リベンジ・アタック(前編)
《ハーベルティア》のブリッジ内にも無遠慮な警告音が鳴り響いている。現在は《アンカレッジ》から9万㎞の距離を輸送艦の護衛をしながら帰還している所だった。
「全く、何でいつもアタシらなのかしらね」
苛立ちながら舵輪を回す操舵士の女生徒に艦長のミユキは落ち着いた声で応える。
「むしろいい機会ですわ」
「へ?」
「二度と私達に手を出そうなどと思わないくらいの目に遭わせて差し上げましょう」
静かにそう言うミユキの姿を見たブリッジクルーの何人かが、ごくりと唾を飲んだ。
「艦長!」
ブリッジに入って来たのはパイロット科の巨漢の生徒、樋口ジロウだった。今は《ハーベルティア》所属パイロット全員の訓練教官を受け持っている。
「樋口さん、彼らはあの海賊と渡り合えますか?」
ジロウを振り向かずに艦長席から問うミユキの威圧に一瞬飲まれそうになったが、ジロウは眉をビシッと真横に座らせ敬礼と共に即答した。
「負ける要素はありません艦長」
「よろしい」
ミユキは一つ、小さく息を吸ってから右手を振り凛とした美しい声を響かせた。
「全艦第一種戦闘配置!輸送艦へ後方小惑星帯に後退信号!《ハーベルティア》は小惑星帯上方に配置、《フェリオン》隊、《コスモダガー》隊順次発進!」
「了解、全艦第一種戦闘!」
「取り舵10!第三戦速!」
「輸送艦へ発光信号よし!」
ブリッジクルーの動きにミユキは満足して頷いた。前回の戦いの時とは違う。《ハーベルティア》全てのクルーはあれからハードな訓練を積んできたのだ。
「自分は指揮所に行きます」
「お願いします」
ジロウは愛機を持ってきていない。パイロット指揮所に急ぎヨシノの《コスモダガー》に通信を繋ぐ。
「聞こえるか戸川さん」
「はい」
戸川ヨシノの声は少し小さかったが、怯えや震えは無かった。
「教えた通り全員でフォーメーションを組めばいい。俺もここからアドバイスを飛ばす。……大丈夫かい?」
「はい!」
今度ははっきりとジロウの目を見つめ返すヨシノ。ジロウに対する絶大な信頼感あっての事だろう。
「必ずジロウ先輩の所に……帰りますから」
「信じてる」
ニッコリと笑顔を残しヨシノは通信を切った。海賊達は戦闘距離に接近しつつある。先輩パイロットの《フェリオン》が発進するのを見送って、ヨシノもロングライフルを握らせた自分の《コスモダガー》をカタパルトへ乗せた。
「五番機戸川、行きます!」
「どうぞ!」
フィィィィ……ン!電磁加速カタパルトが《コスモダガー》を高速射出する。先輩達の後方にヨシノが追い付いた所で《ハーベルティア》艦載機小隊長の奥川から通信が入る。
「ブリーフィング通りだ。《フェリオン》隊と《コスモダガー》隊に別れ機動作戦を取る。盾代わりの小惑星にぶつかるなよ」
「了解!」
《ハーベルティア小隊》は二手に分離した。《フェリオン》隊は小惑星帯の表側、ヨシノ達の《コスモダガー》三機は小惑星に姿を隠すようにする。ライフルの安全装置を解除し、少し震える指でコントロールグリップを握り直す。
(大丈夫……あんなにジロウ先輩と練習したんだもの。大丈夫、大丈夫……)
「来たぞ!」
「!」
前回と同じ。赤い長距離ビームが漆黒を裂いた。しかし敵を察知している《ハーベルティア》は余裕を持ってそれを回避した。
「敵部隊は間もなく《フェリオン》隊と接敵!」
レーダー手からの通信。ツカサ機の超望遠カメラ映像でも、敵の機体が噴かすバーニアの火が見えた。
「しっかり撃てよ!」
奥川隊長以下三機が連なって敵の前に出た。海賊の“三本脚”が二機、それに噛みつくように接近する。
(今だ!)
