第17話 考えるより先に体が動いた
辿り着いた部屋は、今までの階段への通路しかない部屋とは少し違っていた。部屋の中央、そこに、翼を生やした奇妙な生き物を象った三つの石像が存在していたのだ。
「……あれは、多分ガーゴイルだ」
石像を見たサークが、重々しく口を開く。その耳慣れない名前に、ナオトは首を傾げた。
「何だソレ?」
「魔法で石像に仮初めの命を吹き込んだものだ。俺達の世界では、よく遺跡の門番として利用されてた」
「それってひいおじいちゃまの時代の事?」
「ああ。今じゃ全部の遺跡が攻略されて、ガーゴイルもいなくなっちまったが」
ナオトには話の見えない部分もあったが、つまり、あの三つの石像は魔物という事らしい。そうと解れば話は早い、とナオトはオスティウスを構えた。
「とにかく、あの石像をブッ壊しゃいいんだろ?」
「そういう事だ」
「よっし! さっさと壊して、このイヤーな匂いともオサラバしてやる!」
構えを取る三人に石像――いや、ガーゴイルはこれ以上の擬態は無駄だと悟ったのだろう。宝石で出来た瞳が怪しく輝き始めると同時、次々と翼をはためかせ動き始めた。
「ノルマは一人一匹! いけるな、クーナ!」
「うん!」
「そら、一番乗りだっ!」
先陣を切ったナオトが、オスティウスを手に一匹のガーゴイルに斬りかかる。しかしガーゴイルは更に上へと飛び上がり、それをかわした。
「チッ、逃げ足の早えっ!」
「俺の魔法が使えてりゃ、風で翼を封じてるんだが……泣き言は言ってられねえか!」
「なら私が! 『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりて敵を撃て』!」
クーナが叫ぶと同時、クーナの身に付けていた銀の小手に嵌められていた赤い宝石から炎の玉が生まれ、ガーゴイル達目掛けて飛んでいく。ガーゴイル達は慌てたように、急いで方々に散っていった。
「甘いよ!」
だがクーナがそう言って拳を握ると、炎の玉が弾け無数の火球が部屋中に飛び散る。それをかわすのに必死になるあまり、ガーゴイル達は十分な高度を保てなくなる。
「やるじゃん、クーナ!」
その隙を当然逃す筈もなく、まずはナオトがガーゴイルのいた石の台を足場に高々と跳躍する。そしてガーゴイルの翼目掛けて、オスティウスを全力で振り抜いた。
「オラァ!!」
乾いた音を立てて、ナオトの一撃を受けた翼が胴体から切り離される。翼を失ったガーゴイルは、為す術無く床へと落下し粉々になった。
「ハッ、俺も負けてられねえな……っと!」
それを横目で見るサークの元へ、散り散りになったうちの一匹が頭上から強襲を仕掛ける。サークは慌てる事無く視線をガーゴイルに遣ると、曲刀の腹を使ってガーゴイルの長い爪の一撃を器用に受け流した。
「そんな直線的な攻撃が当たるかよ!」
バランスを崩したガーゴイルの首を狙い、サークが曲刀の背を思い切り叩き付ける。ガーゴイルの首はやはり乾いた音と共にボキリと折れ、それきり動かなくなった。
「さて、残るは……」
最後に残った一匹に、目を遣るサーク。その視線の向こうでは、クーナが必死に拳を奮っていた。
「ハアアアアッ!!」
クーナが飛び上がり、回し蹴りを放つ。しかしガーゴイルはそれをヒラリと上昇してかわすと、素早くクーナに突進してきた。
「つっ!」
ガーゴイルの爪を完全には避けきれず、クーナの腕から鮮血が舞う。それを見たナオトは、舌打ちしオスティウスを構え直した。
「チッ、アイツもオレが片付けてやる!」
「待て、ナオト」
