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騒がしいライバル(前編)

FCフロンティア・センチュリー0098。


超大型隕石が衝突し未曾有の気候変動に襲われた地球からの脱出を余儀無くされた人類は、やむ無くその生活圏を宇宙に移した。


折しもワープゲートの発明により外宇宙探索を可能とした人類は故郷・地球再建のため、様々な星や小惑星に資源獲得の為に進出し、得られた鉱石やエネルギー資源を持ち帰るという宇宙開拓時代に突入した。


これがFC元年。実に百年前の事である。






ヒビキは呼び出しを受けて、校長室に来ていた。


「……」


この艦の中では珍しい……唯一と言ってもいいかもしれない天然木から削り出された年季の入ったデスク。そこに座っているのは定年間近の細身の老人……この《アンカレッジ》の総責任者にして校長の萩山だ。


「と、言うわけだ。仙崎ヒビキ君。君以外に任せられる人材がいない。引き受けてくれ」


「勘弁して下さい校長」


生徒であるヒビキには基本的に拒否権は無い。しかし個人的意見を縛られる立場でも無い。この《アンカレッジ士官学校》で6年の教育を受けたヒビキは、既に准尉待遇を受けている。


「あの小娘が一人前のパイロットになるまで俺に面倒を見ろって言うんですか?」


「そうだ」


デスクの上で手を組みそう答える校長の前で溜め息を吐くヒビキ。


「何で俺なんです」


「他に適任者がいない」


「……もう少し納得できる説明を」


「では具体的に答えよう。今は9月。新入生カリキュラムに入れるには時期が悪い。またプリムラ君には6年の教育課程をこなす時間はない……《アンカレッジ》にいられるのはせいぜい1年か2年だろう。専属で教育を担当できるほど余裕のある教師もいない。

となると、最上級生のうち成績上位者の誰か……検討した結果小隊も組まず一人で自由に行動している時間の多い仙崎君が一番の適任者と教員会議で決まった」


長々とした説明にヒビキはもう一度溜め息を吐いた。


「単独行動しているのは、将来長距離偵察任務に就くための訓練です」


「別にその事をとやかく言ってはおらんだろう。しかし君の同期はみな小隊長や副官研修中、あの白藤君は艦長教育も受けている。パイロット養成を任せられるほど時間のある生徒がおらんのだ」


どうやら逃げ道は無いらしい。ヒビキの脳裏には先日膝の上に乗っけた少女パイロット(見習い)の屈託の無い笑顔が浮かんだ。


「そもそも、どういう素性なんです。あのプリムラって娘は?」


「……内密に頼むぞ」


校長は手元のピクチャーシートを一枚ヒビキに渡した。一通りざっと目を通す。


「……アルフェニルカンパニー会長の娘?」


「そうだ」


アルフェニルの名前はヒビキも知っている。と言うかまともに教育を受けた人間なら知らない者はいないだろう。地球脱出や資源探索に使われた宇宙船開発シェア70%を誇る超大企業だ。


ヒビキ達が暮らすこの《アンカレッジ》級衛星軌道艦もアルフェニルカンパニー謹製である。宇宙に暮らす者でアルフェニル製品に関わらない者はいないと言ってもいい。


「それであの新型付きで入学してきたんですか」


「そうだ。素晴らしい性能だったろう。あれもアルフェニルで研究用に開発された虎の子のマシンらしい」


「しかしパイロットに向いているとは思いませんよ?大事な娘ならもっと安全な……開発職とかレーダー兵とかあるでしょう」


「美人テストパイロットがいるとなれば、内外にアピール出来るんじゃないか?真相はわからんがな」


二人が、まぁ納得できない話では無い……という顔をしたところで話は終わりになった。


「では、よろしく頼むよ仙崎君」


「やるだけはやってみますが、期待はしないで下さいよ」






「と、言うわけだ」


「大変だねぇ、ヒビキくん」


ちっとも大変だと思っていなさそうな口調でアカリは答えた。が、元々そういう口調なだけで本心ではちゃんとこちらの苦労を汲み取ってくれている(はず)と知っているのでヒビキも怒ったりはしない。


