点字ブロックを無くすその日まで
それは車道を走っていた。
確かに車だった。
だがその車は普通の車じゃない。
電動車いすだったのだ。
一瞬目を疑った。
だがそれは間違いなく電動車いすだった。
横断ではない、
走行していたのだ。
写真のように綺麗な歩道がある。
ぱっと見車道に見えなくも無いだろう。
なぜ電動車いすの方は車道を走ったのか?
死にたかったのか?
いや、確かにその可能性も0ではないが、
おそらくは違うだろう。
点字ブロックのせいじゃないか?
わずかな段差でも車椅子が転倒する可能性はある。
もちろん体が不自由な人ならなおさら危険だろう。
もちろん点字ブロックの存在は悪じゃない。
目が不自由な人のためにある大事な標識のようなものだ。
だが私はこうも思う。
点字ブロックがなくとも、
誰かが付き添うのが当たり前になればいいのだと。
もちろん、そんなに都合よく誰かが通りかからないこともあるだろう。
大事なのは意識の問題だ。
点字ブロックがあるせいで逆にあるから、
助けなくてもいいだろと言う人間が、
現れないとは言い切れない。
右を見ても左を見ても周りに関心の無い人間が多い。
横断歩道を見てみて欲しい。
車が右左折するのに歩行者がわたり終わるのを待っている。
歩行者はちんたら歩いている。
待ってもらっている、待たせているという意識は皆無だ。
ひどい奴になるとスマホを操作しながらちんたら歩いている。
もちろん疲労困憊でゆっくりしか歩けない場合もあるだろう、
高齢者の方や怪我人に走れ!急げ!などというつもりも無い、
大事なのは意識の問題なのだ。
誰もが安心して外に出られる世の中に、
点字ブロックがなくても心配しなくてもいい世の中に。
いつか点字ブロックがなくなるその日を夢見て。