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スキル【未来予知】

未来予知オラクル


 17歳のアポロに発現したスキルはシンプルだった。


 未来が見える。


 希少度は文句なしのSSR(最高峰)。アポロの両親は諸手を挙げて喜び、小さな村はお祭り状態になって、村人はこぞって未来を教えてもらいに来た。


「あー、ハンナおばさんは来週に街へ行くの?」


「そうよ。よくわかったわね」


「街に行くのはやめときなよ。スリに狙われてすっからかんになる」


「まあっ! ありがとう、アポロ!」


「それでダンじいさんは、毎日の散歩のルート変えない方がいいな。近いうちにふらっと道を外れたまま、帰ってこれない未来が見えるよ」


「なんと! アポロ! おまえは命の恩人じゃな!」


 もちろんアポロのことを信じない者もいた。昔からアポロのことを虐めてくるガキ大将マルドがそうだった。


「未来予知だあ? そんなスキル聞いたことねえよ! どうせ適当なこと言ってんだろうが」


「まあ信じるか信じないかは自由だけど……そういやおまえ、明日市場に行くのか?」


「だ、だったらなんだってんだ? ペテン野郎!」


「いやさ、そこで酔っ払いの乱闘に巻き込まれて怪我すっから、別の日にした方がいいと思ってさ」


「酔っ払い? んなもん、こっちからぶっ飛ばしてやるよ!」


 果たして、ガキ大将マルドは翌日、包帯だらけで村に戻ってきた。屈強な冒険者たちの喧嘩に巻き込まれたためだ。ちなみに彼らは酔っ払っていた。


 他にも似たようなことが何度かあり、アポロのスキルの噂は瞬く間に広まり、果ては国王すらその名を知るようになった。


 だが、そのことがアポロの運命を大きく狂わすことになるとは、当の彼自身には知る由もない。


 「未来予知」を持つ者が自分の運命を知らないとは奇妙な話だろうか?


 実は「未来予知」スキルにはひとつだけ欠点があった。


 他人の未来はわかっても、自分の未来を知ることはできないのである。


 もっともアポロはそのことを気にしていなかった。


 この田舎村でのんびりと過ごすのが性に合っていると自覚していたし、そんな日々の中では、過去も今も未来もたいした違いはない。


 村のみんなを不幸な未来から救えるだけで、彼には十分すぎる話だったのだ。


 しかし……。


 ある日アポロが家に帰ると、仰々しい身なりの従者たちが豪勢な馬車とともに彼を待ち構えていた。


 そして、そんな非日常な風景の中でも一際目立つ美貌。純白のドレス。


 自分と同じ年頃の少女が、キッとアポロを睨めつけている。


 妙にトゲトゲした雰囲気。田舎の風を受けて不快げになびく金色の髪。


 王女、という言葉がぱっとアポロの脳裏に浮かぶ。こんな田舎に? まさか……。


「あなた、第三王女である私の前でよくまあニヤニヤできるわね」


 自分の考えを一笑に付そうしたアポロの表情が固まる。


「……マジで王女様なのか?」


「王女様"ですか"、でしょう?」


「俺は、自分の尊敬する人間にしか敬語を使わないことにしてるんだ」


「なら私に敬語を使わないのはおかしい気がするけど?」


「初対面の相手を敬うほど俺の気は早くない」


「ふんっ! 本当ならあなた、三回は打首にされてるわよ。どうせ殺されない未来が見えるからって、調子に乗ってるわね?」


 いや、自分の未来は見えないんだが……。


 アポロはそう言い返そうとしたが、眼の前の少女の怒りには火に油だと思い黙っていた。


「ま、いいわ。さっさと馬車に乗りなさい」


「え? もしかして俺に言ってるのか?」


「誰がわざわざ田舎くさい農民なんか連れて行くのよ! あなたに決まってるでしょ!? 未来予知スキルを持つあなたを王宮に連れて行くために! わざわざこの私が出向いてあげたんじゃない!」