桜野アカリはレーダー科で授業を受けている後輩だ。何で仲良くなったかはもうヒビキは覚えてないが居住区の部屋も近く何だかんだ絡んでいるうちに親しくなった。


少し暗いブラウンのセミロングの髪に子供がつけるみたいな大きなリボンをしているから良く目立つ。顔立ちも可愛く人となりも良いのでモテると思うのだが彼氏が出来たという話はこの四年間聞いたことがない。本人は貧乳のせいだと思っているらしいが。


「もう少しでもパイロットの素質がありゃこっちもやる気が出るんだがなぁ……」


二人は近くのモニターを見上げた。画面には泣きながら必死にコントロールレバーをガチャガチャ操作しているプリムラの姿が映し出されている。


ここはシミュレータルーム。パイロット科の新入生が主に訓練をする教室だ。コクピットを模したポッドに入り戦闘訓練を刷る事ができる。


プリムラがそのポッドに入ってからもう30分が過ぎようとしていた。


「すごく苦戦してるみたいだけど……あれ難しいの?」


「模擬戦の中では最低レベルだ。多分アカリでも何回かやればクリアできる」


「そ、そうなんだ……」


模擬戦闘で与えられた制限時間が終わり、ポッドの中から青い顔のプリムラがふらふらと出てきた。


「だ、大丈夫?」


「気持ち悪いですぅぅぅ」


駆け寄ったアカリにもたれ掛かるプリムラを見て仕方なくヒビキも肩を貸してやった。近くのベンチに寝かせて休ませてやる。


「びっくりするほど下手だな……パイロット研修は受けて来たんだろう?」


「はいマスター」


「マスター?」


プリムラの返事にアカリが首を傾げた。


「俺が言わせてる訳じゃないぞ」


「ヒビキさんが私専属の教育担当とお伺いしましたので……師匠とかボスとかよりはこの方が良いかと思いまして」


青い顔のまま丁寧に答えるプリムラにヒビキは肩をすくめた。


「その辺りはこだわらんけどな……今日はここまでにしておこう。部屋に帰って休んでおけ」


「はい、ありがとうございました……」


ふらふらと揺れるピンク色の髪の少女を見送りながらアカリが口を開いた。


「パイロット、向いて無さそうだね」


「学科の成績は良いんだ。大気圏内と無重力下での操縦の違いや武器毎の有利不利……過去の異星文明勢力との戦闘記録についても良く把握している」


宇宙進出を果たしたFC元年以来、人類はいくつかの異文明とコンタクトを果たした。しかしそれらはかつて科学者が思い描いた文明の交流とは程遠く、国家を持たない宇宙海賊のような武力組織や、全く言語や意思の疎通が不可能な程地球文明とかけ離れた生命体、更には宇宙怪獣と形容した方が相応しいような存在もいたという。


不幸にもそういった存在と平和的に交流できたケースは限りなく少なく、大体は武力衝突による解決がはかられてきたのが今の地球人の歴史であった。


「実技がダメなんだよな……あれじゃあ実戦に一人で出られるようになるのに何年かかるか」


「レーダー科の先生に相談する?」


「いや、パイロットになるっていうのは本人と親の希望らしいから……そう言えばアカリもそろそろ交替の時間じゃないか?」


レーダー科の生徒は四年生から交替で実務を行わなければならない。採掘班との通信や敵性機動兵器の捕捉、輸送船のガイド、別のステーションコロニーとの定時連絡とどれも重要な任務だ。


「ほんとだ。じゃあねヒビキくん、頑張ってね!」


「おう」


パタパタと通路を走っていくアカリを見送ってからヒビキも自室に戻ることにした。


トレーニングルームからパイロット科の居住区に戻るには途中整備デッキを通過する事になる。マシン……正式にはアームドキャリバーと呼ばれる機動兵器の修理や出撃準備をする大きな区画だ。


