その3 悪魔たん、マジ天使
葦原は、今日も前線を支えていた。
「キエーッ、何が英雄だ! こっちは二人がかりだぞ!?」
猿と猫の獣人は、よく動けているが、葦原はさらにそれを上回る。戦いは一進一退だ。
「チクショウ、食らえ!」
猫の体が銀色に光った。【磁石】の呪文だろう。発動すると危険だが、すぐに消失する。
「なにぃ!?」
「アタシの目が利いてるからよ!」
天使のパールが、背後で高らかに告げた。
「呪文は撃たせないわ、ノラ猫!」
「クソ女! ムカつくんだよ、テメー!」
おそらく、【中止呪文】で魔法をかき消したのだろう。サポートが実にありがたい。
キャンセル系の青魔法は、「術者が対象呪文の光を見られること」という条件がある。視界を保ちづらい戦場で、確実に消すのはきわめて難しいが。
「あはは! キャンセラーにはホメ言葉よ!」
パールは堂々と言い返した。
彼女の持ち味は、自身の目と、宙に浮かべた【衛星球】からのダブルチェックだ。地上の天使に死角はない。
「キェーッ、やってられっか!」
「あ、ボス!?」
猿は一足早く【終了】で去っていった。
相手が減れば、一気に戦況はかたむく。葦原はすぐに猫の足を切りつけると、ナワで引っ捕らえた。
「うあー、あのボス猿め!」
猫をしょっぴいた女子2人と葦原は、身柄を引き渡したのち、近くのカフェに来ていた。
パールはイチゴパフェをもぐもぐ食べている。
「さっさと捕まりなさいよね~! そんで、アタシのお金になれー!」
「パールちゃんってば、つくづく銭ゲバねぇ」
「何よ~、もみじ。悪い?」
「いいえ~」
シカの角を生やした少女、もみじは、バニラアイスをまったりと食べていた。
「でも、葦原さんだって、お猿さんをやってるけど、それはいいの?」
「英雄様は別格だもん!」
神のごとくあがめてくれる天使に、葦原は優しく笑った。
「僕が前線に集中できるのも、君のおかげだよ。敵の魔法をカットしてくれて、とても助かってる」
「はにゃ~……。こ、こちらこそ! 英雄様のおかげで、戦場にいられるんです! でなきゃ、恐くてとてもとても!」
「そうよねぇ。パールちゃんってば、よく棒立ちしちゃってるもんねぇ」
「ちょっと、もみじ!?」
「何よ? そのたんびに、葦原さんにカバーされてるじゃない。投稿動画では極力消してるけどさ? ホラ、もっぺんお礼言っときなさい」
「へへ~、英雄様。哀れな天使を何度もお救いくださり、ありがたき幸せ~」
テーブルにつくほど頭を下げられ、葦原は苦笑した。
「困ったときはお互い様だよ」
楽しいひとときだったが、今日はパールに別の仕事があるというので、早めのお開きとなった。
「ねぇ、銭ゲバのパールちゃん」
「なあに? いい姑になれそうな、もみじちゃん」
「アラ、ありがと。えっと、アナタって、お金が欲しいわりに、冒険者での参加率が平均以下なのよね。これより割りのいい仕事って、ほとんどないと思うんだけど。どんなヤバいコトやってるわけ?」
「ああ、稼いでないわよ」
パールは笑いながら手を振った。
「そっちの仕事じゃ、まだ全然。単にリスクヘッジね」
「ほほぉ。と、おっしゃいますと?」
「今はまだ、さっきの『ざまぁない』ボス猿とかが大勢いるでしょ? だから、冒険者で稼げるわけ。でも、この勢いで排除してったら、いずれ少なくなるわよね? そしたら、一流の人だけになると思うのよ」
「あら、意外に考えてたのね」
「怒るわよ!?」
パールは、シカの角を叩くフリをした。
「そりゃあ、葦原さんほどのウデなら、どこへ行っても引っ張りダコよ? だけど、アタシぐらいのキャンセラーは、そのうちどんどん出てくるわ。そうなったら、もーオシマイ。――別の職にも軸足を置いとくのは、むしろ当然ってことよ」
「アラま。シッカリしてたのねぇ」
葦原は、彼女たちの【終了】を見守ったあと、自身も【終了】した。
あぎゅぎゅ~……。
チビッコ紳士に入り直したボクは、ネズ耳の上から頭を抱えた。
パールたんも、冒険者以外のお仕事を考えてたんだね~。かくいうボクも、これ以上バレちゃうようだと、終了かも。
吸血鬼の理子ピンは、あのあと別のメールを送ってくれた。
“他に誰か、バレちゃった人はいるの? もしいるなら、協力してもらいなさい。もちろん、私でもいいわ。今のままじゃ、全員にバレちゃうわよ?”
う~みゅ、たしかに。
理子ピンに、相談してみよっかな……。
えーい、聞いちゃえ!
“いま、話せます?”
すぐに念話が来た。
(大丈夫よ。なあに、坊や?)
(えっと、他にバレてる人は、受付の黒エルフたんです)
(――なるほどね。モモちゃんにホレてた子が、暴れたときかしら?)
(でチュ)
オネータンは、メチャクチャ察しがいいでプ。
(坊やは、誰かが困ってると、助けたくなるのね。そして、助けられる力もあると。――ねえ、その戦い方って、バレないようには出来ないの?)
