技能値にバフがかかり【武装】の性能が上がるということだ。
筋力値は装備できる【武装】の幅が広がり、技能値は攻撃力や防御力、手数の割り増し、移動距離の増加などのバフ。まとめるとそういうことになる。
筋力値がイコール攻撃力になるわけではないというのは、あまり馴染みの無い設定だと思う。もちろん多少の補正はかかるらしいが、技能値には到底及ばないらしい。
ということで、空のアバターの設定はその辺りの設定に疎かったためリアルよりにしてしまった。
身長143センチ、体重42キロ、体型スレンダー型。これにより筋力値は低く技能値が高くなっている。筋力値の割り振りは上半身と下半身で4対6。少し足が速くなるイメージ。その代わり長物は両手であれば振るえて、大物は装備不可になった。
クー。スレンダー型。右手に短剣、左手に丸盾。右足と左足にスライドを装備。
足装備は特殊で、空中で跳ぶことができるジャンプ。移動速度を倍加するダッシュ。瞬時に特定距離を移動するスライド。攻撃性能を付与する足刀。の四種類ある。
体重の軽いクーはスライドに補正がかかり、移動距離2メートル。リキャストタイム15秒となっている。
正面から迫る長斧使いの振り下ろしを、右足のスライドを発動させ横に瞬間移動。即座に左足のスライドを発動させ斜め前に瞬間移動。敵の背後に回り込む瞬間、右手の短剣を振るい胴を切る。
「っ! くっそぉ!」
地面に叩きつけた長斧を力のまま振り回す。背後に回ったクーに向かって横薙ぎの一撃。
クーは左手の丸盾をやや角度をつけた水平に構える。身をかがめる。身長の低さがここでも活きる。力任せに振り上げた長斧は上方向に力が加わっている。かがんだクーの頭上を斧が空ぶる。隙だらけの相手の腹部に短剣を突き立てた。
敵が倒れる。大型巨体の力型な相手を速度で翻弄する。これほど爽快なことはない。
一息吐くクーに向けて、
「クー! うしろ!」
Rinの叫びに身体が動く。半身をズラすしかできなかったが、身体の真ん中へのヒットは避けられた。右肩に弾丸が当たる。右腕が吹き飛んだ。
狙撃だった。スナイパー使いが居る。見られている。クーは左手の丸盾を前に構えながら後退する。そこに二発目が来た。
飛来する光弾。クーの前にRinが割り込み、構えた大盾で受け止めた。
「大丈夫か!?」
「ありがとうRin! でもごめん、攻撃手段なくなっちゃった」
【武装】にも耐久値があり一定値以上の被ダメージで破損する。が、一定時間経過で修復される。だが身体の欠損ダメージは修復されない。足が欠損すると移動能力が激減する。腕の場合欠損した部位に装備していた【武装】が使用不可になる。右手の短剣を失ってしまった。
「スナイパーの場所はわかったけど、詰められるかな」
Rinは右手に大盾、左手に長槍、右足と左足にダッシュを装備している。体型は大型で力はあるが移動速度が低い。じわじわ詰めることはできるだろうが敵も移動するだろうし邪魔も入ることを考えると厳しい。
「スナイパーは落としたい! 連携で行けるか!?」
シュンプウが言う。それに応える声が上がる。
「俺が行くぜ! クー、あれやろうぜ!」
「オッケー。僕が盾役だね」
ゴールドだ。彼もクーと似たアバターになっているがより極端だ。身長130センチ、体重29キロ、体型肥満型。見た目丸いのに速度が最大、機敏な動きになるうえ、的が小さいため被ダメを抑えることができる。右手に短剣、左手にリボルバー、右足にダッシュ、左足にジャンプを装備している。
ゴールドが左手を掲げる。手の甲に光が集まる。光弾が指先を起点に射出される。牽制弾だ。スナイパーがいた地点に撃ち込む。そしてすかさず駆け出す。
「行くぞ!」
ダッシュで駆け出しの一歩が加速する。勢いそのままに前進する。当然敵の妨害が入るが、
「退いてどいてぇ!」
風雅が投げたボムが割り込む。敵の眼前で爆発し、怯んだ隙に横を通り過ぎる。
煙から抜けた瞬間、スナイパーの光弾が迫る。そこにクーがスライドで割り込む。
「っ! オッケー! あといち!」
丸盾で受け止めた。耐久値がゴリっと減るがあと一回なら受け止められる。一人が狙撃の盾となり一気に距離を詰める。攻撃手段を失ったクーが積極的に前に出る。スライドはもう一回使える。丸盾の耐久も間に合う。いける。
意気込むクーとゴールドの前に敵プレイヤーが飛び出して来る。
「行かせない!」
高身長スレンダー型の長剣と大盾を装備した騎士スタイル。力もあるし速度も出るオーソドックスなタイプだ。
長剣の一振り。回避が間に合わない。丸盾で受け止める。その隙にゴールドが大盾側からすり抜ける。だがその瞬間を狙ってスナイパーの光弾が伸びる。
瞬時の判断だった。残していたスライドを起動。敵騎士とゴールドの隙間を縫って光弾の前に飛び出す。
被弾する。胸が吹き飛び風穴が空く。だけどそうすることで道が開けた。
「サンキュークー!」
ゴールドはダッシュを発動。加速し一気に距離を詰める。その後ろから、騎士が投げた長剣が飛んでくる。まるで見えているかのように跳んで避ける。その先をスナイパーの銃身が向いていた。
狙撃の一瞬、ゴールドは残ったジャンプを発動。空中を蹴る二段ジャンプにより、スナイパーの上を取った。
短剣を逆手に持ち、下に突き立てる。
「あー、マジかー」
スナイパーに一撃。頭を踏みつけ胸を突き刺す。スナイパーを撃破した。
「よっしゃあー! やったぜクー! シュンプウ! スナイパーげきは」
起き上がったゴールドの首を一閃。長剣の横薙ぎが通り過ぎる。
敵チームの五人目。スナイパーの影に潜んでいたそいつが起き上がり、味方の騎士を指さす。
「リーダー、後ろから」
「よくやったクロ」
リーダーと呼ばれた騎士は大盾を構える。そこにシュンプウの剣が叩き下ろされる。
長剣を投げていたリーダーは一時的に攻撃武器を失っている。その隙を突いた形だが大盾が広く硬い防御力を有する。一撃での突破は厳しい。
「もう一回潜伏する?」
「いや、向こうにも潜伏しているやつがいる。たぶん見られてる。このまま二対一で押し込もう」
「させるか!」
シュンプウとその後ろにボムを持つ風雅が控える。少し離れてRinが大盾を構える。そして潜伏を続けるミズチが機を伺う。
リーダーの騎士と潜伏していた長剣使い、先ほどボムの煽りを受けた巨漢が横に並ぶ。あと一人隠れたプレイヤーがいる。
互いに落ちたプレイヤーは二人ずつ。六対六のチーム戦は敵チームの大将を落とすまで続けられる。バトルはまだ始まったばかりだ。
5
「ありがとう。アプデ後もよろしくー」
バトルを終えてチーム《JUSTICE》が帰っていく。結果は負けてしまったが、とても楽しい時間だった。
「あのスナイパー強かったよなー」
「単発ずつとはいえリロード早かったよね」
「技能値だよねきっと。銃器類装備も増えるって聞いてるよ」
「ゴールドもリボルバーやめてスナイパーにしたら?」
「スナイパーって重さ3なんだよ。身長と体重増やさないといけないしそうすると動きが遅くなるから。やっぱ移動しながら攻撃するのが気持ちいいし!」
「ジャンプ決まったのカッコよかったよ」
バトルの後は感想回。反省を踏まえつつ、アプデ後にどうするか話し合う。Rinは、
「俺はもうちょっと身長下げようかな。大盾装備できるのは強いけどキルできないのが地味でつまんなくてさ」
「向こうのリーダーの騎士スタイルに似せる感じ?」
「うん……でも丸っきり同じにはしたくないし、槍を使いたいから代わりに体重を増やそうと思う。でもなー、丸盾にしちゃうと長槍構えたときのシルエットがダサくってさ」
「槍持つなら大盾にしたいよね。見た目超カッコいい!」
「槍ぶんまわして吹っ飛ばしやってみたいよな!」
「アプデ後に大剣が実装されるらしいよ」
「長剣と違うの?」
「重さが違うらしい。刀身の幅も違うし立てると盾にもなるそう。ただその代わり筋力値最大でも両手持ちになっちゃうみたいで短調になりそう」
人によってプレイスタイルは様々だ。PvPゲームとはいえ戦闘スタイルに拘ったりスキン含めて見た目に拘ったり。その上で勝てるように立ち回りたい。まだプレリリースだがこのゲームのことがとても気に入っている。
「てかやば、母さんキレ始めてる」
ゴールドが言った。慌てた様子で、
「ワリ、一足先に落ちるわ。宿題やる」
「あ、じゃあ俺も落ちようかな。どうせアプデが始まるし。宿題と晩飯食ってすぐゲームできるようにしとく」
そう言ってゴールドと風雅がログアウトした。次いで、
「兄貴に買い物頼まれちゃった」
「なにを?」
「漫画。受験生のくせに。母さんからも頼まれたからついでにだってさ。やんなるよもう!」
ミズチがログアウトする。Rinも、
「風呂入れって言われたから行ってくる。じゃあまたね」
ログアウト。クーとシュンプウが残った。アップデートのメンテナンスが始まるまであと五分ほど。
「シュンプウはどうする?」
「メンテ開始まで居るよ。どうせ始まったら強制ログアウトされるだろうし」
「だよね!」
そこから話し合う。アプデ後にどうするか。名前を変えたりスタイルを変えたり。装備できる箇所が増えたりスキンをどうするか等々。思い思いに話しているとあっという間に時間が過ぎた。
《メンテナンスを開始します。ログアウトしてください。セーブデータの破損が……》
なので警告が出てからもその内容に気が付かず話し続けていた。
どうせメンテナンスのために強制ログアウトされるだろう、と思っていた。
十七時が過ぎ、辺りが暗くなってきた。夕方などではない。夜でもない。暗転。オブジェクトをそのままに、色だけが抜けていく感じ。
「え……、これって始まってる?」
「……なんだこれ」
クーとシュンプウは訝しむ。だがどうするのが正解か、この時点で判断できていなかった。
固まった。その瞬間、風を感じた。
「え」
感じた風はまるでリアルで、ゲームでは決して感じることがありえないこと。現実で部屋の中に誰か入ってきたのか。窓が開いていた? などと考えが巡っているうちに、目の前のオブジェクトが吹き飛ぶ。そこに座っていたシュンプウごと。
「シュンプ」
一瞬だった。目で追った瞬間に、自分も吹き飛んでいることに気が付いた。
「!?」
視界が逆さまになる。宙に浮いている。地面がなくなっていく。建物が欠けている。
グルグル回る視界の中、いろいろと見えた。
よくわからない存在だった。ドラゴンのようであったり虎のようだったり。猫が仮面をつけて二足歩行で歩いていたり魚が棒立ちしていたり月のような大鎌が揺れていたり満月が見下ろしていたり。
呆然と目に映しながら落ちていく。地面のような硬い場所に打ち付けられる。手で触れると硬さがあるが目に見えない。何も無い硬い空中に触れている。不思議なことが起きている。
「なに……これ……」
空中を様々なものが飛び交う。光。炎。緑色の瓦礫のようなもの。オブジェクトの破片。悪夢のような景色だ。
わけがわからないでいると声が聞こえた。
「……―! ログアウトしろ!」
シュンプウだ。こっちに向かって走りながら叫んでいる。ログアウトしろ。システムを開く。ボタンを押そうとする。
その目の前で、シュンプウが、犬に食われた。
黒だった。闇に飲み込まれたみたいでもあった。牙が光っているようでもあり、その目が、眼光がこちらを見た。
声が出ない。息が出ない。何もかも止まったように感じる。黒が迫る。目の前から光が消えた。
風が背中から吹いた。黒が遠ざかる。飛び退いたのか突き飛ばされたのか。黒と風がぶつかりあっている。目の前で何が起こっているのか、理解ができない。
風が熱い。頭に、身体に、圧し掛かる。重くて動けなくなり、地に伏せた。まるで踏みつけられたみたいに。
風が息吹いたみたいに吹きかかる。噛みつかれたみたいに身体が削れていく。ゲームなので痛みはない。でも不思議な感覚が残る。感じられる。それが不思議で、おかしくて、わけがわからなくて、怖い。
怖い。
前が見えなくなった。頭を食べられたのかもしれない。何も見えなくなったが音が聞こえる。
ぶぅきすからくさせたぁきぃうのぎすひゅーどらみれえあよぎんりおるおんむる
ぶぅきすからくさせたぁきぃうのぎすひゅーどらみれえあよぎんりおるおんむる
ぶぅきすからくさせたぁきぃうのぎすひゅーどらみれえあよぎんりおるおんむる
延々、延々と同じフレーズが聞こえてくる。歌のようでもあり懐かしさが感じられる。
感じながら、どうすることができず、意識が切れることもなく、ただただ聞いていた。
ログアウトしようと伸ばしていた手指の感覚が無い。何もできない。だから聞いている。
無限のような時間。でも、刹那の時間。あっという間に濃い時間を長く感じながら、歌を聴き続ける。
6
気づくとベッドの上に居た。
部屋の電気が付いていて眩しい。光を遮って覗いてきた影が、
「いつまで寝てるの! ご飯だって言ってるでしょ!」
母だった。VR機をひっぺがされ、肩を揺らしながら部屋を出ていこうとする。
「……おかあさん」
「ん? なに? どうしたの」
「うた……うたってた?」
「はぁ?」
母は訝しんだ表情を浮かべながら空を見る。
「そりゃあ歌ぐらい歌うわよ。今日はローストポークがとてもうまくできたの。早く食べてほしいわ。すぐ来るのよ」
「……ねぇ、おかあさん」
「なに?」
「……いま、なん、じ……?」
母は壁にかけられた時計を見る。
「五時半ぐらいよ。なによ早いって言うの? あんた今日は六時からゲームしたいからって言って自分から夜ご飯早く食べたいって言ってたんでしょう。感謝してもらいたいぐらいだわ」
「……うん」
「なに? 調子悪いの?」
「ううん、大丈夫」
言って身体を起き上がらせる。ダルくは無い。身体がある。手足がある。痺れても重くもない。大丈夫。
大丈夫?
