突発シークレット(前編)
《アンカレッジ》がこの資源惑星(衛星No.203号)に到達したのは三年前。
表面は荒野が広がるだけのこの惑星は当初大して期待はされていなかったものの、実際の採掘調査を始めると優良な鉱石やガス資源が見つかり、士官学校艦の《アンカレッジ》が実習ついでに採掘するには大規模過ぎる事が判明した。
かくして地球を本拠とする中央銀河艦隊から専門の採掘艦隊が来るまで、《アンカレッジ》は鉱脈等の調査を行う事となる。その中核となるのが採掘科の生徒達だ。
採掘科は他の科と同じく六年制。総生徒数は288人と航宙科を抜き一番の人員を誇る。実際に採掘をする無人マシンの管理や補修から本採掘前の調査採掘、産出した資源の輸送とその仕事量も多い。
危険な戦闘活動を行うことは少なく(多少の採掘時の事故はあるとしても)、軍を辞めた後もまず仕事に食いっぱぐれ無いという点で地味に人気なのが採掘科であった。
「てなわけで今度の調査は結構な人数なんだわ」
ヒビキの部屋で菓子を食いながらそう話すのは採掘科の六年生、採掘焼けと細い目が印象の強い鳥海ソウイチだ。最年長生の中でも学科、実習共に優秀で教師からの信任も厚い。ヒビキとは同じコロニーの出身で入学以来長い付き合いだ。
「大変そうですねえ」
広げられた地図を見て、同じようにスナック菓子をボリボリ食いながら相づちを打つプリムラ。ケンに買わせた菓子は全然減る様子を見せず、最近はこうしていろんな生徒がヒビキやプリムラの部屋に通うようになっていた。
「そうなんだよ。このカムラ渓谷は入りくんだ細い道が網の目のようになっている所で、更に最近は変な霧も出ているんだ。採掘調査には時間がかかるだろうな」
「その苦労に見合うような鉱脈は見つかるのか?」
甘い菓子にはもう飽きたヒビキはブラックのコーヒーを淹れて来た。
「そんなのはやってみなきゃわかんねえよ。でも《アンカレッジ》のコンピューターで計算したところ、そこそこの確率でアタリが引けそるらしいぜ」
実際探すのは俺達なんだがな、とぼやくソウイチ。
「気をつけて行ってきてくださいね」
「優しいなプリムラちゃん。おまけに可愛いし。パイロットなんか危ない事はやめてウチの科に来ない?」
「いやー可愛いだなんてそんな」
てへへと照れ笑いするプリムラのピンク髪の頭をヒビキがぺちんと叩く。
「何がてへへだ。ほら、自主連の時間だぞ。ソウイチもさらっと俺の生徒をスカウトするんじゃねぇよ」
「はーい」
プリムラは少し不満そうに立ち上がるとヒビキの部屋を出ていった。その背中(というかフリルの多いスカート)を見ながらソウイチがうっとりした顔で言う。
「いいよなーヒビキはあんな可愛い子といつも一緒でよ」
「採掘科にだって結構女の子いるだろ」
「いやプリムラちゃんレベルはいねーよ。てゆか本当に人形みたいな子だよな。髪の毛も染めたとは思えないくらいキレイなピンクだし、肌も真っ白だし、おっぱいもそこそこあるし」
「……背は小さいのにな。つか大企業の会長の娘だからな。下手に手ぇ出すんじゃねぇぞ」
わかったよ、と言い残しソウイチもソファーから腰を上げる。デジタルウォールに表示される時計は夕方近くを示していた。
「食料は多目に持っていけよ」
「あの軍の不味い保存食をか」
「いざって時は命綱だからな。気をつけろよ」
「おう、サンキューな」
三日後。ヒビキはパイロット科の教頭である杜若リンコの所に呼び出されていた。
「で、どうなんだい」
歳の頃は確か50手前。中年太りの腹に豪快なボリュームのパーマヘア、ガッツリと塗られた濃いアイシャドウから若い生徒からは宇宙人ともアダ名されている。しかしこう見えて30年前の銀河脱出戦争の時は異星人の戦闘艦隊相手に鬼神のごとき活躍を見せたという伝説もある。
現に、パイロット科のトップエースと呼ばれるヒビキですらこの教師に模擬戦で勝った事がない。
