第4話 面倒事は重なるもんだ
全く、実に面倒な事になった。
一人になった俺は、何かの気配がないか、または何か特別目に付くものはないか、注意深く辺りを探る。同時に、現在の自分の状況について考えていた。
まずここは、恐らく、俺やクーナのいた世界じゃない。崖から落ちて意識を失う直前、突然真下の空間が歪み、白い渦を巻いたのを俺は確かに見た。
あれだけの高さから落ちて怪我一つないのも、そのせいだろう。あのまま落ちれば間違いなく命はなかったから、そこは幸運だったというべきか。
だが不運なのは、この世界に来た際にクーナとはぐれちまったって事だ。
多分渦に飲まれるタイミングに、僅かに差があったせいだろう。俺よりもあいつの方が早く、渦の中に落ちていった。
精霊に話を聞きたくても、世界が違えば言葉も違うんだろう、この辺りの精霊は俺の呼び掛けに応じない。精霊の気配自体は、問題なく感じられるんだが。
俺とクーナが渦に飛び込んだ時間の差は、ごく僅か。だからそれほど遠くない場所に、クーナもいると信じたい。
もしあいつを失えば、俺に生きている意味なんてない。だから一刻も早く、クーナを探し出したいのだが……。
(何で、こう急いでる時に訳アリを拾っちまうかね、俺は)
今現在の連れの事を思い出し、俺は頭を抱える。それは今は離れた所で休ませている、ゆりと名乗った女の事だった。
この森の中で俺は、気を失い倒れていた彼女を発見した。そして身を守る術を持つ様子のない彼女を保護し、俺に同行させた。
そこまでは、別段珍しい事じゃない。長く旅をしていれば、似たようなシチュエーションに遭う事は幾らでもあった。
問題は、発見時の彼女が全裸で、しかもどうやってこの森まで来たか覚えてないという事だった。
悪いとは思ったが、起こす前に彼女の体を少し調べさせて貰った。と言ってもやましい気持ちがあった訳じゃない。傷などがないか確かめる為だ。
結果、目立つ怪我はなかったが、代わりに情事の痕跡が見られた。そこで俺は、彼女がこの森に連れ去られ、強姦された末に打ち捨てられたのだと仮説を立てた。
だが、目を覚ました彼女の反応は至って普通で。とても強姦された直後のものとは思えなかった。
自分が何故この森にいるのか解らなかった事からも、強姦のショックで前後の記憶を封じ込めた可能性も考えたが、だとするとおかしな点がある。落ちていた服にも彼女の体にも、抵抗の跡が全くなかった点だ。
つまり彼女が昨夜を共にした相手とは、少なくとも合意だったという事だ。ならば何故、その相手は彼女の側にいなかったのか?
考えられる可能性は幾つかある。例えば彼女はやはり強姦されていて、抵抗の跡がなかったのは脅されていたから。または俺と出会ってからの反応は総て演技で、油断させてから仲間のところに誘い込むつもりの盗賊の一味。
だが幾ら考えても、それらは総て推測の域を出なかった。直接聞いてみる事も考えたが、流石にゆうべ誰かとヤったのかなんて下世話な質問をする気にはなれない。
そもそも今最優先すべきなのはクーナの行方を調べる事であって、訳アリ女に構ってる余裕なんてない筈なんだ。それでも彼女を連れ歩く事を選んでしまったのは。
彼女の『瞳』が、クーナによく似ていたから。
正直彼女とクーナの似ているところは、長い黒髪くらいしかない。顔立ちもクーナより優しいし、活発なクーナと比べると性格も大人しめだ。
でも、その瞳が。どこまでも折れない、意志の強さを感じさせる瞳が。
どうしても、今ここにいないクーナを思わせて仕方無いんだ。だから彼女には、つい甘くなってしまう。
(……幾らクーナがいないからって、他人のクーナっぽさを探すなんて重症過ぎるだろ、俺……)
「キャッ……!?」
自分の女々しさに、思わず溜息が出た時だった。ゆりのそんな短い悲鳴が、耳に入ったのは。
「チッ……この辺は安全だと思って一人にさせちまったが、失策だったか!」
焦りと共に俺は地面を蹴り、元来た道を引き返した。