「そ。なら早く来なさい」
母が行く。空は、まだ気が抜けたままみたいで、動けない。でも、動くことはわかっている。少しずつ動かすが、それが妙に軽くも感じられて、ふわふわしたように感じる。本当に不思議な感覚だった。
行く。歩く。部屋を出る直前にVR機の電源を切ろうとする。ダイレクトメッセージが届いていた。見るとシュンプウからだった。
『ヒトハチマルマル。ポイント《1-1-5》に集合!』
『了解』
返事を返し、電源を切る。ご飯を食べに行った。
7
メンテナンスは十七時三十五分に終了したと通知が来た。早すぎる。異例の速さにSNS上で話題沸騰となる。
夕食を摂っていたため出遅れてしまったが、空も十七時五十分ごろにログインした。話しによるとログインし直すタイミングでアバターメイクのやり直しができるという話だった。だから《水火風》の中でも作り直しの話で盛り上がっていたのだ。
だが、空がクーでログインしたとき、キャラクターのリメイクができなかった。
「え」
チュートリアル等がスキップされていた。不具合だろうか。それまで使用していたアバターと変わらない姿のままログインした。
「え。ええ。どうしよう。問い合わせとか、不具合報告? すればいいのかな」
アバターの体型が戦闘スタイルに直結するため、微調整が大事になってくる。空もそれまでの経験から身長を変えたいと思っていたのに、出鼻を挫かれてしまった。
そして何よりも視点の低さが気になった。メンテナンス前の視点はサードパーソン、いわゆる三人称視点で遊んでいたゲームだったが、今は視点が低く、自分の手元ぐらいしか見えない、いわゆる一人称視点になっていた。
これも不具合だろうか。悩んでいると、不意に声をかけられた。
「こんにちわ」
声に反応して振り返ると、身長が倍ほど、枝みたいな細身のアバターが立っていた。
「こ、こんにちは!」
「あぁ、ごめんね。急に話しかけてびっくりさせちゃったかな」
「い、いえ、だいじょうぶです」
見上げる顔の高さが倍以上ある。クーは始めの仕様がわからず現実と同じ設定にしてしまったため身長143センチになっている。目の前の男は3メートル近くあることになる。
「ワタシ、今さっき始めたところなのですが、ここからどうしたらいいのかわかりません。PvPをするにはどうしたらいいですか?」
どうやら初心者だったようだ。得てしてこのような状況になるのは初めてなのでクーも緊張する。
「えっと、初めてということでしたら、まずはチュートリアル通り進めるといいと思います」
「オー、チュートリアル?」
「マップ開けますか」
長身の男は手元を動かす。クーも同じく手を動かし、マップを開く動作をする。
空中にウィンドウが浮かび、地図が浮かび上がる。現在地点にビーコンが光る。
「丸い光がついてるところが今自分がいるところです。チュートリアルがまだなら、次に行ったら良い場所ということで赤い点がついています。そこに行くといいです」
「オー! わかりやすい。どうもありがとうね」
よかった。伝わった。と胸を撫でおろす。ホッと一息吐いていると、男が言った。
「PvPができるって聞いてたけどこの様子だとすぐにできるようになるわけじゃないのかな」
「あ、いえ、PvP自体はチュートリアルしなくてもできます。相手との同意があれば」
PvPは【団】対抗で行う六対六が最大だが、個人間で行う最低の一対一がある。相手との同意が得られればどんな場所でも始められる。街中であってもおかまいなしだ。
「そうですかー。では、どうです?」
「え?」
「ワタシとPvPやってくれませんか?」
「えぇ、でも、チュートリアルを受けてからの方が……」
チュートリアルで基本的な動作を学ぶ。装備等の仕様もわかるので自分の戦闘スタイルを決めていける。チュートリアルを済ませるのが普通だが、
「とりあえず戦ってみたいんだよね。合わなかったらやめるつもりで始めてみたんだよね。付き合ってくれないかな」
それならばなおのことチュートリアルを終えてからの方が良いと思うが、とりあえずメインの機能に触れてみたい気持ちはわかる。チュートリアルもすべてこなそうと思うと時間がかかってしまうのは事実だ。そこで飽きてしまう人も少なくはない。
少し悩む。だけど新規プレイヤーに対して厳しいことを言っても仕方が無い。集合時間まで五分ぐらいしかないが、最小ラウンドをこなすぐらいならできそうだった。
「じゃあ、少しだけなら……」
「ホントウ!? どうもありがとう!!」
グッと手を握られる。強い勢いに圧倒される。
ウィンドウを開き、PvP申請をする。敵対プレイヤーを長身の男、
「ワタシ、『フォン・ド・ボー』っていいますー」
敵対プレイヤーを『フォン・ド・ボー』に指定。申請を送る。相手も了承した。
周囲に円形のフィールドが広がる。光の壁が立ち上がり、他者の侵入を許さない。人数によって広さが変わるが、一対一の場合、半径5メートルほどのフィールドになる。障害物等は無く、オブジェクトは透過するようになる。グダグダ防止のための仕様だ。
「よろしくお願いします」
テンカウントのあと始まる。最小ラウンド設定は先三勝ルール。最大五戦の内、先に三勝した方の勝ちとなるルールだ。
相手を見ると、肩を震わせていた。
「――ハッ」
鼻で笑った。
「『クー』だっけ」
「え、あ、はい」
「オマエさぁ、バカだって言われない?」
「え――」
カウントが終わる。と同時、右から横薙ぎの一閃が来た。
早い。右手で持つ短剣で受けようとするが、受け止めた瞬間、砕け散った。その勢いのまま頭に刃が刺さる。頭部が弾け飛ぶ。
1ラウンドが終了した。あっという間。それだけだった。
8
「ッハッハッハッ」
笑う。相手の身体が修復する間、次のラウンドが始まるまでのカウントの中、男『フォン・ド・ボー』が言った。
「初心者だと思ったかぁ?! バッカじゃねーの! 全国で売り切れ続出の人気ゲームで今さら新規が現れると思うのか?」
「え……、でも」
「ウソに決まってんだろぉがよぉ! 気づいてねぇのか? PvPで得られるポイントでランク戦が始まってんだよ。雑魚狩りだよ」
左手に持った長斧を地面に突き立てる。
「一対一のフィールドは半径5メートルのすっげぇ小さいフィールドだ。障害物も無い。このルールで最強なのは、高身長で長物系を装備すること。するとどうだ。たった一振りでフィールドの半分以上を薙ぎ払うことができんだよ」
斧を持ち上げ肩に乗せる。
「オマエもプレリリースからプレイしていた口だろうけどさ、大方【団】対抗の団体戦ばっかりだろ? 低身長でキャラメイクした時点でお見通しだわ。イイカモ見つけたって思った。ほとんどのやつは右手に攻撃武器、盾を左手側に持つやつが多い。高身長で、長物を、上から相手の右手に叩き込むだけで簡単にぶっ殺せるんだわ」
まもなく第2ラウンド開始のカウントが終わる。相手クーも武器を構えなおすが、
「おまけに路上PvPは申請側がリスク負う設定になっていてな。申し込まれた側で勝つと通常よりランクポイントが貰えるようになってんだよ」
2ラウンド開始。合図とともに長斧の一閃が圧倒的なリーチで振り下ろされる。回避しようにもフィールドが狭く、斧の攻撃範囲から抜けられない。スライドを使って横に逃げても、
「オラァ!」
前に踏み込まれると高身長の一歩の長さによって追いつかれる。一回転する勢いの横薙ぎなのでどこまでも追ってくるような錯覚に襲われる。1ラウンドと同じように負けてしまった。
「ハァーチョロいわー。オマエ雑魚すぎぃ。対人ゲー向いてないんじゃないのぉ??」
9
間もなく3ラウンド目が始まる。クーは考えていた。だが、悔しい気持ちが溢れて考えがまとまらない。
どうしてこんなやり方をするのか。言っていることも酷すぎる。見ず知らずの人相手に、なぜそんなことが言えるのか理解できなかった。
早く終わらせたい。一対一のPvPに興味がなかった空にとって、この状況はすでに苦しさしかなかった。あと一回、やられるだけで終わらせられる。
フォン・ド・ボーが言った。
「どうしたの黙っちゃってぇ、泣いてるのー??」
感じ悪い言葉遣いが癪に障る。我慢だ。我慢すればすぐ終わる。泣きたい気持ちを抑える。言い返したい気持ちも溢れるが、言葉が出てこない。言われっぱなしの状況がただただ悔しい。痛い。
「雑魚がよ。このゲーム向いてねぇわ。やめちまえ」
でも、できるなら。
一発ギャフンと言わせてやりたい。
勝手なことばかり言うその口を黙らせたい。
気持ちが固まる。キッと、相手を睨む。間もなくカウントが終了する。長斧を肩に担いでいる。きっとまたさっきと同じ攻撃をしてくるのだろう。
長斧は槍よりも幅広い刃がついており、長い持ち手の先に頭でっかちに取り付けられているため、先端の重さを利用した遠心力で剣類よりも早く振ることができる利点がある。そのため、フォン・ド・ボーの言う通り、一対一の狭いフィールドで短期決戦するのに理に適った武装であると言える。
どうするか。考えながら相手を見ると、気づいた。
相手の体型からわかる技能値。それを予想する。そこからくる相手の武装を。
カウントが終わる。3ラウンド目開始。それと同時、クーは前に飛び出した。
意表を突く動きになる。わざわざ自分の攻撃範囲に入ってくるのだ。相手の驚く顔は高すぎて見えていないが目に浮かぶ。
《レジェンドアーツ》はよくできたゲームだ。リアル志向が強い。なのでその武装においても攻撃判定は全体についている。何も刃の部分だけというわけではない。刃に触れれば切られるし、柄は殴られたようになる。
身体を横に向ける。左手に持つ丸盾を掲げ、斧の持ち手部分を受ける。
斧は先端が重くなっているため遠心力で強くなるが、手前の持ち手部分はその補正を受けない。比較的勢いが弱い分、丸盾も壊れることなく受け止めることができた。
そしてその体勢のまま、スライドを起動させる。
足に装備するスライドは横方向への瞬間移動だ。瞬間、とはいえ規定の距離を即時の速さで移動するということなので、姿を消すわけでも、ワープのような点と点の移動ではない。一瞬の横移動だ。
敵方向にスライド移動。消えたように見えるが消えるわけではない。武器を構えておけば道中を切りつけることができる。大男の足を断ち切る。
「ハァァ!?」
驚くフォン・ド・ボー。耐えかねて膝をつく。両手を突いて頭を垂れるが、斧は手から離さない。
フォン・ド・ボーは大男だ。長身で体重はわからないが細身の体型だ。常人の倍の身長。細身ということは筋力値は低めだ。斧を構えなおすとき、そのつど肩に担ぐ姿を見ている。振るときも上から遠心力を使って。それはつまり、振り下ろすのが限度だとも言える。地面に突いた武装を上下に連続で振ることも難しいだろうと思う。
そして足装備について。足に装備できる武装は体型と体重に依存する。高身長の細身ならば瞬時に移動するタイプの武装は使えない。ジャンプをするにもダッシュをするにも、足の筋力が必要だからだ。筋力値が低いアバターが足に装備できるのは足刀ぐらいしかない。足刀は足で装備する短剣のようなもの。片足を失い膝を突いた体勢で足を振り回すことはできない。
背後を取った。相手の頭の位置も低くなっている。上から短剣を突き立てれば一勝を取れる。
止めを刺そうと近寄る。するとフォン・ド・ボーが素早く身をよじるように動いた。
「舐めんなぁぁ!」
背を地面にぶつける勢いで回転する。その反動を利用して、地面についていた斧が下から上に、ななめに浮き上がる。
予想外の攻撃。マウントを取れるだろうと慢心していたクーは虚を突かれた。
スライドを使って回避しようとするが、横からくる攻撃に対し横移動のスライドは意味をなさない。繰り返すがワープのような瞬間移動ではなく線の横移動だ。当たり判定が消えるわけではないのですり抜けはできない。
せめて前に。フォン・ド・ボーを踏み越えるように移動ができれば。しかし前方向への加速はダッシュでなければできない。
終わった。一矢報うことはできただろうか。悔しい。気持ちが溢れだして来る。諦めたくない。まだ、負けたくない。
・・・・・・
風の匂いがする。
前傾姿勢を取っていた身体が前方向に進む。
横薙ぎ攻撃が眼前を通り過ぎる。
クーの身体は仰向けになったフォン・ド・ボーの頭側にあった。
短剣を逆手に持ち振り下ろす。
顔面に突き立てる。
・・・・・・
ハ、と詰まっていた息を吐く。
目の前に横たわる大男の身体が透けていく。ラウンドが終了したための再構築だ。
試合自体が終わらないためラウンドを一勝したらしい。でもわからない。クーは今、自分は、負けていたはずだ。
「すり、ぬけた……?」
見えていた光景はまるで自分が風になったようで。前方向に瞬間移動。大男の身体を踏み越えた。
「くそが!!」
ガン、と斧を振り下ろすフォン・ド・ボー。
「スライドと、ダッシュか。どっちも装備してやがったか」
「え、いや」
クーはダッシュを装備していない。右足も左足も装備しているのはスライドだ。前方向への加速移動はできないはずだ。
「一本取ったからって調子にのるなよ! もう一本取れば俺の勝ちなんだ!」
第4ラウンド開始のカウントが進んでいる。もうすぐ始まる。うだうだ考えている時間は無い。
「手の内はわかった。もうやらせねぇ」
開始と同時、フォン・ド・ボーは足を振った。足刀が出ている。
靴底から飛び出した刃が宙を切る。後ろに跳んで避けたクーに迫るように、フォン・ド・ボーは両手で持った長斧を振り回す。
遠心力を利用した高速の振り回し。蹴り上げた足を突き立てるように地面に降ろし、その足を軸にして回り始める。
下がろうとするクーだがフィールドは半径5メートル。すぐに壁に突き当たる。
フォン・ド・ボーは回り続ける。横殴りの風が頬を叩く。瞬く間に追い込まれた。
「終わりだ!!」
また一歩、フォン・ド・ボーは踏み込む。独楽のように回る長斧の先端が迫る。
逃げ場が無い。今度は成す術の無いまま終わってしまうのか。考える暇も無い。
膝から力が抜ける。膝が曲がると身体が下に下がる。頭上を斧が通り過ぎたが、それがわかるとフォン・ド・ボーは下向きに斧を調整する。上から下の振り下ろしだ。それまでと変わらない。結局のところ変わらない。
そんなのは嫌だ。膝に再び力が入ると前傾姿勢になる。
・・・・・・
風の匂いがする。
後ろから吹いた風が身体を押し、
後ろに吹く風が意識を引きはがす。
置いて行かれた意識が追いついた頃、
風が空間を引き裂く音がする。
・・・・・・
前に突き出した短剣の切っ先に光が尾を引く。攻撃が当たった後の血を引く演出だ。
クーは自分の立ち位置に気づく。PvP決闘フィールドの中央辺り。先ほどまで壁際に追い込まれていたはずだ。
振り返る。独楽のようにクルクル回る大男の胴部半分まで亀裂が入っている。バランスを崩し倒れた大男はそのまま光になって消えていく。
そして再び視線を戻す。身体が修復されていくフォン・ド・ボーの顔は引きつっていた。
「て、め、え、ええ、えええ」
わなわなと震えた身体を抑えるように身体の前に長斧を両手で持って構える。クーも丸盾を前に、短剣もすぐに突けるように身構える。
第5ラウンド。最終戦。取った方の勝ち。
カウントが終わる。ラウンド開始と同時、目の前が一気に暗くなる。大男が前進してきていた。ただそれだけで身体にかかる影が増えた。
前に構えたままの斧を突き出し、力任せに上から押し倒そうとしてくる。
「スライ――」
スライド発動前に斧が当たる。予想外だった。発動が間に合わず抑え込まれる。
「しねぇええええええええええええ」
このまま押し倒されるとマウントを取られてしまう。そうなると抵抗などできなくなる。ゲームオーバーだ。すぐに倒されるだけならまだいいかもしれない。大男の眼は血走っていた。冷静ではない。感情がこぼれだしている。何をされるかわからない。現実に痛みは伝わらないが、何をされてもいい気分にならないだろう。
嫌だ。負けたくない。力任せに、思うままに、好き勝手されるなんて嫌だ。勝ちたい。スライドを起動させる。
・・・・・・
風の匂いがする。
風の発生源は何処か。
何をもって風が生まれるのか。
風とはいったい何なのか。
その正体を知る者は居ない。
・・・・・・
10
「……ハ……?」
ガン、と音がして我に返る。長斧を掴んだ握り拳が体重を乗せて地面に突き刺さっていた。目の前にいたはずの少年がいなくなっていた。
今まさに押さえつけようとしていた敵。そいつがいなくなっていた。スライドを使ったのかと左右に視線を走らせるが姿が見えない。
どこに――、考えるうちに、地面に広がる影が広がっていることが気づく。
振り返った。地面に手を突いた自分が振り返るとそこには空が広がる。しかし空は見えなかった。影が視界を塞ぐ。