「どう……と言われましても……」
バツの悪い顔で頭をかくヒビキに杜若教頭は苛立ちを強めた。
「あの子が《アンカレッジ》に来てもう二週間になるんだよ。何で基礎戦闘シミュレーションの2までしかクリアできてないんだい」
「俺が聞きたいですよ」
基礎戦闘シミュレーションは全部で10科目、その気になれば小学生男子でも全部クリア出来るような難易度だ。ゲームが超苦手な女の子とかなら理解できなくも無い……しかしパイロット志望の人間がこれではどうにも頭を抱えざるを得ない。
「校長もだいぶあの娘の事は気になってる……ま、あの狸が悩もうとアタシにゃ関係無いが管轄としてはこっちの生徒だからね。あんまり酷い成績の生徒は放置できないよ」
「目は良いんです。レーダーも新人にしちゃ良く見えてます。ただいざ戦闘に入るとテンパるというか頭と手の動きがわやくちゃになるというか……」
「シミュレーションでそれなら実戦なんかさせられないじゃないか」
「俺のせいじゃないですよ」
二人してハァとため息をつく。
杜若教頭の事務室は校長ほど調度品に気を使ってはいない。むしろ女性にしては殺風景過ぎるほどのオフィスカラー一色だ。グレーのデスクにスチールのロッカー、飾り気の無い照明。唯一応対用の机の上に一輪挿しがあるが、それは部下の女教師が気を使って毎週取り替えに来ているものだ。
「とにかくヒビキ。お前はもう必要な単位はほぼ取ってて割と暇なんだ。もう少しあの娘の教育に力を入れておくれ」
「だから俺は教育課程なんか受けて無いんですから、カリキュラム通り教える以外の事は……」
そこでプルルルルとデスクのインターホンが鳴った。相手は採掘科の教師だ。杜若教頭がめんどくさそうに受話器(クラシックな設備だが、他人に話を聴かれにくいという点では優れる機器であった)を取る。
「はいはい、パイロット科杜若……なんだいそんな慌てて。え?手の空いてるヤツ?まぁいないことは無いが……」
そう言って横目でこちらを見る教頭に嫌な予感を覚えヒビキはそっと退室しようとしたが、機先を制して太い腕がむんずと彼の襟首を掴んだ。
「ああ、今確保した。……ふんふん……40人もかい。そりゃコトだねぇ……了解した。レーダー科の方にも手を回しときな。すぐ準備させる」
ガチャンと受話器を置いた女教頭を嫌そうに振り替えるヒビキ。
「何です?」
「捜索任務だ。資料は端末に送っておくから先にマシンデッキで出撃準備しな」
ボボン!と鈍い火薬の炸裂音がして、大気圏突入シェルが四散する。その中から解き放たれたように《ゼルヴィード》がその四肢を伸ばす。後頭部より後ろのマルチアタッチメントには小さなカプセルタイプのサブコクピットが増設されていた。
「アカリ、大丈夫か?」
ヒビキがそのサブコクピットの中に乗っているアカリに声を掛ける。
「うううー気持ち悪いよぉ……」
普段から大気圏突入をしているパイロット科のヒビキ達と違って馴れてないアカリには《アンカレッジ》からの射出Gや振動がキツいらしい。
「もう少ししたら着陸しますから、もう少しだけ我慢しててください」
プリムラはコントロールグリップを丁寧に操作して《ゼルヴィード》に着陸体勢を取らせた。こういう非戦闘時の操縦ならプリムラは一人前だ。
(つまり敵を目の前にした時に緊張してテンパらなきゃいいんだよな……)
それをどうしたら改善できるのかがヒビキの目下の悩みであるが、この出撃中はそれより優先しなければならない事があった。
「予定通りカムラ渓谷西端部に着陸します」
「了解だ。アカリ、着陸するぞ。体を固定しておけよ」
「はぁーい」
赤の荒野に刻まれたひび割れのような渓谷地帯に《ゼルヴィード》は静かに着陸した。曇天の下、生き物もろくにいない寂寥の大地に三人が降り立つ。
「ここでソウイチ達が遭難したってのか」
