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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第7日 8月9日 
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第78話 上陸

 船は朝日を受けて輝く波しぶきを立てて、防波堤を横に見、小さな漁港へと錨を下ろした。

 私とみどりさんが船を降りてコンクリートの上に足を下ろすと、船は瞬く間に岸を離れた。時間からすれば釣り人などがいてもよいのだろう、できるだけ見つからないようにという配慮であった。

 スマートフォンを取り出して位置を確認する。場所は内房、安房国。鋸山の麓にある漁港の一つであるらしい。

 無事関東の地を踏むことができた我々であるが、しかし問題はそこからである。これからどうするかは一切決まっていない。というか宝剣の在処も知らない。

 私は、みどりさんの方を見た。彼女はカバンを下ろして何やら本のようなものを取り出している。

「ええと、それは?」私は尋ねた。

「JR時刻表です。最寄り駅からの電車を調べています」

 なるほど、って、いきなり電車で移動するつもりだろうか。

「もちろんです。すぐさま東京へ向かいます」彼女は言った。

「いや、しかし、ある程度算段を立てないことには……」

「とにかく移動するのが先でしょう。きっと東京にいた方が見つかりにくい。何せ人も情報も多いのです」

 そういって彼女は内房線の時刻表を目で追っていく。

「電車でなくても、ここからなら久里浜までフェリーもありますけど……」

「いいえ。万が一船の上で素性がバレれば逃げ場はありません。これはいつでも逃げられる各駅停車で東京に向かうべきです」

 そう言って彼女が時刻表を閉じ、リュックサックにそれを仕舞い、歩き出そうとしたとき、私の携帯が短く鳴った。

「ん?」

「どうしたのですか?」

「いや、メールが……」私はスマホを取り出して確認する「ええと、美嘉からですね」

「神祇伯から?」彼女は顔を曇らせた。そしてずいずいと迫ってくる「いったい何の用事で?」

「今確認しますから!」私はそういってメールを開く。


タイトル:PWはロック画面と同じ

本文:(内容は暗号化されています)


 なるほど、万が一傍受されても大丈夫なように内容はPWでロックをかけているのか……

 ちょっと待て。

 『ロック画面と同じ』とはどういうわけだ。別に私は美嘉のパスワードなど知るはずもない。となると私自身のPWのことであろうが、しかしなぜそれを彼女が知っているのだろうか?

 嫌な汗が背中を伝う。

「どうしたんです?」

 そんな私の心中などご存じないみどりさんは横からひょいとスマホの画面をのぞき込んだ。そして、

「なんでパスワード入力しないんです?」

 そういうと私からスマホを奪い取ると、その指で、『5、9、6、3』と数字を押した。

 メールは開いた。私は愕然とした。

「ちょっと、なんで僕のパス知っているわけ!?」

「何を言っているんですか」みどりさんはあきれたような顔で言った「こないだの夜、自分で叫んでいましたよ。『開錠パスは、ごくろうさぁん!』って。覚えてないんですか」

 残念ながら全く記憶にない。やはり酒は恐ろしい。ということは。

「ええと、僕のスマホの中身、見ていないですよね?」

「はあ?」彼女はさらに馬鹿にしたような声を出した「どうしてそんなことする必要があるんですか。さあ、早く内容を」

 そういってスマホを私の目の前に突き出してきた。

 もういろいろ気にしていても仕方ないとも思われるので、メールに目を通した。


『そろそろ内房に上陸したころかと思うので連絡を送る。

 迎えを添付した地図の場所まで送るので向かうこと。会えばわかる。

なおこのメールは自動的には消去されないので手動で消去すること。以上。』


「迎え、ってなんだ」そう私は呟いた「このあたりにシンパが?」

「いいえ、わたしも聞いたことはありません」みどりさんは言った「怪しい」

「まあさすがに美嘉がそこまで変なものをよこさないとは思いますが」そう言って私は地図を開いた「ええと、あ、みてください。この集合場所、すぐそこですよ」

 そういって私は海岸の方に見える石碑を指さした。

 私たちは石碑の方に歩み寄る。そしてそれがなんであるかがわかって、私は笑いだしそうになり、そしてみどりさんは眉を吊り上げたのである。

「ここを集合場所にするなんて悪趣味ですね。しかも上陸地点もこのすぐそば。わかってやっているんでしょうか」

「まあまあ、きっとこのあたりならこれくらいしかモニュメントがないんですよ」私は言った。そして再び石碑に目をやった。

 石碑にはこう書かれていた。


『源頼朝上陸地』


 そんなときである。後ろで車のエンジン音がした。それはちょうど我々の後ろで止まった。そして呼びかける声があったのである。

「おはよう、あなたたち」

 私は振り向いた。みどりさんは金剛杖として隠し持った仕込み刀に手を伸ばそうとしたが、私はそれを制した。

 驚きもあったが、しかし、考えてみれば当然のことであった。この土地で彼女とつながりがある人物というと、彼らしかいないのである。

 そして、声の主は運転席の窓を下ろし、こちらを見ている。ショートカットの若い女性。サングラスをかけているが、もちろん誰だか一目でわかったのだ。

「おはようございます。そして、お久しぶりです」

「ええ、お久しぶりね。元気で何よりだわ」

「肇さん、知り合いなんですか」みどりさんは尋ねた。

「うん、まあ」私は頷いた。

「そしてそっちが内親王殿下ね」

 彼女はそう言って、サングラスを外したのだった。

「はじめまして。私は斎部千秋、美嘉の姉です。どうぞよろしく」

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