中空を翻り回転しながら後ろ手に短剣を振るう少年の一閃が、視界を、眼を、切り裂いたからである。
11
何が起こったのかわからなかった。
気づけば身体は空中に浮いていた。身体を捩じると真下にフォン・ド・ボーがいたので、落ちながら短剣を振ると当たって勝つことができた。
《クー WIN ランクポイント100 GET》
フィールドの中央に浮かぶウィンドウに表示された文字を見る。ランクポイント100を得た。ランクポイントというのは個人の成績を表する指標になるらしい。プレリリース中は無かったシステムなのでよくわかっていない。
それよりも、と、身体が再構築されたフォン・ド・ボーを探す。彼は地面に座り悪態をついていた。
「クソがぁ! 覚えてろ!」
そう言って、姿を消した。ログアウトしたようだ。
クーは、張りっぱなしだった気力が抜けるのを感じた。その場にしりもちを突いて、ハァーと長く息を吐く。
酷い人がいるもんだ。もう二度と関わりたくない。心の底からそう思う。
「……あ、しゅうごうじかん」
時間を確認すると、十八時を一分だけ過ぎていた。すぐにダイレクトメッセージをシュンプウに送る。
『ごめん! 少し遅れる!』
わずか五分足らずのPvPだったが、とても疲れてしまった。酷いこともたくさん言われていい気分がしなかった。こんなことはもう二度とやりたくない。早くみんなに会いたい。
思い直すと、気力が湧いてきた。ゆっくり立ち上がり、約束のポイントに向かって歩き始める。
12
ポイント《1-1-5》とは全てのプレイヤーにわかりやすく伝わるように簡略された、マップの表現方法である。
《レジェンドアーツ》の世界は基本的に階層構造になっている。《1-1-5》はつまるところ、第一階層第一列第五行地点を表している。階層を賽の目状に分割し、横の列と縦の行を数字で表すのだ。
マップを開くと賽の目分割はもうされているので、それを見ておおよそのマップ地点を表現する。右上を《1-1》とし左下に進むにつれて数が増えていく考えになっている。
その理由は、基本的に《1-1》には拠点となる街が配置されているからだ。最初にチュートリアルが始まる地点も《1-1》にある街からだ。なのでここを起点に遠ざかるほど行くのが難しくなる。
難しくなるというのは、この世界にもNPCがおり、道中を探索していると闘いを挑まれることが稀にある。NPCが必ずしも好戦的であるとは限らないため稀であるが、街が遠ざかれば遠ざかるほど、好戦的な輩は増える傾向にある。
マップを探索していると上階層に上がることができるエリアが出てくる。現時点で判明しているのは第二階層に上がるポイント《1-3-3》。第三階層に上がるポイント《2-5-1》がある。第四階層以上はまだ見つかっていないが本実装に合わせて解放されるだろうと思われている。
なお、ポイント《1-1-5》は最初の街から五つ分離れてはいるものの、道中のNPCに好戦的なキャラクターはいないため、比較的安全にたどり着くことができる場所である。そのため道中には多数のプレイヤーが行き交うことが多く、個人あるいは【団】同士の交流が盛んな道でもある。
「初心者を装った初心者狩り、か。大変だったね、クー」
ポイント《1-1-5》の中でもさらにマップを詳細に開くと、そのエリア内の詳細な地形を確認することができる。《1-1-5》の中の旧公園。そこが、【団】《水火風》が拠点としている場所である。
「PvPって野蛮な考えの人も集まる傾向にあるから、気を付けないといけないね」
「風雅も気を付けてね。そのアバターだと、狙われるかも」
集合時間に少し遅れてログインした風雅と偶然落ち合うことができたので、クーはあったことを話ながら道中一緒に進んでいた。
風雅はアバターの見た目を少し変えていた。メンテ前はクーと同じような身長体重だったのが、さらに低身長低体重肥満型にしていた。
「俺な、トラッパーを極めようと思ってさ」
メンテ前に、風雅がそう言っていた。
「サポート役に徹したい。前衛タイプはゴールドやシュンプウに任せるからさ、俺は後方支援やってみる」
それというのも事前情報から、本実装に合わせて新武装の実装が発表されていたからである。
「今までは両手両足だけの装備だったじゃん。それが増えるらしいんだよね。頭部・胸部・胴部・背部の四か所。面白いことができそうなんだよね」
基本的に攻撃手段が増えることは無い。頭部と胸部に関しては防具が追加され、そのポイントに対する攻撃を一定回数防ぐことができるようになるらしい。基本的に防具は使い切りで武器と違って同試合中の修復は無いが、これまで急所だったポイントへの攻撃が一定回数凌げるということで、スナイパーやリボルバー等の使い手、ガンナータイプに対抗できるようになるらしい。
胴部と背部にはアクセサリーを含めた特殊技能アイテムが追加される。それらは組み合わせによって武器を強化することができるとのことで、様々な可能性が広がることを期待されている。
低身長低体重にした理由は、
「素早さを上げたいのと見つかりにくさに気を付けつつ、装備できるアクセの幅を広げておきたいんだよね」
アクセサリーの装備条件は様々で、身体が大きくないと装備できないものもあるが、小さいほうが圧倒的に装備できるものの幅が広がることがわかっている。武器は身体が大きいほど選択肢が広がるが、アクセサリーは小さいほど選択肢が広がるということだ。
「それにしても、身長100センチは思い切りすぎだよ」
「事前情報でわかってる分はカバーできるようにしたらこうなった。ほぼ全種類対応できるはず。あーあ、早く上層行ってアクセ集めたいなー」
アクセサリーなどの新アイテムは上層に行けば行くほど集められるらしい。第一階層は初心者向けということで、プレリリース時にできていたこと以上のものは増えないとのこと。第二階層に行くこと自体は難しくないので新アイテムにすぐ触れたいのであれば拠点を第二階層に移してもいいかもしれない。
「でもさぁクー」
「なに?」
「なんでリメイクしなかったの? 何も変えてないよね?」
いろいろと立て込んでいたせいで忘れていた。アバターのリメイクができなかったこと。風雅はリメイクできていたので不具合だろうことは明らかだ。公式に問い合わせてみるべきだろうか。
「うん……。後でどうにかしてみようと思う。でも今はシュンプウを待たせてるからさ。いこ」
「おう!」
少し駆け足になって行く。集合場所にたどり着くと、大盾を構えた大男が立っていた。
大男とはいえ、今の視点から比較的大きいというだけで、さっき襲われた3メートルの大男よりは低い。
身長2メートル強、豪奢な体格をした大盾使いは、
「Rin?」
「そうだよ。……? どうした?」
細身……、いやかなり綺麗に引き締まった身体をしている。屈強なボディビルダーみたいな、張った胸、広い肩。上手く表現することができないが、でもはっきり言うとするならば、
「何そのアバター!? カッケェエ!!!!」
風雅が目をキラキラさせて叫んだ。Rinは少し照れくさそうに、
「かーなーり、拘った。こうするよな、ここいじるとバランス悪いから、こっちも盛って、こっちは減らして、みたいにすっげぇ時間かけたから、そう言ってもらえると嬉しいよ」
Rinは見た目にかなり拘ったようだ。これで中身が小学六年生だとは誰も思わないだろう。
「身長212センチ。体重101キロ。重さ3の武装を装備できる最小の値を探した。筋力値もギリギリ、ダッシュは使えるようにした。これで大盾構えつつ長槍か長斧を使えて、足はダッシュで速度を維持しつつ立ち回れるはず」
「後衛の盾役としてかなり理想的に仕上がったね。ミズチと基本行動することになるのかな」
「シュンプウの作戦次第になると思うけど、メインはそれにして場合によっては二対一を作るときのタンク役もいけるはず」
「いいね! クーとゴールドが引っ搔き回している間にどっちかと挟み込むとかできそう! 戦略広がるなぁ」
「今のところ僕とゴールドが前衛、シュンプウとRinが中盤に居て、遊撃・サポート役の風雅、後衛ミズチ、の布陣かな」
「リメイクで変わりすぎてない限りはそうなるんじゃないかな」
「三人待ちだね」
Rinが言って気づいた。
「あれ? シュンプウは?」
集合時間を指定したシュンプウをまだ見ていなかった。Rinは首を横に振る。
「いや、俺もリメイクに拘り過ぎて時間かかっちゃってたから集合時間に遅れてたんだよね。でも来たら誰も来てなかったからさ」
「宿題やったり親父とおっかあにゲームのこと言われまくってたから俺もクーと会うまでは誰とも会ってない。一応シュンプウにDM送ってたんだけど、返事来てないな」
風雅はウィンドウを開いてダイレクトメールを確認していた。クーも直前に出したダイレクトメールの返事を確認するが、来ていなかった。
「シュンプウが遅れるなんて珍しいね」
その通りだ。シュンプウは結構時間にうるさい。【団】に対しては甘いところはあるけれど、リアルでのシュンプウ――春風庚午は、クラスでも優等生でありムードメーカーであり、先生にもとても信頼されているやつだ。自分から言った集合時間を守らないなんてそれまで無かったことだ。
どうしたのだろう。ふと、先ほど自分の身に起こったことがフラッシュバックされる。もしかしたらシュンプウもどこかで襲われて……、等と考えていると。
「お~ま~た~せ~! まったぁ~ん」
妙に身体をくねらせながらゆっくりと歩いてくる女性に声をかけられた。
「ごめんなさ~いね~。メイクに時間がかかっちゃって~ん」
「……????」
わけがわからず、三人で顔を見合わせる。こんなとき、風雅は誰かの後ろに隠れる。Rinは隠れはしなくても自分から声をかけることはしない。なので必然、クーが対応することになる。
「あ、あの……誰かと間違えてませんか?」
「あ~らやだ~。わからないの~?」
そう言って女性は喉元に当てていた手を外して、
「俺だよ~。お~れ~。ゴールドだよ~ん! はっはっは~」
「ゴ、ゴールド?!」
「リメイクしちゃった。どうよどうよ!」
Rinも風雅も驚きを隠せない。見た目はどう見ても女性で、それだけだと中身が見知った同級生だと気づけなかった。
「いやいやいや! リメイクするにしても性別から変えちゃう!?」
「面白いかと思ってやっちゃった」
「やっちゃったじゃないよ! え、なにで闘うの? 細身だから前衛?」
「いや~女型って体型に補正が入るみたいでスライド装備できるようにする条件厳しくなっててさ~。作ってから気づいたんだけど装備できなくてさ」
「……は?」
「剣装備する条件の調整も面倒くさくてさ~。だからもう思い切ってガンナーになってみようと思うんだわ。両手リボルバーで移動ガンナー! どうよかっこよさそうじゃね!? 二丁拳銃よ」
両手にリボルバーを出現させて撃つマネをするゴールド。驚きと呆れなどの感情がいっぱいで何も言えない三人。何も言えない。もうそれが答えだった。
「それにこれ見てよ。女型って体型補正かかるって言ったじゃん? この部分とか見てよ。――エロくね?」
お尻や腋の横などを見せつけてくるゴールドに風雅に怒鳴る。珍しい光景だ。【団】対抗戦に一番熱く取り組んでいるのが風雅だ。かなり緻密にチームのバランスを考えていた。その中で自分はサポート役をやると言い、しかしゴールドはよくわからない理由でアバターリメイクをしたことで、どこかの線が切れてしまったようだ。ゴールドを地面に座らせ怒り散らしている。その光景もまたおかしいもので、傍目には100センチの小学校低学年が高校生くらいのお姉さんを正座させて怒っているという。
ある意味でこのゲーム、《レジェンドアーツ》の多種多様さ、完成度に驚かされる。
風雅とゴールドのやり取りを眺めつつ、ダイレクトメールを確認する。返信は来ていないし、追加で送ったメールに対しても応答が無い。
「ログインはしてるみたいだけど、どこにいるのかな」
Rinが言った。フレンド登録しているのでログイン状況は把握できているが姿と返事が無いというのが大変気がかりだ。ただただ心配して待っているしかないという状況が続く。するとあるタイミングでみんなの通知が鳴る。みんなで一斉にダイレクトメールを確認した。シュンプウからかと思ったが違った。ミズチからだった。
『《1-2-4》に来て。シュンプウがおかしい』
さらにマップに詳細な地点のビーコンが光った。『シュンプウがおかしい』。その内容に訝しみながら、急ぎ指定のポイントに向かう。
13
ミズチはメンテ前と変わらない姿だった。彼は地面に伏せて前方を見張るような体勢になっていた。
「ミズチ。どうしたの?」
近づくと変わらない体勢のまま伏せるようにジェスチャーした。従うと、前を指さして、
「シュンプウがいるんだけど、おかしいんだ」
見ると、そこにはPvPフィールドができあがっていた。小さいので一対一だろう。その中に、シュンプウが居た。
「ずっとやってるんだ。かれこれ7戦目ぐらい」
「え!?」
「対戦相手は代わる代わる。CPUも居るけど、通りすがったプレイヤーにも声をかけて挑んでる。で、全部勝ってる」
「なんで……」
「わからない。始めは拠点近くでやってるのを見かけたんだけど、そこから近くにいたプレイヤーに声かけまくってこんなところまで来てる。なんだろう。暴走?」
「暴走にしてもおかしくない? 集合時間はとっくに過ぎてるよ。シュンプウが時間を気にしないなんて」
「うん。おかしい。だから、おかしいんだよ。今のシュンプウ」
目の前のフィールドが弾け飛んだ。対戦が終了したのだ。立っているのはシュンプウだ。勝ったみたいだが、特段喜んでいる様子も無い。
ゴールドが飛び出した。次いで風雅、Rinとクー。遅れてミズチも走ってくる。
「お~いシュンプウ!」
ゴールドが呼びかける。シュンプウがピクりと反応し振り返った。その表情は暗く、眼はうつろだった。
「誰?」
いやまぁ、そうなるだろうと思った。
「誰でもいいや。ねぇ、バトルしようよ」
「シュンプウ……?」
ゴールドの手元にウィンドウが開く。PvPの申請承認画面だ。シュンプウからゴールドにバトルの申請が届いていた。
「シュンプウ! わかりづらいけどこいつはゴールドだよ。Rinも風雅もミズチも集まった。今日も集まってなんかやるんだよね」
「……クーか」
シュンプウは呆然とした様子で、ゆっくりみんなを見回す。その過程で、眼に光が戻ったようだった。
「あぁ、そうだった」
シュンプウは言った。
「今日は皆でアプデ後がどうなったか確認してみたくてさ、模擬戦しようと思ってたんだ」
「模擬戦?」
そう、とシュンプウは頷いた。
「待ってたよ~皆。遅いんだから。ゴールドは宿題終わったのか?」
「おう! 終わらせてきた!」
いい顔した女性が「おう!」と言うと奇妙な感覚が芽生える。シュンプウは笑った。
「ゴールドなんだよその姿。まるっきり変わったなぁ。それならなおの事どう闘うのか確認しないとな。承認してくれ」
「わかった」
「ま、待ってゴールド!」
クーはゴールドを呼び止めた。ゴールドはなんだと振り返る。
「おかしい……やっぱりおかしいよ、こんなの」
シュンプウの様子がおかしい。さっきまでの態度と今の態度はまるで違う。でも、何がどうおかしいのか、上手く言葉にできない。迷ったクーにゴールドは、
「わかってる」
と言った。
「俺は直接確かめる。みんなは見ていてくれ」
「ゴールド……」
クーはゴールドから離れる。ゴールドはウィンドウに表示された承認ボタンを押した。
「シュンプウは宿題終わったのか?」
「宿題?」
シュンプウは口の端を上げながら、何かが面白いと言った顔で応えた。
「そんなのどうでもいいよ」
14
シュンプウ対ゴールド。
一対一のPvP。フィールドは半径5メートルほど。障害物は無い。
「シュンプウのアバター、変わってないね」
風雅が気づき、言った。シュンプウもアバターのリメイクをしていないようだった。メンテ前と変わらない。だけど一番の変化は雰囲気だ。わずか数時間の間に、何があったのだろうか。
「始まるよ」
テンカウントが進み、二人の闘いが始まった。
シュンプウの装備は右手に長剣、左手に丸盾の剣士スタイルだ。足にはジャンプとスライドを装備し一対一の状況でも闘える装備にしている。
ゴールドは先ほど言っていた通り二丁拳銃になっている。足装備はわからないが、変わってなければジャンプとダッシュのはず。
「え、違う」
風雅が驚いたように言った。見ると、シュンプウの装備が違っていた。
右手に長剣、左手にリボルバーの変則二刀流になっていた。
「行くよ。ゴールド」