ヨシノと、もう一機の《コスモダガー》がロングライフルを発射した。弾丸は片方の“三本脚”に突き刺さり片腕片足をもいだ。
「よくやった!」
もう一機を《フェリオン》隊が集中砲火で仕留める。後続の敵部隊は予想外の展開に一転間合いを取る。
「長期戦になりますかね」
「《アンカレッジ》から応援が来るまでのガマンだ。手柄を焦るなよ!」
「了解です!」
ヒビキ、プリムラとツカサ小隊の三人が格納庫に着いたとき、外には白いでこぼこしたシルエットの小型宇宙船が係留されていた。
「随分クラシックな突撃挺だな」
「こんなもんが《アンカレッジ》にあったんだな」
リュウジとケンが半ば呆れたコメントを口にしながら愛機のコクピットへ向かう。
「13式突撃挺か……大丈夫なんだろうな、オヤッサン!」
ヘルメットを掴み二人の後を追いながらデッキで作業を続けるオヤッサンに叫ぶツカサ。
「整備は完璧だ!古くてもしっかり仕事するぞ!」
「信じるよ!……そっちは大丈夫か?二人とも」
オヤッサンの次に後ろの二人を振り向くツカサ。そこにはパイロットスーツ姿で走るヒビキとプリムラがいた。
「ああ」
「はい!」
ツカサはヒビキよりもプリムラを見てしばし黙ったが、やがて前を向いて自分の《ハイフェリオン》に取りついた。ヒビキ達もその隣の《ゼルヴィード》のコクピットに入る。
「……大丈夫なんだな?」
自分の後からシートに降りてくるプリムラの腰を支えてやりながら、ヒビキはもう一度確認した。
「はい。心配をおかけしてすみません」
「無理はするなよ」
この所のプリムラの具合の悪さは、口には出さないものの結構心配していた。アンドロイドには疎いために何のフォローもできない事にも悪いなと思っている。
だが、それはそれとして今は《ハーベルティア》と輸送船を助けに行かなくては行けない。13式突撃挺は四機のアームドキャリバーを輸送する能力がある。ツカサ達の《ハイフェリオン》の足手まといにならないように戦える機体は《ゼルヴィード》しかない。
ヒビキは《ゼルヴィード》をデッキから出すと突撃挺の一番後ろに接続した。三機の《ハイフェリオン》も順次その前に並ぶように接続する。
「全機接続完了だ、オヤッサン」
「点火後311秒で戦闘空域に着くはずだ。気をつけてな!」
「了解!発進!」
ドン!化学燃料ブースターのGがヒビキ達の胸を圧迫する。初速を得た突撃挺は更にイオンロケットの加速力も合わせて速度を倍加させた。
「く、苦しいですぅ……」
プリムラがか細く呻く。機体には3Gの加速度が掛かっている。戦闘空域前では減速がかかるが、パイロット達が受けるダメージは回復しきれない。
戦闘空域へ高速で切り込む為の装備だが、戦術的効果に対してパイロット達からは不評であるのがこの13式突撃挺であった。
「あまり……使いたいもんじゃねぇな」
珍しくリュウジですらそんな事を言った。
「我慢しな。《ハーベルティア》のお嬢ちゃんの命がかかってるんだ」
「ヒビキの彼女候補なんだろ?」
ケンの軽口に一瞬プリムラの肩がすくんだのには、ヒビキは気づかなかった。
「そんなんじゃねぇよ」
「無駄口叩いてるんじゃないよ。そろそろ戦闘空域だ。減速開始。各機離脱!」
「了解!」
加速を止めた突撃挺から離れたヒビキ達は、それぞれの機体のバーニアで《ハーベルティア》の方向へ向かう。小惑星帯を中心に派手なビームの火線、そして時折広がる爆発が宇宙空間を鮮やかに染めている。
