最近、兄貴の様子がおかしい①
カッとなって書いた。
最近、兄貴の様子がおかしい。土日はずっと家にこもりっぱなしだったのに最近はずっと外出している。平日も時々学校に行ったまま夜帰ってこなかったりする時がある。家に帰ってくる時は決まって朝帰りだ。こちらの視線を気にして隠れて電話をする事が多くなった。テレビを見ていると突然したり顔でほくそ笑む。キモイ。
「最後の奴は置いといて、それって兄貴好きな人出来たんじゃない?」
教室の前の座席に座るやっちゃんが思ってもいない適当な事を言ってきた。私は本気で相談しているのに・・・薄情な奴め。
「あ、ごめん。・・・おほん。え~本当?それは心配だねぇ~」
察したのかいきなり可愛い子ぶった話し方になった。うぜぇ。だが私はそんな事は思っていても口にはしない。私の友達の中ではやっちゃんが唯一私の兄貴と同級生の兄貴を持つのだ。他の兄もそんなものなのか是非聞いてみたい。
「でもマッチの兄貴ってさ~、最近ってかいつも変じゃん」
「う・・・っ」
それは・・・・・・否定できない。私の知っている男子感は手からビームを出したり、見えない剣で戦ったり。そういう『ごっこ遊び』のようなものは小学生、最悪中学生で卒業するものだと思っていた。だが兄貴は、兄貴だけは私の理解を越えていた。兄貴は現在高校3年生の18歳。選挙投票にも行けてしまう。ほとんど大人みたいな年である。そんな兄貴がわけの分からない発言や行動を取る所を見ると本当に心配してしまう。
最近ヤバいと思ったのは一昨日の夜だ。これから家族で晩御飯を食べようとしている時だ。
「皆静かにぃっ!!」
突然の兄貴の大声でお母さんは驚きながらコンロの火を止め、お父さんはテレビの電源を切った。兄貴は場が静まるのを確認すると床に伏せ始め、そのまま自分の片耳を床に当てたまま微動だにしなくなった。
「フフッ、バカめ・・・。聞こえている・・・っ。聞こえているぞォォォォ!!フッフフフッ。フハハハハハハハハハハハハァッ!!!」
「いや何がだよ」
床に耳を当てたまま大声で笑ってる・・・。ホントキッショイ。
「本当マッチの兄貴って黙ってればイケメンなのに発言と行動で損してるよね」
「うん。学校でも一応モテてるらしいけど恋人は出来てないみたい」
「何で分かるの?」
「本人に聞いた」
兄貴は嘘をつかない。そこはまだ評価出来る。
「まあ受験に差支えなかったらいいんじゃない?地元の国立大丈夫そうなんでしょ?」
「・・・うん、まあ」
あんな兄貴だが勉強は私より出来るようで親も胸を撫で下ろしている。ムカつく腹立つ。
「じゃあいいじゃん。親も容認してるみたいだしさ」
「・・・うん」
何か、釈然としない。いつもおかしいのは確かにそうなんだが学校以外は殆ど家にいない事が多くなっている。一体外で何をしているんだろうか。気にならないと言えば嘘になる。私は家に帰ったら兄貴を問い詰めようと思い立った。
放課後。学校からの帰りにコンビニに立ち寄って兄貴の好きなヨーグレットを一箱買って家に帰った。
「ただいまー」
玄関を開けると廊下に電気は付いておらず薄暗くなっていた。だいたいお母さんが先に帰ってきて晩御飯の準備をしているのだが今日は珍しく仕事が長引いているのかもしれない。手を洗って二階の自室に向かおうとすると一階の居間からパチンッ、パチンッと何かを刃物で切っているような音が聞こえてきた。耳を澄ませてみると兄貴の低い笑い声も聞こえてきた。もう帰っていたのか。丁度いい。最近外で何をやっているのか聞いてみよう。
「兄貴~?ただいまー」
「クッ・・・クククッ。次は小指・・・お前だ・・・ッ!!」
「なッ・・・や、やめろッ!止めてくれ!」
「静かにしていろ親指ッ!!お前はこいつの後だ!!」
