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大地 あんじゅ



「あれ?」


 どうなったんだろう、私は? 


「んん?」


 息ができる。ここは海の中なのに、苦しくない。というか私は息をしていない。しなくても良いっていうか、今は必要じゃないっていうか。


 ヘンだ。


 泳ぐ魚の表情が見える。ワカメが息をしてるのが見える。流れる砂が、もといた場所が分かる。浜辺にいる人の空腹も。海の底の更に下の生き物も見える、分かる。

 空に照らされる前の、本当の海の色が見える。



 今、向こうで生き物が、別の生き物の命を食べた。立派な歯の音。大きな魚。お腹が減ってたみたいで、喜んでる。食べられた方は?食べられる前から静かだった。恥ずかしがり屋さん?おしゃべりが嫌いなのかな?

 あっ、貝だ。だからか。眠ったまま食べられたんだ。



 今、浜辺で人が怪我をした。擦りむいたみたい。転んだんだ。たぶん、同級生の誰か。結構沢山血が出てる。泣きそうなくらい痛いんだ。でも我慢してる。弱虫って思われたくないんだ。今、笑って『へっちゃらだよ』って言おうとした。男の子の感じがする。あ、ちゃんと言えた。かっこいいなあ。本当に痛いのが引いていってる。その子は、どんどん元気になってるみたいだ。



 今、珊瑚が、たくさん固まって死んだ。死ぬというか、生きられなくなったみたい。これから時間が経つほど、珊瑚が死に近づいてく。しばらくしたら、終わる。今がその分岐点だったのかな。私にはどうにもできないみたい。



 この先の、沖の方で、人が苦しんでる。溺れてるみたい。たくさん塩水を飲んじゃったみたい。体の中に苦しみが広がってる。遅れて息ができなくなっていってる。少しすれば死んじゃう。



 これは、私に何とかできる。



 バタ足が速いなぁ。生き物たちがびっくりしてる。私もびっくりしてる。みんなを怖がらせちゃった。ごめんね。



 あぶくの場所まで辿り着いた。まだ生きてる。でも意識がない。空気が入るところに水が溜まってる。このままじゃ海から上がっても息が吸えない。もうすぐ死んじゃう。



 それは良くない。



 その人の身体の中の、『その人の水じゃない水』に集中する。追い出そう。まだ身体に全部溶けきってるわけじゃない。たぶん私なら何とかできる。


 その人に抱きついて、力を込める。海の水よ、その人の身体からいなくなって、って。そうしたら、その人の体の奥が眩しくなって、海の水は私のいうことを聞いて、その人の身体の中から『消えた』。この世界から消えて無くなった。


 ギョッとした。その海水の中にいた小さな生き物たちも、巻き添えになったから。死ぬことなく、消えてしまった。『しがい』も残してくれなかった。最初から存在しなかったみたいに。



 その人の身体の、肺のところが急に潰れた。急に海の水に押されて、胸の骨が折れてしまったみたいだ。肉が裂けて、血が溢れてる。早くしないと、この体がもたない。急いでその体を抱えて、海面へと上がった。


 私が海水をその人の中から消してしまったせいで、喉の隙間まで消えてしまった。この人は自分で息が吸えない。手足が震え出してる。首を絞められてるみたいだ。


 大きく吸って、口に口をあてがい、吹き込む。私の全てを注ぎ込む様にして。身体の奥まで、私に見えてる血の管の一本一本にまで元気を行き渡らせられるように。

 三度息を吹き込んだ時、その人の骨が繋がっていく音がのが聞こえた。それはきっと私が『治ってほしい』って思ったからだ。


 さっきと同じ様に、身体の中に溜まってしまった血を消し去る。その後、更に強く抱きしめる。今度は、『私が消してしまった血が、元に戻ります様に』って。

 私が願った通りに血は何処からともなくその人の身体の中に現れて、勢い良く流れ出した。また私はギョッとした。何にもなかったところから、命がその人の中に現れたからだ。生まれることもなく、とつぜんに。


 その人を抱きかかえたまま、海岸へと泳ぐ。意識はまだ戻らないけど、身体は普通の人と変わらないくらい元気に戻ってる。少しすれば、たぶん立って歩けるようになる。


 砂浜にその人を寝かせて、そして初めて水面に映るじぶんの姿を見た。、というか見れなかった。太陽の照り返しより強く、光っていたから。


 ようやく私は、自分の体ををまさぐった。今、私は海に入った時に着ていた水着とは違うものを身につけている。しなやかで、やわらかく、優しい。羽根のような手触り。


 また海にもぐる。息継ぎが要らなくなった私はどこまででも泳ぐことができた。すごく楽しい。目では見えないはずのものがたくさん見えた。水の中で聞こえないはずの声も。どうやったってわかるはずのない、命のことが私にはわかった。



 泳いでいくうちに、海の奥の一番暗くて、なにも分からないところから、私に向かって声が聞こえた。



『ピュアジェル、お前はピュアジェルという名前なんだ。地から生まれた剣だ。人の勇者だ。人の中で、もっとも天に近い。この世界の切っ先だ』



 私は『ピュアジェル』で『地の剣』で『勇者』だって、その声は言った。心の底から言った。ほんとうに私は、そうみたいだ。



 でも私は、大地あんじゅだ。『ピュアジェル』みなるずっと前から。

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