(そんな器用にやれるなら、理子ピンにもバレてないでチュ)
そーにゃのだ。
槍を使って足を切り、ナワでしばる。シンプルだけど、このパターンは安定してるの。
だけど、他の戦法がとれないワケ。――ううん、理屈のうえでは分かるよ? わざとヘタッピに戦えばいいってのは。
でも、人の命かかってるんだよ? 手を抜くとか、ありえない。
(助けたコトでみんなにバレちゃっても、ボクは本望でチュ。――でも、ひとりになったら泣くでチュ)
(正直者に戻ったわね)
理子ピンはクツクツと笑った。
(そうねえ。映像が出回ってる以上、同じ戦い方をしてたら誰でも分かっちゃうわ。それこそ、戦いには無知な私でもね)
(でチュか)
(なら、それを逆手にとりましょう)
(ほえ?)
小首をかしげる。
(どーするの、理子ピン?)
(坊やは、「英雄さんの戦い方を見て、あこがれを抱いた子」ってコトにすればいいわ。さしづめ、「甥っ子でチュ~」ってトコかしら?)
(――天才でチュ~!)
理子ピンは吹き出した。
え、どっかオカしかった? ――って、アレ? 待てよ?
(もしかして……、こう言い張れば、理子ピンにもバレなかった!?)
理子ピンは笑い転げた。
(まだまだケーケン不足ね、坊やは)
うう~っ、そんなに笑うなんて、ヒドいや、理子ピ~ン。
んでも、おかげで悩みはカイショーできたかな。――うん! オネータンに打ち明けられて、ラッキーって思おう。
オノコノコたるもの、つねに前を向くんでチュー!
晴れやかな気分で「あわっこ」に行くと、受付にはやっぱり黒エルフたんがいた。
「いらっしゃいませ」
「ボク参上~!」
アイサツしたその手で、シュシュッと手刀を切る。
(英雄さんの甥っ子でチュんで、ソコんとこヨロシク)
(あら。どなたのお知恵ですか?)
ガクッときた。
(理子ピン)
(ハァ、吸血鬼さんにもバレたんですね。まあ、あの方の口はカタいですし、大丈夫でしょう。あぁ、もちろん、心の真っ白な私もそうですよ?)
(うみゅ、あぃがと……)
吸血鬼たんといい、この腹黒エルフたんといい、勝てる気がしないんでチュけど。
強さってイロイロだよね、うん。
今日はサキュバスたんにお呼ばれしてた。
「お待たせ~! ランペルちゃ~ん!」
青いお肌のサファイアたん。大きなコーモリの翼は、悪魔族に特有でネ? ボクの全身を、包みこむようにナデナデしてくれるの。
「ほ~れ、うりうり~!」
「ウヒャ~、こそばゆ~い」
「あははっ! じゃあ早速、マッサージしよっか!」
「うん!」
元気なサッきゅんは、試合前のまっさ~じから行ってくれまチュた。
◇
大満足の「あわっこ」タイムでチた。
「どうだった、ランペルちゃん。ちょっと速かったかな?」
「ん~ん、ジュージツしてたからバッチグー!」
「良かった~。あ、でもね? ランペルちゃんも悪いんだよ?」
「ほえ、なんで?」
サッきゅんは、ボクの手首をつかんだ。
「だって、いっつもさ~、このカワイ~お手々が悪さするんだもの。アタシとしても、負けないように頑張っちゃうワケよ」
「にゅふっ、手が早いとヒョーバンでプ」
サッきゅんは大笑いした。
「ねえ、ランペルちゃん。このあとさ、お外でデートしよっか?」
「え、いいの? 行く行く~!」
「本当? よかった~。アタシねえ、断られちゃうかもって、不安だったんだ~」
「えぇ~っ? ウッソだ~。こんな明るいオニャノコをほっといて帰るとか、オノコノコの気が知れないよ! ぷんすこ!」
「アハハ! あ、でも、アバターは変えるよ? 理子さんが外で襲われて以来、お店も敏感になってるらしくってさ」
「へ……へぇ~」
おおぅ……さすが理子ピン。ボクのことは伏せてくれてたのね。ありがたひ。
「ま、絶対じゃないケドね。ランペルちゃんが、サキュバスの尻尾にメロメロだっていうんなら、このまま行くけど……」
「だいじょび! ボクは第一印象だけ外見で、あとは内面重視でチュー!」
「お、イイ男だね? じゃあ、アバター変えるから待ってて。ランペルちゃんは、そのまんまかな?」
「でチュ」
「OK! じゃあ、出口の前で集合ね」
「ラジャッ!」
サッきゅんは【終了】した。
いや~、シゲキ的で楽しい子だからな~。どんな姿でも、バッチコイだよ。
お店を出て、ほっぺたをムニムニしながら待ってると、どっかで見た天使たんが姿を現した。
ほえ? パールたん?
え、だってココ、「あわっこ☆吉原」だよ?
新宿の冒険者ギルドとは、かなり離れてるけど……って、ドンドン近付いてくる。
「お、その反応は知ってるね?」
迷わず話しかけてきた……って、アレ~、まさか!?
「いや~、ランペルちゃんが知っててくれたなんて、ウレシイな~」
パールたんは、茶目っけタップリに一回転。白いローブをひらめかせた。
「そう! 実はアタシ、英雄様とよく組ませてもらってる、パール・オパールさんなので~す!」
「う……うわぁ~!」
ヤバぃ。――帰ってもいい?