瞬間、シュンプウの身体が加速した。ダッシュだ。足装備も代わっていた。一瞬でゴールドの正面真ん前に移動したシュンプウは長剣を振るった。
ゴールドの姿が消えた。
「行くぜ。シュンプウ!」
こちらもダッシュで加速していた。すれ違うように移動する。振り返りざま、手を後ろに伸ばし、光弾を射出する。
《レジェンドアーツ》におけるガンナー装備は三種類だが、そのうちリボルバーは銃器の形を持たない。
手指を砲身代わりにし光弾に指向性を持たせる。任意のタイミングで射撃でき、連射はできないが速射はできる。射撃のあと一秒の間を置くことで次弾を射撃できる。最高六発連続で射撃したあと、リロード時間ということで十秒を要する。なお、リロードは六発撃ち切るまでにもでき、一発撃っている状態なら二秒。二発なら四秒。三発なら六秒。四発なら八秒で、五発と六発は十秒となっている。なので六発撃ち切ってから十秒のリロードをするか、少ない射撃の状態で細かくリロードをするか、プレイヤーによって考えが異なる。
ゴールドは断然、完全に撃ち切るタイプである。
隙を突いた相手に向けて指向を定めると射撃を開始する。それを両手分。適当な連射ではない。半秒程度の間をもって左右の射撃を繰り返す。そうすることで撃たれた側は間断無く連射されているように感じる。
通り過ぎ様に裏を取ったゴールドは右手から始めた。口で小さく「バン」と呟く。それでリズムを作っているのだ。左で「バン」。避けようとする相手に向けて指向を調整して右で「バン」。左で「バン」。これを六セット。全十二発撃ち切った。
盾を持つプレイヤーでも盾の耐久が持たない。丸盾でリボルバーの弾六発分、大盾は十八発分耐えることがわかっている。盾を持たない今のシュンプウならば、全身穴だらけになっているはずだ。
だけど普通はそうなる前に撃つのをやめる。全弾撃ち込むまでに相手の撃破通知が届くからだ。だけどゴールドは全弾撃ち切った。それが何を表すのかと言うと、
「ゴールド、知ってたか?」
シュンプウは背後から撃ち込まれた全十二発のリボルバーの弾をくらっていなかった。
「リボルバーの弾って重ねられるんだぜ」
シュンプウの左手に光弾が集まっていた。全十二発分。ゴールドが撃った弾だ。
そこに自分の一発を重ねて、シュンプウが撃ち放った。ガトリングとも違う。全弾の射撃タイミングが重なった一撃が放たれ、ゴールドの身体を跡形も無く消し飛ばした。
15
「なに……今の……」
ゴールドのリボルバーを素手で受け止めたシュンプウのカウンターが決まった。結果はシンプルだが、シュンプウのやったことで話が変わってくる。
「リボルバーの弾をリボルバーで受け止める……? そんな技、知らないぞ」
皆で固唾を飲んで見守る勝負。しかしそれは、これまでの経験を根底から覆す技から始まった。そしてすぐに2ラウンド目が始まろうとしている。
「じゃあ、次はこれだ」
シュンプウが言って、右手と左手を重ねるように構えた。左手から放たれるリボルバーの光が、右手に持つ長剣と共鳴する。
「避けてみろ。ゴールド」
ラウンド開始と同時、シュンプウはそれを横薙ぎに振った。ゴールドは驚きに目を見開いたが、すぐに反応しジャンプを使って上に逃げた。
シュンプウの長剣は異常な長さに伸び、それはフィールド限界の壁を超す圧倒の長さになっていた。
シュンプウはそれを軽々と振るう。半月を描いてフィールドを両断した長剣を頭の後ろに振りかぶり、跳んで逃げたゴールドを正面から真っ二つに叩き切った。
圧勝だった。先3勝ルールなので、あと一回シュンプウが勝てばバトルの勝利となる。
「シュンプウ! なんだよそれ!」
フィールドの外から呼びかけると、シュンプウは気分良さそうに笑顔で振り向いた。
「……知らない。よくわからないけどできるようになってたんだ」
「新しいアクセサリーの効果とかじゃないの?」
「新しい装備はつけてないよ。剣とリボルバーを合わせるだけでできるんだ」
クーは後ろの皆に振り返る。風雅は首を横に振って、
「そんなことができるようになるって情報は出てないよ。新機能? バグ?」
「掲示板見てみる」
Rinが手元の操作を始める。調べてくれている。クーはシュンプウに向き直る。シュンプウの態度はとても気楽そうなものだ。できて当然のようにいる。だがクーは何となくだが、それが異様な力であるように感じていた。
「シュンプウ、それは何て言うか……ダメな気がする。使っちゃダメだ!」
「えー、なんでだよー」
シュンプウは納得がいかないようで反論してくるが、それを上手く指摘する言葉が見つからない。言葉に詰まっていると、
「まーしょうがないか。このまま次で終わるのもつまらないし。ゴールドも何もできないままじゃ嫌でしょ」
「は?」
「シュンプウ……?」
「チャンス上げるよ。今回俺はリボルバーを使わない。これで勝ってみせてよ。ゴールド」
挑発。さらには縛りをつけると宣言する。気の荒い性格が多いPvPゲームではよく見る光景ではあるが、
「らしくない……らしくないよ、シュンプウ」
風雅が呟くようにこんなスタイルはシュンプウらしくない。シュンプウは【団】《水火風》のリーダーで、学校でも優等生で皆の中心にいつもいるようなやつで、ムードメーカーで、大人からも一目おかれてるようなやつで。こんな品の無い挑発をするようなやつではなかった。
それがどうして……。考えている間にラウンドが始まった。でも、どちらも動き出さない。
「? どうしたのゴールド? 来なよ」
シュンプウは待ちの姿勢でゴールドを見ていた。ゴールドは俯いたまま動かない。
「シュンプウ。いや」
ゴールドが言った。同時、その姿が消えた。
ダッシュだ。瞬く間にシュンプウの目の前に加速移動したゴールドは左手でシュンプウの長剣を掴み、
「誰だお前」
左のリボルバーを発動。長剣を砕き、バランスを崩したシュンプウに追撃の膝蹴りを叩き込んだ。
16
当たり判定は全身にあるので身体が接触してしまうという状況はままあることだが、意図して蹴りを攻撃に組み込むことはそうそう無い。
主にダメージとして判定されるのは手に持った武装による斬撃や銃撃による一撃だ。これらは頭や胸部・胴部に当たると撃破に直接繋がり、手足に当てるだけでも欠損など見た目にも明らかなダメージとして反映されるからだ。足技で与えるダメージとしても足刀という武装が存在するが、それで無ければ蹴り技など、通常の戦法として使われることは無い。
PvPは基本的に即断即決。早く相手を撃破し、勝利条件を満たすことが肝である。なので足刀を装備してもいないのに足で蹴られるなどとは、意識の外に追いやられていた。
結果、大したダメージが入っていないものの、蹴り飛ばされたシュンプウは地面に転がることになった。長剣も砕かれ、リボルバーを縛ると宣言した以上、今攻撃されると抵抗する術を持たない。
ゴールドは右手を突き出す。倒れたシュンプウを狙ってリボルバーを放つ。
一発。直線を引いて飛翔する弾丸に対し、シュンプウは左手を迎えるように突き出す。左手に当たる前に弾丸が止まる。
次いでゴールドは跳んだ。ジャンプで倒れたシュンプウを飛び越える。宙で身をひるがえし、体勢を整え、右手で追撃のリボルバーを放つ。
シュンプウはその動きを追えていなかった。横になり半身になっているため視界が狭く、かつリボルバーの弾丸は光り輝き視力を奪う。飛び越えるゴールドの動きを把握できないのは当然であった。
背後に回り込んだゴールドの追撃が、シュンプウの背中に刺さる。
17
ゴールドが勝ったと思った。
クーも風雅もRinもミズチも、そしてゴールド本人も、決まったと思った。
しかし、弾丸はシュンプウに届いていなかった。背中に当たる直前、光弾は止まっていたのだ。
何が起きているのか理解が及ばない。普通ではないことが起こっている。それだけは明らかだった。
「……はっは」
シュンプウが笑った。ゆっくり起き上がる。身体に追随して光弾が浮かび上がっている。
「悪いなゴールド。お前じゃ俺に勝てないみたいだ」
「……なんなんだよ、それ」
「さぁ? わからない。けどいいだろ別に。できるんだから。え、できないの? お前」
言いながらシュンプウは左手を突き出す。ゴールドから受けたリボルバーの弾を撃ち返した。
ゴールドは咄嗟に動いて避ける。リボルバーの弾は直線軌道、弾速もそこまで早くない。軌道が読めればそこから逸れるように動けばいい。速度に自信のあるゴールドはいつものように動いた。だが避けきれなかった。リボルバーの弾は脇腹を抉っていく。
リメイク前と体格ががらりと変わっていることが頭から抜けていた。元の感覚とでは速度も一歩のリーチも違っていた。
「っ――! リボルバーは使わないんじゃなかったのかよ」
ゴールドも反撃でリボルバーを撃つ。両手とも。通常の倍量の弾丸が飛んでいくため対処が難しいはず。だがシュンプウは避けなかった。避ける素振りも一切見せず棒立ちのまま。それなのに、弾丸はシュンプウに当たる前に止まった。足を狙っても、頭を狙っても、胴体を狙っても。すべての弾丸が当たる前に空中に静止した。
「そうだっけ」
シュンプウは応える。その眼は虚ろで、視点がどこを見ているのかはっきりしていなかった。
「勝負だぜ。勝つことが目的なのに、勝てないからって文句言うのは違うだろ」
「そっちが言い出したことだろ」
「忘れたよ。てかどうでもいいよもう。お前は俺に勝てない。わかるだろ?」
ゴールドは全弾撃ち切った。狙いをあえて散らしていたのに、そのどれもがシュンプウに届く前に止まっていた。
初めに破壊したシュンプウの長剣も修復時間を終え復活していた。
「さて、リロードが完了するまで十秒ぐらいか」
シュンプウは左手を右手に重ねる。光が融合し、長剣の刀身が伸びる。
「逃げ切ってみろよ」
長剣を振るう。圧倒的なリーチはフィールド限界まで伸びる。動作が遅いゴールドのアバターは避けきれず足を切られる。
「おせぇおせぇ!」
横に縦に。雑に振るだけで脅威になる。腕と足を切られるゴールド。
「よえぇよえぇ!」
剣を振りながら受け止めたリボルバーの弾を解き放つ。
手足を失ったゴールドは動く手段を失った。胴と手足を中心に釘付けにされる。
上半身だけになったゴールドの首を掴み上げ、掲げる。
見るも無残な姿だ。だがまた撃破判定になってない。急所になる頭部と胸部が無事だからだ。それをわかっているようで、シュンプウは笑った。
「無様だな。ゴールド」
「…………」
「なぁ今どんな気分なんだ? 一矢報いることもできず、無様を晒して。圧倒的に負けて。どんな気分?」
「……テメェは」
「あん?」
ゴールドは唯一残った手を掲げ、シュンプウの顔を掴んだ。
「誰だ! シュンプウを返せ!」
零距離射撃。顔面に直接リボルバーを撃ちこむ。
だが――、
「そうか」
光が弾けた。弾は散り、粒となって周囲を舞う。
「こいつはシュンプウっていうのか」
舞う粒子は規則を持って動く。シュンプウの後ろに広がり、それらすべてに殺意がこもると、その矛先をゴールドに定める。
「オレは、【――――】」
聞き取れない。奇妙な発音だった。
「お前はなんだっけ。まあいいや。じゃあな、ザコ」
光の粒子がゴールドに降り注ぐ。雨が身体を貫く。跡形も無く、すべてを洗い流すように。
18
試合が終わった。終わってみると3-0の圧勝だが、その内容は筆舌に尽くしがたいものであった。
クーは、何も言えなかった。固唾を飲んで見守る。次にシュンプウが発する言葉を待った。
皆も一緒だった。誰も何も言わない。シュンプウを、リーダーの言葉を待った。
「……つまんな」
頭から血の気が引けた。そんな言葉は聴きたくなかった。
唖然としているとシュンプウは歩き出していた。こちらに背を向け、遠く離れていく。
「シュ、シュンプウ! どこいくの!?」
シュンプウは振り返らなかった。興味が無いとでも言うように。無言のまま歩き去る。
クーたちはその後ろ姿を眺めることしかできなかった。
「ゴールド、大丈夫!?」
風雅がゴールドに駆け寄る。ゴールドは座ったまま動かない。
「わりぃ……。今日は落ちるわ」
そう言ってログアウトした。
「あ……」
返事をする間もなく。呆気にとられているとRinが、
「ねぇ! 見て!」
ウィンドウを開いて見せてきた。先ほど調べものをしてくれていたがその延長で見つけたページなのだろう。とある掲示板のスレッドだ。そこにはこうあった。
『バグか? チートの利用か? 《武装の融合》が見つかる!』
『これってマジ? チート?』
『一応公式ページから問い合わせて解答待ちだけど、これが仕様だと思う? 他に再現できた人いないんでしょ?』
『十中八九チートだろ。初日からヤってんなー』
様々な会話のやりとりの一番上、報告として挙げられた動画は、バトルの録画だった。そこにはシュンプウの姿が映っている。
「シュンプウが晒されてる!?」
「ど、ど、どうしよう!?」
「どうしようったって、こんなに盛り上がっちゃってたら、もう……」
スレッド内の会話はかなり盛り上がっていた。中にはシュンプウに対する誹謗中傷も多く見ていられなかった。
「チート……なのかな、あれ」
「……わからない」
「ガンナーの弾が絶対に届かないなんてありえる?! 剣と合体させて伸ばすなんてのも! そんなの、最強じゃん」
「公式の挙動だとは思えないけど、でも、チートだとは何とも……バグなんじゃ」
「バグって言えるようなモノじゃないでしょこんなの! バグってのは障害物すり抜けちゃったり空を飛んだりとか、そういうのでしょ!? それにしたって意図して使うのはマナーとしてナシだし! まさかシュンプウが」
「――やめようよ!!」
段々と大きくなっていく声を遮り、クーは言う。
「明日シュンプウの家に行ってくる。シュンプウが何を考えてるのか直接聞いてくるよ。だから!」
泣きたくなる気持ちを抑え、この場を収めるためにも言う。風雅もRinも口をつぐみ黙った。ミズチが、
「明日、みんなで行こう。ゴールドはわからないけど、声かけとくよ」
「――わかった」
「うん」
とりあえずこの場は収まった。今日のところは解散し、また明日以降集まって考えることにした。
できるなら、この出来事が悪い夢で、明日には掲示板のスレッドも消えてて、シュンプウも――春風庚午も――元に戻っていることを願って、ログアウトした。
19
翌朝。土曜日なので学校は休みだ。朝ごはんを食べたらすぐに出かける。
「え、ゲームしないの?」
母が驚きながら言ってきた。
「昨日なんか新しいの始まったんでしょう? てっきり一日中引きこもるのかと思ってた」
「ちょっと出かけるだけだよ」
「あ、じゃあすぐ帰ってくるのね」
何か裏があるような言い回しが気になった。母の言葉を待つと、
「今日はパパとおデートしてくるわね。お昼ごはんは冷蔵庫に入ってるから温めて食べてね」
「え、聞いてないよ」
「言ってないもの~。空ももう六年生だし大人の買い物に付き合うって柄じゃあないでしょ? ゲームしたくてお留守番したがると思ってたし。付いてきたいの?」
「いや、別に」
「じゃあいいじゃない。すぐに出ちゃうから鍵持って出て行ってね。念のためお小遣いも置いて行くから、何か欲しくなったらコンビニにでも行って買ってね」
至れり尽くせりの待遇だ。かなり機嫌がいいみたいだ。こんなときは何か言うと段々機嫌を悪くしていくし怒られかねないから反抗するようなことは避けるのが吉だ。わかった、と言って鍵を受け取り出ていく。
時刻は八時を回っている。あんまり早すぎてもお家の人に迷惑だろうと思い少し待った。家を出る前に庚午にダイレクトメールを送ったが返信はまだ無い。
春風家の近くにある公園で待ち合わせる。家が遠い凛は来れなかったし、金太はあれから応答が無い。風雅と伸が来てくれており合流して一緒に向かう。
インターフォンを鳴らしお家の人に挨拶する。お母さんが出迎えてくれた。
「あら~、どうしたの?」
「庚午くんと約束してて。いますか?」
「あらあら~、あの子ったらも~。昨日もずっとゲームやってたみたいでね。まだ寝てるみたいなの。呼んでくるわね」
玄関を開けたまま、お母さんは二階に上がっていった。
そのまま待たせてもらっていると、奥から制服を着た男子が出てきた。
「ようガキども」
庚午のお兄さんだ。中学三年生だったか。食パンを咥えながら靴を履き始める。
「相変わらず仲良しだな~お前ら。でも今日はゲームじゃねぇんだ?」
「ゲームもするけど、今日は、その」
「どうした?」
「……昨日、庚午の様子がちょっと、おかしかったから」
「庚午が?」
お兄さんは少し考える様子を見せ、思い出すように言う。
