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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第5日 8月7日
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第71話 皇統

 留置所に着いた私達は、再び熊野別当と相まみえた。

「やあ、みなさんお揃いで」彼は言った「勝ったそうじゃないか、おめでとう」

「当たり前です」みどりさんは言った「我々は強いのですから」

「本題はそれではないでしょう」私は言った。そして後ろを振り返る。

「美嘉、例の話を」

「はいはい」美嘉は進み出る。

「例の話って、何かな?」和田が言う。

 美嘉は、肩からかけていたカバンからタブレットと平たい木箱を取り出した。木箱を私に渡す。

「以前水澤はんから頼まれたもんや」彼女は言った「中身の正しさを確かめてほしいと依頼を受けとった」

「お兄様、それはなんでしょうか」千歌が言う。

「あれだよ。水澤家の由来を記した古文書」私は言う「おじいさんがよく話していただろ」

「そんなものをこの人に渡していたんですか!」千歌は声を荒げた。

「まあまあ、性格はアレだけど、学術的なことは信頼できるから……」

「あら、褒められとるんか貶されとるんかわからんな」美嘉は言った

「それで、どうなんだ、結果は」

「まあそう焦らんでも」彼女はそう言ってタブレットの画面を写す。画面には広げられた巻物の写真が写っている。

 私が彼女に渡した古文書の一つ、家系図だ。

「この家系図やけれども、この書物自体が完成されたのは江戸末期で間違いあらへん。家系図に出てくる人物やけれども、名前をもとに調べたら、直系自体は室町末期まで遡ることができる」

「ほお、それは」私は言った「なら、内容も正確らしい、と?」

「少なくとも室町末期以降は正しそうや、いうことしか言えん。これだけでは」美嘉は言う「そこで、もう一つの書物や。室町後期に先祖が書いた言う日記やろ」

 彼女は古い和綴本を画面に写す。彼女がタップするとスキャンされたページが順に流れていく。

「そうだ。すくなくともそう聞いている」

「この本自体が書かれたんは、室町期で間違いなさそうや」彼女は言った。「時期としては、そうやな、南北朝の合一以降。後南朝も闇に消えた、そして丁度京都では応仁の乱が勃発しとる、そんな頃や。内容も概ね整合性が取れとる」

「やっぱりお祖父様の言うことは正しかったのですね!」千歌が言った「ご先祖様は天子様にお仕えし、そしてその子孫であったお祖父様も天子様の霊を祀り続けた」

「なんや」美嘉が目を丸くする「そんなふうに聞いとるんか」

「違うのですか?」

 千歌は怪訝そうな視線を美嘉に投げかける。

「少なくとも千歌と、僕はそう聞いている……」私は言った「そう、『二人で』聞いたのはそういう話だ」

二人で、と強調したのを千歌は聞き逃さなかった。

「二人で、とは……」千歌は私も訝しげに見つめる「では……」

「祖父はまた、少し違った話をしてくれている。僕が、長男だからと言う理由で」

 美嘉が、にやりとした。

「それが今回の問題や」美嘉は話を続ける「この日記の作者は、自身の従兄弟が吉野で蜂起後、紀州をうかがい、そして山名宗全の招聘をうけて西軍についたと書いてはる。つまり西陣南帝のことや」

