その5 スキを生じぬ、放置プレイ
葦原は、仲間の冒険者と分断されていた。
「英雄をツブせ!」
VR内の新宿御苑に、隕石の雨が降り注ぐ。軽やかによけるが、相手は業火の魔法を準備中だ。
(パールちゃん! 葦原さんが危ない!)
(大丈夫よ、もみじ)
――ん。正解。
敵の【インフェルノ】が発動した。葦原を中心に、ハデな炎が巻き起こる。
「ヒャッハー、ザマァみろ! ――え!?」
葦原は【飛燕】を連発し、さらに敵陣のほうへと突っ込んだ。
「バケモンかよ、クソッ!? なら、【闇】を張って……!」
「それはダメ!」
パールが【中止呪文】で敵の魔法をかき消した。
同じ名前の呪文は、デッキに4枚までだ。そのため、キャンセルを乱発すると、すぐに打ち止めとなってしまう。
青き天使は、状況を見て取ると、視界の確保を優先してくれたのだった。
槍をふるうたびに、敵が倒れていく。“ざまぁ団・第14支部”の制圧は、すぐに完了した。
「パールちゃん。葦原さんなら回避できるって、よく分かったわね?」
「そりゃ~もう! 【飛燕】は1mの瞬間移動だもん! ヨユーで知ってるわ!」
パールはVサインをした。
「モチロン、弱点もね!」
「おいおい」
葦原は苦笑した。
ここは、新宿西口にある、冒険者ギルドの1階。
葦原たち3人は、暴れた連中を引き渡したあと、テーブル席で勉強会を開いていた。
「ともあれ、僕も安心して槍を振るえたよ。ありがとう」
「いえいえ~、どういたしまして」
「アラま」
もみじは、向かいの葦原と、となりのパールとを見比べた。
「いつの間に、仲良くなられたんです?」
「え」
ドキリ。
あちゃ、「英雄」モードの集中が切れちった。
「もう秋ですけど、葦原さんとパールちゃんの空気だけ、どこか春めいてるような……」
「ヤ、ヤダァ~! もみじったら!」
パールたんが、もみじたんの肩を叩いた。
「そりゃ~、命がけで呪文のお勉強をしてるもの! 仲良くもなるわよ!」
「初耳ね」
「ええ、ヒミツの特訓だし!」
「ふ~ん」
もみじたんは、席を立って近寄ってきた。
「葦原さん」
「うん?」
「今度は、私も交えてお願いしますね」
「うんっ!?」
むせた。ゴホゴホ。
アヤしく笑ったもみじたんは、撮影班の話し合いへと向かっていった。
天使たんが、ジト目でニラんでくる。
(交えちゃうんですか、英雄様?)
(普通の勉強会にはね)
(ふ~~~ん)
横の席に移ってきた。
って、近い近い!
(アタシたち、春の空気ですって)
(僕にはコワい空気なんだけど)
(はて、誰のせいでしょう? カワイイ天使ちゃん? それとも、「あわっこ」の悪魔ちゃん?)
両方キミだよ。
言葉とお茶を、ゴクンと飲み込む。ヨケーなお口はチャックでチュ。
(ねぇ、英雄様? このあと、お時間は取れます?)
(少しならね)
(VR御殿が見たいんですけど)
(ただの家だよ)
(見たいんですけどー)
はわわ! ホッペがプク~ッ。
(女の子の頼みには、応じようか)
(あら、そこは「オニャノコ」じゃないんですか?)
(カンベン願いたい)
2人っきりだと、すっかりランペル扱いにゃの。
もみじたんも、カンが良さそうだしね~。コワいよ~。
【門】を使って、隠れ家へと連れてきた。
「着いたよ、天使さん」
「アラ~、根津ですか。やっぱり、ネズミだから?」
「君ね……悪魔の尻尾が見えるよ?」
「ヤダ~!」
パールたんは、すっかりゴキゲンに戻った。
「うわ~、ゲームがい~っぱい! やっぱり英雄様も、『オノコノコ』なんですね♪」
あ~、やめてやめて。
角のベッドに腰かける。
「興味があるなら、遊ぶかい?」
「お、やりましょう!」
「そう。なら、どれでも好きなのを選んでいいよ」
「ハ~イ! じゃあ『あわっこ』で!」
「え?」
飛びついてきた天使を、【飛燕】でギリギリかわす。
「あっ! ちょっと英雄様!? なんで避けるんです!?」
「イキナリすぎる!」
「ブ~。なんでもって言いましたー」
うわ~! 「あわっこ」プレイヤーはみんなコレか~!