「あいつ、昨日は晩飯も食わねぇわ風呂も入らねぇでずっと寝ながらゲームしてんのよ。あれなんだっけ。れじぇんどなんちゃら? 今日もまだ起きて来ねぇし。そんなに面白いんかね」
お兄さんは受験生なのでゲームを禁止しているらしいのであまり良く思っていないようだ。今日も受験勉強のために学校に行くのだろう。靴を履き終えようという、そのとき、
「庚午ちゃん!? どうしたの? ねぇ!!」
二階から、いつも穏やかなお母さんのとは思えない、悲鳴のような声が聞こえてきた。
皆驚き、お兄さんも動揺を隠せないようで、
「母さん? どうしたの?」
「庚午ちゃん!? 庚午ちゃん!!」
履きかけの靴を脱ぎ棄てて、お兄さんも二階に上がっていく。空たちも迷ったが、ただ事ではない様子が気になり上がることにした。
「お、お邪魔します!」
お兄さんを追って二階に上がる。上がってすぐの部屋が庚午の部屋らしい。扉は開けっ放し。中を見ると、ベッドの上で横たわる庚午をお母さんが揺すり続けていた。
「起きて! 庚午ちゃん起きて!!」
「もしもし、弟が! 弟が起きないんです!」
隣でお兄さんが電話をする。異常事態の光景に、空たちは何をすることもできず、ただ扉の隙間から、発狂したように庚午をゆすり続けるお母さんと、わずかに見える庚午の寝顔を目に焼き付けていた。
20
間もなく救急車がやってきた。乗せられていく庚午と付き添うお母さんお兄さんを見送る。
初めて遭遇する非日常の光景に、空、風雅と伸は、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。
公園のベンチに座り、何が起こったのか整理する。
「庚午が、目を覚まさない」
「し、しんでないよね?」
「バカいうなよ!」
「で、でも!」
「寝てるみたいだったよね……。息をしてて、温かくて、脈もあるから死んではいないって」
「意識だけが無いみたいで、寝ているって」
いくら揺すっても、頬を叩いても、近くで大声で叫んでも目を覚まさない。そんな異常。
「どうなっちゃうの、庚午は……」
「…………」
何も言えない。何もわからない。そんな重苦しい無言が空気を包む。
数分。誰も口を開かない時間が過ぎると、突如、空の携帯電話が鳴った。
驚きながら電話に出ると、凛からだった。
『家に行ってみたんでしょ? どうだった?』
「それが……、庚午が、寝たまま起きないって。やばいって、救急車が来て、家族で乗って」
起こったことを拙く伝えると、電話の向こうで凛も驚いた様子が伝わってきた。だがその驚きは空たちとはまた違う驚きだった。
『……シュンプウ、居るよ』
「え……?」
『俺、またシュンプウのあとを追ってみてるんだ。たぶん、ログアウトしてない。今も道行くプレイヤーに片っ端からPvP挑み続けてる』
「え、は? どういうこと?!」
電話の向こうで凛は冷静だった。いや、どこか怒っているようでもあった。何が起こっているのかわからないが、よくないことが起こっている。巻き込まれているんだということの実感が湧いてきているのだ。
『シュンプウは今もゲームの中に居る。でも庚午は意識なくて病院にいるんだろ。なんだよこれ。じゃあアイツは誰なんだよ!』
ゲームの中にシュンプウが――春風庚午のアバターが動いている。でもリアルの春風庚午は意識不明で病院に搬送されている。では誰がシュンプウを動かしているんだ。庚午の意識はどこに行ったというのだ。
「――庚午の意識が、ゲームに捕らえられているって、こと?」
空の素っ頓狂な呟きに、風雅が首を横に振った。
「そんなまさか!」
「いや、まて」
伸が呼び止める。携帯を操作して出した画面を見せてくる。
「掲示板でシュンプウのことを報告していたスレッドが消えてる」
見ると、昨日、あれだけ騒がれていた掲示板の一部が消えていた。スレッド番号も飛び飛びになっており、そのうちの一つを見ると、
『なんか掲示板妙に消えてない? NGワードではじかれてるんか?』
『チーター報告すると消されるらしい』
『例のPK野郎について書くと消されるっぽいぞ。運営もなんかヤッてんのか?』
『そろそろ公式発表とか無いんか? 証拠隠滅するだけ? 何やってんだよ!』
かなり炎上気味に盛り上がっていた。SNSでもトレンドに上がっており、《レジェンドアーツ》について不平不満が飛び交っていた。
「何これ、酷い」
思わず零れる感想に、再び言葉が出なくなる。
『みんな、ログインしてこれる?』
電話の先の凛が言った。
『シュンプウを止めよう。アイツの中身が何なのか、突き止めないといけないだろ』
「凛は今近くにいるの?」
『うん。見張ってる。でも俺だけじゃないんだ』
「え?」
『俺以外にも遠巻きにシュンプウを見ているプレイヤーが何人も居る。多分撮られてる。これ以上シュンプウを好きにさせてたら、どんどん悪い方向に晒し上げられちゃう』
一息空けて、意を決するように、強い語調で言った。
『シュンプウを倒そう。俺たちで』
21
それぞれが家に帰ってログインすると約束し通話を切った。
Rinは周囲を見回す。遠巻きに、隠れながらシュンプウを見ているプレイヤーが少なくとも三人。シュンプウは今PvPの最中だ。
「さて、どうしようかな」
シュンプウは今や無差別に襲い掛かっている。PvPを挑まれた側はそれを拒否することができるので今やNPCが主な対戦相手となっている。今見ているプレイヤーは何が目的かわからないが、もしかしたらこれから挑みに行くつもりのやつもいるかもしれない。
下手に関わられるとその事実を盾に噂話に拍車がかかるかもしれない。PvPのときを録画されでもしたらそれこそ証拠となってしまう。阻止したい。
シュンプウの現実の身体はとんでもないことになっているらしい。ならば今シュンプウを動かしているのは誰なのか。シュンプウを利用している不届きな輩がいる。それがどうにも許せない。
「皆が来るまで、時間を稼がないと」
思っていた矢先、目の前で展開されていたPvPフィールドが崩壊した。対戦が終了したのだ。
それを見届けると、近くに待機していた他プレイヤーも動きを見せた。
二人組だ。神妙な面持ちでシュンプウに向かっていくようだ。そいつらの動きを遮るように、Rinは動く。
「待て」
二人組の前に立ちはだかる。二人は怪訝な顔を浮かべる。
「なんだテメェ」
「邪魔だよ!」
自分が二人組よりも先にシュンプウと闘うかとも考えたが、シュンプウの闘いを見られるだけでも良くないと思い直し、ならばと、自分が二人組を止めるという判断だ。
隠れているもう一人は動いていないことを確認する。ホッと胸を撫でおろし、改めて二人組に向き直る。
「俺と闘ってよ」
「ハァ?」
二人組の片方、背の低い方が乗ってきた。
「なーに言ってんだオメェ!」
「いやさ、せっかくPvできるっていうのに今はあんまり相手してくれる人がいないからさ。つまんないんだ。相手してよ」
「俺らは忙しいんだよ! ほか行けほか!」
Rinに構わず進もうとする二人組。
「へぇ、怖いの?」
「――アアン!?」
安い挑発のつもりだったが思いのほか効いたようだ。
「ハァ」
二人組の体の大きい方が溜息を吐いた。
「K-A-O、相手してやれ」
「兄貴!?」
「思い知らせてやれよ。アイツの相手は俺がしてきてやるよ」
そう言って、兄貴と呼ばれた大男が歩き出した。それだと意味が無い。慌てて呼び止める。
「待ってよ!」
「ア?」
「ふ、二人同時にやろうよ」
「ハァ?」
「ハァア!?」
足を止めることに成功したが、反応が良くない。再び溜息を吐いた大男が、
「それこそ相手してやる理由になんねぇな」
と言う。
「知ってんのか? 同数でやらねぇPvPは人数多い側に補正が入るんだよ。勝って当たりめぇだし勝っても通常よりランクポイントもらえねぇ。挑まれた俺たちがやる意味がそれこそネェんだよ」
知らなかった。これまで【団】同士のバトルしかやってないし、アップデートされてから対人戦もまだしていない。
「何かアイテム賭けるとかなら別だけどなぁ! 新装備のアクセサリくれるとかなら考えるけどよぉ!」
アクセサリー装備など上層に行ったことが無いため当然持っていない。交渉材料も無く、相手側に闘いを受けるメリットが無い以上、これ以上止め続けることは難しい。
「話になんねぇな。行くぞ、K-A-O」
「あいよ兄貴!」
「ま、待って!」
しかし二人組は止まらない。失敗だ。シュンプウのもとに行かれてしまう。なんとか理由付けを探して頭を回すが思いつかない。どうするどうする、と慌てていると、
「では、私がこれを差し上げましょう」
と言って、二人組の足元に物が投げ落とされる。
二人が拾うそれは、
「アクセサリー!? それもレア度3!?」
「第三階層のレアドロップ品か。いいのか? オイ」
問われたそいつは、全身フルアーマーで固めた装備をした女騎士だった。
遠巻きにシュンプウを見ていたもう一人だ。
「えぇ。貴方たちが勝った時は差し上げましょう」
女騎士がRinの隣に立つ。彼女は意味深な視線をRinに送り、
「この方と貴方たちの一対二の闘いです。私は入りません。貴方たちが勝てばそのアイテムを差し上げます。さて、アナタからお二人に求めることはなんですか?」
「え?」
「何かあるのでしょう」
言われ、Rinは二人組に向き直り言う。
「俺が勝ったら、アイツに闘いを挑むのはやめてほしい」
シュンプウのことだ。二人組は表情を豊かに変える。小さいほうが、
「ハァア!? なんでテメェにそんなこと言われなきゃなんねぇんだぁ!?」
と暴れる代わりに、大男は、
「オメェ、アレとなんの関係だ?」
冷静に訊いてきた。Rinは返答に迷ったが、
「アイツは……俺たちの獲物だ。他のやつらに取られなくないだけだ」
誤魔化しと強がりのセリフ。妙な言い回しになってしまったが、二人組にはどうでもいいらしい。興味は女騎士の出したアクセサリーに向いていた。
「女、これと同じようなのもう一個ぐれぇあるか?」
「えぇ。ありますわ」
「じゃあそれも寄越せ」
「えぇ。勝てば差し上げます」
言ったな、と大男はにやりと笑う。そうして注意はRinに向いた。
「二対一だ。いいな。負けてからごねるなよ」
「――ああ!」
対戦の申請を送る。大男と小男はすぐに承認した。それを見ると女騎士はRinの肩に手を置いて、
「がんばってね」
と言って下がった。
女騎士が離れると、すぐに対戦フィールドが形成される。
人数が三人なので半径8メートルのフィールド。障害物は無し。先三勝戦。
「俺の名は、煙草」
「俺はぁ、K-A-O!!」
二人が名乗る。Rinも応じる。
「Rin」
「お前が売った喧嘩だ。つまらなかったら――殺す」
バトルが始まる。
22
Rinの装備は右手に大盾、左手に長槍である。両足にはダッシュを装備し、ごりごりのタンクスタイルだ。本来、チームとしての戦闘を前提にしての装備でアバターを作っていたので、味方の居ない状況での闘いは経験が薄い。
相手の二人の装備はまだ不明だが、見たところK-A-Oは左手に丸盾を出し、足にも刃が見えているため、どうやら足刀を装備しているらしい。もう一つの腕装備は見えていないが、蹴りによる攻撃にも注意しないといけない。
もう一人、大男の煙草は、
「ヨイショッとォ」
初めて見る、身の丈ほどもある両刃の大剣だった。本実装と同時に追加された、かなり高い筋力値が求められる武装だ。
「人数有利だ。アレ行くぞ」
「了解ッス!」
開始前のテンカウントが進む。Rinは深呼吸を一回。気合を入れる。シュンプウを守るためにも、この闘いは勝たないといけない。覚悟を決め、大盾を構える。
カウントが終わり、バトル開始。同時、K-A-Oが飛び出してきた。
「行くぜェエ! ヒャッハー!」
「!」
速い。左手で持つ丸盾を突き出し、突撃してくる。
大盾を構えるRinに臆さず突っ込んでくる。そしてそのまま――激突した。
大盾対丸盾の激突。耐久値は大盾の方が高く、防御範囲も広い。全身をカバーできる大盾は筋力が無ければ装備できない条件の厳しい武装だが、性能は破格だ。横幅も広いため足刀による攻撃も届かないだろう。
Rinは左手に持つ長槍を持ち上げる。肩を上げ、大盾の横から槍を突き出し攻撃する。
丸盾と大盾の接触は変わらない。正面に居ることを確信して振った槍は確かな手ごたえを得た。
だが、一撃はそれ以上貫くことはできず、何かに遮られたように止まった。
「!?」
見て確認する。K-A-Oを突いた槍は丸盾によって受け止められていた。しかし大盾と押し合いする丸盾もそのままだ。つまりK-A-Oの装備は、両手とも丸盾であった。
「両手に盾装備!?」
信じられない戦闘スタイルだ。だが足刀を装備していることはわかっていたため、両手は防御、足で闘うスタイルなんて有りなのか? と疑う。かなり意表を突いた選出。防御も攻撃も防がれたRinに、頭上から影がかかる。
顔を上げる。煙草が両手で振り上げた大剣が、今まさに振り下ろされる瞬間だった。
「――ラァ!」
刃渡り150センチ以上。柄も含めれば大男の身の丈に近い大きい一振りは、K-A-O諸共、Rinを脳天から勝ち割った。
23
正直舐めていた。
今までRinは一人で闘ったことがなかった。
最初から一対一の対人戦で、というわけではない。【団】対抗戦であったとしても、Rinが闘うときはいつも、味方が居た。
Rinが大盾で攻撃を防いだら足の速いクーやゴールドが詰めて倒す、盾で抑えている敵をミズチがスナイパーで狙撃する、立て直しの際に前に出るときも一人では受け持たず同じ盾持ちのシュンプウが一緒に殿に立ったりした。
Rinが最後まで残ることは基本的に無く、Rinと誰かが残っていたら前に出て自分が盾役になる。二人以上でペアを組んで闘うことが基本であり、最後の一人になる経験も、ましてや一対複数の盤面も、経験が無い。
だからこうして呆気無く一敗してしまった現実に対してショックを受けると同時、もう少しできるんじゃないのか、と自己嫌悪にも陥りながらも、しかし時間が待ってはくれない、間もなく第2ラウンドが始まろうとしていた。
考えろ。考えろ。考えろ。自分から始めた勝負だ。負けてしまえば何も守れない。たった三回で終わってしまう。勝ち筋を探れ。
しかし経験が無い以上思いつける戦法など無い。何も思いつかない。
「ヒデェ面だな」
煙草だ。大剣を肩に担ぎながら、彼は言う。
「何がしたかったんだ、テメェ。被害者面するのがオメェの闘いか」
「――――」
「やる気がねぇならとっとと死ね」
カウントが終わり、2ラウンド目が開始する。同時、
「いっくぜー!」
先ほどと同じようにK-A-Oが突っ込んでくる。その後ろに煙草が大剣を振りかぶりながら寄ってくる。
考える時間は無い。今から新たにできることなども無い。増やすことはできないなら今あるカードで闘うことしかできない。
一度は覚悟を決めたはずだ。ならばその覚悟をもう一度、確かに本物にするしかない。
Rinは大盾を掴む手に力を込める。やる。やるんだ。自分でやるしかない。
丸盾を構えたK-A-Oが飛び込んでくる。体格の小さい彼の速度は標準よりも速い。体格の大きいRinでは避けることはできない。ダッシュによる加速があっても無理だ。ならほかにできることは――、
「――!」
突っ込んでくるK-A-Oに向けて、Rinもダッシュを発動し近づく。
正面衝突。強い衝撃が互いに返ってくるが、大きい体格で大盾を持っているRinの方が体重差もあって強い。さらに激突の瞬間盾を持つ手を振れば、団扇で扇いだように風を発生させることができる。
バットで殴ったような衝撃がK-A-Oを襲う。小さい身体を払い飛ばし、Rinはさらに前進する。
「男の顔になったか」
煙草は言う。
「それがどうした!」
振りかぶった大剣を振り下ろす。大盾で受け止めたが、圧倒的な重量と、体格から乗せられた体重が一気に圧し掛かる。
重い。支えきれない重量で膝が曲がる。より一層力が籠められ、段々と腰も耐え切れなくなる。
「このまま押しつぶす。テメェから売った喧嘩の代償だ――無様に転がってろ!」
「ッ――ウ、ァッ」
大剣を装備するには最上級の筋力値が必要だ。言ってしまえば力に全振りしないといけない。片手で別々の装備ができるようにステータスを抑えたRinと、力特化ステータスの煙草とでは、力の差が如実であった。
このままでは押し倒される。かといって、ここから押し返す力も無い。万事休す。そんな状況にあって、Rinはあえて力を抜いた。
「うおっ!?」
前のめりに力を込めていた煙草は驚いた。急に抵抗する力が消えたのだ。バランスを崩し、倒れるRinに上から覆いかぶさるように倒れ込む。
その自分と相手の間に、槍を差し込んだ。
今まで一人で闘ってこなかったRinはいつも誰かと一緒だった。仲間と一緒に闘っていたRinは、仲間の力を引き出すのが得意だ。
