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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第8日 8月10日
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第89話 池袋

 JR池袋駅の改札を出ると、これでもかと言うような人込みに飲まれた。

「改札口を出たところで待っているのであります」と小泉さんは連絡してきていたが、しかしそんな影はない。そもそも改札を出たところと言ってもJRだけでも改札口がいくつもある。みどりさんは「こっちから気を感じます」とかなんとか言いながら西口から出たが、そこには季節外れの救世軍と、声高に対韓制裁を唱える右翼の街宣車がいただけで、小泉さんの姿はなかった。

「いませんねぇ、こっちかと思ったのですが」

「ちょっと連絡してみますね……」

 私は電話をかけると、小泉さんは西口でもなくそもそもJRの改札ではなく、東武線の改札前にいると言った。

「ほら西口ではないですか」などとみどりさんは誇らしげに言うが、これはあてずっぽうが当たっただけであろう。その証拠に東武線の入り口がどこかわからなかったからだ。いや、ふりかえればそこに大きく「TOBU」と書かれているのに。

 私たちと合流した彼女は、ネオン輝きエキゾチックな香り漂う通りへと私たちを連れて行く。

 駅から歩いて数分のところで、彼女は雑居ビルを指さす。

「ここなのであります」

 1階にはコンビニ、二階にはハラールマークを掲げた雑貨屋があった。我々は1階奥のエレベーターに乗ると4階まで上がった。

 そこは中華料理屋であった。

「中華ですか、悪くないですね」みどりさんはそう言う。

 小泉さんは扉を開けると、レジ付近にいた店員に言った。

「三个人、可以吗?」

 店員は何か返す。小泉さんは振り向いて、「大丈夫なのです、入るのであります」と言った。

 店内に入ると、4人掛けのテーブル席についた。そしてメニューも見ずに次々と注文をしていく。

「飲み物はなにがいいでありますか? おすすめにするでありますか?」

「ええ、わからないので……おねがいします」みどりさんは言った。

「では、白酒(パイチュウ)三杯!」

「いや、なんだか白酒は、良くない気がします。悪い思い出があるわけではありませんが……私は梅サワーにします」

 どうやらみどりさんは白酒を飲んでの一件を覚えてはいないようである。まあその方が良いのであるが。

「そうですか。では白酒两杯(パイチュウリャンバイ)

 しばらくすると飲み物と料理が運ばれてきた。まずは点心だろうことらしく、シュウマイや水餃子があった。

「ではいただきましょう。乾杯(カンペイ)!」

 そう言うと小泉さんはくいっと白酒をあおった。

「いやぁ、やっぱりこれなのです。仕事終わりの一杯は五臓六腑に染み渡るのであります」

 わたしも口にしたわけであるが、しかし白酒は度数が60度を超えることもある。化学薬品のような味と臭いが口の中に広がった。先日飲んだ時よりは慣れてきた気がするが、しかし決して素人が飲みやすいものではない。

 ところで気づいたのであるが。

「あの、小泉さん」

「なんでありますか?」

「さっきから、僕ら以外の客、日本語話していないですよね? 店員さんも中国語しか通じないようですし……」

「ええ、ここはそういうお店なのです。池袋ではよくあるのです。それに周りが日本語がわからない方がお話するのに都合がいいと思うのであります」

「なるほど……」私は頷いた。

「よく考えましたね」みどりさんはサワーを飲みながら言った「ところで、なにかよさそうな情報はありましたか?」

「それがないんですよ。社会部の記者にもそれとなく聞いてみたのでありますが、知る由もないという風でありました」

「やっぱりそうですよねぇ」私は言った。そして水餃子をつまんだ。「ん、これおいしいですね」

「そうなのです、これがこのお店のおすすめなのであります」

「はあ、そうですか」

「そういえば関係あるのかどうかわかりませんが、文化部の記者からちょっと気になることを聞いたのであります」

「文化部の記者さんですか」みどりさんがごくんと鶏肉をごくんと飲み込んで言った。

「ええ、なんでも明日、名古屋の大学の考古学の教授にインタビューを予定していたのですが、急遽相手に用事が入ったとかでキャンセルになったそうなのであります」

「それが気になるんですか」

「ええ。なんでもその教授、銅剣鑑定の専門家らしいのです。天皇陵の副葬品の鑑定も行っているということなのでありますが……急遽宮内省の呼び出しを受けたということなのであります」