「SOS信号が《アンカレッジ》に届いたんだけど地場による電波障害で正確な場所がわからないの」
アカリはそう言いながら持ってきたキャリングケースから手の平サイズの機械を三つ取り出した。カメラのついた丸い本体の上に折り畳み式のプロペラがついており、それが回転して空中に滞空する。
「わぁすごい。これでソウイチさん達を探すんですか?」
「そうだよ。これから他に2チームが捜索に来てくれるみたい。じゃ、行ってらっしゃい」
ぶぅぅぅん……。意外な速度でカメラ付きのドローン達がプロペラを回して三方に飛んで行く。アカリはそれを見てから周囲の光景に改めてテンションを落とした。
「はぁ~。重力はきついし荒れ地だらけで花一本も生えてないし……ノイローゼになりそうだよ」
「ルモイの重力は1.1Gだぞ。それに夕焼けや星空とか綺麗だ。何日かここで過ごすのは気分転換になる」
「こんな所で何日も過ごしたくないよ!」
「まぁまぁ、お前の為にちゃんとした寝床を持ってきてやったから」
ヒビキはそう言って《ゼルヴィード》に持たせてきた三角形の鉄板が重なった構造体を指差した。
「これ?ただの鉄板のサンドイッチに見えるけど……」
一辺2メートルほどの鉄板のサンドイッチの側に立ったヒビキは縁にある一つのボタンを押した。するとプシューという空気音がして鉄板が左右に開き始めた。
「うわっ!」
開いていく鉄板の間には強化ビニールの幕がついている。やがて横に倒れた三角柱のような簡易テントが完成した。片側のシートを開いてポールを刺し入り口を作る。
「おおー、凄いですマスター」
「ううーん、なんかショボいけどこれでガマンするかー」
感動するプリムラに対して、アカリの態度はあまり変わらなかった。
「おいおい、このテント俺が一生懸命作ったんだぜ。休暇用に楽しみにしてたのをわざわざ持ってきてやったのに」
中に入りランプやシュラフ、クッション、携帯用冷蔵庫等を設置すれば野宿の用意としては上等だ。中で順番にパイロットスーツからラフなアウトドアスタイルに着替える。
「捜索にはどのくらいかかりそうなんだ?」
「確かこの渓谷って確か200K㎡くらいあるらしくて……あのドローン達は休まず稼働してるけど運が良ければ一時間後には見つかるかもだし、運が悪ければ三日ぐらいかかるかも。採掘科の先生から地図をもらってきたんだけど……あれ、コクピットに忘れて来ちゃったかな」
「あ、じゃあワタシが取って来ますよ」
プリムラが《ゼルヴィード》の手にピョンと飛び乗って背中のサブコクピットまで移動した。上半身をコクピットの中に潜り込ませてアカリの預かった地図を探す。フリルのスカートがしばらく揺れてから、ありましたー!と声が上がる。
「気をつけて降りてこいよ」
「大丈夫ですー……あ、うわわわわ!」
言った傍から風に煽られてプリムラがバランスを崩した。ヒビキとアカリが止める間もなくその華奢な体が《ゼルヴィード》から落下する。
「きゃああああああ!?」
「プリムラ!」
成すすべなく、がしゃっという音と共にプリムラは地面に墜ちた。
「……」
ヒビキとアカリは墜落の瞬間を見ることができなかった。二人とも目をきつく瞑り背けていたからだ。アカリはもちろんヒビキもそんな衝撃的な光景を直視できるほどの根性は無かった。
「……」
二人とも、目を開けられないでいる。そこに横たわっているだろう血まみれの美少女の死体を見る勇気はいつ出るのだろうか。
不意に、二人の脳裏にプリムラの声が届いた。
「あのー」
「ぷ、プリムラちゃん!?」
「おい、幽霊になるにはちと早いんじゃないか?ちゃんとお墓は作ってやるから……」
「お言葉は嬉しいですが……お墓は要らないんで、助けてくれませんか」
「助けてくれったってお前、いくら科学が進歩してても死人を生き返らせる技術なんか……」
「いえ、死んでないです……」
