第19話 だから、またね
ガーゴイルの間を抜けて一行が更に階段を上っていくと、不意に明るい部屋に出た。その向かい側に階段への通路はなく、どうやらここが終点であるようだった。
美しい部屋だった。ガラス張りの天井からは暖かな陽の光が降り注ぎ、柱に絡み付いた蔓は鮮やかな花を付けている。
そして、部屋の中央には、透き通るような透明な水で満たされた大きな水鏡があった。
「ねえねえ、あれが街で聞いた水鏡かな!?」
水鏡を見たクーナが、はしゃいだ声を上げる。それにサークが、大きく頷き答えた。
「ああ、多分間違いない」
「マジであったんだなー、水鏡。あんな殺意マンマンの仕掛け黙ってたくらいだから、てっきりガセかと思ってた」
「正直俺もそれを心配してたが、杞憂だったらしいな」
顔を合わせて笑い合うナオトとサークに、本当に二人は仲良くなったとゆりは暖かい気持ちになる。だが同時に、強い寂寥感も襲ってきた。
遂にやって来たのだ。
クーナとサーク、二人と永遠に別れる時が。
「……お別れ、だね。クーナちゃん、サークさん」
二人を困らせないように、努めて明るくゆりは笑う。しかしそれが本心からの笑顔でない事に、その場にいた全員が気付いたようだった。
「……なあ! いっその事アンタらもこっちの世界に来れば? その方がゆりも喜ぶし! 働き口ならオレが特別に、ギルドに口利いてやってもいいしさ!」
そこにナオトが、名案だという風に指を鳴らす。しかしクーナは、やんわりと首を横に振った。
「……ごめんね、ナオト。……それだけは出来ないよ」
「ああ。……俺達には、元の世界でやるべき事がある」
「……っ、そうかよ……」
二人が口にした断りの言葉に、ナオトの顔が拗ねたように歪む。そんなナオトの頭を、ゆりは優しく撫でた。
「私達には私達の、二人には二人の、それぞれ還る場所がある。それは仕方の無い事よ」
「……ゆり」
「クーナちゃん、サークさん。私、短い間だったけど、この四人で旅が出来て本当に楽しかった。きっともう二度と会えなくなるけど……」
「そんな事ないよ、ゆりさん」
改めて口に出したゆりの別れの言葉を、クーナが遮る。そして柔らかく微笑むと、そっとゆりの手を取った。
「クーナちゃん?」
「もう会えない、だなんて、決め付けちゃったら勿体無いよ。だって未来は、誰にも解らないでしょ?」
ゆりの手を握るクーナの手に、力が籠る。クーナがゆりを見つめるその瞳は、彼女の性格を表すように真っ直ぐで、迷いがなかった。
「私は、信じてるよ」
「……クーナちゃん……」
「いつかまた二人に会えるって、そう信じてる」
そう笑うクーナを見て、ゆりの顔にも自然な笑顔が浮かぶ。一度は離れてしまっても、またの再会を信じる。そんな相手が自分にもいた事を、思い出したのだ。
かつて歪んだ希望に取り込まれてしまった少年。彼は今、何をしているのだろうか。
「そう……だね。信じていれば、きっと……」
「うん。だから、今から私達が言う言葉は、『さよなら』なんかじゃないよ」
手を取り笑い合う二人を見つめるナオトとサークもまた、いつしか笑みを浮かべていた。きっとまた会える。誰もが心から、そう信じた。
「……それじゃあ、私達から先に行くね」
名残惜しげに、クーナの手がゆりの手から離れる。そして柔らかな陽光に照らされる、水鏡の縁に立った。
するとそれまで静かだった水鏡の表面に波紋が広がり、ゆりとナオトの知らない景色を映し出す。それは切り立った岩に囲まれた、どこかの山岳地帯のようだった。
「行くか、クーナ」
「うん、サーク」
サークがクーナの隣に並び立ち、しっかりと手を繋ぐ。互いに顔を見合わせる二人の姿は、幸せそうな恋人同士のようにも見えた。
「ゆりさん! ナオト!」
おもむろに、クーナがゆり達を振り返る。その顔に満面の、無垢な笑顔を湛えて。
「――またね!」
最後にそう言って、クーナはサークと共に水鏡に飛び込む。水鏡に映る景色は大きく揺れて歪み、やがて、何も映さなくなった。
「……行っちまったな」
二人きりになった部屋の中、ナオトがポツリと呟いた。その金色の瞳は、どこか遠くを見ているようだ。
「……うん。行っちゃったね」
「ゆり、オレ、変なんだ。あんなに早く、ゆりと二人きりになりたかった筈なのに。やっと二人きりになれたのに。……なのに、スゲー寂しいんだ」
「……うん」
どちらからともなく、二人は手を繋ぐ。今しがた消えていった、違う世界の友人達のように。
「ねえ、ナオト」
ゆりがナオトを見上げ、ナオトもゆりを見下ろす。二人の瞳は、互いへの愛情で満ちていた。
「帰ろう。私達二人の家に」
「……うん」
手を繋いだまま、二人は水鏡の前に立った。波紋と共に映し出されるのは、見慣れたモルリッツの風景。
「ナオト」
「ん」
「……愛してる」
「……オレも。メチャクチャ愛してる。ゆり……」
そして二人は、同時に、水鏡の中へと身を躍らせた。