自分の力が足りないのなら、相手の力も利用する。
全体重を乗せられた一撃。大きい体格。その重さを利用して、立てかけた槍に自分から来てもらう。そうするとこちらの力とは関係なく、勝手に槍の穂先が身体を貫通する。
24
煙草の身体に押しつぶされたが、一息入れれば再び力を込めることができる。力の抜けきった相手を押しのけるには十分だ。
起き上がる。胸に風穴を開けた煙草を横目に、槍と盾を持ち直してK-A-Oに向き直る。
「あ、兄貴……」
「……さぁ、やろうか」
一対一の状況にすることができた。そしてK-A-Oの武装は両手に丸盾と足に足刀。蹴り技にさえ気を付ければ、同等に闘うことはできるだろう。
「ダァー! テメェ、舐めんじゃねぇぞコラァ!」
突っ込んでくるK-A-O。Rinは大盾を身体の前面に構える。槍を持つ手を引き、いつでも突き出せるように構える。
K-A-Oは機動力を活かし横に動く。大盾によってRinの視界は狭くなる。身を低くして細かく動き、Rinの視界から外れようとする。
しかしK-A-Oにとって予想外だったのは、Rinの速度も遅いわけではないということだ。
大剣一本になるようにメイクした煙草を近くで見続けていたためだろうか。似たような体格のプレイヤーの速度の基準は、K-A-Oにとっては煙草が基準になっている。
Rinの身長は煙草と似たり寄ったりであるが、体重・体格に明確な違いがある。その違いによって、Rinの持つ速度は、重装備系の使い手であっても、軽快な動きを可能にしていた。
プレオープン時代からずっと自分のプレイスタイルと向かい合い、本実装に合わせて研究を重ねていた成果がここに出た。
横に動いて翻弄しようとするK-A-Oの動きに、Rinは追いついていた。相手の居る方向に合わせて大盾をキビキビと動かす。そして一定の距離まで近づけば左手の槍を突き出す。
「クッ――!」
丸盾で受け止めるK-A-Oは反動を利用してバックステップする。それに追いつくためRinはダッシュを発動する。加速し、追撃の槍を放つ。
重さが籠った突きを受け、丸盾は耐久限界に達し破損する。破損した装備は一定時間で復活するが、Rinはそれを許さない。槍を振り、横薙ぎの一撃を叩き込む。
「舐めん、ナァ!」
残る丸盾で受け止めたあと、足を振って槍を蹴り上げる。
足刀付きの足を振り、Rinを攻撃するK-A-O。しかし大盾が攻撃を阻む。
大盾は硬く、重い。Rinは先ほどの闘いを思い出す。重さを利用した煙草の攻撃を踏襲し、大盾を前に傾け、K-A-Oを押し潰す。
そして蹴り上げられた槍を持つ肩を引き、大盾の下に固定した敵に向け、槍を突き下ろす。
25
――勝った。
だがこれでようやく1ポイントでしかない。先三勝戦であるため、これをあと二回やらなければいけない。
一対二という非対称人数戦であるが故の苦しさを今更実感する。疲れる。苦しい。だが負けるわけにはいかない。息を整え、敵対する二人のスタート位置に向き直る。
「――やるじゃねぇか」
煙草が言った。向こうも息を深く吐いて整えている。
「だが容赦はしねぇ。これで互いの手の内がわかった程度だろうが。勝負の決着にはあと二勝、先に取った方の勝ちだ」
「……そうだね」
たった二勝。だが、負担の大きい二勝。とはいえ、Rinにとってはやるしかない。
「いくぞ、コラ」
「いいよ。俺も、行く」
カウントが進み、間もなく第3ラウンド目が始まる――そんなときだった。
「――楽しそうだなお前ら――」
その場にいる三人の誰のでもない声が割って入ってきた。
「――俺も混ぜろよー―」
本来であれば不可侵であるはずのフィールドの壁が、爆発とともに吹き飛んだ。
「え!?」
「ハァ?」
「ハァア!?」
割れたフィールドの壁の向こうには、
「――ッ、シュンプウ!」
シュンプウが立っていた。右手に長剣、左手にリボルバーを構え、そして、手を合わせるように動きそれらを融合させる。
リーチを伸ばした長剣が激しく振るわれる。
「――ッハッハ」
笑っていた。好き勝手に、自由気ままに振るう暴力が気持ちいいのか、ソイツは笑う。
「ハハッ――」
煙草とK-A-Oはまとめて吹き飛んだ。豪と風の音を響かせて吹きすさぶ。唯一、大盾で防ぎ耐えたRinに向かってシュンプウは跳ぶ。左手と背中から閃光のように瞬くリボルバーの銃弾を無数に、一気に解き放つ。
回避はできない。大盾で受け止めるが、数が多すぎる。大盾でも十八発まで耐えることができるのだが、シュンプウのリボルバーはそれ以上の弾数であった。本来であればありえない攻撃の雨。大盾は割れ、そのあとも降り注ぐ弾丸が、Rinの身体を蜂の巣状に吹き飛ばした。
「ハッ――ハァ。こんなもんか」
着地し、周囲を見回しながらシュンプウは呟く。
「よええ。よええ、よええ、よええ、よええ! 弱すぎる! なんなんだよお前らはよぉ! 真面目に生きる気はねぇのか!? つまらなすぎるんだよぉ!」
叫び声に呼応するように全身が光り始める。光の密度が増し――光が消えた。
次の瞬間、閃光が弾ける。視界が真っ白に染まり、何も見えなくなった。
少しずつ視力が戻ってくると、もうそこにシュンプウはいなかった。
26
災害のようだった。
理不尽な暴力。抗いようの無い質量の力。身体が再生し、視力が戻ったあとも、呆然と動けずに居た。
「――オイ」
煙草に呼びかけられてようやくのこと、Rinは現状を認識することができた。
大剣を手放し、心配するように覗き込んでくる煙草と、その横にK-A-O、そしてフィールドの外に居るはずの女騎士が立っていた。
「お前はアレと知り合いなのか?」
「――! ……それは……」
正直に答えていいものか。悩む様子がそのまま答えになってしまったのか、女騎士が言った。
「勘違いしないでください。私たちは貴方を責めるつもりではありません」
女騎士は手元にウィンドウを出した。反転させRinに見えるようにする。そこには彼女のプロフィールが表示されていた。
「私は【団】《ソーディアン》所属、アカネ。知っていますか?」
問われ、思い当たることが無いため首を横に振る。しかし煙草とK-A-Oはそうではないらしい。彼らは「やはりな」と呟き、
「上層のレアアイテムを持った騎士スタイル――そこまでやり込んだプレイヤーは数限られると思っていたがやはり。第二階層の自治【団】だったか」
「自治【団】……?」
「あぁ。この《レジェンドアーツ》、運営の動きに腑に落ちないところが多くてな。プレオープンのときからもそうだったが、メンテナンスは少ないわ武装性能の調整はしないわ、一部ガチプレイヤーからは不満が溜まっている。バグなのか仕様なのかよくわからない現象も野ざらしにされていると、柄の悪い利用者も増えてきて治安が荒れてくるんだ」
「運営の介入が最小限である以上、そんな人たちが増えると純粋にこのゲームを楽しむことができないため、自治が必要だということになり自発的に始めたことが切っ掛けです。今は第二階層を拠点に置いていますが、これは第二階層に来ることは簡単ですがそこからが少々複雑でして、初心者やPvPに慣れていない方が詰みやすい要因になっています。なのでその攻略のフォローをしたりもしています」
ウィンドウを消す女騎士アカネ。Rinの眼を見ながら続ける。
「今回、私が第一階層に降りてきたのは先ほどの彼の噂を聞いてきたからです。そして――気づいていますか」
そう言って周囲を見回す。未だPvPフィールドの壁は立ったままだ。だが一部が破壊され穴が開いてしまっている。
「PvPのフィールドが残ったままなのに関わらず、本来の対戦者ではない私が入れてしまっています。そしてこのフィールドの外では、大規模なオブジェクトの破壊がなされています。これがどういうことかわかりますか?」
オブジェクトは本来破壊不可である。PvPの大人数戦になってくるとフィールド内にもオブジェクトが残り戦闘に利用することができその過程で壊れることがあるが、バトルが終わった後には修復され元に戻るようになっている。それが、今回のPvPは少人数、フィールド内のオブジェクトは透過され無いはずのバトル、ましてやフィールド外のオブジェクトに影響がおよぶことなど無いはずなのだ。それが現状、破壊が起こっており元に戻る気配も無い。
「先ほどの彼の攻撃によって破壊されたものが、壊されたままになってしまっています。バグではない、まるで現実かのような大規模な破壊が行われています。これはゲームではない。そんな異常です」
「…………」
「私はこの状況をそのままにはしておけないと考えています。異常事態の中心には彼が居ました。そして、そんな彼について、貴方は知っていることがあるのではありませんか?」
どうしよう――、想像以上に、いや想像が及ばないほどの事が起こってしまっている。そのことにようやく気付いてしまった。その中心にシュンプウが関わっている。先ほどの異常を正面から受けたRinはなおの事、その異常性のヤバさを実感していた。
「お願いします。知っていることを教えてください」
さらに詰めて訊いてくるアカネ。しかし、
「――知ったところでどうしようもないかもしれないがな」
煙草が言った。
「俺たちにできることと言えば証拠を集めて運営に通報することまでだ。結局のところゲームシステムを理解している運営がBANなりメンテナンスなりしてくれなきゃ、一プレイヤーのボランティア活動でできることなんか高が知れてラァ」
「であるならば、どうして貴方がたも今回彼に接触しようと試みていたのですか」
アカネが問うと、煙草はハンと鼻で笑い、
「話ができるようなやつならスカウトしようと思ってたんだよ。アレがやっていることがチートかそうでないかの判断もしたかったしな。しかしこれは――そんなチャチな話で済むようでもなかったからな。――俺たちは降りる」
横に立つK-A-Oが「兄貴!」と口を挟んだ。
「そんなこと言っていいんスか? 親分からは攫ってでもアレを連れて来いって――」
「現実じゃあるまいしログアウトも可能なゲームの世界で誘拐なんざできるかボケ。アレはやっていることがヤバイ。チートレベルじゃねぇ、やってることはクラッキングだ。触れちゃあいけないやつだ」
「クラッキング……」
破壊活動。電子の世界であるゲームだからこそ可能な、乗っ取り工作。シュンプウがそんなことをできるはずがない。そう思うRinだが、現実、起こっていることを整理するとそれに近いことが行われてしまっている。それをまず受け入れなければいけない。
「おい小僧」
煙草が呼んだ。
「お前が俺たちに挑んできた理由がアレとの関わりをさせないってやつだったんだろ。その時点でお前とアレに因縁あるってことはわかってんだ」
「――そ、それは」
「正直に言え。お前はアレが何をしているのか知ってんのか? お前もアレの仲間なのか?」
問われ、返答に詰まる。正直に言えと言われても、その通りに答える義理は無い。無言を貫けば良い。そのはずだ。
だけど、Rinは我慢ならなかった。
「――アレ、アレって。そんな風に言うのやめてよ」
「ア?」
好き勝手言われている。彼は――シュンプウは――、
「アイツは、俺の仲間だ! でも、アイツが何をしてるのか、俺は知らない」
だけど、
「だからって、このままでいいなんて思ってない! アイツは俺たちが止める! 降りるってんなら、もう何も言うな!」
目が合う。真っすぐ見合い、決して引かない。
心の底から思っていることだ。まだ何もわかっていない。だけど、このままで良いとも思っていない。どうにかしたい。本心だ。それをぶつける。
対して煙草も睨み返して来る。どころか引かずに間を詰めて寄ってくる。
ゼロ距離。額同士が当たるかというほどの距離で睨み合うこと数秒。
「――アァ、わーったよ」
煙草が離れる。そして手元にウィンドウを開き、何かしらの操作をしたあと、その手にアイテムが現れた。そしてそれを雑に投げる。目の前に放られたそれをRinは受け止める。
「ヤルよ」
「え――?」
「テメェもだ《ソーディアン》」
そう言ってまた同じ操作を行い取り出したアイテムをアカネに向けて投げた。アカネは受け取り、
「あら、要らないの?」
「勝負はおあずけだ。何よりも記録が破壊されててわけわかんねぇことになった。やり直すのも面倒くせぇ。返す」
「そのまま持ち逃げするかとも思っていたわ」
「舐めんな。俺たちは無法モンじゃねぇ」
ハン、と鼻息を荒く吹き、
「依頼であれば報酬として受け取ってやるがな。――傭兵【団】《黒閃》傘下《花巻組》。また喧嘩売りたくなったらいつでもこい」
そう言い残し、煙草は歩き去る。K-A-Oも後に続いて行った。
残されたRinとアカネ。アカネは「さて」と言ってから、
「どうしましょうか。彼らは引きましたが、私は引くつもりはありません。知っていることを教えてくれることはできますか?」
「……それは、どうでしょう」
Rinは、自分だけの判断でどこまで話していいものかも決心できなかった。シュンプウのこと――現実での彼の身体に起こっていること――それを話してしまっていいものか、悩む。
「俺たち、と言っていましたね」
アカネが言った。先ほどの啖呵に含まれたわずかな一言を拾って、理詰めに詰めてくる。
「貴方もどこかの【団】に所属されているのですね。そのお仲間さんたちも知っているのですか? そうであれば、皆さんで話し合ってからでも構いません」
「……わかった」
その提案は、決断に迷っていたRinにとってありがたかった。もうすぐ皆もログインしてくるはずだった。合流し話し合った後、返答すると約束する。
フィールドの壁が残ったエリアから出ると、対象のプレイヤーがいなくなったからか壁が消えた。が、周囲のオブジェクトの破損状況はそのままだった。ひび割れた建物、岩があった場所は歪に削れ、下部を失った物が空中に浮いたようになっている物もある。
その光景を目に焼き付けて、Rinは皆の元に向かう。シュンプウがどこに消えたのかを気にしながら。
27
時刻は九時になるかという頃。クーは《レジェンドアーツ》にログインした。
『Rin。どこに行けば良い?』
ダイレクトメールを送るとすぐに返信が来た。
『《1-4-5》まで来て』
昨夜ログアウトした地点から動いていないので現在地はポイント《1-2-4》。南西方向に進めばいいと思うが順路を知らない。迷うかもしれないが急ぐに越したことは無い。すぐに移動を始める。
まずは《1-3-4》に入る。この辺りは遺跡群なのか、削り取られた岩を積み上げたような構造物が目に入ってくる。
鳥居のように二本立てた岩の上に横長の岩が乗っていたりと、何か意味がありそうな作られ方が成されている。
こういうのを考察して楽しむプレイもできそうだが、今はただ急ぐ。
今のエリアを中ほどまで進むと、人影を見た。
誰だと思い、咄嗟に隠れる。岩陰から覗くと、三人組が進行方向に向かって歩いていた。
会話は無い。歩調も穏やかで同じような移動速度から、NPCだと思われた。
このゲームにおけるNPCは二種類ある。穏やかな性格のこちらから話しかければイベントが発生したりPvPを挑むことができるものと、見つかると強制的にバトルを申し込まれるものだ。強制の方は拒否権が無い。第一階層には数が少ないタイプだが、居ないとは言い切れない。万が一見つかった時のリスクが高いので、可能なら見つからないように行きたい。
ということで隠密することにした。幸運なことに背後が取れている。慎重に進めばエンカウントを避けられるだろう。先行する三人組を追うように進む。時間はかかってしまうが、バトルにかかる時間よりはマシだろうと割り切る。
そう思って観察していたが、始めて直ぐに目の前でPvPフィールドが展開された。
「え!?」
三人組の姿が消えていた。おそらくそいつらを中心にPvPが始まったのだろうと思うが、自分は巻き込まれていない。誰かがNPCに捕まってしまったようだ。
先を急ぐクーにとっては今がチャンスだ。PvPフィールドの横を通り抜けよう。移動を開始したクーの耳に、
「ちょっと! ヤダァ!」
女の子の声が聞こえてきた。
PvPフィールドの中からだ。三人組の攻撃から逃げようと動き回る女の子プレイヤーが一人居た。
「なんで急に!? ヤダァ! 出してよぉ!」
一対三の不利な状況。強制的に闘いに巻き込まれるNPC戦は運だ。不幸、理不尽、と言ってしまえばそれまでだが、こんな状況を目にして素通りは――良心の呵責が許せなかった。
クーはフィールドに飛び込む。三人組の一人に向かって、握った短剣を振り下ろす。
28
