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第6話

 玄関の前には、相変わらず人だかりができていたが、改めて見ると、朝ほど人は多くなさそうだった。


「おーい、ケリー!」


 人ごみを抜けると、大きなカゴを持ったジャックが手を振ってケリーを呼んだ。となりには、帽子を脱いだエミリーもいた。

 ケリーは二人を見て、なんだかほっとした気持ちになって、小走りで二人の下に向かった。


「おつかれ! もう昼だからな、約束どおりパンを持ってきてやったぜ。」

「おつかれ、ケリー。ねぇ、わたしずっとケリーを待ってたからお腹すいたわ。はやく食べましょ」

「それを言ったら、オレなんてその前から待ってるんだぞ。ま、いいや。あっちの木の下で食べようぜ」


 三人は、大佐の家から少し離れたところにある、ちょうどよい広さの木陰で昼食を取ることにした。ジャックの持っていたカゴの中には、たくさんの種類のパンが入っていて、開けたときに香ばしい香りが三人の鼻を撫でた。


「うわぁ、すごい。まるでパンの宝石箱ね」

「こんなにたくさん、食べられないよ」

「いいだろ、多くても。余ったのは、その辺のやつらにやるつもりさ。そうすりゃ、うちのいい宣伝になるだろ?」

「そういうこところは、しっかりしてるね」


 三人は、それぞれ好きなパンを口に運びながら、おしゃべりを始めた。


「あ、そうだ! ジャック、お前大佐になんてことを言ってるんだよ!」

「お、やっぱりなにか言われたんだな? これで大佐の中で、ケリーは他のやつらよりも忘れられない存在になったぞ」

「僕は忘れたいよ」

「あら、それならわたしだって、印象にのこったと思うわ」


 口に付いたパンくずを取りながら、エミリーが自慢げに言った。


「わたし、もう言う必要ないと思うけど、男の子の変装をしていったの。兵隊さんにも、メイドのおばあちゃんにもバレなかったのに、目が見えない大佐は、すぐにわたしが女だって言い当てたわ。かんぺきに演じきってたのに、きゅうに、お嬢ちゃんの夢はなんだい? って言ったのよ! すごいでしょ!」


 胸を張って語るエミリーにバレないように、ケリーとジャックは顔を見合わせてやれやれと首を振った。


「あ~、たしかに、そりゃあ印象には残ってるだろうな」

「うん、僕のときにもエミリーの話が出たし」


 ケリーの言葉に、エミリーは目をキラキラさせた。


「そうでしょう? やったわ。今回のおしごとに選ばれなくても、大佐にわたしの演技力が伝わったなら、それでいいわ。もし、お芝居をやることがあれば、大佐はきっとわたしを思い出して、主役にしてくれるにちがいないわ!」


 自分の世界に入ってしまったエミリーに、二人は苦笑いであいづちを打った。ケリーはエミリーに、本当はトニーやローラさんにもバレていたなんて、絶対に言えないなと思った。


