禁断のプリン密造
地球連合宇宙開発活動法 第11条 食糧に関する法令。(F.C.0034年制定)
第8項 食品の生産、加工、提供の一部制限。
概要
空気環境保全、及び乗員の健康保守の為宇宙航行船及び宇宙ステーション等、一定の閉鎖空間である艦船、または施設内において以下の制限を課す。
届け出許可の無い場所での刺激臭、または強い臭気を持つ食品の提供、及び生産。(キムチ、納豆、臭気の強いチーズ等を含む)
免許の無い者による生肉、生魚等の生鮮品の調理、及び提供。
免許の無い者による生卵、魚卵等を使用する調理、及び提供。
許可の無い場所においての食品の生産を目的とした動物、及び植物の育成。
許可の無い者によるカレー、シチュー、ソース類の長期保存。
免許の無い者による発酵食品の生産、及び提供。
(以下略)
「……誰もいません、マスター。生体センサーにも反応無しです」
「よし、警戒を続けろ」
「ラジャー」
ヒビキは個室の入り口で見張りをするプリムラにそう指示すると、ツカサに目で合図を送った。頷いたツカサも息を潜め慎重に壁の隠しドアを開く。中には小さめの冷蔵庫が一つ。ヒビキはゆっくりと冷蔵庫を開き、中からポリバケツを取り出した。
「……出来てるか?」
「多分な」
ヒビキは息を整えそのバケツをテーブルまで運ぶ。そしてその上の大皿のにバケツを静かに伏せた。
「ど、どうですか?マスター」
「静かにしろ」
テーブルに近付いてきたプリムラを小声で叱咤してからバケツに両手で圧をかける。少しだけ歪んだバケツから、ぶるん!と何か重く柔らかいものが皿に落ちる感触。
「……」
ヒビキがバケツを上げると、そこには皿の上に山のようにたたずむ艶やかな黄色の物体があった。
「マスター……」
「うまく行ったようだな」
「見つからないうちに、さっさと食っちまおうぜ」
急かすツカサに同意してヒビキがカラメルソースをたっぷりとかける。巨大な卵色の山からマグマが流れ出す如くカラメルが流れ落ちた。三人の目が期待と背徳感でギラギラ光始めたその時。
「ああああああああ!」
部屋の入り口から響き渡る声。三人の視線が向いた先にはピシッと士官服を着こんだ黒髪の美少女がいた。三人ともその少女には面識は無かったが、彼らの行動はかつて地球に生息した肉食獣よりも速かった。
ヒビキがまずドアを閉めロックをかける。プリムラは少女の脚に飛び付き動きを封じ、その背中に回り込んだツカサが少女の口を塞いで「喋るな」と般若の形相で睨み付けた。恐怖のあまり涙目でコクコク頷く黒髪の少女。
「プリムラ!何でロックをかけなかった!」
「ご、ごめんなさいいいい!」
「全く、バレちまったじゃねぇか。どうするコイツ。黙って宇宙に放り出すか」
ツカサの発言を聞いて少女はいよいよ涙を溢しながらバタバタ暴れた。
「流石にそこまでやったら本当の悪人になっちまう。……おい、いいか?大声出すんじゃないぞ?」
ヒビキが怯える少女に念押しをする。コクコクと頷くのを見てからツカサはゆっくり手を離し……。
「だっ、脱法プリ……!!」
「騒ぐなって言ってんだろ!!」
叫びだそうとする少女の口を今度は三人で塞ぐ。いい加減縄で縛り付けるかと思ったが相手は士官服を着ている。下手を打つとこちらが停学の目に遇うかも知れない。
「次騒いだら宇宙ナメクジを百匹くらいうなじと太ももにくっつけるからな」
「むー!むー!」
「嫌だったらホントに騒ぐんじゃないぞ」
「(こくり)」
今度こそゆっくり手を離す。三人の睨みに負け、黒髪の少女はぐっと沈黙を守った。
「よし。今回の事は他言無用だぞ」