NPCが展開したPvPフィールドは他プレイヤーの割り込みが可能だ。誰でも入ることができ、最大定員は6人。NPCの人数はランダムだが6人より多くなることは無い。今回のNPCは三人。クーも入ったことで現状は二対三となった。
女の子は着ぐるみのような恰好をしていた。闘い慣れているような姿ではないように見える。このゲームをどういったスタイルで遊ぶかは自由だが、不用心にも程があったのだろう。壁に追いやられており今にも、という状況だった。
フィールドに飛び込んだクーは三人組の最後方に居た一人に切りかかる。細身のNPCはすぐに気づき振り返った。クーの姿を確認すると、右手を突き出してきた。指先に光が集う。リボルバーだ。射撃される前にその手に短剣を切りつけた。
右腕を縦に割る。リボルバーの準備が止まり、光は離散する。右手の欠損だ。だがそれだけでは撃破には至っていない。追撃を狙うが細身NPCは足を蹴り上げてきた。つま先から剣が飛び出している。足刀だ。咄嗟に丸盾を構えて防御する。
「ッ――!」
衝撃で身体が浮く。距離が離れてしまうがおかげで改めて現状を見直すことができる。
「え!? 誰!? 今度は何!?」
女の子は未だ混乱のようで、襲い掛かるNPCの攻撃を丸盾で防御していた。右手にはリボルバーの光が溜まっているが、反撃のタイミングが掴めていないようだ。
「撃って!」
「ひっ――」
女の子はリボルバーを放ったが狙いが定まっていない。足元に撃ち込まれた弾丸が土を弾き飛ばし煙を舞い上げる。おかげで女の子の姿は見えなくなりNPCも見逃しているようだが、クーからも中の様子がわからなくなった。
姿が見えなくなったことでロックが外れたのか、三人のNPCの注目がクーの方に向いた。
「まずい、かも!?」
片腕を落とした細身からはもう片方の腕でリボルバーを構え、太目のNPCは長斧を抱えながらドシドシ歩いて来て、最後の小柄はダッシュを使って高速で接近してきた。
一人で複数を相手にするのは【団】対抗戦で経験があるが、対処の仕方が難しい。順番を間違えると取り返しのつかないダメージを負ってしまう。リボルバーのタイミングと小柄の接近のタイミングを慎重に図るため、また後ろに向かって大きめにステップを踏む。距離を離せば見やすくなるというのもある。
冷静な対処をしていると思われた。だが、クーは一点見逃していたことがある。
今までにクーがPvPをしたことがあるのは最初の拠点に近い所の街道沿いである。それはつまり、整備された道であったということ。
今は初めて来る遺跡のような構造物が立ち並ぶ岩場のエリアに居る。足元は砂利や土であり凸凹している。つまり、わずかな高低差が移動に影響を与えてきたのだ。
少しだけ盛り上がった土の地面にバックステップで踵から当たるとどうなるか。――そう、つっかかるか、転ぶ。
「!?」
クーは足元のわずかな違和感に驚き、そのせいで余計にバランスを崩してしまった。転びまではしなかったが、折れ曲がった膝で身体を支えることになる。片足は曲がり、片足は伸びた状態。このままではスライドすら発動できない。
頭が低くなったクーに小柄が飛び掛かりながら攻撃を仕掛けてくる。斜め前には今にも細身がリボルバーを発射しようとしている。タイミングはほぼ一緒。丸盾一つでは防ぎきれない。
どうする――、丸盾の置き場所に迷うクーだが、
「リボルバーを防げ!!」
後ろから聞こえてきた声に、咄嗟に合わせて応える。頭上ががら空きになるが構わない――信じる。
飛来するリボルバーの弾を丸盾で受ける。頭上から短剣を振り下ろす小柄NPCに対し、クーの後方から飛来した一本の光線が頭を貫いた。
光線は奥のフィールドの壁まで飛翔する。頭部を失くした小柄NPCは再起不能。残った身体は光になって霧散する。
それはスナイパーによる攻撃だ。そして先ほどの声は馴染みがある。
「ミズチ!」
振り返るとそこにミズチが立っていた。膝立ちをし、両手で構えたスナイパー銃のスコープを覗き込む体勢のまま、
「そのまま居ろ!」
追加の指示に従う。丸盾を構えたまま動きを止める。その頭上を、小さな影が通り過ぎる。
影は前に落ちた。大きな足音を立てて接近してくる太目のNPCの足元でそれは――爆発する。
ボムだ。爆破に巻き込まれた太目は四肢を吹き飛ばし浮き上がる。そのまま空中で光になって霧散した。
「オッケー撃破! フィニッシュだミズチ!」
「オウ」
スコープを覗き続けていたミズチは最後の一人の細身に照準を合わせ、スナイパーを射撃した。
光線が細身を貫く。一撃。少しの間を置いて、NPCの身体は光になって霧散する。
29
《PLAYER’S WIN ランクポイント30 GET》
フィールドの壁が消失すると、空中に浮いたメッセージウィンドウも消えていく。
NPC戦は一発勝負だ。プレイヤー同士の対戦のように複数ラウンドを要さない。その代わり突発的な遭遇戦になるというのが特徴だ。負けた場合は最後に立ち寄った街まで強制送還されてしまう。
先ほどまでとは一転、静けさが場を満たした後、掻き消すように大声が響き渡った。
「クー! 大丈夫!?」
「大丈夫だよ。ありがとう、風雅。ミズチも。助かったよ」
ボムを投げてくれたのは風雅だ。二人は揃って行動していたらしい。追いついたことでギリギリ介入することができたとのこと。本当にギリギリで助けられた。感謝する。
「NPCに捕まるとは運が無かったな」
「急いでるときに限ってそういう邪魔って入るよね」
「あ、いや、今回最初に捕まったのは僕じゃなくて……」
思い出した。最初に襲われていた女の子はどうしたかと、フィールドの壁があった辺りを探す。
居た。呆然と、地面に座りながらボーっとしている彼女に近づき、話しかける。
「あの、大丈夫?」
「え……あ……」
クーの後ろにミズチと風雅も立つ。女の子はまだ警戒の色を残しているが、先ほどの理不尽な状況からは抜け出せたことに気づき、少しだけ表情が和らいでいた。
「どうも、ありがとう。……助けてくれて」
女の子は立ち上がり、少しだけ後ずさる。
あれ? と思っていると、女の子は直ぐに踵を返し、速足で立ち去ってしまった。
「え、あの!」
呼びかけるが止まる気配は無く、そのまま見えなくなってしまった。
「誰? 知り合い?」
「いや……違うんだけど」
「じゃあいいじゃん。それよりも! Rinが待ってるし、早く行こうよ!」
クーの腕を掴んで引っ張る風雅。後ろのミズチも頷き、
「NPC戦はそう多いことじゃない。きっと大丈夫だろ。それに俺たちにも事情もある」
「……そうだね。うん。行こう」
女の子がどこに向かっているのか、多少心配なところはある。が、そればかり気にしていても仕方が無い。
行こう。Rinを待たせている。ちょっとした寄り道になってしまったが、二人のおかげで時間もそんなにかからなかった。
足並み揃えて、三人は移動を始める。
30
Rinが指定したポイント《1-4-5》に到着した。マップを開き、さらに詳細にズームしてRinの現在地を探す。今いる場所からそう遠くない場所にいるようなので、最後の一息も込めて駆け足で向かう。
「リーン!」
「こっちだ!」
互いに呼び合うことで間もなく合流できた。Rinは崩れかけのような遺跡群の影の下に入っていた。しかし近くに行くと、どうやら一人ではなかったようで、もう一人を引き連れて外に出てきてくれた。
「ありがとう。意外と早かったな」
「うん。……Rin、その人は?」
あぁ、と頷いてRinは彼女の方に振り返る。彼女はフルプレートの騎士の恰好をしており、見た目通り格好良いと思った。
「はじめまして。私は【団】《ソーディアン》所属のアカネといいます」
背の高い女性がお辞儀をすると綺麗さも相まって格好良さがマシマシになる。見惚れていると、
「シュンプウさんについて、私も聞きたいことがあってついてきました。とはいえ、内容によっては言いたくないこともあるでしょう。なので皆さんで話し合っていただいて、言えると思ったことだけでも構いません。検討していただけますか?」
「え、えぇ……」
大人な言い回しだ……と圧倒されているとRinに引っ張られた。彼女から少し離れた場所に四人で固まる。
Rinは周囲を少し見回すようにする。追って見るようにすると、周囲の違和感に気づいた。
「ねぇRin。この辺のオブジェクトって、なんか……」
表現に困っていると、Rinが言った。
「気づいたな。この不自然に欠けたオブジェクトたちは、シュンプウがやったんだ」
「シュンプウが!?」
「そういえばシュンプウはどこに行ったの? 電話のときは近くにいるような話だったと思うけど」
「シュンプウはどこかに行っちゃったよ。……光に包まれたら一瞬だった」
どう言ったらいいかわからない。逃がしてしまったRinを責めるのは違うし、かと言って現状はわからないことが多すぎる。
何も言えずにいると、Rinは言った。
「そもそもアイツはシュンプウなのかな」
「え?」
「やってることも言ってることも、シュンプウとは思えないことばかりじゃないか。それに、電話で言ってたことは本当なの?」
「本当なのって……本当だよ! 俺たち三人で見たんだもん。シュンプウが……庚午が寝たきりで目を覚まさないのを!」
「だったら尚更だ。現実のシュンプウが起きていないなら、あのシュンプウを動かしているのは誰なんだ」
「それは、そう、だけど。でも、あれがシュンプウのアバターだってことは変わらないじゃんか!」
風雅は手元にウィンドウを出して操作する。そして反転させ見せてくる。
「フレンド登録しているシュンプウがログインしているままなんだよ!? シュンプウがシュンプウを操作してないなら、誰がシュンプウを操作してるっていうのさ!?」
「……乗っ取られてるってこと?」
ミズチが言った。
「ハッキングとか、ウイルスとかでセーブデータが盗まれるってことがあるって聞いたことがある。シュンプウのセーブデータを利用してる誰かがいるんじゃないか」
「なんだよそれ! 最悪じゃん」
「アバターはシュンプウでも中身が違う、か。それってどうすればいいんだ? 運営に報告したらどうにかしてもらえるのか?」
三人の会話を黙って聞いていたクーの頭の隅には、とある可能性が引っ掛かり続けている。でもそれはとても現実的ではない。皆の話を聞いているとよりそう思う。でも、でも……。
「クー」
ミズチに呼ばれてハッと顔を上げる。見ると三人はいつの間にか言い合いをやめていて、視線が集められていた。
「どうしたの? クー。大丈夫?」
「クーはどう思う」
クーは悩んだ。言うか言うまいか。変なことと受け取られて否定されるのも怖い。言わない方が良いこともあると知っている。
しかし、このメンバーは何よりも変えようの無い親友の仲間たちだ。どう思われるだろうかと心配することなど、必要無い。
悩んだ末に、クーは言った。
「……漫画みたいな話だけど、シュンプウの意識だけこのゲームに取り込まれていたとしたら、現実のシュンプウに意識が戻らない理由になると思わない……?」
三人からの返事は無い。恐る恐るそれぞれの顔を見回すと、ゆっくりと首を横に振りながら、
「いや、いや、クー、それは」
「……漫画みたいな話だな」
当然の反応だ。でも、と、クーは続ける。
「僕は、現実のシュンプウが意識不明なことと、シュンプウのアバターが暴れまわってることが別々の問題だとは思えないんだ」
「……偶然じゃないってこと?」
「なんでそんなことが言えるのさ。分からないだろそんなこと」
「うん、わからないよ」
クーも自分で自分が何を言っているのか、バカみたいなことを言っているとも思っている。だからこれは、
「勘……でしかないけど。嫌な予感がするんだ。シュンプウをこのままにしといちゃいけないって感じ。他の誰かに任せるのも何かダメだ。僕たちでどうにかしないと、って。思うんだ」
最後に、わかんないけど、と付け足してしまう。不安でしょうがないのだ。わからないことがわからないまま進められてしまっている。モヤモヤした状態。確信はできないけど、確信していることがある。シュンプウを放ってはおきたくないって気持ちだけが燻ぶり続けている。焦りが生まれてくる。
言葉に詰まっていると、ミズチから「そういえば」と、
「あの人はどうするんだ? 話し合ってって言ってたことってどういうこと?」
問い掛けはRinに向けてだ。Rinは、あー、と、頭を掻きながら、待っている間に何があったのか、改めて説明してくれることになった。
31
Rinから聞いた話を要約すると、
①シュンプウは所構わずPvPを始め暴れまわっている。
②シュンプウを狙う他プレイヤーも居る。
③アカネは事態収束のため協力的ではある。
④運営は消極的なのでBANなどの対応は期待が薄い。
とのことであった。
「ということで、あの人にシュンプウのことをどこまで話していいのか、皆の意見を聞きたいんだ」
とRinが締めくくった後「その前に」とミズチが言った。
「意見、の前に現実で起こっていることもまとめよう」
⑤現実のシュンプウ――春風庚午は意識不明で病院に搬送された。
⑥公式の掲示板ではシュンプウに関する情報が消されている。
「公式掲示板の情報が消されてるってのは今もそうで、書いてもすぐに消されるみたいでSNSの方で騒がれてるみたいだ」
公式が設営している掲示板はゲーム内から直接アクセスすることができその点では便利ではある。だが現状公式による情報統制のような言論封殺のような、身勝手な振る舞いが目を付けられ、外部の情報整理サイトや個人ブログ、SNS等で批判や煽りで盛り上がってしまっているようだ。
「これってどういうこと? 運営の対応が消極的だってのとなんか違くない?」
「ゲーム内での対応がまだ来てないってだけで、外では火消のようなことがやられてる……。俺たちからしたらシュンプウ本人の事がまだ世に出てないってことで有り難いとは言えるけれど」
「……アカネさんはそのことには気づいてないのかな」
「なんかおかしくない? みたいには思っているかもしれないけれど。シュンプウのことだとは結び付いてはいないんじゃないか?」
状況をまとめてみたけれど、肝心なのはこれからだ。
「それで、アカネさんにどこまで話して協力してもらうかってことだけど」
Rinが言うと、
「そもそも協力してもらうってどうなの?」
風雅が言った。
「シュンプウのことは俺たちの問題だよ。リアルで関わりがある俺たちだからこそどうにかしないといけないんじゃないの? なのに、どこの誰だか知らない出しゃばってきた女に協力してもらうって話になっちゃうの?」
「……言い方が気に入らなかったならごめん。向こうが解決に協力したいって言ってきてるんだ。俺からお願いしてるわけじゃない」
「だったら必要無いでいいじゃん。俺たちだけで解決させようよ」
「俺も同感だ」
ミズチが割って入る。
「リアルのことも関わる。あの人が良い人だとは限らないし、何もかんも言ってしまうのは絶対にダメだ」
そこまで言って一息、
「問題は、俺たちで解決させると言っても、どうしたらいいのか見当もつかないことだ」
解決させたいとは思っていても、具体的な方法がわからない。そもそもどうしたら解決と言えるのかもわかっていないのだ。
「どうすると解決なんだ?」
「それは――! ……シュンプウ、が、俺たちのところに戻ってきてくれたら……」
「どうやって戻すんだ。話し合いはできなかったんだろう?」
Rinはコクリと頷く。
「話し合う余地なんて無かった……問答無用で、そもそも、外部から侵入不可のPvPフィールドをぶっ壊してまで入ってきたんだよ。何をどうしたらそんなことができるのか知らないし、やってきた攻撃も圧倒的で」
「シュンプウを倒したらどう!?」
風雅は言う。
「PvPでシュンプウを倒すんだ! そうすれば冷静に、落ち着いて話せるようになるんじゃないかな?」
「それは良い案だ」
ミズチが同意する。だが、とすぐに続ける。
「どうやって倒す? ゴールドとの闘いを見ても、そしてRinが一撃でやられたっていう技のことを聞いても、どうやって勝つのか想像すらできないぞ」
「――みんなで、協力、すれ、ば……」
「四対一ででも勝てるかどうかわからないんじゃないか?」
「それに、シュンプウが今どこに居るのかもわからない。勝負を挑みに行って、受けてくれるのかもわからないな」
ミズチとRinに詰め寄られ、風雅の勢いが萎んでいく。
言い返せなくなった風雅。とはいえ、とミズチが言う。
「わかんないわかんないって言ってても仕方が無い。どうにかしたいって気持ちはあるんだ。でもどうしたらいいのか、俺たちだけじゃ答えが出てこないなら――アカネさんに意見を出してもらうのも有りなんじゃないかと思う」
もちろん、と。
