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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第8日 8月10日
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第90話 黒客

 食事が終わった後、我々は東武線の電車に乗って、板橋区内の某駅で降りた。

 駅から歩いて数分のところにアパートはあった。途中で小泉さんがコンビニに寄って酒とつまみを買ったせいでもっと時間はかかったわけであるが。

 アパートは2DKの広さがあるらしい。部屋に入ると、すぐ目の前がキッチン、向かい側に洗面室と洗濯機。キッチンの奥にすだれのようなものがありその向こうが寝室のようだった。またもう一つドアがあり、そこには「勝手に開けるな!」という札がかかっている。

「さあ、飲み会の続きをするのであります」

 そういいながら小泉さんはコンビニの袋を置くと、さらに冷蔵庫から発泡酒を取り出した。みると冷蔵庫の中は発泡酒で埋まっており、申し訳無さそうにはしにコーラがあった。そして冷蔵庫の上には白酒、横には2Lの焼酎のペットボトルが転がっている。

「ええと、弟さんは……」私は言った。

「あ、そうそう、忘れていたのであります」

 そういうと彼女は、「開けるな!」と書かれていたドアをばーんと開けた。

「さあ、お姉ちゃんが帰ってきたのでありますよ!」彼女が叫んだ。

「勝手に開けるな酔っぱらい!」中から声がした「勝手に開けるなって書いてあっただろ、せめてノックしろよ!」

 私が覗き込むと、ズボンを半分脱ぎかけていた高校生ぐらいの男の子がいた。パソコンの電源はついているが画面の電源が消えている。おそらく画面の電源だけ一瞬で落としたのだろうか。何をしていたか一瞬で理解した。

「ちょっと、小泉さん、男子の部屋に勝手に入るのはだめですよ、本当にそれは」私は言った。

「何故でありますか?」小泉さんは言った。すでに上機嫌なのである。「小生は弟のさっくんが大好きなのです。そうであれば、弟の部屋に勝手に入ってもいいのであります。それに、ここはもともと私の家なのであります」

「いや、それでも、男には秘密というものが……」

「美しい姉弟の絆なのであります!」

「ちょっとさっきからなんなんですかあんたらは!」弟は叫んだ「家に上がってきて、なんなんですか」

「ああ、ごめんなさい」私は頭を下げた「ええと……」

「小泉佐久」彼は言った。「姉さんもいい年して人前でさっくん呼びはやめてくれよ」

「いいではないですか、小生とさっくんの仲なのであります」

 そういいながら彼女はやっとズボンを上げたところの彼に抱きついて頬ずりをはじめた。これにはあきらかに小泉佐久も抵抗しているように思えた。私とみどりさんは、それを、「さすがに姉弟(兄妹)はいるけどあれはない」と言った顔で呆れて見つめていたのであった。

「ところでほんとうにあんたたちなんなんです」小泉さんの頬ずりを退けながら佐久君は言った「いったい何の用ですか」

「この人達は小生の客人なのです」小泉さんは言った。「さっくんにお願いがあってつれてきたのです」

「お願い?」

「そうです。その得意なコンピューターで、やってほしいことがあるのです」


「そんな政府のコンピューターに忍び込むなんて無茶苦茶だ!」みどりさんから宮内省のサーバーをハッキングしてほしいと説明を受けた佐久君は言った「文科省のときはぎりぎりでなんとか忍び込めたんだ。それでもすぐバレたし……」

