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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第8日 8月10日
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第93話 陳勝

 さて、和田捜索の成果であるが、もちろん読者諸氏もご存じの通り、何も得るものはなかった。乗り捨てられた軽のワゴンが大釜の滝のすぐそばで見つかったが、そこで彼の足取りは途絶えていた。滝の聖水で気配を消したのだろうと坂本太夫ら追跡班は結論付けた。

「してやられた!」

 報告を受けた薫御前は天井を見上げて叫ぶと立ち上がった。そしてその怒りをどこにぶつけるべきかくるくると見回す。幸い、会議のため先ほどまでそこにいた美嘉は先に部屋を後にしており難を免れた。彼女は舌打ちをした後、またドスンと椅子に座った。そして報告者に、退室するように告げると、深いため息をついた。

 もちろん彼女がかかずらっているのは捕虜の問題だけではない。内政全般にわたり目を光らせているし、近衛大将も兼任しているわけであるから、兵部卿のいない今は軍事の最高司令官であるわけである。

 彼女は書類をわきに置くと、また別の厄介な報告書を取り出してそれを眺めるのであった。


 一方、間一髪で八つ当たりを避けることができた美嘉は、現在情報戦略室と化した役場の会議室へと向かっていた。

 ドアを開けると、中にいたのは茅野さんだけだった。パソコンをの画面を眺めている。

 入ってきた美嘉に気づいたらしく、顔を上げた。

「あ、お疲れ様です」

「ほんまにお疲れ様やわ」美嘉はそう呟きながら椅子に腰を下ろした「仕事と面倒ごとばかりはほっとっても勝手に増えよる。戦闘がないんがせめてもの救いやけれども」

「ほんとうに。もうちょっとパーッと戦ってくれた方が宣伝にもなりますが」

「そんなこと言われても身が持たんわ」彼女は首をぽきぽきと鳴らして立ち上がった。そして歩み寄りパソコンをのぞき込む「ほんで、そっちはどうなんや」

「ええ、宣伝動画の再生数は順調に伸びているんですが……」

「ですが?」

「大手メディアが我々に割く時間や紙面は日に日に縮小しています。とくに東京に本社を置くメディアでは」

「暢気なもんやな、彼らからしたら、ウチらは国土を占拠する反徒やないんか?」

「政府の情報統制もあるみたいなんですが、そもそも東京人は四国――というか東京以外の地方に興味なんてないんです。東京こそが中心だという中華思想に凝り固まっているのです」

「フン」美嘉は鼻で笑うように言った「東京人はけったいな考え方もってはるんやな。日本の首都は京都や、そしていま帝がおわすんはここ丹生谷や。それを知らしめなあかん」

「でも四国の山奥で反乱を起こしても、世間は見向きもしない。『東京政府をぶっ壊す』と動画で叫んで、それが拡散しても、大半の目的は冷やかしです。あとは売名のために真似をする動画を上げてみる人がいる、といったところです。本当の意味で、問題点は、国民の心に届いてはいません」

「ほお」美嘉は感嘆の声を上げた「よう考えてはるんやな、ただの漫画家やと思うとったけれども」

「規制をかいくぐるために頭を使わないといけませんから」そう言って茅野さんはyoutubeの画面を閉じた。「まあしかし、動画では限界があるんです。いかなる物語があろうと、それが東京から遠く離れた場所の出来事である限り、問題として受け取ってはくれません。そう、東京で何かが起こらない限りは」

 そして美嘉の方を見た。

「だから、あの二人を東京へと送った。そういうことですよね」

「ようわかってはるわ。作戦計画書を読んだんやな」

 茅野さんは頷いた。少納言であるから、太政官にもあげられた計画書を見る機会はあったのであろう。もちろん本来の計画は記されておらず、偽装文章も、見ることができたのは黒塗りされた後のものであろうが。

「犯行声明の動画もすでに用意しており、タイミングさえ指示があれば、出すことはできます」

「準備万端いうわけか」

「そうです。何をしでかすのか知りませんが、楽しみにしています。東京で何かあってこそ、彼らも事の重大さを理解するというものです」

 そして作戦計画書に記されていた結語を叫んだ。

「『この戦いをして東京人を戦慄せしめよ、この作戦ごときは陳勝呉広のみ』! 我々に続いて東京でいろいろしでかす勢力がいるかもしれません」

「ほう」

 美嘉はそれを聞いて頷いた。そう考えているのなら話が早いかもしれない。彼女は先ほど、東京に潜入させた二人から連絡のあった話を耳打ちした。

「えっ!?」茅野さんは目を丸くした「クーデター!?」

「しっ、大きな声で言わんことや。まだこれは秘密や。太政官にも上げとらん」

「ではなぜ私に?」

「クーデターが成功すれば、ウチらはそれを支持することになる。その宣伝動画を前もって準備しときたいわけや」

「なるほど。しかし、斎部さん、それは神祇伯としての職務ですか?」

「仕方ないやろ、裏でいろいろ調整しとるんはウチやからな。実際もらうべき官職をあげたらきりがあらへん」

「大変なんですね」

「お互いさまや。大変でないやつなんぞ、ここにはおれへんさかい」

 そう言って、美嘉は冷笑交じりの笑みを浮かべた。

「さて、それともひとつ、宮様から相談があったんや」

「相談?」

「まだ日時は決まっとらんのやけれども、作戦が終わった後、どうやって帰ってくるかということや。関東に向かうんに使った方法はもっぺんは使えへん。事件後やから監視も強まるやろうし。そこで、6日も世話になったけれども、何とかしてそうな助っ人はおらへんか、聞きたいんや」

「関東からの下りですか……」

「上りや」

「そう、関西方面への移動ですか……東海道線は新幹線も含め危険でしょう。特に新幹線は監視カメラもありますし」

「すると北陸新幹線か? まだ敦賀は開業しとらんで」

「いいえ、中央線です。中央線で名古屋まで出れば、あとはいくらでも」

「そうやな」

「幸いにして、長野県に助けてくれそうな知り合いがいます。協力を仰げるかと」

「それは重畳ですなあ」美嘉はそう呟いた「でもすごいどすなあ、そんなお友達がいてはるなんて。ほんまに漫画家か? あんた、ほんとはなにもんや?」

「いやですね、ただの漫画家ですよ。表現の自由を愛する」茅野さんは言った「さあ、決まれば返信しておきましょう、心配はいらない、と」

「ほんまに、そうしておきますわ」

 美嘉はそう言いつつも疑念を隠せないでいた。そんな反乱軍をかくまう人間がどうして知り合いにいあるのか。

 まあ、それでも仕方はない。彼を――水澤肇を助けるなら、それしか手はないのだと、美嘉は思いながら、次の作戦に思いを巡らすのであった。


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