#08 度胸試しのおばけトンネル@武蔵村山
暗い、怖いも遊び場だ
「ミチは鉄道に興味があったりするのか?」
「『好き』のうちだろう。いろいろ知りたいのかもと思って」
「やっぱりミチは、鉄道が好きみたいだな」
千里は私の心を見透かしたつもりでそう言ったのだろうが、私自身の心模様はまだまだ視界不良だった。
自分の名前も助けとなって、以前から「道」への興味はあった。転勤族の父に従って住所を変えるたび、道のりを逆走して元の街に戻る方法を思案したものだ。そうして、お別れした友達に想像の中で会いに行くのだ。千里とも数えきれないほど再会の練習をした。そのうちに、「ここからどこかへ至る」ルートを知ることにロマンを感じるようにもなった。
鉄道もそこに含まれていないではない。いろいろな土地に住んだから、各地の鉄道事情について多少詳しい自信がある。また、このごろは廃線を辿る楽しみも覚えた。しかし、その道の先達を差し置いて公言できる趣味とは思えない。
理性、倫理、論理――「筋道」立てて生きていくよう父から命名されておいて、自身の感情に「未知」を残すようでは面白くない。この際だから我が目で確かめてみようではないか。
「誰も知らないような場所でも、私より先に誰かが調べているんだよなぁ」
世界は狭いということだ。
スマートフォンでちょいと事前調査した知識をもとに、隣町の廃線と廃トンネルを見学する。
まずは多摩都市モノレール線を通学ルートとは逆に北上する。終着駅の上北台から少し歩いて、老舗で自転車をレンタルさせてもらう。
これから散策する武蔵村山市は、いわゆる鉄道空白地帯だそうで、市域を鉄道が走っていない。モノレールもギリギリ東村山市を走っていて、西武線も立川市内をニアミスする。ついでに国道もないらしい。仕方がないのでモノレールの延伸が待たれているという。
だから悪いという話ではない。目的地の廃トンネルは「自転車道」というから自転車がうってつけだ。鉄道を利用しないからこそ、知られざる穴場を掘り当てることができるかもしれない。大変そうに感じるより、ワクワクが勝っている。
ブレーキの利きやサドルの高さを見て安全確認。続いてスマホで地図を検索し、行き先までの道のりを改めてインプットする。ホラースポットとしても知られているというから、心の準備運動も必要だ。飲み水の用意も確認しておく。これだけ周到にしていれば、準備は万端だ。
「さあ、肝試しと洒落こもうじゃないか」
きょうは千里の役も自分が演じる。
ひとり旅だ。
青梅街道を下る。
右から自動車に追い抜かれるたび、意味もなく悔しくなってペダルを漕ぐ脚に力が入る。
武蔵野市のときと同じくシティサイクルを借りているが、やはり自前で性能の良い自転車が欲しくなる。思い浮かぶのは千里のクロスバイク。私もバイト代が貯まったら奮発してもいいかもしれない。この趣味もしばらく続きそうだから。
綺麗に舗装された一本道を走るのは気持ちがいいけれど、途中で進路を変える。同じ青梅街道でも、いままでは新道、今度は旧道を走ることにする。そうしておかないと、目的地のトンネルが見つけにくいのではないかと考えた。
トラックが行き交い、広い駐車場を備えた店舗が並ぶ新道は、まさしく街道然としている。打って変わって旧道はより生活感あふれる光景が続き、幅の狭い道の両側には民家が並ぶところもある。より趣を感じられる旧道のほうが私は好きだ。おそらく千里は新道の景色を好むのだろう。
目印は、近隣の温泉施設の名がついた信号。ここを右折して北上すると、小高い坂の上に目的地が見つかる。
「見つけた、横田トンネル自転車道」
誰に聞かせるでもないのに、つぶやいてしまう。
上北台から自転車を走らせてざっと二〇分。鉄道空白地帯に、ひっそり静かに佇んで鉄道の歴史を伝えている。現在「ない」ものは過去にも「ない」と思いがちだが、そんな悲観的な例ばかりではない。ただし、私たちが知っているのとは違う場合もあるけれど。
スマートフォンを取り出し、横田トンネルの入り口を写真に収める。千里に「私だって自力で探せるんだぞ」と添えて送信した。
さて、そろそろ肝試しを始めよう。
車止めを躱して、ゆっくりとトンネル内に侵入する。トンネルに入って最初に感知するのは――
「さむっ」
と思わず漏らしてしまうほどの冷気だった。
半袖を着るべきではなかった。梅雨が去って夏本番に差しかかろうという時期柄、油断してしまった。