「頼むッ!やるなら俺の爪をやってくれッ!!だから小指だけは、小指だけはァッ!!」
「ククク・・・ッ。だめだァ。恨むなら俺が気になるぐらい伸びすぎた自分の爪を恨む事だなァ」
「や、やめろォォォォォォォ!!」
「ククク・・・ッ。そうだ、俺は切る。爪を切る・・・っ。爪を切るぞォッ!!」
・・・パチンッ。
兄貴は一人居間のソファに腰掛け、目の前にゴミ箱を置いて一人二役の小芝居をしながら爪を切っている。
「・・・兄貴」
私の声が聞こえたのか一人芝居を途中で切り上げて澄ました顔でこちらを見てきた。
「とうとう目覚めたのか」
「帰ってきたんだよ」
ただいまっつってんだろ。
「・・・はい、これ」
私はコンビニで貰ったビニール袋の中からヨーグレットを取り出し兄貴に手渡した。
「あァ・・・ありがてぇ」
兄貴はヨーグレットを見るなり震える手つきになり菓子箱の中から一つ取り出して口の中に運んだ。
「うぅ・・・美味いぃ・・・ッ!美味すぎるぅ・・・っ!犯罪的だ・・・ッ!」
兄貴曰くこうやって食べると美味しさが増すらしい。どうでもいいが家族の前以外ではやって欲しくない事である。
「あのさ、兄貴。ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「明治製菓だぞ?」
「ヨーグレットの話じゃない」
「そうか・・・」
兄貴は途端に捨てられた子犬みたいな寂しそうな顔になった。うっ、可愛いな・・・。その容姿でそんな態度になったら大抵の女は堕ちるのかもしれんが付き合いの長い妹の私には効かないのだよ。
「兄貴さあ、最近外で何してんの?」
「世界の平和を守っている」
「・・・」
兄貴は嘘をつかない。それは誰にでもだ。美徳ではある。裏を返せば空気を読まない。平然と学校の先生やクラスの子に痛い所を突くような発言をしてしまうせいで友達も中々出来ていないようだ。しかし兄貴は特に気にしていないらしい。すごいとは思うが真似したいとは思わない。人間は本音を嘘で塗り固めて生きていく生き物だと思っているから。兄貴みたいな事をしたら嫌われるのは当然なのだ。嫌われるのは嫌だ。
「本当?」
「・・・?何故嘘をつかなければならない?」
まるで疑うという事を知らないような澄んでいて真っすぐな瞳だ。兄貴からしたら私の眼なんてよほど汚く見えるんだろうか。世界の平和・・・?ボランティア?何処かの怪しい宗教?前者ならまだしも後者はマズイと思う。色々と。
「どうでもいいけど、お母さんもお父さんも口には出さないけど心配してるんだから。気を付け・・」
「おまえもか?」
「・・・はァ?」
「心配してくれているのか?」
兄貴はソファの上で足を組んで微笑みながら私の顔を見つめてくる。
「・・・は?してないし。マジキモイから」
私は捨て台詞を吐いて部屋から出て自分の自室に戻った。最近兄貴と話すといつもこんな感じである。
またやってしまった。
結局聞きたい事が殆ど聞けなかった。あー、もういいわ。勝手に何処にでも行けばいいよ。布団に潜りこみ耳を澄ませる。下から兄貴が変わらず一人芝居しながら爪を切り続けている。人の気も知らないで。私は寝返りをうって兄貴の声が聞こえてこないように耳にイヤホンをつけて音楽プレイヤーの再生ボタンを押そうとした。その瞬間玄関ドアが開閉する音が聞こえてきた。お母さんかな?でもいつもの『ただいま』の声が聞こえてこない。代わりに居間にいた兄貴の声が聞こえなくなっていた。外に出た?私はあわてて部屋のドアを開けて階段を駆け下り今のドアを開けた。
「兄貴?」
部屋には誰もいない。次に玄関の靴を確認する。兄貴の通学用のシューズが無くなっていた。
一応②まで書く予定です。ご期待下さい。