「で、でもこれ……プリンですよね」
テーブルの上でぷるぷる震えているのは、少女の言う通りどこからどう見てもプリンである。
この宇宙開拓時代、閉鎖空間である宇宙ステーションでの食中毒はタブー中のタブーとされており、調理師免許の無い素人が痛みやすい生卵(先日《DD4(ディーディーフォー)》が運んできた貴重なモノである)を使用した料理を行うことは連合法で規制されていた。
プリンであってもその例外では無く、宇宙艦船や《アンカレッジ》のようなステーションで生活する者は合成の味気無い固めの偽プリン(俗称)を食べるしか無いのである。
「こんなでっかいプリンを非合法に……一体何個の卵を使ったんですか……!」
「ええいうるさい。プリムラ、コイツの口を開けておけ!」
「は、ハイ!」
三人を非難する少女の口にヒビキがスプーンですくったプリンを突っ込む。しばし涙目でそのプリンを味わった少女はうつむき震えながら、やがて口を開いた。
「お、美味しい……」
「これでお前も同罪だな」
「うう、お母様……」
ツカサの言葉に涙を流す黒髪の少女はほっといてヒビキは仕方なくプリンを四等分した。
「全く、おかげで一人分が少なくなっちまったじゃねぇか。プリムラ、反省しろよ」
「すみません」
「完全に犯罪者の会話だな……うん、ウマイ。やっぱ天然モノはたまんねぇな」
言葉とは裏腹にツカサは気にしない態度で脱法プリンを楽しんだ。プリムラも美味しいですねぇとニコニコ笑っている。
「貴方がた、いつもこんな事をしてるんですか?」
「こんな事って凶悪犯みたいに言うなよ。ちゃんと作るときは手を消毒したし、冷蔵庫だって清潔なものを使ってるぞ」
「そう言う問題じゃ……」
「って言いながらしっかり食べてるじゃねーか」
「食べ物は粗末にしちゃいけないと教わっていますので」
開きなおったのかツカサに負けない速度でぱくぱくとプリンを食べる少女。
「そもそもお前さん誰なんだ」
ヒビキが思い出したように問うと少女はハンカチで口元を拭いてから丁寧に頭を下げた。
「申し遅れました。私は航宙科五年。《ハーベルティア》艦長代行の神宮寺ミユキと申します」
「《ハーベルティア》ってあの新型駆逐艦のか」
今度は三人が驚いた。言われて見れば確かに先日少し話した声だ。ミユキと名乗った少女は改めて深々と礼をする。
「はい。先日は危ない所を救って頂き本当にありがとうございます。これはクルー一同からお礼ということでお受け取りいただけますでしょうか」
「はぁ、どうも」
ミユキが某宇宙高級百貨店の包み紙に入れられた箱を差し出す。できるだけ丁寧に開封すると、中から天然素材を使った石鹸の詰め合わせが出てきた。女性クルーらしいチョイスだ。
「こんな高いモノくれなくても良かったのに」
「いえ、本当に全滅寸前でしたから。どんなにお礼をしても足りないくらいです。ありがとうございました」
先ほどまでと一転して微妙な空気が漂ってきた。ヒビキが少しだけ言いにくそうにミユキの顔を見る。
「ま、それはそれとして今回の事は黙っておいてくれ」
「今回だけ、ということで承知しました」
「かたっくるしいヤツだなぁ」
プリムラが食後のコーヒーをミユキにも手渡した。
「今日はわざわざお礼にいらしてくれたんですか?」
「はい。後、実は仙崎先輩にお願いしたい事がございまして……」
「お願い?」
ヒビキは警戒しながらプリンを食べ終えた。こういう時の頼み事はだいたいろくな物ではない。
「実は……私は先月から《ハーベルティア》のテスト運用を兼ねた警戒任務や護衛任務を任されているのです」
「ふむ」
