第75話 作戦
旭美幌は難儀していた。会議を重ねても一向に方針が定まらなかったからだ。
もちろんお飾りである旭さん自身はほとんど発言はしていない。有効な意見も出すことはできない。かといって隊長であるはずの自身を無視して議事が進むのは見ていて辛い。
結局8月7日の会議は敗戦の総括に終わり、翌日の作戦計画を建てることはできなかった。加えて自衛隊側からは、日本海や東シナ海での国籍不明船の出現が見られるようになったという報告があった。これは戦闘の長期化によるものであろう。これに対応するため護衛艦隊が横須賀を出て西進するということである。
そして8月8日の朝となった。
「隊長、おはようございます」
食堂の天幕でスパムと卵焼きの朝食を食べていた旭さんに、金城さんが語りかけた。
「今日の予定ですが、朝礼後に会議があります。参集してください」
「会議ね……」旭さんはつぶやいた「結局昨日も成果は出なかったじゃない。今日の作戦はどうするの」
「作戦は今の所ありません。自衛隊側でもなにか案を立てているようですが……」
「ねえ、これ、数で押すのじゃ結局ダメなのかな。抜刀隊も、自衛隊もまとめて進軍させれば、数ではこっちがずっと多いんじゃない」
「隊長、隘路ですから大軍を展開させるには不向きなんです。それに西の方では三個連隊が侵入を阻まれています。ただ数で押して勝てる相手ではないわけです」
「そうかあ……」
旭さんがため息を付いて食事をしている間に、金城さんは早くも自分の分を食べ終わっっていた。そして先に席を立って朝礼のあるグラウンドの方へと消えていった。
朝礼後、作戦会議が行われた。
話はなかなかまとまらなかった。まとまりようもなかった。
自衛隊――すなわち第14旅団は現在増援を打診中であり、それをもって海部や神山方面からも包囲を行うというほとんど力技に近い案を提案していた。もちろん今の部隊を正面から投入するだけでも丹生谷の兵力を大幅に上回ることは必至であるが、通常戦力はすでに一度敗北しているのである。さらに丹生谷は現在ダムを掌握しており、攻撃中にこれを放流されればひとたまりもない。
内務省、というよりも抜刀隊としてはむやみに戦線を拡大することを好まないとの方針である、と金城さんは述べた。これ以上戦線が拡大しては国民生活に大きな影響を与えるからである。
実際すでに徳島県民の不満は頂点に達していた。本日中に解決がなされなければ、安全の面から言えば今年の阿波踊り開催を中止せざるを得ないと、徳島市が言ってきているのである。それでも後援している新聞社は強行するつもりであるようだが、しかし現に徳島入りの交通は規制されており、観光客のキャンセルも相次いでいるのである。現在進行系で徳島に甚大な経済的損失を生み出しつつあった。
戦線を拡大すれば、それが四国中で起こるということである。それは「国民の生活と安全を守る」内務省としては首肯できないのだ。
安西は微妙な立ち位置だった。彼は所属は自衛隊だ。しかし彼は今第14旅団の指揮下にはない。彼は市ヶ谷、もっといえば防衛大臣から直接の命令を受けてやってきているわけである。かれは名目上、内務省・抜刀隊の指揮下にあるが、実際は彼が抜刀隊を指揮していた。抜刀隊の事務的な部分、すなわち内務省としての性格を代表しているのは旭さんと金城さんであるが、実際部隊の運用となると彼が必要なのである。
そして抜刀隊の主要面々が好き勝手に不規則発言を繰り返してはつまみ出されるを繰り返しているため、まったく話が進まない。
「まったく、内務省には規律がないのか!」奈良井連隊長の怒声が飛んだ。
「そちらこそ、現状を把握されてはいません。いくら通常の軍隊を投入しても、先遣隊の二の舞です」金城さんが反論する。
「まあまあ、落ち着いて話をしましょう。こうやっていがみ合っては作戦も立ちません」安西が言う。
「ええと、私の意見としては……」旭さんが言おうとした。
「隊長は黙っていてください」金城さんが言った「すこし発想を転換するのはどうでしょうか。べつに主力を粉砕することに拘る必要はない。首謀者を捉えれば、相手は瓦解し降伏します」
「それができれば苦労はしません」奈良井は言った。
「いや、いいアイデアですね」安西が言う「どうでしょう、相手の幹部を停戦交渉だといって招いて、そこで捉えるのは」
「それは戦時法規からすれば……」
「何を言っておいでですか、連隊長。相手は反乱軍、暴徒です。ただ、犯罪者を逮捕するだけです」
「では、逮捕は我々公安の仕事です」金城さんが言った「自衛官には警察権はないでしょうから」
「しかし、どうやって相手をおびき出すんです? 誰かが話をつけに行かないといけない」奈良井が言う。
「それは、ほら、適任がいるんじゃないですか」
そう言って安西は横を見た。他の人々もその視線の先を見る。
視線の先にいたのは、旭さんであった。
「えっ、わたし?」
旭さんはキョトンとした顔で言う。そして大声を上げた。
「ええっ、そ、そんな交渉なんて!」
「そうです安西一尉、この人は私なしでは何もできない人なんです、そんな交渉なんて」金城さんが言った。
「いや、もちろん一人では行かせませんよ」彼は言う「護衛、兼ねる呪術師として、ひとりつけましょう。大人数で行っては相手に敵視されます。これくらいが丁度いいのです」
「しかし……」
金城さんは反論したが、しかし安西の言葉に結局は押し切られる形となった。半ば旭さんの意向は無視された形で、彼女を特使として立てることが決まった。
彼女に同行することとなったのは、卜部というショートカットの少女だった。対馬出身で、卜占が専門であるらしい。
「お姉さん、ボクがついているからには大丈夫だよ。みんなボクのキュートさにひれ伏しちゃうだろうから」
卜部さんはあざとくウインクをしながら言った。
「お姉さんの活躍を奪っちゃったら、ごめんね」
「ははは……」
旭さんは乾いた笑いを浮かべた。
そして思うのだった。
なんでこんなめんどくさいことばかりなのか。事態だけではなく、人までとは!