今にも飛び出そうとしたナオトを、制したのはサークだった。ナオトは噛み付かんばかりの勢いで、そんなサークに食ってかかる。
「何言ってんだよ! このままじゃクーナがやられちまうだろ!」
「クーナはそんなに弱くねえ。……もう少し黙って見てろ」
サークの答えに納得がいかないナオトを余所に、ガーゴイルは、再び上空からクーナを狙おうとしていた。その様子を見たナオトが、サークに構わずクーナに駆け寄ろうとした、その時。
「『我が内に眠る力よ、爆炎に変わりてこの身に宿れ』!」
クーナがそう叫ぶと同時、今度はクーナの身に付けた小手が激しく燃え盛り始めた。見た事のないその光景に驚くナオトの目の前で、クーナは炎を纏った両腕でガーゴイルと対峙する。
「さあ、来なさい!」
挑発に乗ったのかそれとも他に手がないと思ったのか、その言葉通りにガーゴイルはクーナに向かって加速する。だがクーナは小さく笑うと、振り下ろされた爪を炎の腕でしっかりと防いだ。
「速さを上げても、同じ攻撃は通用しないよ! ……ハアアアア!!」
直後、クーナの小手が一際大きく燃え上がる。そしてその燃える拳を、ガーゴイルの顔面へと撃ち込んだ。
「いっけえええええ! 『炎の拳』!!」
クーナの右ストレートを喰らい、吹き飛ぶガーゴイル。その顔面に急激にヒビが入ったかと思うと、内側から炎を噴き出しながらボロボロと崩れていく。
やがてガーゴイルは全身を炎に包まれ、そのまま動かなくなった。それを見たクーナが腕の炎を消し、ホッと溜息を吐く。
「フゥ……勝てたぁ……」
「お疲れ、クーナ。すぐに治療するから傷見せろ」
「掠り傷だよ? 大袈裟だよ」
「馬鹿、女の体に傷が残ったら大変だろ」
サークがクーナに近付き、和やかに会話を始める。その様子をナオトは、半ば呆気に取られながら見つめていた。
この二人は強い。自分が一番強いという自信を揺るがすほどではないが、自分の知っている実力者達ともいい勝負が出来るのではないかとナオトは感じた。
二人が自分の強さを目にしても萎縮しなかった理由が、今ならナオトには解る。自分の世界でも、自分に普通に接する者はその大半がそれに見合った実力の持ち主だった。
そして、別の世界の人間である二人には、自分が原初の獣の力を宿す「神獣人」である事も、「勇者」の力を持つ事も、何も関係がない。
自分は、あの二人の前では本当に、人より強いというだけの「普通」の存在なのだ。
ナオトの顔に、小さな笑みが浮かんだ。生まれてからずっと、周囲に無理矢理「特別」にさせられていた自分。だが今は、今だけは、ただの「ゆりの夫のナオト」でいられる。
だからこそ、惜しくなる。二人と別れ、自分の世界に帰ってしまう事が。
何のしがらみも存在しないこの時間が、終わってしまう事が――。
(……ん?)
不意に嫌な臭いが鼻に付き、ナオトは顔をしかめる。ガーゴイルという魔物は、総て倒した筈だ。なのにまだ、悪しき魔力の匂いが消えていない。
改めて、壊れたガーゴイル達に目を遣る。するとナオトの目の前で、ガーゴイルの欠片が不気味な赤い光を放ち始めた。
「っ、クーナ、狐!!」
考えるより早く、二人の名を呼びながらナオトは駆け出していた。ナオトの本能が、二人の危機を叫んでいた。
もっと速くと願う心が、ナオトの身を獣に変える。そして、獣と化したナオトが二人を床に押し倒すのと、赤い光が急激に膨張を始めたのとは同時だった。
「キャッ!」
「ナオト!? ってオイ、あの光は……!」
直後。
ガーゴイルの欠片を基点とした大爆発が、部屋全体を包み込んだ。