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早乙女しえる



 水の音、水の音、葉の音、木の音、砂の音。人の話し声、生き物の鳴き声。車、電車、機械の動く音。何かの軋み、蠢き。



『もう一週間になるが、難しいか?』



 そういう音たちがゆっくりと混ざって、練り合わさっていく。そうしてわたしの頭の中でやわらかで優しいあの声になって響いてくる。



「…はい、すみませんお父さま」



 頭の中に広がる声から少し遅れて、私の目の前にある光や、空気、チリや、水がお父さまの口の形をとって揺らめきだす。



『ふむ、その町で合ってるはずなんだが、私も自信なくなってきたな』

「いえ…わたしの力不足です…わたしが至らないばかりに…」



 口元だけの姿だった像はゆっくりと大きくなり、声もあの偉大さを増していく。



『いや、そんなことはない。これはそもそもこれまで行われたことのない使命だ。それをわかって、私もしえるに頼んだのだから』

「わたし、まだ頑張れますから…」

 


 つらい、お父さまの言いつけが上手くいかなかったことなんて今までになかった。どうしていいか分からない。つらい。

 つらい、お父さまは『応援に人を送ろうか?』、と言ってくれているけど、仮にそうなって、すぐに見つかったりしてしまうのも、情けないし。

 でもそんなこと言っても、出来ないよりは出来たほうがいいわけで。だからわざわざお父さまはわたしにお命じになったわけで。

 つまり、わたしが、お父さまを困らせている。



「はぁ…」

『疲れているようだ、しえる』

「いえっ、そんなこと」

『無理をせぬように、というのも今度の使命のうちだ。お前に苦労をかけてしまっているのも、言ってみれば、私の見積もりが甘かったということだ。つまりはこれは、私からの無理難題。我ながら意地の悪い話だ。済まないこととは思っている』


 お父さまを、謝らせてしまった!

 

「わたし、まだまだ頑張れます!」

『そういうところこそ、お前の素晴らしいところだ。他の者なら投げ出してしまっていたかもしれない』

 甘いだなんて、それはわたしの方だわ。お父さまの優しさに甘えてる。もっと良いやり方が思いつけば、使命をもっと先に進める事ができていたかもしれにのに。

『私もお前も、焦らずいくとしよう。一週間でお前が人間界で過ごすのに慣れてきたのは大きな収穫だ。折角なのだから人間と同じように何処か遊びに行って羽を伸ばすと良い』



 気づけば音は空と大地のみじろぎすら巻き込んで響き渡り、光はオーロラのように輝き、お父さまの全身を浮かび上がらせようとしていた。



「ああ、お父さま、そろそろ」

『うん、そうか。お互いそちらとこちらで頑張っていこう。では息災に』

「はい、お父さま」


 そして『奇跡』は静かに止んだ。音も、光も、『普通』に戻った。


「…がんばらなきゃ。お父さまに安心してもらえるように」

 はやく見つけないと。お父さまが予言なさった『天へと渡る勇者』を。


 人間界へと降りる前、お父さまは『見れば、その輝きで分かる』とだけ仰ってた。この町、『うるみ町』はそんなに大きな町じゃない。わたしの今の身体でも三日あれば隅から隅まで歩き尽くせる。もちろん三日で全ての人と話ができるわけじゃないけど。


 それでも分かる。この町にある人の域を超えた輝きが、その気配がわたしには分かる。その輝きを持つ人が通った道も、寄ったことのある場所も、その人が見ていたものにも、その輝きの気配が感じられる。


 最初はとてもわくわくしてた。こんなにも眩しい人間が存在してること、そしてそれに出会えるかもしれないこと。こんなに際立った人間なら、すぐに探し出せると思ってた。


 追いつけない。動きが早過ぎる。そして広過ぎる。

 人間界の感覚に身体が慣れ始めた頃、わたしは愕然とした。道や場所、物だけじゃない。この街のすべての部分からその人の輝きの気配がする。余白なくすべての部分から。微かに濃淡は感じ取れるけど、その広がりの早さは、きっとわたしが『元の姿』に戻っても追いつけない気がする。第一人間には睡眠が必要なのに、この人は全然止まってないような気がする。最後に通ったであろう輝きの跡を追い続けて、色んな人に『今日変わった人が来ませんでしたか』と聞いてきたけど、さっぱりだ。


 人の域を越えた輝き、なんて物じゃない。わたしよりもずっと強い。『そんな事はありえないのに』。


 人間界に降りて一週間になる今日、わたしはその人の輝きが一番濃い、その人が最後に訪れた場所を見つけ出し、辿り着いた。


 そしてまたわたしは愕然とした。


 その場所は空港への送迎バスの乗り場だった。この人は、今うるみ町にいない。わたしはこの一週間の間、その人の輝きの残像を追いかけていたのだ。


 質問の仕方が間違ってた。わたしは改めて町の人にこう聞いてみた。


「この町で一番輝いてる人は誰ですか?」


 そうするとみんな口を揃えて言った。


『大地じゃんぬちゃんの事かい?』って。


 うるみ中学校二年、大地あんじゅ。 彼女は一週間の臨海学校に出掛けているという事だ。


 わたし、聖者しえるは、一週間前の彼女の気配に、ちょうど一週間振り回されていたことになる。


 なんというかわたしはわくわくを通り越してぞくぞくしていた。天界の住人であるわたしが、想像もつかないような人と会おうとしていることに。

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