「お、お前らこんなところで昼飯か」


 三人がお腹いっぱいになったころ、他の兵隊から外れて、トニーが近づいてきた。


「やぁ、トニー。隊長さんから隠れなくていいの?」

「あぁ、さっき最後の子供が入ったからな。今は見回り中だ」


 トニーはニカッと笑って言った。


「こんにちは、兵隊さん」

「これは驚いた。ずいぶんと美男子だとは思っていたが、まさかこんなにかわいらしいお嬢さんだったなんて!」


 トニーは大げさな驚き方をしたが、エミリーは満足そうに笑ってうなずいていた。


「なぁ、ところで相談なんだが、そのパンを分けちゃもらえんだろか? このままじゃ、腹が減って死んじまう」


 わざとらしくお腹を押さえて、トニーはうめいた。


「いいよ。僕たちもうお腹いっぱいだし」


 ケリーが言うと、ジャックとエミリーもうなずいた。


「ホントか! ありがとうよ」

「なんなら、これぜんぶ持っていっていいよ。他の兵隊さんにも分けてよ」


 ジャックがカゴを差し出すと、さすがにトニーも遠慮した。


「いや、全部は悪いなぁ」

「そのかわり、うちの店を宣伝しといて。中央の広場から海に向かってまっすぐ行ったところにある、赤い看板の店だよ」


 ジャックがニヤニヤしながら言うと、トニーは笑ってカゴを受け取った。


「はははは。しっかりしたガキだな。そういうことなら、任せとけ。隊長にも言っておくからな」


 トニーは、カゴから手ごろなパンを取り出すと、口にくわえて他の兵隊たちのところへ戻って行った。


「おもしろいなぁ、あの兵隊」


 ジャックが、トニーの背中を見たまま言った。

 ケリーは、ジャックが大人になったらトニーのようになるんじゃないかと思った。


「でも、並んでるときはやさしくて、さわやかだったのに。今は口が悪くてちょっとざんねん。でも、わたしをかわいいって言ってくれたから、ゆるしてあげるわ」

「さぁ、もう帰ろう。選考会が終わったなら、ここにいたらつまみ出されるよ」

「トニーなら大丈夫だけどな」


 三人は、笑いながら大佐の家をあとにした。


 町に戻ると、大人たちは「自分の子が受かるに決まってる」「大佐のところに通うための服を買わなくちゃ」などと、口々に言って大騒ぎだった。面接を受けた子供たちは、大佐に面接のことを口止めされているので、騒ぎには加わらず遊びまわっていた。


「うわぁ、すごい騒ぎだね」

「だろ? オレが家に戻ったときから、こんなんだったぜ」


 ケリーとジャックが、町の様子を見て呆れながら口を開いた。


「あ、そうだ、エミリー。お前早く家に帰ったほうがいいぞ」


 いつも人が足りない、人気のレストランの前を通り過ぎたとき、ジャックがハッと思い出して言った。


「え? どうして? ジャック」


 エミリーは首をかしげて言った。


「お前、その服黙って持ってきただろ。おじさん、カンカンになって探してたぜ」


 一気にエミリーの顔が青ざめていった。

 今、思い出したな? と、ケリーは思った。


「は、はやく言ってよ、ジャック! じゃあ、わたし帰るね。また明日。あ~、どうしよう。まさかパパに気づかれるなんて」


 エミリーはぶつぶつ言いながら、慌てて家に帰っていった。


「ははは。バカだなぁ、エミリーのやつ」

「そうだね。晩ごはん抜きとか言われそうだ」

「そしたら、二人でパンでも届けてやろうぜ」


 二人は、人ごみを避けながら歩いた。真っ直ぐ海へ向かって歩くと、ジャックの家の赤い看板が見えてきた。


「なぁ、ケリー。今日はこれからどうする?」

「そうだなぁ。今日は神父さまもいそがしいって言ってたから、一緒に遊ばない?」

「へへっ、もちろんだ! じゃあ、ちょっと待っててくれるか? うまいこと兵隊にパンを配ったって、パパたちに報告してくるから」


 ジャックは両親に報告するため、お店の中に入っていった。


 外で待つケリーは、お店の近くの壁に寄りかかかり、ポケットから、今朝箱から出した、黄ばんだ布が巻かれたものを取り出した。

 ケリーはしばらく、手の上にある「なにか」を見つめると、おもむろに布を解いた。黄ばんだ布の中から、黒くて先が尖ったものが顔を出した。


 もう一つの形見である、お父さんの銛だった。


 短く折られた木の先に、鋭い銛が付いている。返しがあって、一度獲物に刺されば簡単には抜けないようになっている。お父さんは、この銛で何匹もの魚を捕まえてきた。一番大きな魚は、当時のケリーと変わらないくらい大きくて、魚拓をとって家に飾ってある。


 ケリーは、この銛をもらったときのことを思い出していた。


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