その2 ウソつき英雄
葦原は、英雄だった。
「さっすが葦原さ~ん! ねぇねぇ~、ちゃんと撮った?」
「モチロンよ。私の【衛星球】が、バッチリ撮影したわ」
天使の少女に、シカ娘はOKサインを見せた。空に浮かんだ銀色の球を、フヨフヨと戻してくる。
「ん~、よく撮れてるわね~! あ、ホラここ!」
宙に投影された画面を、天使が指差した。
「クリティカルの連続ガード! 英雄様の槍さばきって、ホントも~スゴいの!」
「反撃からのナワ縛りも、実にアザヤカよねぇ」
ハシャぐ2人に、葦原は軽く笑みを浮かべるだけだ。
彼らは、VRの運営会社に雇われた、「冒険者」という名の傭兵だった。
主な任務はふたつ。仮想現実の治安を守ることと、他人に害をなすアバターの取り締まりである。
危ない行為を映像に収め、証拠として運営に提出。
これにより、「中の人」への適正な処分を下すのだ。
他の冒険者が冷やかしてきた。
「どーせお前らは、英雄様と一緒に映りたいダケだろ?」
「そうよ~、悪い?」
「ケケッ。あとで見返して、『ぐへへ』とか言うのか」
「ちょっと! 誰のマネよ、それ!」
「だってお前、守護天使ってよりも、守銭奴天使じゃねえか。動画も上げてるしよお」
「フフ~ン、それはね? 葦原さんの活躍を、も~っと知ってもらうためよ! あと、お金にもなるし!」
「うわ、認めやがった」
他の冒険者とともに、葦原も笑う。
天使はムクれた。
「ブゥ~。英雄様ってば、いっつも余裕って感じ。焦ったコトとか、一度もないでしょ?」
「もちろん、あるよ」
「まったまた~」
ジョーク扱いされ、葦原は苦笑した。
「それじゃあ、あとは任せたね」
「は~い、了解で~す」
一礼したのち、葦原は【終了】した。
「あ~ん、ストイックな英雄様~! アタシ、本気で抱かれた~い!」
「絶対ムリよ。彼は紳士だもの。ガッツク女はキョリ置かれるダケね」
「ケケッ。俺の予想じゃ、ありゃ枯れてるぞ? 中身は爺さんだ」
「それでもイイの~!」
「オイ、マジかよ?」
「何よ~、そんなに驚くコト? 葦原さんの冷静さを見習いなさいよね~!」
「私に言わせれば、彼は平然としすぎだけどね」
「ヘヘッ、違ぇねえ。実はAIなんじゃねえか?」
葦原が去ったあとも、彼についてのウワサは尽きなかった。
「英雄」のアバターを脱いだボクは、「チビッコ紳士」になって、メッチャ焦っていた。
「あぅ~、ど~しよ~! 黒エルフたんにバレた~!」
だよね~! 「あわっこ☆吉原」の受付さんだモン! 強いに決まってるよ~!
隠れ家のベッドで、ネズ耳を押さえてローリング。チビっこいから、何回転もできちゃう。
は~、心臓バックバク! 冒険者たんたちの目が、スンゴク恐かった~! いっつも以上に言葉が少なくなっちったけど、ひとまずセーフ!
あ、でもネでもネ? 「あわっこ」から、またお誘いが来たの。今度は吸血鬼のオネータマ。
“スジのいい坊やへ。心ゆくまで、教えてあげるわ”
まっさ~じのテクがスゴいオニャノコで、カチコチのコリが、簡単にほぐされちゃうの。ツボをていねいに教えてくれて、勉強にもなるんだよね~。
んでも、いま行ったら、受付たんに笑われる。「チビッコプレイがお好きなんですね、英雄さん」って。はぅ~。
シッカリ考えよう。
ぽくぽくぽく。
チーン。
ん。行こう。
紳士たるもの、オニャノコの誘いは必ず受けるんでチュ。
受付には、やっぱり黒エルフたんがいた。
「ウフフ、ようこそ」
「黒エルフたん……からかってるでしょ?」
「いいえ~」
うう~、受付たんがコワいよ~。お腹の中まで真っ黒だよ~。
そもそも、受付たんって他にもいるんだよ? ウサギたんとか、リスたんとか。
なのにさぁ、ボクが行ったら、ほとんどエルフたんが担当なの。何コレ、新手のストーカー?
念話がきた。
(ヒミツは守りますよ、ちっちゃな英雄さま?)
(え~っと、ボクはランペルだからね?)
(はい)
あう~、メガネごしの目が笑ってる。「しょうがないわねぇ、フフッ」みたいな感じ。
こーゆーのは違うの! ウレシーけど!
待合所でも、ずーっと念話でやりとりしてて、ムズがゆかった。
うぅ~っ……。もう絶対、バレないよーにすりゅモン!
