1話 内定受諾
新藤 光 様
お世話になっております。
魔王城の採用担当でございます。
先日は弊社の最終選考にお越しいただきありがとうございました。
厳正なる選考を行った結果、貴殿の採用が決定いたしましたのでご通知申し上げます。つきましては書類を郵送郵送させていただきます。ご確認頂いたうえで、期限内に必須事項の記入をお願いいたします。
1.提出書類:内定承諾書
2.提出期限:XXXX年OO月P日
以上
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魔王城 採用担当 clown
666-666-666
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TEL42‐4619
Mail:*****@****-***
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新藤光は歓喜と困惑の入り混じる表情で、スマホのメールを見つめていた。大学4年の12月22日にしてようやく一社の内定通知があった。
苦節99社のお祈りメールをもらってきたが、記念すべき100社目にして見事に勝ち取った未来。ソファーに、もたれかかり今までの就職活動を振り返る。嘘偽りを塗り固めた自分を演じ、御社のためにと言い続けたあの日々。
「二度と味わいたくねぇな」
朝方に投函されていた封筒から内定通知書を取り出す。黒色の紙に、文字を金であしらったデザインである。
『Yes/no』
単純な、問いかけである。しかし、日が暮れるまでこの問いに答えあぐねていた。
どうもこの魔王城という企業を受けた覚えがない。魔王城と検索するものの、小説やゲーム上の設定における魔王城しかヒットしなかったのである。
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「魔王城って名前からしてエンターテイメント事業かアミューズメントパークのような気がするけどねぇ」
通知があった翌日、大学内にある就職支援室の職員さんに相談したところそんな返事がきた。
「やっぱり、蹴ったほうがいいですかねこの内定」
俺は困ったように眉を下げる。意味不明な企業へ就職するのも怖いが、このまま内定なしに社会から取り残されることも怖かった。
「まあ、受諾してみるのもいいと思います。いまや売り手市場なんですし、転職のチャンスもありますからね」
「わかりました。ありがとうございます。」
この職員さんは俺の就活相談に親身になって乗ってくれていたが、実際のところは99社も落ちたことを職員同士の話のネタにしていた。
「これも、皆さんのサポートがあってこその内定ですから。俺、頑張ります!」
明快に挨拶をし、その場から去った。
アパートに帰宅してもむしゃくしゃは収まらなかった。
ああ、感謝なんてねぇよ。くそが
「……いやいや、でも面接練習に乗ってくれたしな」
相反する二つの感情。いつもそうだ。本音がどちらなのかわからなくなる。どちらも心から思っていることなのか、はたまたそう思い込んでいるだけなのか。
「中身が空っぽ……か」
自己分析を重ねても、面接をどれだけ行っても、自身の本質が見えてこない。そういえば、99社目の面接で、三人いた役員のうちの一人が笑いながらそんな言葉を突き付けてきたな。
「君は体裁よく生きてきたんだろうけど、中身はないんだよ。」
左端の役員に同調するように真ん中のオヤジも頷く。
ただの悪口だ。それでもなお、俺はへらへら笑いながらその場をやり過ごした。
悔しくて握りしめたこぶしを抑え、何も言い返すこともせずにいた。
ガタンと椅子の揺れる音が聞こえた。その音で自分がうつむいていたことに気が付いた。
「苦しくても泣きたくても笑えば、全部どってことなくなるさ。君は強い人さ、それを私は高く評価しているよ」
右端の女性が前に身を乗り出し優しく言った。三人の中で最も若手であるように見える。きれいな目鼻立ちをしていた。スッと切れた目が俺を見つめていた。
そこで、面接が終了した。
「あの人と仕事をしたかったな」
天井を見つめそう呟く。
そう思っていても、落ちてしまったものは仕方がない。いつか転職した先であの人とまた出会えたならと、淡い希望を抱きつつ内定承諾書のYesに〇をつける。
『ようこそ、魔王城へ』
耳元で彼女の囁く声が聞こえた気がした。