「マスター。《ハーベルティア》、輸送船共に健在。《ハーベルティア》艦載機も全機健在です」
「随分鍛え直したみたいだな」
プリムラの報告を聞いてニヤリと笑う。1ヶ月前に完敗と言っていいほどやられた相手にここまで戦っているとは。
「敵部隊は六機。増援が接近中だ!」
「了解!レーダーから目を離すんじゃないよケン!」
「あいよ、姐さん!」
四機は散開。《フェリオン》達に迫ろうとしていた“三本脚”に後ろから強襲をかける。不意討ちされた“三本脚”が二機呆気なく火だるまになって消えた。
「戦闘技術はあっても、レーダーを見てないような奴はな!」
小惑星帯に近づいたヒビキとプリムラにヨシノから通信が繋がった。
「ヒビキ先輩!プリムラさん!」
「おう戸川、腕をあげたな」
「そんな……助かりました。ありがとうございます!」
「礼は後だ、気を抜くなよ!」
続けて《ハーベルティア》のミユキから通信。
「仙崎先輩、救援ありがとうございます!」
「ああ、よく持ちこたえた。後退しながら艦砲での援護を頼む。損耗した《フェリオン》は帰艦させていい」
「了解です。先輩方もお気をつけて」
通信を終えた《ゼルヴィード》にツカサが機体を寄せた。
「仲のよろしい事で」
「違うって言ってンだろ」
「プリムラ、ソイツが浮わついてたら股ぐら蹴っ飛ばしてやっていいからな」
「了解です」
うっせえぞ!とヒビキが怒鳴る前にツカサは敵の方に飛んでいった。
「カーボニックだぜ……」
《ハイフェリオン》のバーニア炎を睨むヒビキの鼓膜をアラートが不意に震わせる。
「マスター、赤い奴です!」
「!」
小惑星の陰からビームアックスを振りかざし、赤い“三本脚”が《ゼルヴィード》に斬り込んで来た。すぐにメーザーソードを抜いてアックスの刃を受ける。バチバチッ!と高圧電子が干渉してスパーク光が二機の間に疾った。
ブォン、ブォン!
角度を変えて更に二度打ち込まれる。都合三度の斬撃を受けた所でメーザーソードが斬り裂かれた。純粋なビーム武器に対してメーザーソードは出力が低いからだ。
「くそったれ!」
一旦距離を取るが、赤い奴は接近戦に利ありと見たか更にアックスを向けて近付いてきた。レーダーをチラ見すると敵の増援は到着寸前だ。しかも数が多い。全部で10機近くいる。
「宇宙海賊の癖に大所帯だな!」
「ヒビキ、ソイツは任せるからな!」
「ひでぇな!」
ヒビキの苦情は無視してツカサ達は増援部隊の迎撃に向かった。確かに戦術上その展開に間違いは無いが……。
ネシオンとは違い明らかに殺意のある攻撃。紙一重でそれを避けカウンターで放つミドルキック。しかしこちらも見切られ、逆に背中側の三本目の脚に蹴り飛ばされてしまう。
「クソォォォォ!」
バーニアで姿勢制御しながら、赤い奴の近くに浮いていた小惑星をレイ・ライフルで撃ち抜く!爆砕した小惑星の岩塊から海賊機が離れるのを見てヒビキは呼吸を整えた。
「俺よりすこーしだけ強えみたいだな」
「マスター、どうするんですか?」
「こういう時はな……」
ヒビキは余裕のぶった笑顔を見せながらコントロールグリップを思い切り引き《ゼルヴィード》にぐるりと反転をさせた。
「逃げるに決まってンだろ!」
「ええええええー!?」
プリムラの悲鳴を無視してヒビキは赤い“三本脚”から離脱を始めた。