「ですがクルーもやはり実務に慣れない生徒ばかりで……特にパイロットとして配属されたのは四年生ばかりでまだ練度が低いのです。先日の戦闘でもあの正体不明の部隊に一方的に負けてしまいまして……」
「まぁ相手も結構強かったしな」
「ヒビキが言うなら相当の連中だったんだろうな」
ミユキは言いにくそうにしばし沈黙をしたが、やがて意を決してヒビキを大きな瞳で見つめる。
「仙崎先輩、《ハーベルティア》の戦力強化のためチーフパイロットになって頂けないでしょうか」
「何ィ?」
ミユキの要求に声を上げたのはツカサだった。
「今のままでは《ハーベルティア》での護衛任務に不安が残ります。仙崎先輩には私と同じ士官待遇を申請しますから、どうか……」
「ダメだダメだ。ヒビキはアタシの方が先に誘ってるんだぞ。《ハーベルティア》に乗せるくらいならウチのチームに入ってもらう」
「今は私が仙崎先輩にお願いしてるんです!口を挟まないでください」
「ンだとぉ!後輩のクセにこっちが大人しくしてりゃ調子に乗りやがって……」
「ケンカすんな」
やめろやめろと手を振って二人を制してからヒビキはミユキに向き直った。
「今の話……返事から言わせてもらうと、ノーだな」
「ええっ!?」
断られると思っていなかったのか、目を丸くして驚くミユキ。
「り、理由も教えて頂けますか」
困惑するミユキにヒビキは噛み砕くようにゆっくりと言葉を繋いだ。
「神宮寺っていったか。気持ちは理解するがとりあえず今の戦力が整えば良いという考えが良くない。俺だって四年の時は今みたいには戦えなかった。ここは士官学校なんだ、パイロットも育ててやらないと」
「ヒビキが来たから大丈夫なんて思ってると今乗ってる四年生達も腕もプライドも育たないだろうな」
「……なるほど」
二人の言葉を聞いて納得するミユキ。人の話を聞く耳は持っているようだ。伊達に特型駆逐艦を任されてはいないということだろう。
「戦力的に不安があると言うのは良くわかる。時間を作って《ハーベルティア》パイロットの訓練に付き合ってやる。俺とこのツカサがな」
「アタシもかよ!」
「良いじゃねえか、最上級生はそういう事もしないとな」
「ありがとうございます!」
ミユキが感激して再び深々と頭を下げた。礼儀正しいお嬢様だが振る舞いも良く嫌な印象を受けない。本当に良い家柄の娘なのだろう。
「しかしその若さで艦長代行というのはスゴいよな。優秀だよ」
「いえ、まだまだ若輩です。パイロットだけでなく私もたくさん経験を積まなければなりません」
「そういう謙虚なところもいいな。今度に見学に行かせてくれ。新型駆逐艦っていうのは興味がある」
「あ、わたしも行きたいです!」
「是非いらしてください。あと良かったら、仙崎先輩一緒に今度おしょ……」
くじでもと繋げようとした所に呼び出しのルームフォンが鳴った。
「はい、こちら仙崎……ああ、おやっさんか。機体の件な、わかったこれから行くよ」
受話器を戻してヒビキが立ち上がった。
「何ですかマスター?」
「俺が使ってた《ジークダガー》の修理がやっと終わったんだ。しばらく俺は《ゼルヴィード》に乗ることになりそうだから、後輩の練習機に回す。機体の登録引き継ぎに行ってくる」
「《ジークダガー》譲っちゃうのか。結構愛用してたのにな」
「それもこれもプリムラの教育が長引いてるせいだ。シミュレーター訓練行ってこい」
「うう、すみません」
しょんぼりするプリムラを連れてヒビキがマシンデッキに向かった。ヒビキの私室を出たツカサとしょんぼりしているミユキの二人がその背中を見送る。
「ま、そんな落ち込むなよ」
「……どうも」