 ぐいっ、とみどりさんが身を前に乗り出した。

「その話、くわしく」

「ええと、ごめんなさいなのです、それ以上は詳しくは聞いていないのでああります。宮内省からの用事の内容も……」

「そうですか……」みどりさんは残念そうに言った。

 その時私のスマホがブルブルと震えた。千秋さんからであった。

『ちょっとこれ見て』

 そう言ってTwitterのダイレクトメッセージでツイートを紹介してきた。

 そのツイートはアニメアイコンのアカウントがしていたが、その写真を見た瞬間吹き出しそうになった。

 写真に写っていたのは、某和菓子屋のトラックであったのである。サービスエリアに停まっていて、横に何人かの人が降りて休憩していた。それに添えられたツイート曰く、『東京以外でもこ走ってるんだ!』

 そして見終わったであろうタイミングを見計らって電話がかかってきた。

『もしもし、見た?」

「見ましたよ。これがどうかしたんですか?」私は返した。

『この会社、ドライバーには必ず女性を使っているの。この横にいる人、一人男性が混じっていたでしょ』

「そうですね」

『どこかで見た顔だなー、と思っていたんだけど、いま思い出したの。秘書の真似事みたいなのしてた時見たわ。この人、宮内省の役人よ』

 ガタン、と思わず私は立ち上がった。

 私は上ずった声で言った「それ、本当ですか」

『本当よ、間違いないわ。あいにくそれ以上のことはわからないけど、名前も覚えていないし』

「いや、十分です。本当にありがとうございます」

 私は電話を切った。

 そうか、そうだったのか。あの小耳にはさんだあんな車とは、そういうことだったのか。しかし、宮内省御用達の企業で、近年宮内省との接近を繰り返しているという噂もあったが、しかしここまでとは……

「大丈夫ですか?」みどりさんはいきなり立ち上がった私に驚いて言った。

「いや、失礼しました」私も落ち着きを取り戻しつつあった。そして座ると白酒を煽った「例のものの在処がわかりましたよ」

「本当に?!」みどりさんが叫んだ。

「ええ、あれは今、宮内省にあります。間違いありません」私は言った。そしてスマホの画面を見せた「ここに写っている男が宮内省の役人です。この車で、宮内省に宝剣は運びこまれたのです」

 そう。宮内省は何らかの理由で車を手配できなかった。そして丹生谷から宝剣を奪取した宮内省――内務省ではなかった!――は宮内省御用達にして、そして癒着企業であった例の和菓子屋のトラックに輸送を依頼したのである。たしかにあんな目立つ車で重要なものを運ぶなどと誰が思うであろうか。

「なるほど、そうだから例の教授は宝剣の鑑定のために宮内省に呼ばれたのでありますね!」

「そういうことです」

「それはそれで厄介ですね」みどりさんは言った「宮内省に侵入するなんて至難の業です。それにどこに保管されているかもわかりません」

「ええ。ここからは本格的な情報戦です。たとえば政府のコンピューターに忍び込むことができるようなハッカーでもいれば、いいのですが」

「都合よくそんな人いるわけないでしょう」みどりさんは言った「そうでしょう、小泉さん。ハッカーの知り合いなんていませんよね」

「いえ、心当たりはあるのでありますが」

「なんですって」「マジですか」

「大マジなのです」

「その人はどこにいますか、会えますか」みどりさんは再びぐいっと身を乗り出す。

「そんなに慌てなくともよいのであります、この後会うことができます」

「この後……?」

「ええ、それは、小生の弟です」小泉さんは言った「文科省のサーバーから大学入試共通テストの問題を盗み出して、摘発されたのです。少年院には行かずに済みましたが。それもあって家出して、小生のアパートに今住んでいるのであります」

 私とみどりさんは顔を見合わせた。互いに頷いた。運命は、間違いなく我々に味方している。

「ではこの後、小泉さんのお家で弟さんに会わせていただきます」みどりさんは言った「いろいろと巻き込んでしまい申し訳ないのですが……」

「いいえ、もう乗り掛かった舟なのです」小泉さんは言った「小生にも、いい絵を撮らせてください」

 そう言って彼女は笑い、そしてまた白酒を煽るのであった。


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