「俺は別に城になんか行きたくないんだが――げっ!?」


 アポロの喉元に突きつけられる冷たい輝き。王族の紋章が象られた長剣を、王女は片手で苦もなく構えている。


「私をただのわがまま娘と思わないでよ? こう見えても【剣聖】のスキルを持っているの。あなた一人くらい、王族の権威をつかわなくたって八つ裂きにできる」


 わがままな自覚はあるのか……。


 アポロは自分の不憫さに涙をのむ。


「ら、乱暴だな……物騒はやめようぜ。行くよ、ついていきゃいいんだろ? なにも縛り首にされるってわけじゃないだろうし……」


「もちろん、誇り高き王族としてそれなりの礼はするわ。あなたが私の言う通りにしてくれたらね」


 礼なんかくれるより、そっとしといてくれればいいのに。


 そう思いつつ、アポロはやはり黙っていることにした。


 単にこの過激な王女様を怒らせたくなかったのもある。


 が、それに加えて、このごろは高くなる一方の税金で村の皆も苦しんでいるのを思い出していた。


 お礼代わりに免税でもしてもらえれば、わざわざ予言なんてしなくても皆幸せになれるだろう。


 馬車に乗り込むと、驚くほど軽やかに車窓が流れ始めた。故郷の村は瞬く間に遠くなっていく。


「ところでまだあんたの名前を聞いてないんだが」


「"あんた"呼ばわりするような田舎者に名乗る名前は無いわ。自慢の予言で当ててみたら?」


「俺のことを信用してるのかしてないのか、どっちなんだよ」


「私がほしいのは予言の力だけ。むさい田舎者に興味はないの」


「そうはっきり言われると落ち込むな……」


「あ、いやっ、なんで急に落ち込むのよ!? 私が悪いみたいじゃない!? ああもう! これだから帝王教育を受けていない平民はメンタルが弱いんだから!」


 いやおまえが悪いんじゃないのか?


 内なるツッコミを飲み込みながら、アポロは自分の忍耐力が急速に高まっていくのに感涙しそうになった。


「シビュラよ、私の名前! これでいい!? 第三王女から先に名乗られたのよ! 光栄に思いなさいよね!?」


「そりゃありがたいな。俺はアポロだ……って、噂聞いてるなら知ってるか。それで、いったい俺に何させたいんだよ。未来を教えてほしいなら、今この場で――」


 アポロの脳裏に未来の光景がよぎる。


 ……何だ、今のは?


 このシビュラという少女が、十字架に磔にされ、ゆらめく炎の中で死んでいく光景が見えた。


 ……彼女にいったい何が起こるのというんだ?


 不用意に能力を行使して絶句するアポロに気づかず、シビュラはふんと鼻をならした。


「私だって他人の力なんて借りたくなかったわよ。でも仕方ないじゃない。お父様を止める方法を他に思いつかないのよ! あなたは田舎者だから知らないでしょうけどね、私たちの国は今、隣国のアケメス王国と緊張状態にあるの。お父様は戦争をする気だわ。でもそんなことになれば、たくさんの民が犠牲になる」


「……それで、俺が戦争に負けることを予言すれば、王様は戦争を辞めるって筋書き?」


「ふん、田舎者の割には頭が回るじゃない」


「田舎者は余計だけどな……」


「どうしたのよ、なんか急にしょげちゃって。ま、戦争があるって聞いて喜ぶわけないわね。それで、どう? 協力してくれる気になった?」


 アポロは言葉に詰まった。先程見てしまったシビュラの未来が頭から離れない。小刻みに震える手を握りしめ、深く息を吸い込む。


「言っておくけどな、君に都合の良い未来があるとは限らないぜ。どんな未来があろうと、俺は真実を伝える。もし王様が戦争に勝つ未来が見えても、君は戦争を止めるつもりなのか?」


「それは……当たり前でしょ。勝ち負けは関係ない。それに今回運良くアケメス王国を倒せたって、恨みを抱えた国は必ず復讐に来る。無限に続く復讐の連鎖よ。止めるなら最初しか無いわ」


「……そうか。はあ~、まずったなぁ」


「なによ!? まさかもうお父様が勝つ未来が見えちゃったの!?」


「いやそうじゃなくてさ、今ちょっと君のこと尊敬しちゃったんだよな。でも今更敬語使うのも、なんだかばつが悪いし……」


 きょとん、とシビュラの表情が固まり、次の瞬間に破顔する。


 まるで可憐な金の花がぱっと咲くみたいな笑顔、年相応の無邪気な瞳。


「バカね、今更敬意を払ったって遅いわよ」


「どうも失礼しました、シビュラ様」


「あはは、なんだか変な感じよ、それ! でも、久々に笑った気がするわ。この頃はお父様を止めるために駆け回ってばかりだったから」


「そりゃあ……」


 王族ってのも楽じゃないんだな。


 アポロがねぎらいの言葉の一つもかけようとした時、御者の無感情な声が響いた。


「そろそろ王宮です」


 瞬間、シビュラの表情にトゲトゲしさが戻る。


 先程見せた笑顔も年齢相応の無邪気さもそこにはない。


 第三王位継承者が目の前にいるのだ。


 アポロは今になって初めて、その事実にぞくりと身を震わせた。

完結済み小説の分割投稿になります。

31日までに全話投稿します!


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