プロローグ(追記予定)
「あー、『ヒロイン』になりてぇ。とびっきりかわいくて、かっこよくて、強くて、優しくて、友達想いで、味方はもちろん敵でも助けて、どんな人にでも手を差し伸べて、人を愛して、人に愛されて、でも恋愛のことはまだまださっぱりで、おちゃめで、元気で、声がでっかくて、食いしん坊で、アウトドア派で、流れる汗が綺麗で、そんな姿が美しくて。
どんな困難にも諦めず立ち向かって、誰かが傷つく事は許せなくて、素直で、一生懸命で、自分に関係ないことでも自分のことのように悩んで、苦しんで、泣いて、でも歯を食いしばって、立ち上がって、勇気を振り絞って、無茶で、無茶苦茶で、真っ直ぐで、一直線に不可能に挑んで、ボロボロになって、それでもやっぱり諦めなくて、そんで奇跡を起こして、最後に笑って、そんな顔が可愛くて、格好良くて、」
そこまで一息で言って、一服。
「そんな『ヒロイン』になりてぇなあ。もう二十歳で、男だけど」
そんな事を言っていたのは、もう五年も昔のことだ。毎日毎日狭い部屋の中で、ぼそぼそぶつぶつ繰り返してた。一日一日文言が増えていって、それでも一つも抜かさずに、数えられないくらい声に出してた。
最後に『二十歳で、男だけど』って締めくくるのが、たまらなく気に入ってた。自嘲気味に言うんだ。俺には無理だって分かってますよ、って言い訳するように。聞いてる神様も同情するくらい切なそうに。可哀想に。
もし神様がそれを聞いてたら、『こいつはもう二十も回った男だけど、これだけ熱心なら望み通りのヒロインにしてやってもいいかもしれない』って思ってくれるくらい。聖なる光の祝福と、悪と戦う使命をあげちゃおっかな、って思うくらい。
俺の言葉は、純粋な思いには違いないんだけど、そう考えると、口に出す理由は下心ありありだった。たぶん、そういうところだな。そういうところまで、神様なら見抜いてる。その時の俺は誤魔化せてるって思ってたけど。
別になれてたかもしれない。二十歳でも、男でも。口に出してた事を少しでも努力すれば。性格だって、やり方次第じゃ変わったかも。まあでもそれは、今だってそうか。
諦めてたんだ。口に出しながら。本気でなりたかったけど、本気で諦めてた。思い続けて、願い続けたけど、同じくらい諦め続けて、避け続けた。それは五年経った今でもそうだ。信じ続けて、諦め続けてる。
チャンスはあった。ごろごろ転がってて、俺にはそれが見えてた。掴まなかった。俺には出来ないって思うのが自然で、すごく簡単にそれを見捨ててた。一個でもやってみれば良かった。友達増やしてみようとか、人助けでもしてみようとか、あんまり捻くれずものを考えてみるとか。連絡先交換しようよって言ってみるでも、落ちてるゴミ拾ってみるでも、電車で席譲るでも、社交辞令だって決めつけずに人の話聞くでも、流行りのドラマで素直に泣くでも、なんでも良かった。なにか外に、外の世界に発すれば良かったのに。変わろうとすれば良かったのに。
内側だ。俺の純粋な願いは、あの六畳一間の小汚い部屋から外へは出なかった。俺の心の内側へ、内側へと広がっていった。美しく清らかな心を望んだのに、実際には心の中に皺が増えていく一方だった。自分の間違いに気付いてた。気付き続けてた。でも呟いた。『二十歳の男でもヒロインになれますか?』って。
『二十歳』っていうのは、俺の中でのひとつのタイムリミットだった。実際二十ってまだ若いし、ギリギリいけるんじゃないかって。まだ奇跡が起こるんじゃないかって。二十一になったらそんなわがまま言わないから、って。何となく時間を区切っていってる方が謙虚な気がしたから。神様に対して。
『奇跡』を待ってた。『奇跡』が起きたらどんな努力でもするつもりだった。本当に。嘘じゃない。『ヒロイン』としてどれだけでもを体を張るつもりだった。何でもしようと思ってた。嘘じゃないんだ。誰も信じやしないだろうけど。
間違ってたんだ。『奇跡』は努力した人のところにしかやって来ない。自分に都合のいい偶然を待ってたところで、何も変わらない。神様は努力しない人の前には現れない。
ただ、
ただ、俺が狭い部屋から呪いのように、毎日欠かさず、願いを自分の内側に擦り込み続けたことは、それはそれで、一つの努力ではあったらしい。
二十一歳の誕生日を迎える直前の日。俺にとっては、『ヒロイン』になれるかもしれない最後の日。いつものようにぶつぶつと、乞い願い続ける俺のもとに、『神様』は現れた。
真っ黒で、惨めで、薄暗くて、臭くて、キモかった。人とゴキブリが熱心にセックスすればこういうのが産まれるかも知れないと思った。もう最悪だった。きっと見れば分かる。でも間違いなく強大だった。これまで見た何よりも。見た瞬間に神様だって分かった。そんなのが部屋の中に突然現れた。すごく、あり得ないくらい、突然に。
『奇跡』だと思った。実際奇跡だったけど。
『奇跡』に飢えてた俺は、それに飛びついた。そいつは、神様は俺を受け入れた。
人生で初めて、何かに選ばれた。差し伸べられた、そのきったない手を、迷わず握り締めた。俺は汚れた人間だ、なんて自分で勝手に思ってたけど、その瞬間本当に俺は穢れた。
『好きな色は?』と聞かれたんで、カーキ色だと答えた。『なら今からお前の名前は、カーキだ』って、言われた。馬鹿みたいだ。馬鹿みたいだったけど、その瞬間それまでの名前は忘れた。五年経った今でも思い出せない。
俺は悪の怪人『カーキ』。そろそろ五歳だ。その『奇跡』が起きてからというもの、俺は結構、宣言通り努力してる。悪の怪人として。人の幸せな人生を壊しまくって、何にも悪いことしてない人を苦しめまくってる。真逆だ。俺の願いと真逆のことだ。でも、なんだかしっくりくる。なんか性に合ってる。あの神様にもずっと褒められてるし、良く分かんないけどいい感じだ。
けど、『ヒロイン』には、なれなくなった。絶対に。今はもう、『ヒロイン』は倒すべき相手になった。
そう、現れたんだよ、『ヒロイン』が。倒すべき正義の『ヒロイン』が。だからっていうかなんか、なんだかこう、嬉しいことに。
存在してくれたんだ。夢にまで見たあの『ヒロイン』が。