案内されたお部屋で待ってると、吸血鬼の理子ピンが入ってきた。
「アラ、坊や。1人だと危ないわよ?」
「本当だネ。ワルい吸血鬼に、チューチューされちゃうモン」
「ンフッ、されたいんでしょ?」
「はーい!」
「正直ねぇ。そういう子って、好きよ」
銀髪をかきあげたオネータンは、真っ赤な舌で口をなめた。ふおっ、エロっちい~。
歩くダケでも、黒いドレスのスリットから、白い太ももが。はぅ~、ドキドキ。
「さぁ、坊や。こってるトコロを見せて? 今日もいっぱい、ほぐしてあげるわ」
「わーい、ふにふに~」
◇
◇
全身マッサージを受けたあと、「あわっこ」で戦いまチた。スッキリでチュ。
「うにゅ~。理子ピンにもお返ししたいけど、勝てないでチュ~」
「そう簡単には、負けてあげられないわね」
理子ピンはひざ枕でヨシヨシしてくれた。
「坊やは、VRの魔法って分かる?」
「ちょっとネ」
「私、全然分かんないの」
ネズ耳の裏をカリカリ。あ、そこ気持ちイ~。
「たしか、デッキを組んで60枚、だったかしら?」
「うん、350枚から選んでネ」
「そういうのって、好きよねぇ。男の子は」
理子ピンはクスッと笑った。
「向き、不向きって、あると思うわ」
「理子ピンは、何なら自信ある?」
「そうね……自分のセイギだけ」
「ふひょっ!?」
やわやわと刺激され、ビクンと跳ねた。恨めしげに見やると、理子ピンは赤い目を細めて笑う。
「一芸も、極めれば強み……でしょ?」
「ジューブン強いよ、アクが」
「んふふっ。面白いわ、坊や」
彼女のアバターネームは、理子ピン・デコピン。お笑いとジョークが好きなオネータンでプ。
「ねえ、坊や。今日は私、これでオシマイだから、一緒に買い物へ行かない?」
「え、そのアバターで出るの?」
「そうよ、私はコレひとつだけ」
理子ピンは昔、お店で働いてたんだって。現実と切り離せるだけで、満足みたい。
リアル年齢は非表示だったけど、吸血鬼年齢は50才にしてた。う~みゅ、ホントかウソか、絶妙な設定でプ。あ、肉体は20代後半だから、バッチコイだけどね。
「理子ピンは、お外でお客さんと会ったら、気マズくな~い?」
「全然。私のほうはコレだもの」
色白の人さし指を、そっと口にあてる。
「それに、VRでバッタリってのは、まだないわね」
「あ~。向こうがアバターを変えてるんだね」
「えぇ、坊やもそうでしょ?」
しなやかな指が、鼻の頭にちょんちょんと触れる。
「ボクは違ぅモン」
そっぽを向いたら、笑われた。あぅ~、もう絶対アソばれてリュ。
でも、ソコがいい。
ちなみに、2コめのアバターからは、ケッコーなお金がいるの。抜け目ないでプね、運営さんって。
オネータンと外に出たとき、【衛星球】をふよふよっと空に浮かべた。
「理子ピンは、なに買うつもり?」
「まずはイチゴ大福ね」
「食べ物でプか。――ここなら太んないから?」
「噛むわよ、坊や」
「ひゃ~、甘噛みにして~」
細い通りをイチャイチャ歩いてると、反対側から竜人のオノコノコが歩いてきた。身長は2mで、筋肉がゴッツい。
「こんにちは~」
ニコッとしたら、ペコッとしてくれた。うんうん、やっぱアイサツは基本だよね~。
そのまま、竜人さんとすれ違った瞬間。
ザシュ!
「なっ……!」
理子ピンが刺された。
「クソビッチーッ!」
竜人から、なおもメッタ刺し。理子ピンはスタンして動けない。
「お前がーっ! バカにするからーっ!」
イケナイ!
すぐさま【武具作成】で槍を出し、竜人の腕に切りつける。
「なにぃ!?」
手はつながったままだけど、剣がこぼれ落ちた。
よし! これで10秒は使えない!
「クソガキ!」
ツカみにきた左手をかわして、鋭く切りつける。両足も切って転がすと、おナワにつけて一丁あがり!
「あ、あぐぐ……」
さるぐつわで、呪文も封じとこ。ヒキョーな奴だもんね。ケーカイ、警戒!
「大丈夫だった、理子ピン?」
「あ、ありがとう……」
理子ピンは、ペタンと尻もちをついていた。
「ビックリしたわ……。強いのね、坊や」
「ボクの一芸なの」
遠くの人たちが、駆けよってきてくれた。
「大丈夫ですかー!?」
「うん、あぃがとー」
【衛星球】を下ろしてきて、映像を見せる。
「吸血鬼たんが、イキナリ刺されたの。コレが一部始終ね」
「え、えっと……。すごく手際がいいね、キミ」
まずは、どっちがワルモノか、ハッキリさせること。そして、危険な相手をVRから追い出すこと。
いつものコトだモンね。カラダが覚えてまプ。
竜人は、元・紳士だった。
理子ピンのマッサージのトリコになって、スグに弟子入り。んでも、教えがスッゴク基本からで、バカにされたと思ったんだってさ。
そんで、逆恨み。吸血鬼のまんま出歩くことは知ってたから、ストーカーをして、サビしい場所で襲ったってワケ。げふー、紳士の風上にもおけないアンポンタンだった。
「ねえ、理子ピン? 今日はもう、帰った方がいいよ」
「そうね……。買い物はまたにするわ」
理子ピンは、みんなに【治癒】のお礼を言って【終了】した。
やっぱり、ショックだったんダネ。いつものオネーサンっぽさが消えて、しおらしく見えちゃったもの。――うん、次こそボクがリードして、完全ネンショーさせたげるからネ?
しばらくして、理子ピンからメールがきた。ほえ、なんだろ?
“別のアバターがあったのね、ウソつき英雄ちゃん?
ワルい子には、今度オシオキよ?”
「いや~~~っ!!」
誰だよ、「しおらしい」とか言ったの! ボクだよ! マズいって、カンッペキにバレてるじゃん! オシオキって……オシオキ?
――ふむ。キョーミあるでチュ。