「死んでない?冗談もほどほどに……ぎゃあああああああ!」
恐る恐る目を開けたヒビキの前には、ある意味死体と同じくらい衝撃的なモノを見てしまった。
血は出ていない。一滴も。しかし代わりにキレイに四肢がバラバラになったプリムラがいたのだ。
「え、何……きゃああああああ!?」
意を決して目を開けたアカリもそれを見て腰を抜かす。
恐ろしいのは手足がもぎれたプリムラの顔がこちらを向き少し照れ恥ずかしそうな、申し訳ない表情を見せている事だ。
「おま、お、おまえ……」
「すみません、手足を取ってきて貰えませんか……」
「ちょ、ちょっと待っててね……!」
事を聞くのは後回しにして、ともかく二人はプリムラの手足を胴体の所へ持っていく。その断面は人間とは違う、完全な機械であった。
「お、お前……サイボーグなのか?」
この過酷な宇宙開拓時代、失った四肢を機械のそれに代用するのは一般的な事であった。それでもプリムラくらいの歳の女の子には珍しいケースではあるが。
「ありがとうございます……よいしょっと」
ヒビキ達が持ってきた脚と腕がガチャンとくっついてプリムラは元通りの姿になった。
「お恥ずかしい所をお見せしました……ええと、わたし、サイボーグでは無いんです。100%アンドロイドです。……内緒にしていてごめんなさい」
「カーボニックだぜ……」
ぺこりと頭を下げるプリムラの前でヒビキが重く嘆息する。
「いやーびっくりしたよー!でも無事で良かったね!」
一方でアカリは割とリアリストなのか目の前の現実を素直に受け取っていた。ポケットからハンカチを出して砂ぼこりまみれになったプリムラの身体を拭いていく。
「す、すみません!ありがとうございます!」
「とりあえずテントに入るか……いろいろ聞きたいしな」
冷蔵庫から高純度ミネラルウォーターを出し、三人がクッションに腰かけた。アカリの横では捜索ドローンから送られてくる電波を受けモニターがピコピコ明滅を繰り返している。
「でもなんていうか……ずいぶん人間そっくりのアンドロイドなんだね」
アカリが改めてまじまじとプリムラを見回す。言われても信じられないほど人間にそっくりな姿だ。髪の毛の質感、瞬きの仕草、艶のある唇、全てが人間に酷似している。
「身内自慢では無いですけど……アルフェニル社の最新技術で作られました」
「その最新アンドロイドがなんでパイロット科に入ってきたんだ?」
そもそもの疑問を口にするヒビキ。アンドロイドなら必要な知識や技術はあらかじめインストールされててもおかしくないはずである。
「わたしは限りなく人間に近いアンドロイドを目指して作られたデータ収集用のテストタイプです。見かけだけではなく学習能力や自らの思考、突き詰めれば誤認や勘違い、創作能力などもあえて実装されています」
「つまり……人間と同じように学んで成長するって事?」
「ざっくり言えばそうです」
「なんて面倒なアンドロイドなんだ」
ヒビキが天を仰いだ。最新技術で作られた人間そっくりなアンドロイドに操縦技術を教えなくてはいけないとは、皮肉にも程がある。
「す、すみません……」
「ヒビキくん、プリムラちゃんが可哀想だよ。そんな風に作ってくれって頼んで生まれてきたんじゃないんだから」
ぴしゃりと嗜めるアカリにヒビキも少し反省した。
「確かにそうだが……すまん」
「いえ、マスターに事情を話せずにいたわたしも悪いですから」
「別に構わないけどさ。まぁこうなったら仕方ない。一生懸命教え込むか」
ヒビキの言葉にプリムラが目を丸くする。
「い、いいんですか?」
「人間でもアンドロイドでもおんなじ宇宙開拓民だろ?差別する程この業界人が余ってる訳じゃないからな」
ヒビキもとりあえず現実を受け入れる事にした。言葉通り宇宙開拓の現場は常に人が足りない。多少出来が悪くても働ける人材ならいくらでも欲しいというのが現実だ。




