逃亡
地下牢を脱出したアポロとシビュラは、そのまま誰にも見つからずに城下町へと辿り着いた。
外は燃えるような夕焼けだが、城下町は未だ人々で賑わっている。
「うまくいったわね、アポロの作戦」
いいにおいのする軽食露店を物色しながら、シビュラが微笑む。その胸元でかちりかちりと時を刻む懐中時計。
「見える位置に時計を持っていれば、アポロに見えた未来がいつのことなのかすぐにわかる……あなたのこと最初は田舎者だって思ってたけど、謝る。すごく機転が効くのね」
「シビュラがいてくれるからな」
「え……」
「俺には自分の未来は見えない。【未来予知】をフルに活かすには、俺の言葉を信じてくれる相手が必要なんだ。俺の方こそ感謝してる、シビュラ」
「え!? うぅあぅ……そ、それより! 問題はこの後よ! あなたにはどんな未来が見えてるの?」
「ああ。明日の朝7時、国王が直々に戦争開始を宣言する。そうなったらもう止められないだろうな」
「そっか……今がちょうど夜の7時前だから、たった半日しかないのね」
「厳しい条件だな……」
「でも! あなたと私ならきっと何とかできる! 私に未来は見えないけど、そんな気がするの」
シビュラの手が、アポロの手を握りしめる。
朱色に染まる白のドレス。夕焼けの陽を反射する彼女の瞳は燃えていた。
だが、アポロは突然に瞳の焦点は、シビュラよりも遠くを見つめていた。
「アポロ?」
「くそっ、もうかよ!? 早すぎるだろ! この先に進む未来はダメだ!」
「きゃぁっ!?」
アポロが抱き寄せるようにして、咄嗟に二人は薄暗い路地裏に身を隠す。
城下町の喧騒が、薄膜一枚を隔てたかのように遠くなった。
だがシビュラの鼓動を落ち着かない。
少しだけ背の高いアポロに抱き抱えられると、腕の中にすっぽりと入ってしまう。
「ね、ねえ、どうしたのいきなり……」
「静かに! あれを見てくれ」
アポロの指差した先では、帯剣した男たちが人々に何事か詰め寄っていた。
「……うそ。姉上の私兵団だわ。私たちを探しに来たの!?」
「たぶん……だが、様子が変だ」
私兵たちは抗議する人々に剣を向け、彼らをどこかへと強引に連れて行こうとしていた。
それでも抵抗する者に向けては、何人かが寄ってたかって引き剥がし、リンチにする。
「パパ! パパぁ!」と連れ去られる少女が悲鳴をあげるが、その父親は血まみれで横たわったまま答えない。息があるのかすら、アポロたちには距離があってわからなかった。
「なにやってんだよ……あいつら王国の兵士だろ!? 何で自分の国の人間に手を出してんだ!?」
アポロが歯噛みし、シビュラもまた息を呑む。
「わからない……でも姉上は、目的のためならどんな手でも使う人よ」
「くそっ、人なんか集めてどうする気だ? もう戦争の準備を始めてんのか?」
「未来は見えない?」
「奴らに近づければ見えるはずだ」
「……でも、私たちは追われる身よ。迂闊に出ていけば、次は逃げきれないかも」
「何言ってんだよ。元々この国の皆のために、って話だろ。見殺しになんてしたくねえ」
「……ありがとうアポロ。あなたならそう言ってくれると思ってた」
「なら、問題はどうするかだな」
シビュラは頷き、懐中時計を握りしめる。
アポロもまた、未来を見るために深く彼女に意識を集中させた。その表情はしかし、暗く青ざめていく。
「どうしたの? 何が見えるの?」
「……君は、お姉さんと戦うことになる」
「スーサ姉上と……」
「お姉さんは広場で俺たちを待ち構えてる。なんだろう、火事か? 煙が濃くてよく見えない……だが一つ確かなことがある」
「私が負ける、でしょ」
苦々しく頷くアポロ。
「そんな顔しないで。あなたのせいじゃないもの。姉上の剣技は歴代でも比類ない腕前。この国であの人に敵う人間なんていないのよ」
「そうか……」
「それで、見えたのは全部?」
「ああ……」
実はそうではなかった。アポロは一つ嘘をついていた。
シビュラとスーサの対決の結末。
それはシビュラの負け、ではない。
互いの背中から突き出した血塗れの剣先。
ゆっくりと地面に倒れ伏すシビュラ、そしてスーサも。
何でだよ……。
アポロは歯噛みする。
何で君は、そんなに満足した顔で死ぬんだよ!
なぜアポロは嘘をついたのか?
未来を見るまでもなく、真実を話せばシビュラがどう行動するか予測がついたからだ。
きっとシビュラは、相打ちできるなら喜んで命を投げ出す。
たしかに最強のスーサを倒せれば、国王も戦争どころではなくなるかもしれない。
「でもそんなのはダメだ……」
「アポロ? 何か言った?」
「……とにかく広場だ。連中はそこで陣を張っている」
「そこならわかる。行きましょう、アポロ」
「ああ……ただ、一つだけ約束してくれないか」
「どうしたの?」
「俺は、君が生き残ってこその未来だと思ってる」
「ええ!? ほ、本当にどうしたの急に! ていうか、そ、それって、まるでプ、プロっ……」
「約束してくれるか。自分の命と引き換えに……なんてことはナシだって」
アポロの剣幕にシビュラが頷く。顔を真っ赤に染めながら。
「行こう。連れて行かれた人たちが心配だ」
夕日はもう沈みつつあった。
宵闇に紛れ、アポロとシビュラは行動を開始する。
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