降ってきたスィーツ・ガール(前編)
パキン。
どこまでも広がる群青の空と赤い荒涼の大地を眺めながら、ヒビキは安っぽいラベルの缶詰を開けた。
酸っぱいトマトの匂いが溢れ出すその缶詰を携帯用バーナーの上に置く。
これだってまだ携帯食の中では上等な方だ。軍で支給されるあのパサパサの合成スナックに比べれば。
火が通って温まったあたりで短いパスタをぶち込んでフォークでぐるぐると掻き回し、一分程してから火を消して余熱で茹でてからゆっくり食べる。
「あっち、酸っぺぇ」
ホールトマトの味しかしないので当然酸っぱい。サバイバルバックから塩を出そうと手を伸ばしたところでぴぴぴぴぴ、と緊張感の無い着信音が鳴った。
袋に伸ばした手を首元のヘルメットホルダーにある通話ボタンに戻す。
「もしもし、アカリか」
「うん。ヒビキくん大丈夫?ケガしてない?」
心配そうに聞く幼い声(歳は一個下の16なのだが)にヒビキは短い黒髪をかきながらため息混じりに答えた。
対してヒビキは年齢よりは少し大人びて見られる事が多い。野性味のある少し鋭い目尻に琥珀色の瞳、端正な顔立ちで士官候補生の女子達に人気がある。
軍人養成艦・アンカレッジ内のパイロット候補生としても実力はトップクラスで有名人だ。
「ただのパトロールさ。戦闘なんかしてないって」
「でもぉー、そのあたり最近ネシオンのメカが出てるらしいし……」
「だからこうして来てるんだろ。むしろお前もたまには“こっち”に降りて来いよ。0.8Gの人工重力で引きこもってるとなまっちまうぞ」
「やだよー。《ルモイ》って砂が多くてすぐ汚れちゃうんだもん」
「まったくゆとりなんだから……」
そこまで話した所で、ドォン……と爆発音が響いてきた。数キロ離れた地点に土煙が上がっている。
「な、何!?」
「おいでなすったか」
「だから危ないって言ってるのに!何で嬉しそうな声してるの!」
「ネシオンを倒さないと評価上がらないだろ!」
ヒビキはそう言うと通信を切り、持っていたトマトパスタを一気に口に掻き込んだ。それから背後で膝立ちのまま待機していた“相棒”の方へ走る。
コクピットへ潜り込みシステムをスタンバイモードから戦闘モードへ切り替え。コクピット内のモニターが点灯し外部情報を即座に集める。
「行くぞ、《ジークダガー》」
グ……ゥィィィ……ン。
明るいグレーの装甲を持つ15メートル程の人型兵器が立ち上がった。“卒業”した先輩から譲り受けた機体だがまだまだ現役だ。ホバーユニットで地面から浮いた《ジークダガー》は砂煙を巻き上げ一気に爆発音のした地点に向かう。
レーダーウィンドウを開く。敵機捕捉。
「敵は一機か……これは、エアロタイプだな。“はぐれ”機体か?」
「ヒビキくん、聞こえる?」
アカリが《ジークダガー》を操るヒビキに通信を繋いできた。レーダー士研修生のアカリならこちらより状況を把握しているはずだ。
「感度良し、だ。でコイツ何処に向かってるんだ?」
「予測進路の先で採掘科の実習してるチームがいるの。まだ一年生。非常用シェルターも用意してないみたい」
「はぁ?」
ペダルを踏み込み《ジークダガー》のスピードを上げるヒビキ。
「何でそんな危ない事してるんだ」
「手続きミスでシェルターの手配が出来てなかったみたい。生徒数は16人、ヒビキくん急いで!」
「わかってるよ!」
言われるまでも無く全速力だ。燃料の残数カウントがどんどん低下するのを横目で見ながら荒野を疾走していると、前方に飛行する黒い影を捉えた。
(ギリギリ間に合ったか!)