「英雄様ってば、スッカリ別人じゃないですか~。ランペルちゃんだと積極的なクセに~」
「このアバターでは、一線を越えないよ!?」
「えー、なんです、ソレ!? 中身はとっくに越えてます!」
白ローブの上から、胸に手を当てた。
「アタシたち、何度も『あわっこ』しましたよね!? 内面を見るって、あれはウソだったんですか!?」
「ソレとコレとは別!」
葦原は【終了】の準備をした。
「あ、ズルい!」
【終了】だけは、【中止呪文】でも止められない。VRのルールに助けられた無敵の英雄は、なんとか天使の姿をした悪魔っ子から逃げおおせた。
ハァ、ハァ……。オニャノコって、コワい……。
英雄のアバターを脱いだボクは、ヘッドギアを外した。
運営さんに呼ばれたときを思い出す。
『ガハハ! よお、葦原。英雄の気分はどうだ?』
『じきにタダの人ですよ』
『冷静だなぁ。まあ、会社としても助かるぜ。浮かれきって、ドツボにハマると終わりだからな』
『と、いうと?』
『オンナだ』
『あー』
影アバターの運営さんは、灰色の頭をかいた。
『1人でも気を許すと、ズルズルいくぞ? そしたら、ハニトラでジ・エンドだ』
『女性問題は致命傷ですか』
『ああ。冒険者が良いイメージなのは、お前のオカゲだからな。絶対にさけてくれ』
『僕は、ハマりたいんですが』
『だよなー、若いもんなー』
影の人は笑った。
『リアルで相手を探してほしいトコだが、やむをえん。新しいキャラを作ってくれ』
『サブアバターで発散ですか?』
『ああ。みんながハッピーってやつだ』
ならばと、ボクは子ネズミ紳士を生み出した。
当初は、「あわっこ」で大いにハッスルしたのだが。
「あうぅ~。何がイケナイの?」
日頃の行い? この性格? チョホホ。
気付けば、30分ほど経っていた。VRでは3倍の体感だから、そろそろ天使たんも落ち着いてるよね?
ボクはヘッドギアを被ると、ランペルの姿で【開始】した。
「ず~っと待ってたわよ!」
「わぷ!?」
マントに突然おおわれた。あわてて逃げようとするけど、すっぽり包まれちゃう。
マズい、【飛燕】できない!
「ランペルちゃ~ん? 弱点は、お見通しよ~?」
「あ、あわわ……」
パールたんの呼吸が、スッゴく荒い。こ、これってマサカ……?
「アタシねぇ……放置プレイで、コーフンしちゃった……」
逆効果だった~!?
◇
◇
大激戦の「あわっこ」でチュた。
「ラ、ランペルちゃん……。きょ、今日は、このぐらいで、カンベンしたげる……」
「あぃがと……」
パールたんを見送って、家を出る。
実は今日って、出かける用事があったの。
用事も大事、おにゃのこも大事。
紳士には、カクゴと体力がいるでチュね。チョホホ。
「ランペルさま、ようこそ」
今日の黒エルフたんは、バッチリ仕事モードだった。
あ、別にお呼ばれじゃないよ? それならパスだったかな。
「ウサちゃん、受付は頼んだわ」
「はい、クロエさん」
クロエたんは、ボクを連れて奥へと向かった。
(実は、モモさんに脅迫の手紙が)
念話を描画モードにして、中身を送ってくれる。
“あわっこ☆吉原は、女性をバカにしている。速やかな閉鎖を望む。それが叶わぬ場合、人気トップの者から順に殺害する。
女性の人権を守る会”
(うわぉ。なーに、この文?)
(常連さんが届けてくれました。外で、牛男に頼まれたそうで)
(なんて言ってたの、ソイツ?)
(「黒エルフの受付さんに渡してほしい」と。ラブレターかと思ったそうです)
(――あわっこ紳士って、本当におバカさんでプね)
(コメントは控えます)
う~みゅ。相手はとっくに消してるよね、そのアバター。
(ボクを呼んだのは、調査のため?)
(はい。先日お店に入ったヨウコさんを調べていただきたいのです)
(あの子ね。ビックリだったよ)
(ランペルさまなら、脅迫の件を抜きにしても聞き取りが可能かと。なにとぞお願いします)
(ん。わかった)
あのコのオイタなら、ボクにも責任あるしね。
お部屋に入ると、虎女の「ヨウコたん」こと、妖虎たんがいた。
「ラ、ランペル師匠!?」
「やっほ。指名したヨン」
演技スタートでチュ。
「キミさあ、ま~だモーモーたんに未練あるの?」
「ち、違うッス!」
妖虎たんは慌てて手を振った。
「モモさんは、師匠みたいな真の紳士がお相手すべきだと、よーく分かったッス!」
「ホントかにゃ~? おんなじお店で働くとか、フツーは遠慮しない?」
「VRだと、まだ『あわっこ』だけッスから!」
「ふ~ん。そんなコト言って、モーモーたんが自分に振り向かないから、いっそザックリ、とか?」
「えぇ~!?」
「そんなプンスコなら、ボク、最後まで戦うヨ?」
「イヤイヤ! も~っと違うッス! あ、いえ。『あわっこ』で師匠と戦うって意味なら、その通りッスけど……」
「ほえ?」
妖虎たんは、指をモジモジさせた。
「じ、実は……。師匠に愛を教わってから、その……め、目覚めちゃったんスよね」
「ほえほえ?」
どうも、ミョーな方向に雲行きがアヤしい。
妖虎たんが近づいてきた。
「実はオレ、今日は客を入れるなって言われてて。放置プレイだったんス」
「え」
なんでかな。妖虎たんの息が、スッゴく荒い。
「オレ、もっとウデを磨いてから戦うツモリだったッスけど……。恩返しのチャンスは、逃さないッス!」
「はにゃ!?」
ガシッと組み付かれる。しまった、超グラマー! じゃない、【飛燕】で逃げられない!
「オレって、寝技には定評あるんスよ?」
「あ、あわっことは関係な~い!」
「まあまあ。運動神経に自信アリってことッス!」
ヤバい! 手も押さえられたから、【武具作成】も使えない!
弱点多いよ、このカラダ!?
「師匠に教わった、愛のカタチ! 今ここで、全てをブツけるッス!」
「あ゛ーっ!」
◇
◇
◇
◇
「どうだったッス、師匠?」
「――良かった」
ONGAESHI、お見事でプ……ぐふっ。