そのちょうど真ん中の辺りにヒビキが先日乗っていた右腕の無い《ジークダガー》が固定されて修理を受けていた。その隣にはプリムラの専用機、《ゼルヴィード》が並んでいる。


「オッスヒビキ、一人か?」


男らしい口調の、反面良く通る若い女の声に振り向くと、パイロット科の同期が二人立っていた。赤い髪の毛に人なつっこくも虎のような攻撃的な大きい瞳、そして主張の激しいボディラインを持つ迅矢ツカサ。そして金髪ロン毛のイケメン、相羽リュウジ。二人ともヒビキと同じくパイロット科でトップクラスの腕を持つ。


「何か大変な仕事を受けたらしいな」


「まぁな」


「一人でブラブラ単独任務ばっかやってるからだよ。さっさとアタシ達のチームに入りな」


ツカサは小隊長をしている。メンバーは自分の見込んだ腕の立つ連中ばかりだ。結成してまだ3ヶ月だが既に防衛任務や追撃任務をいくつも成功させている有能小隊だ。


それでもツカサは満足していないらしく、唯一最上級生でチームを組んでいないヒビキを引き込もうとしょっちゅう声をかけてくる。


「有能なのがたくさんいるじゃねぇか。俺なんかいなくてもいいだろ……リュウジもそう思ってる顔してるぜ」


俺の皮肉にロン毛イケメンは目を閉じたまま両肩をクイと上に上げた。


「ウチの連中もみんなアタシの後を付いて来るばかりでよ、切り込み役がいねーんだよな」


「ツカサの機体は高機動型にチューンしてあるじゃねえかよ。あんな調整のマシンでバンバン前に行く奴より前に出ろって言うのはキツイぜ」


「そんなんじゃこの先やってけ無いんだぞ。別の宙域じゃおっかねぇ宇宙怪獣だの宇宙海賊だのがいるって……」


そこで少し離れたところから少女の泣きそうな声が聞こえてきた。続けてヤンキーぽい若い男の声。


「む、無理ですぅ~」


「いいじゃねぇかよ。俺の方が上手く使えるんだから」


絡まれているのは先程自室に向かっていたはずのプリムラ。そして絡んでいる茶髪ヤンキーはツカサの小隊のパイロット、嶋田ケンだ。ヒビキが何とかしろ、と目で言うとツカサはやれやれと部下の方へ歩き出した。