甲虫のようなシルエットのそれは、ゆっくりと高度を下げ始めている。その先には地表で慌てふためいている数人の影があった。
「ここから狙うしかない……!」
ホバー機動全開のままヒビキはコントロールレバーの射撃管制をオンにした。《ジークダガー》が右手に持つ電磁ライフルのロックが外れ射撃可能になる。
敵の姿をブレまくるターゲットサイトの中心に入れ、トリガーを弾く!
「当たれ!」
ギュンギュンギュン!
プラズマ光の飛沫を散らしながら弾丸が三発、黒い敵影に襲いかかった。いずれもが命中し、そのうち一発はその背部の推進ユニットを直撃する。
攻撃を受けた敵は進路を変えてヒビキの方を向くが、その動きは明らかに悪くなっていた。それを見た採掘課の生徒達が一転歓声を上げる。
「やった、助かった!」
「稲妻を噛む狼のパーソナルマーク!ヒビキ先輩だぞ!」
「キャーッ!カッコいい!」
「浮かれてないでさっさと避難しろ!」
外部スピーカーで受かれている下級生達を怒鳴りつけながら、ヒビキは《ジークダガー》を転回させた。無防備な生徒達から敵を引き離す為だ。インフォパネルで敵のデータを呼び出す。
「《ナーブ・B》か……手強いって程じゃないが、ライフルじゃ倒しきれないな」
基本的にネシオンの機体は白兵による打撃以外は効果が低い。カナブンに似たラインを持つ相手に電磁ライフルで攻撃をするものの正面装甲が硬く弾丸が弾かれてしまう。
敵の《ナーブ・B》もロケット砲で反撃をしてきた。爆発半径の大きいロケット弾を的確な回避行動でかわすヒビキ。
互いに決め手に欠ける両者はだんだんとその距離を詰めていく。それに連れてお互いの攻撃力も増し、ダメージが蓄積してきた。
ヒビキの攻撃が《ナーブ・B》のセンサーを撃ち抜いた。入れ替わりにロケット砲がヒビキの電磁ライフルを吹き飛ばす。その誘爆で《ジークダガー》の右腕が動作不良に陥ってしまった。
(クソ!)
舌打ちしながら左腕にメーザーソードを抜かせる。ピンク色に発光した刀身を構え、突撃を仕掛けてくる《ナーブ・B》を待ち受けた。
ガキィィィン!
体当たりの衝撃を受けて《ジークダガー》が突き飛ばされた。しかし。
「……勝ったな」
敵もまた地面に墜落し、動かなくなっていた。その胴体部には深々と細身のメーザーソードが突き刺さっている。
遠くで声を上げて喜んでいる採掘科の生徒を見ながらヒビキは《ジークダガー》を起こし機体チェックをした。
「右腕は肘から下がダメか。左マニピュレータも破損、膝も稼働率落ちてる……全く、強化型相手にタイマンなんかするもんじゃないな」
「ヒビキくん!」
戦闘も終わったと言うのにアカリが切羽詰まった声で回線を開いて来た。
「なんだよ慌ただしいな」
「敵増援が来るよ!数は三機!戦闘レンジまで後461秒!」
「ぁンだと!?」
アカリの言葉にヒビキもシートからケツを浮かしそうになった。今の《ジークダガー》の状態では勝ち目がない。そして採掘科の連中を安全な所まで避難させる方法も……。
「アカリ、格納庫のおやっさんを呼び出してくれ!」
「ち、!ちょっと待ってて!」
しばしして通信相手がムサい中年のおっさんに切り替わる。ヒビキ達が使用するマシンの整備を担当する責任者だ。
「おやっさん!何でもいい、動かせるアームドキャリバーを送ってくれ!」
「いやお前、いきなりンな事言われたって、空いてる機体なんて無いぞヒビキ!」
「一機も!?」
「みんな輸送船の警備や調査部隊同行任務に出ちまってる。空いてた一台をオメェさんが持っていっちまったンじゃねぇか」
おやっさんの返事にヒビキはコクピットの中で頭を抱えた。
「本気で一機も無いのか!?片腕でも頭が無くてもいい!」
「ンな事言ったってよぉオメェ……」
おやっさんもガリガリと頭を掻き、それからチラリと横に視線をやった。
「……何でもいいんだな?」
「あるのか!?何でもいい、早く送ってくれ!」