寒いのも当然で、トンネルは思ったよりも長い。しかも、自動車も通るような広いトンネルとは違って、両側の出入り口自体が広くない。そのため外から入ってくる明かりは極めて少ない。隧道内部で私の視界を確保してくれるのは、細長くて青白い蛍光灯のみ。これだけ暗ければ、気温も上がらない。
しかも、天井からひたひたと水滴が落ちてくることがある。壁面も湿気を含んでいる。地下水が染み出しているそうだが、これもまた私を凍えさせる。
出会うはずのない存在に出会ってしまいそうな空間だ。
汗のにじんだ陽光が恋しくて、ペダルを漕ぐ脚に力を入れる。そうして明るい日差しの下に飛び出すと、一瞬前の寒さが嘘のように、やはりまた汗が滲むのだ。カーディガンを羽織るべきか悩まされる。
続いて、赤堀トンネル。こちらはさほど長くはない。その代わり、続く御岳トンネルとの間隔はごく短い。立て続けにひんやりとした暗闇へと突入する。体感温度の乱高下にうんざりするが、進めば進むほど探検気分が盛り上がる。
御岳トンネルを出ると、舗装のない緑道へと続いていた。道の両側には背の高い木々が並んでいる。左手には番田池なる、かつて灌漑用水に利用されたという池まである。かと思えば、すぐにまた住宅街へと戻ってくる。手前にも、トンネルとトンネルのあいだには住宅街があった。
トンネルがあって、すぐ近くには村山貯水池もある。そんなところまで住宅街が浸食してきているのだから、東京の開発の勢いは恐ろしい。案外、この場所に鉄道が通っていたという既成事実があったからこそ、開発の手がこちらまで伸びたのかもしれない。
思いついたことを千里に語ってやろうとスマートフォンを取りだせば、横田トンネルの入り口の写真に返信が届いていた。
『羽村―山口軽便鉄道か』
まったく、私が先に見つけたと思っていたのに。
返信はもう一件。
『さすが目の付け所が違う』
千里はこういうところがズルい。そのように言われたら、認めざるを得なくなってしまうではないか。
「うるさい」の一言を返信して、次なる赤坂トンネルの入り口を写真に撮って送信する。第四のトンネルともなれば、慣れたものだ。水滴をも躱す勢いですいすいと漕ぎ進み、ついにまた日が差す道へと踊り出る。ついに周囲から住宅街が消え、鬱蒼と木々が立ち並ぶのみとなった。
舗装された自転車道は、ここで終わりを迎える。車止めがあり、その先は獣道も同然だ。進めそうな道が二、三本見えるが、どれを進んでも戻ってこられる自信が持てない。目的地の探索は済んだから、戻ることにしようか。
そのとき、スマートフォンが鳴動する。
『第五隧道まで行ってみたか?』
第五?
いままで通ったトンネルは、横田、赤堀、御岳、赤坂の四つ。変に思って千里に尋ねてみると、トンネルは第六まであるという。ただし、第五隧道は封鎖されているので、その手前までが軽便鉄道を探索できる限界なのだそうだ。
意を決し、獣道へと突入する。歩きやすいように草が刈られているので、実際には人間が出入りして手入れしてくれているのだろう。しかし、それまでのトンネルの不気味さとは比にならないくらい、密集した緑が私を拒んでいるように見える。
自転車を押して進む。
じわりと滲む汗は、暑さのせいではないかもしれない。
第五隧道まで、そう遠くはなかった。
千里の言った通り、トンネルの前に立つことしかできなかった。それも当然といえば当然。フェンスを越えて進んでいってしまったら、貯水池に到達してしまうのだから。
東京の人口増加に応えるため、狭山丘陵を開発し造ってしまった人造湖、村山貯水池。そして、貯水池を造るために敷いた軽便鉄道と、鉄道が通ったトンネル。人類の渇望するエネルギーは莫大なもので、だからこそ朽ちて枯れたときの儚さときたら。
仰々しい「立ち入り禁止」の紙が貼られたフェンスを写真に収め、千里に送信する。「遠くまで来てしまったよ」と添えた。
【おまけのチリばなし】
質問者:田町理さん(19歳、東大和市)
Q「村山貯水池って何?」
回答者:市ヶ谷千里さん(20歳、府中市)
A「狭山丘陵の人口の池だな。多摩川の水を引いている。玉川上水ではとても足りなくなった東京の水を確保するべく造られた。ちなみに東村山市でも武蔵村山市でもなく、東大和市に属しているぞ。貯水池建造時の資材運搬用に敷いた簡易的な鉄道が軽便鉄道で、武蔵村山のトンネルも、立ち入り禁止の先まで進めば貯水池に繋がっていたわけだ。その名の通り簡便な鉄道で、自動車や馬が動力なんてこともあった」
【#08 度胸試しのおばけトンネル@武蔵村山】
主な訪問地:羽村-山口軽便鉄道跡、横田トンネル自転車道
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