「さっくん、男の子なら、そんなのを気にせず、忍び込むのであります」

「姉さん!」彼は叫んだ「そんなこと言っても前科ついてるし」

「するんです」みどりさんが言った。「これはお国のためです」

「さっきから聞いててもわけわかんないよ。そもそもお姉さんたち何者なのか名乗ってないよね!」

 みどりさんは無言のままギターケースを手繰り寄せる。そして開くと、中から日本刀を取り出した。そしてがちゃんと鳴らす。

 佐久君は震え上がった。

「なんですか、この人は、ヤクザですか」

「やっくん、とにかくするのであります」小泉さんは言った。

「わ、わかったよ」

彼は涙目でコマンドプロンプトを立ち上げると、カタカタカタとキーボードを叩く。黒い画面に文字が流れていく。

「すごい、ほんとうにハッキングしているみたいですね」みどりさんが感心したように言う。

「みたい、じゃなくて本当にしているんだよ!」佐久君は言った「これは犯罪だよ、それをわかって……」

「わかっています。とにかく早くするんです」

「今やってるよ……ほら、サーバーに接続できた」

「入れたんですか?」

「いいや、今は管理者パスワードを総当りで試しているところ……あっ、開いた」

「でかしたのであります!」小泉さんが言った。そして佐久君の頭をなでた。彼はそれを振り払いながら、言った。

「で、こんなことをして、何を知りたいんですか?」

「機密文書があるのではないですか? おそらくここ数日以内の……PDF化されていれば」みどりさんは言った。

「PDFで検索……なにもないですね」

「そんなはずは。なにか書類があるはずです」

その後サーバーを引っ掻き回すようにPDF、ワード、エクセル、画像ファイルなど調べたものの、目ぼしいものは出てこない。

なかなか目当てのものが得られず、みどりさんはいらいらし始めた。

「ちゃんと探しているんですよね?」みどりさんは佐久君に苛立ちながら言った。

「もちろんですよ!」彼は冷や汗をかきながら抗弁した。ないものはないのだ。

 その時、一つの考えが思い浮かんだ。いや、まさかと思ったが、役人ならやりかねない。

「あの、まさかと思いますが……」私はおずおずと言った「そもそもサーバーに保存していない、なんていうことは」

「はい? 今はどこの会社でも書類は電子化して保存するでしょう?」

「いや、役所は別ですよ。とくに我々が探しているような、不都合な書類なんて、すぐにシュレッダー行きなのでは」

「まさか!」

 みどりさんはそう叫んだが、しかしすぐに思い当たるのである。役所に昔の書類を出せといえば大抵の場合何故かシュレッダーに掛けられているか、なぜか出せと言ったちょうどその日にかけられているのである。それが役所にとって不都合なものであればなおさらだ。さらに役人の『個人的なメモ』であれば公文書とはみなさず、すぐ破棄するという慣習がある。もし某和菓子屋や大学教授への依頼が公式文章を伴わないものであるなら、それが保存されている可能性は限りなく低い。

 これではお手上げである。

 はあ、とみどりさんはうなだれた。

「ええと、他にはなにかないかな?」愕然としているみどりさんの代わりに、私が尋ねた。

「ええと、なんか宮内省のメールサーバーはアクセスできそうだけど」

「ともかくそこも開いて」

「……あっ、H社あてのメールだ」

「H社?!」

 みどりさんが顔をガバっと上げた。

 H社とは、某和菓子屋の屋号である。

「ええと、なにか添付ファイルがありますね。お菓子の注文票ですかね?」

「とにかく開いてください」

 添付されていたのはPDFファイルであった。パスワードが掛かっていたが、そんなことは問題ではなかった。すぐにファイルは開けた。

 我々はその内容を読んで狂喜乱舞した。そこには、宝剣が明後日午前、和菓子屋トラックにより名古屋に移送されることが書かれていたのだ。

「やりましたよみどりさん!」「ええ!」

 我々は大声を上げて歓びのあまり抱き合った。

 小泉さんも佐久君をぎゅっと抱きしめた。

「やったのです、すごいのです」

「ちょっとまって、わけがわかんないよ」彼は混乱しながら言った。

「いや、ごめんごめん」私は言った。そして再び画面を見る「なるほど、やはり宮内省では臨時に車を工面できなかったようですね。勤王心あふれる和菓子屋にまた依頼した、ということなのでしょう」

「よりにもよってまたあのトラックとは、まあ逆に疑わしくないのかもしれません」

「ねえ、用事は済んだんですか?」佐久君は言った「クラッキングがバレるまえに切断しないと……」

「いや、もうすこし正確を期すために見ておきたい。メールボックスに他に面白そうなものなにかある?」

「面白そうなものって……」彼は渋い顔をした。「じゃあこれなんかどうですか。やたらと厚そうなPDFファイル。製作者は防衛省になっているけど」

 彼はそのファイルを開く。中身はたしかにやたらとページ数の多い書類であった。そしてなんと、そのほぼすべての箇所に渡って黒塗りが施されていたのである。

 だが電子書類の黒塗りがほとんど意味がないことは懸命な読者諸君ならご存知だろう。すぐさま黒塗りを外すと、下からはもとの文章が姿を表した。

「なんですかこれは」佐久君は首をひねった「自衛隊の演習マニュアルですか? にしてはやたらと具体的ですよね。しかも場所が首都圏……」

 そこまで読んで彼ははっとしたようだった。

「襲撃目標、首相官邸、国会議事堂、警視庁、NHK、宮内省……」彼は震えながら画面から目をそらした「まさか、これって……」

 我々もそれを見たのは初めてだった。しかしそれが何のための計画書か、直ちにわかった。私とみどりさんは頷きあった。

「そうです、まさしくそのとおりでしょう」みどりさんは言った「自衛隊の、クーデター計画書です」

「クーデター計画書……!」彼は反芻するように言った。そして、その書類を見てもなお、落ち着いている我々を、怯えるような目で見つめる。

「あなた達は何者なんですか、いったいなんで宮内省の機密書類が必要だったんですか。それにクーデターと聞いても驚かないんですか!」

「みどりさん、そろそろ潮時でしょう」私が言った。

「そうですね」みどりさんはそう言うと、サングラスを外した。黒い瞳が彼を見つめた。

「私の顔、見覚えあったりしませんか?」

「そんなこと言われても……」彼はたじろぐように言った「ええと……」

 そうして彼はなんとかみどりさんの顔を見つめる。ややあって、ハッとしたように声を上げた。

「まさかあなたは!」

「そうです。私こそ、安徳天皇が子孫にして正当なる帝の妹、征夷大将軍、浅葱みどりです。小泉佐久さん、丹生谷政権への協力に感謝します」

 みどりさんはそう言うと、不敵に笑ったのであった。

黒客(hēikè)は北京語でハッカーの意。

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