「現実の事は言うべきじゃないと思う。そこは上手く誤魔化して、どうしたらいいかってことだけを聞き出せないかな」
Rinは同意するように頷く。風雅は俯いたまま動かない。
「クーはどう思う?」
問われ、クーは、
「僕は……」
迷う。悩む。難しすぎる。言葉に詰まっていると、ミズチは言った。
「これは、正解なんてないことなんだと思う。でも、今決めなきゃいけないんだ。違ってたとしても、選ばないといけない」
一息。
「俺は――シュンプウを助けたい。今のままは良くない。それだけはそう、思うから」
ミズチの声は震えていた。そうだ。迷っているんだ。みんな。正解のわからない問題に対し、どうしても答えを出さないといけないのだから、怖いんだ。
クーは、今、怖かった。このままだとどうなってしまうのだろうか。シュンプウのアバターは、現実で意識不明の春風庚午は、何もしなくても何とかなるのかもしれないし、何かしても何とかならないのかもしれない。不安で、怖い。ミズチも、Rinも、風雅も。みんな、同じ気持ちなんだと気づいた。
クーは息を吸い、深く吐く。覚悟を決めた。
「――アカネさんに、協力してもらおう」
三人は――頷いた。
32
「問題はどこまで説明するかだけど」
「意識不明のことは?」
「言わない方が良いと思う。テレビは見れていないからニュースとかどうなってるかわからないけど、もしかしたら新聞に載っちゃうかもしれないし、そうなるとシュンプウの身バレが怖い」
「友達がゲームにログインできなくなったのに、アバターが好き勝手に動いていることに気づいたってことにしよう。話しかけてみると人が違ったようで、友達はアカウントを取り返したいと思っているんだけどどうしたらいいかわからない、ってことで」
内容をまとめ、四人は待たせていたアカネの元に戻る。
アカネは四人と相対し、静かに聞いてくれた。ときどき頷きを挟んでくれたので話しやすかったと思う。
アカネは全て聞き終えると、四人の眼を改めて見回したあと、言った。
「事情は把握しました。ではここで改めて、私の立場を明確にさせてもらいますね」
と言い、手元にウィンドウを出す。しばらく操作をしたあと、彼女からダイレクトメールが届いた。メールを開くとメモが添付されていたので開く。
「私の所属する【団】《ソーディアン》は初心者向けの環境を整えましょうということを主にゲーム内の自治活動を主体的に行っています。これは《レジェンドアーツ》の運営がゲーム内に関する統治に消極的な背景があるため、自分たちからこのままではよくないと思い始めたことが切っ掛けです」
「はぁ……」
難しい言い回しが続き、どうにか理解しようと必死に聞く。
「彼、シュンプウさんのことについては昨日から一部掲示板で話題に登っていたことで気が付きました。彼がただの愉快犯的な暴徒であるならば証拠を集めて運営に直談判しようと思っていました」
「そ、それは――!」
「ですが皆さんのお話を聞いている限りだと、彼自身も被害者である可能性が浮かびました。アカウントの乗っ取り被害報告はこのゲームではまだ聞いたことはありませんでしたが、ありえないことではないと思います」
《レジェンドアーツ》は作られたばかりのゲームだ。そしてゲームを遊ぶために必要なデバイスは専用機であり、数も現在かなり限られており、まともにユーザー数が稼げるような状況でもないこともあり、アカウントの乗っ取りなどもそれ自体がやり辛いのではないかと思われていた。
「事実であればそのことも憂慮して対応するべきだと思われます。何にせよそのためには、彼が暴れまわっているという状況証拠を集める必要があります」
「それはどうしたらいいんですか?」
「真っ先に思い浮かぶのは動画を撮ること。あるいは、現場写真のスクリーンショットを撮ることですね」
そこまで言い、しかし、と続ける。
「それは難しいということがわかっています」
「え……?」
スクリーンショット――SSやスクショ等と略されることがあるが、それ自体は方法が楽だ。ゲームに備え付けられた機能で簡単に利用することができるはずだが。
アカネは続けてダイレクトメールを送ってくる。添付された画像を見ると、この周囲の写真のようだ。だが一部、白飛びして眩しいだけの写真も混ざっていた。
「そちらの写真は、先ほどのRinさんのPvPに乱入してきた彼を撮った写真になります。白飛びしているところに彼が写っているはずなんです」
「――シュンプウを写真に撮ることができないってこと?」
「写真だけではありません。動画もです。皆さんは確認できているかわかりませんが、掲示板に上げられた動画もその一部が不自然に白飛びするようになっていたのです」
「え、でも、昨日の時点ではシュンプウの動画が上がってるってのは見れてましたよ?」
そうだった。初めてシュンプウのことが話題に上がっていると気づいた時には、それがシュンプウであると気づけるほどわかりやすく撮られていたはずだ。今ではそのときのスレッドも消えてしまっており、再確認することはできなくなってしまったが、
「初めの頃は、そうですね。でも少ししたらそれらの動画が白飛びするようになっていたと聞いています。そして運営がスレッドごと消してしまったこともあり、元の動画を撮った方に聞いてみると、見返した段階で白飛びしてしまっていてキャラを見直すことができなくなったと聞きました」
見れていたはずの動画データが、今では壊れたように見れなくなってしまったようだ。昨日の今日である。電子データが壊れることもあるとは聞いたことがあるが、あまりにも早すぎる。そのおかげで元の動画投稿者もやらせや編集で弄っていたのではないかと疑われてしまっているらしい。
「それって、よくあることなんですか?」
「よくあることです。でも、違和感のある速度です。だから普通じゃないと思っています。なので私も自分で追ってみようと思ったのです。その結果がこのスクショです」
「……今のシュンプウを、写真や動画に収めることができないってことか」
「それでは証拠にすることができません」
「じゃあ、どうすればいいの? シュンプウを止める手段が無いってこと?」
いいえ、とアカネは首を横に振った。
「もう一つ方法があります。かなり原始的な方法ですが」
「それは?」
アカネは頷き、言う。
「私自身をビーコンにして通報します。運営が駆け付けるまで彼を拘束し、直に差し出すことです」
四人がざわつく。拘束という物騒な発想だが、疑問が出る。
「拘束って、それこそどうやって」
「PvPです」
はっきりと言い切る。
「PvPの試合中は外部への出入りができなくなります。疑似的な拘束ですね。最低でも3ラウンドにかかる時間は二分程。それを可能な限り長引かせることができれば、運営が駆け付けるまでの時間を稼げれば」
でも、と俯きながら首を横に振って言う。
「運営が駆け付けてくれるか、どうくらいで来るのかの検討がつきません。いくら待っても来ないかもしれない。なので通報はしつこく必死に行わないといけません」
「どうするんですか?」
「現実で本社サポートセンターにイタ電します。現場状況も細かく伝えることができれば動かすことができるかもしれません」
「でもそれも成功するかわからないんですよね」
「はい。保証はありません。でももう、私たちでどうにかしたいと言うならば、これくらいが限度でしょう。あとはもう野となれ山となれ。運営がアカウントそのものに対し強制BAN等の対応に動いてくれることを祈るしかありません」
でも、とアカネは続ける。
「それが唯一の正解かもしれません。『何もしない』が正解のパターンもあります。アカウントは戻らないかもしれませんが、仕方が無いと割り切るしかないのかも」
そこでアカネの言葉はストップする。ミズチ、Rin、風雅も止まる。考えるようでいて、でもどうしようもないのかもしれないと言われ、もう頭の隅では諦めるしかないのかと、思いが巡る。
でもクーは、
「僕は」
諦めたくない気持ちが、言葉を紡いだ。
「話し合うことはできないか、って、思ってます」
「話し合い……ですか?」
「クー、でもそれって」
さっき四人で話し合ったときにも出たことだ。今のシュンプウは話し合う余地が無いほど暴力的で、暴徒的だ。わかってはいる。けれど、諦めたくない気持ちがある。それは、クーの中ではシュンプウの中にシュンプウの意識が――庚午がいるのではないかと考えているからだ。
「今シュンプウは冷静じゃない。でもどこかで落ち着きを取り戻させることができたら、話し合うことができるんじゃないかな?」
乗っ取りであったとしても、それを返してもらうことができるんじゃないか。
あれの中身が本当にシュンプウであったなら、友として戻ってきてほしい。
話し合いが解決に至ることってあるんじゃないだろうか。
「できたら、そうですね。話し合いが最適解になるかもしれませんね」
アカネが言った。
「もしかしたら一番穏便に済むかもしれません。アカウントが戻ってくる可能性も。他の人に知られることも無く、やがて話題も風化していって消えるかもしれません」
四人の表情が明るく持ち上がる。意外なところに答えがあった。
しかし、
「できそうとは思いますが、できるかは、どうにも……」
アカネの表情は曇っていく。それは、クーの発案がそれほど楽観的であり、理想的であり――夢物語であり都合の良い話であることに他ならないからだ。
そもそもアカウントの乗っ取りをするような犯人に良心を求めるのは現実的ではない。始めから悪意で動いている人間に心変わりをさせることが難しいだろうことは、想像に難くないからだ。話し合いをするだけで改心してくれたら、それ以上に良い話はないだろう。
ポジティブな妄想でしかない。採用するにはそれだけでは決め手に欠ける案であった。
「じゃあ、全部やろう」
ミズチだ。彼は指折り数えながら言う。
「シュンプウにPvPを挑む。勝って正気を取り戻したら話し合いに持ち込む。運営への通報をする。試合で時間を稼いで運営の到着を待つ。全部やろうと思えばできるはずだ」
「……とんでもないね」
風雅が言う。
「でも俺もそれが良い! シュンプウが戻ってくるならそれが良いもん!」
「そうだな」
Rinも続く。
「やられっぱなしってのも嫌だ。一発、調子に乗ってるアイツをぶっ飛ばしたい」
「同感だ」
「そうだね!」
三人の意見がまとまる。三人がクーを見る。
「やろう。アイツの目を覚まさせてやるんだ」
それは、現実で寝たきりの庚午に対しても刺さる一言だ。
そうだ。とクーは思う。僕たちはシュンプウを助けたいんだ。ゲームの中でどうすることで現実の庚午に影響が出るなんてわからないけれど、昨日から今日にかけてのこの異常はかけ離すことができない。無関係だとは思えないのだ。だからゲームのシュンプウをどうにかする。それがきっと、現実の庚午の助けになると、信じていた。
「問題は今のシュンプウの居場所だけど……」
そうだった。行方不明のシュンプウを探さないといけなかった。
三度黙った四人に、アカネが言った。
「皆さん同じ【団】なのですよね? であればマップ機能で団員を探すことができるはずですよ」
方法を教わる。マップを開き、コマンドや表示の切り替えを行うことで、全団員の現在地を表示することができた。
それによるとシュンプウは今現在、ポイント《1-5-1》に居ることが分かった。
「階層の端っこだな」
「こんなところに?」
「詳細な地点はここに行ってから確認するとして、どうする」
「すぐ行こう!」
はやる気持ちを抑えることなく、四人は行動を始めようとする。
「待ってください。四人で行くのですか」
しかしアカネの声がそれを止めた。
「PvPは最高六人でチームを組めます。目的のためにも、万全の用意で行くべきです」
「そうは言っても俺たちは……」
知り合いはゴールドとシュンプウしかいない。シュンプウは論外として、ゴールドは未だログインしていない。仮に来てくれたとしても五人だ。それに、
「またシュンプウが移動してしまうかもしれない。今は急がないといけないんじゃないのか?」
「気持ちはわかります。でも、それで失敗したらどうしますか? もう一度、同じことができるとは限らないのですよ。チャンスはこの一度きりかもしれないのです。無謀に挑むだけが良いとは限りません」
「じゃあどうするって言うのさ!」
四人に詰め寄られてもアカネは揺るがない。それぞれの顔を見回してから、
「私も行きます。そして私の団員も呼びます。可能な限りの最高戦力で挑みましょう」
自分たちから積極的に自治活動をする【団】だ。荒事を収めることもあるらしいし、実力に覚えがありもするのだろう。心強い提案ではあるが、
「それは、イヤだな」
風雅は難色を示す。理由は明白で、一つは、
「意見を出してくれればと思って相談したけれど」
「これは俺たちの問題だ! アンタを信じてるわけじゃないし、さらに増えるだなんて言われたら」
「利用したみたいで申し訳ないけれど」
Rinは言う。
「協力はここまででいいです。おかげで俺たちだけじゃ思い浮かばないような答えになりました。これ以上は踏み込んできてほしくない。ありがとうございました」
お辞儀するRin。そして踵を返し歩き出した。風雅とミズチも続く。クーは少し迷ったが、付いて行くしかない。一歩、踏み出すと、
「なるほど」
後ろでアカネが呟くように言った。
「貴方たちの気持ちはわかりました。――ですが考えが甘い! ガキじゃないんですから、もっと大局観を持って考えてみてください!!」
怒号。それまで穏やかな口調だったがゆえに、それには驚いた。
思わずクーは立ち止まり、振り返った。表情を見ると怒っているようだった。動けなくなった自分を、風雅が戻ってきて引っ張った。行こうよ、と言ってくれるが、
「まずそのなんでも上手く行くだろうと思っているだろう甘さ。自分たちの仲の良さを盾に周りを拒む硬さ。それは決して強みなんかにはなりませんよ!?」
「うるさいな! そもそもがアンタは部外者だろ! 好き勝手言うんじゃねぇ!」
「ではさらに突っ込ませてもらいましょう。たった四人で先ほどの作戦が実行できますか?」
アカネが動く。近くのクーや風雅を無視して、先頭を行くRinに真っすぐ向かい、眼前に立って言う。
「PvPを挑む。いいでしょう。応えてくれるかもしれませんね。勝つ? 四人でアレに? 策も無く挑むだけで数的有利で勝てると? 今さっき三人がゴミを払うように消し飛ばされたというのに」
貴方でしょう、とRinの胸倉を掴む。
「あの一撃を食らった当の貴方が思い知ってるはずです。三人も四人も変わりません。また一瞬で倒されて終わるだけです」
「――!」
「そして通報をする人は誰が担当するのですか? 四人で闘いながら現実で電話を取って話を聞いてくれるかわからない相手にしつこく交渉をするのですよ? 闘いながら? そんな余裕があるわけないし、通報している人はまともに戦闘に参加できません。結局はマイナス1の人数で闘うことになる。そんな状況でさらに時間を稼ぐ? ハァ? 甘すぎる!」
手を離し、一息吐く。さらに続ける。
「テンション上がって無敵感に浸っているようですが、そもそもとして貴方たちは強いのですか?」
「え?」
「は?」
「はぁ!?」
四人を見回し、アカネは目を細め、疑うように言う。
「周りに頼りもせず自分たちだけで解決できる。最高ですね。そうであれば。で、強いのですか貴方たちは?」
「なんだよそれ! そんなのどうだっていいだろう!」
「どうだっていいわけがないでしょう。仲の良さで強さが決まるならこんなことになっていません。だから挑みます」
アカネはウィンドウを出す。それをRinの胸にバンと叩きつけた。
「私対貴方たち四人です。証明してください。貴方たちが強いということ」
「だから、俺たちは急いでるんだって!」
「強さがあるというなら早く終えることも長く続けることもできるということです。口先だけですか?」
無視することはできる。PvPは承認制だ。拒否すればそれまで。
だけど――、クーの中に不安がよぎる。これを拒否して良いものか。このまま真っすぐシュンプウの元に向かうことが、本当に正解なのか。
「わかった」
Rinが言った。ウィンドウを操作し承認ボタンを押す。
「ちょっと、Rin!?」
「良いのですね?」
「相談に乗ってもらった礼だ。でもすぐに終わらせる」
PvPフィールドが展開する。四対一。フィールドの大きさは半径十メートル。障害物有りとなる。
五人の身体が一瞬だけ消える。そして適切な距離となる初期位置に転送される。
武装を構え始める一同。アカネは言った。
「本当、言っていることは格好いいですね。――小学生みたい」
レジャンドアーツ(1)前編 おわり