「新人イジメなんて恥ずかしい事してんじゃないよケン」


「お、姐さん。いや別にイジメてないっすよ。コミュニケーション、コミュニケーション。な?」


「痛いですぅ~」


バンバンと背中を叩かれて涙目になるプリムラを見てさすがにヒビキも目が据わる。


「おい、俺の生徒に何してくれてんだ」


「そんな睨むなよヒビキ。このマシンを俺にも使わせてくれって頼んでただけさ」


「《ゼルヴィード》はプリムラしか使えない。そう生体認証がかけられているからな」


「そんなん何とかなるだろ?こんなド新人だけに使わせとくには勿体ないぜこの新型はよ」


ケンはそう言って《ゼルヴィード》を楽しそうに見上げた。


「なぁいいだろ?ヒビキからも言ってやってくれよ。パイロットなら新型に乗ってみたい気持ちわかんだろ?」


「いい加減に……」


話が拗れ始めようとした時、デッキに耳障りな警報が流れ始めた。


「な、なんです!?」


「ポイント582B採掘地帯にネシオン接近中。待機中のパイロットは出撃願います」


アカリの声だ。レーダーに(ネシオン)の反応があったのだろう。ケンはちょうどいい、と指を鳴らした。


「よしこうしようぜ。今から出撃して俺とお前らでどっちが多く敵機を落とすか勝負だ」


「ケン!」


諫めるツカサの横でヒビキは真顔のまま聞いた。


「お前が勝ったら?」


「《ゼルヴィード》は俺が使わせてもらう。ついでにヒビキも俺達のチームに入ってもらう」


「……俺達が勝ったら?」


「何でも言うこと聞いてやるよ」


一瞬の静寂。挑発するようにニヤニヤ笑うケンにヒビキが頷いた。


「いいだろう、乗ってやる」


「!」


「おいヒビキ、お前……」


止めようとするツカサをヒビキは手で制し、プリムラの手を引いて《ゼルヴィード》のコクピットに向かった。


「約束は守って貰うからな」


「ヒュウ!お前のそういうとこ、好きだぜヒビキ!」


小躍りしながら自分の機体の方へ走り出すケン。ツカサとリュウジも呆れた顔をしながらもその後に続いた。


三人の後ろ姿を見ながらプリムラはぶるぶる震えながらヒビキにしがみついた。


「ま、マスターぁ……」


「アイツに一度絡まれるとしつこい。一発ガツンと上下関係決めとかないとこれから面倒になる」


「で、でも勝てるんですか?」


「勝つんだよ」


コクピットシートは二人用に改装してもらっている。とは言え狭いコクピット、二人が密着するのは前回とあまり変わりはなかった。


メインスイッチをオン。各部モーターや電装系、モニター、武装を確認しながらヒビキは続ける。


「ぶっちゃけケンは手練れだ。成績はこの士官学校でも上位5位に入る。締めてかかれよ」


「ひぃぃぃぃー……」


「出撃前に泣くパイロットがいるか。機体を突入ポッドに入れろ」


プリムラは半べそのまま《ゼルヴィード》を出撃用カタパルトに移動させた。そこには大気圏突入用の卵形の大きなカプセルが並んでいる。アームドキャリバーを安全に地上に降下させる装備だ。


《ゼルヴィード》がその中に入るとポッドが密閉され、カタパルトによって戦闘エリアに射出される。


「到達まで270秒……です」


「採掘ポイント528は確か無人採掘機が作業しているだけだったな。気楽に行くぞ」


「で、でもぉ……」


「泣き言言うなっつの。ほら、大気圏入るぞ」


衛星軌道の《アンカレッジ》から発射された二人のポッドはあっという間に惑星ルモイに到達した。地表面に接近すると自動でポッドは四つに弾け、《ゼルヴィード》が着陸体勢に入る。


横のモニターには《ゼルヴィード》に続き三つのポッドが大気圏突入してきているのが映し出されていた。ケンにツカサ、リュウジだろう。ポッドの中からは大きな飛行ユニットを持つアームドキャリバーが姿を見せた。


「あれは……《ハイフェリオン》ですね」


「そうだ。《フェリオン》の強化型。スペック差はわかるな?」


「射撃に優れる飛行戦闘型アームドキャリバーの最新型です。《ゼルヴィード》の方が火力、装甲、最大速度は上……ですが向こうの方が軽量で空中での運動性能は僅かに優っています」


プリムラの答えを聞いてヒビキは満足そうに頷いた。


「正確だな。それを把握しておけば、どう戦えばいいか見えてくる」


そこにツカサ達から通信が入る。


「アタシとリュウジは採掘地帯の直衛に回る。二人の邪魔はしないから正々堂々やりな」


「俺達の勝ちを祈っててくれないのか?」


「それは難しい話だね」


ニヤッと笑って話を切るツカサの代わりにケンの声が聞こえてきた。


「ヨォシ、ここから勝負開始だ、行くぜ!」


「張り切り過ぎて機体壊すなよ」


「ヘッ、俺を誰だと……」


ピッ。


最後まで言わせずにヒビキは通信を切り、ぽんぽんと前に座るプリムラの頭を叩いた。


「この辺りは何もない荒野だ。だが時折激しい砂嵐が発生し採掘マシンが破損するという報告がある。ネシオンにだけ注意するという訳にはいかないだろうな」


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