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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第7日 8月9日 
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第81話 密談

「まずはっきりとしておきたいのですが」すでに酒が回り始めたN議員に代わり、A氏が言った「我々は丹生谷の政権を全面的に支持するものではありません」

「支持しない、ということですか」みどりさんは尋ねた。

「違います。全面的な指示ではないのです」

「それはですねぇ、少し話がややこしいのですが」N議員がおちょこを片手に言う「今上陛下を廃位するつもりはないと、そういうことなんですよ」

「待ってください」みどりさんは言った「私達の要求はご存知のはず。即時の皇位の明け渡し。これが丹生谷政権の基本方針です」

「それは知っていますとも」N議員は言った「しかしここにいる3人を始めとした同志らはみな愛国者です。簡単に廃位などと言えるわけがない」

「ではいったいどういうことなんでしょうか」

「まあそれは順を追って話しましょう。その前に」彼はみどりさんとわたしの前におちょこをおいて酒を注いだ。「あなた方も飲んでください」

「あ、ありがとうございます。いただきます」

 そう答えておちょこを手に取っている間に、N議員は野菜を湯だった鍋に入れた。そして自身は肉を箸で掴んで湯に通す。

「さあさあ、どうぞ」

 促されるままに我々も肉をいただく。A5ランクの和牛と聞いていたが、たしかに美味である。普段焼き肉食べ放題や牛丼、それからたまに立ち食いステーキでそれほど高いとは言えない肉ばかり食べているが、それでも違いはわかるものである。

「これは、なかなか」そういいながらみどりさんも箸を動かしている。

「それで、話を戻すのですが」私は言った。「その、廃位は無理だ、とのことですが、あなた達の主張はいったい」

 答えたのはA氏であった。

「はじめから話しましょう。我々はもともとはべつに、丹生谷のために集まったわけではありません。それ以前から、一つの目標のために集まったのです」

「それは……」

「憲法改正です!」A氏が言った「GHQの作成した押し付け憲法を廃して、我々日本人の、日本人による、日本人のための憲法を作ろうというのが我々の目標なのです!」

「現行憲法には自衛隊についてはなにも触れられてはいないのです。国を守る我々ですが、しかし国の憲法は我々の立場を保証してはいないのであります」H氏が言った。

私は頷いた。

「なるほど。しかし、憲法改正は与党も目標としています。与党と共闘しないのですか?」

 N議員はこんどはいつの間にかどこからか取り出してきていたビールの大ジョッキをがたんと机においた。みどりさんがびくっとなった。

「与党など当てになるもんか」彼は言った「いいですか、与党に本当に改憲する気があるのなら、あんな無茶苦茶な改憲案など出すものですか。憲法9条に限ればいいものを、意味不明な前文をはじめとした余計なものが多すぎる。あんなのだから改憲議論が進まないのだ。与党に本気で改憲する気などない!」

 そしてぐびっとビールを一気に飲み干す。

「いいか、日本には軍隊が必要なんだ。軍隊がないから、周辺の国にナメられるんだ。武力で奪われた領土を取り返すには、軍隊を使うしかない。そんな当たり前の事を言ったのに、議員を辞めろと言われる始末。なんですか、『とにかく…武力行使発言は認めん…国会の品位に傷がつくからな』とでもいうんですか。あんな売国奴のたまり場に権威なんてありませえん!」

「まあまあ、N先生、落ち着いてください」A氏は言った。「いま説明があったように、与党は改憲する気などないし、野党なども以ての外です。そして、もう一つ、これがあなた方と接触した理由なのですが、与党は皇室を守る気があるかどうかも怪しいと思っているのです」

「それはどういうことですか」みどりさんは尋ねた。

「現在、皇位継承が可能な皇族は限られています。そして今後皇子が生まれたとしても、それはその場しのぎでしかない。皇族の数自体が減少しているのです。いつか『その日』はやってくる」

 A氏は手を組んで机の上に置いた。

「本当に皇統を守る気があるのなら、国民の理解を背景に、女性宮家でも女性天皇でも、そして女系継承でも法を整えることが必要です。我々としては、男系にこだわりたいので、旧宮家の復権というのがいいと思っていましたが、この議論も含め、何年も進んではいない。そんなときにあなた方が現れたのです」

 彼は我々をじっと見る。

「そう、万が一、皇統が途絶えた時、天皇を出すもう一つの王家。あなた方が本当に安徳天皇の子孫だというのなら、その王家に迎えたい」

 みどりさんはごくんと唾を飲み込んだ。

 私も心臓がドキドキするのがわかった。もう一つの王家、すなわち両統迭立、もしくは世襲親王家の立場。そして、もしその理論が通用するなら、私の一族も……!

「でもゴミみたいな与党と政府はそんなつもりはまったくない! 国賊としか呼びようがない! 選挙でそれを訴えても今の制度では国民に届かない……そんな時あなた方が反乱を起こした!」

 N議員が叫んだ。いつの間にかジョッキが3つ目になっている。

「あなた方は自分たちを安徳天皇の子孫と名乗った。しかし政府はそれを奇貨としなかった。潰しにかかった。ならばこの状況を、我々が利用しようではないか」

「ええ。自衛隊は丹生谷攻略に手をこまねいています。そしておそらくは首都近郊の精鋭部隊にも命令が下るでしょう」H氏は言った「それがその時です」

「その時?」みどりさんは尋ねた。

「自分たちの主張が認められないとき、最後の手段はなんですか?」A氏は言った。

「それは……まさか!」

「そう、クーデターです!」A氏は両手を広げた。

「その準備は整っています。あとは号令があれば、いつでも」H氏は言った。

「しかし、そんな武力なんて」私は言った。

「あなた方と変わらないでしょう。反乱を起こしているのですから」A氏は言った。

「まあ、そうですが……」

「政府も、公安も、そして我々への賛同が得られていない部隊も、今は丹生谷に注目しています。その足元をすくうわけです」

「なるほど……しかし、クーデターは国民の賛同が得られるかどうか」

「その点は心配いりませぇん!」へべれけになったN議員が言った。スマートフォンを取り出している。「あなた方がy○utubeで公開しているこの動画。こんなに再生が伸びている。都内を一歩出れば、『東京政府を、ぶっ壊す!』と動画のマネをしている人を見かけるんです。政府と東京は、災害やオリンピックへの対応で非難を浴びている。地方民の怒りが爆発したのです。東京はその搾取源たる地方を失っては生きられない! 地方は我々を歓迎し、そして東京は屈服することとなるのだ!」

 そしてビールの残りを飲み干すと、ハハハと笑うのであった。

 私とみどりさんは顔を見合わせた。おそらく彼女も考えていることは同じだろう。

 彼らは想像以上、ともすれば我々以上の夢想家だ。そして危険な存在であることは、間違いないのである。

 彼らと協力することが、はたして吉と出るか、凶と出るか。しかしいずれにせよ、今現在、彼らは我々を利用するだけだろう。まだ若い親王が、天皇となり、そして子孫を残す可能性は大いにあるのだから。

 ならば、我々も彼らを存分に利用しようではないか。

 彼らはX-dayは終戦記念日であると言っていた。そして、その日に、戦後を本当の意味で終わらせるのだと。

 そうすれば我々も急がなくてはならない。

 会談終了後、千鳥足のN議員を始めとした3人を見送った後、しとしとと雨の降る繁華街に佇んで、明日のプランに思いを巡らすのであった。

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