「西陣南帝の従兄弟……ということは」みどりさんが呟いた。

「そうや。実際にこの作者も小倉宮を名乗っとる。小倉宮いうんは南朝の皇族やな。」

「そしてその著者こそ」私が言った「家系図で遡れる人物だと、いうことでいいか?」

「その通りや。子孫は江戸時代に入って水澤姓を名乗ったようやな。家系図にも理由は書いとらんかったけど」

それは自天王の伝説を見ればわかる。小倉などと名乗ればすぐ南朝皇族とのつながりを疑われ追手を差し向けられかねない。

南朝の皇統は、十津川の山奥に潜んだのだ。そして……

「すなわち、ええと、その方の子孫がわたくしたちということは……」千歌があたふたとする。

「ははっ、そんな伝説を信じるのかい」和田が乾いた笑い声を上げた「古文書の筆者にせよ、偽作の可能性もないのかな? いくらでも同時代人が騙ることもできると思うけど」

「まあその可能性はあるわな。だからも少し調べたんや。科学でな」

「科学?」

「そうや。なんとありがたいことに、古そうな髪の毛が文章に挟まっとった。まあこれが筆者のもんかどうかわからんけど、とりあえず解析をしてみた」

 そして美嘉は今度はタブレットの画面に解析結果とやらを出す。AGCTのアルファベットがたくさん並んでいる。遺伝子の塩基配列だ。

「水澤はんとY染色体が一致しとる。この髪の毛の人物が水澤はんと、なんらかの血縁関係――もっと言えば、水澤はんがこの人物の男系子孫と言っていいということや」

「ちょっとまってくれ」私は言った。

「なんや、なんか気になることでもあるんか」

「髪の毛の遺伝子はいい。僕の遺伝子はどこから手に入れたんだ、いったい」

「ああ、そんなん簡単や」彼女はにやりと笑った「ゴミ箱を漁ればいくらでも手に入るわ」

「なんということを!」

「ゴミ箱……?」千歌は首をかしげる。

「は、破廉恥な!」みどりさんは顔を赤らめた。

 和田は腹を抱えて笑っていた。

「いやあ、愉快だね、君たち、ハハハ」彼は言う「でも、それでは何の証明にもならない。その古文書は水澤くんの家に伝わってきたものじゃないか、それならその髪の毛が先祖のものであるのは当然じゃないのかな」

「それはそうや、もちろん。だから、もう一つ比較しとる」

 美嘉は、また別の解析結果を見せる。

「これが、後醍醐天皇の遺伝子との比較や。これもまた、Y遺伝子が一致しとる」

「待って待って」また私は割って入る「後醍醐天皇の遺伝子って、そんなのどこに」

「何を言うてはるんや。後醍醐天皇は土葬、残っとるに決まっとるやろ」

「ええと、それはつまり」

「墓暴き……」みどりさんが呟く。

「人疑義悪いな。発掘調査、言うてほしいわ。もっともしとるんはウチやない。そうやろ、熊野別当はん」

「さあ、なんのことだか」彼は言った。だが彼の額に脂汗が浮かんでいるのが分かった。

「とぼけても無駄や。政府の中にもウチらのシンパはおるんや。内務省にもおるし、宮内省にもおる。宮内省が『発掘調査』をしとることくらい、知っとるやろ」

「そ、そんな畏れ多いことを、宮内省が!」千歌が驚きの声を上げた。

「そうや。ほとんど公になっとらんけれども、全国の天皇陵は順次発掘調査が行われとる。そこで遺伝子の断片でも見つかれば、それは全部宮内省病院地下の遺伝学研究所に送られとる。そこで遺伝子解析が行われとるんや」

「なんのために」私は尋ねる。

「決まっとるやろ。万世一系かつ男系という伝説を、科学的事実として証明するためや。そしてこのデータも、それを横流ししてもろうたやつや。正確さは折り紙つきや」

「そうなれば、すなわち……」私は言った「僕らは……」

「そんなことがあっていいのか」牢の方で声がした。

 見れば、和田がうずくまって、下を向いている。

「僕らは、南朝の皇統を守りきれなかった。そしてそれは絶えたものだと思っていたし、それだからこそ、南朝を正当だと認めた明治維新後の政府に協力した」

「和田、さん……?」千歌が心配そうに歩み寄る。

「だがなんだ、ここでこうやって生きておられる。7度転生してお仕えするという誓いはどうしたのか、こうやって弓を引く結果となってしまっている。あまりに滑稽じゃないか、そう思わないかな」

「そうは思いませんよ、和田さん」

 彼に付け入るようで悪いが、これはチャンスであった。

「まだ、その忠義を見せることはできる。そう思いませんか」

「それは……」彼は口ごもった。

「我々は宝剣を失ったのです。その宝剣は、東京政府の手にあるだろうと思っています。その居場所を突き止めるのに、あなたの証言は必要なのです」

「しかし、そんなことを言ってしまっては、僕は内務省への背信行為になってしまう」

「これは南朝の末裔として言っているんです。宝剣はどこにありますか」

「和田さん!」千歌も言った「教えて下さいまし、剣はどちらへ!」

 和田は面を上げた、かと思えば天井を仰いだ。

「これも、運命なのかもしれないね」

 そして彼は、ポツリと呟いたのだった。

「いいだろう、話せることは、話そうか」

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