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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第5日 8月7日
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第70話 戦局

 政庁にたどり着き、とりあえず今後の作戦を立てようと一昨日滞在していた会議室に入ると、既に先客がいた。

 茅野さんと本田外記、そして我が妹である。会議室に置かれたテレビを眺めている。

「お兄様!」千歌が振り向いて言った「ご活躍、聞きました! 流石です!」

「いや、何もしていないよ」私は言った。

「そう、何もしていません。私の邪魔をしなかっただけ褒めましょう」みどりさんが言う。ひどい物言いである。

「とにかくお疲れさまでした」茅野さんが言った「政府は慌てているようです。官房長官が緊急会見を行いました。それがもうひどいもので」

「そうなのですよ、お兄様!」千歌が言う「いや、官房長官自体がひどいのではないのです。やはりマスゴミどもがひどい質問しかしないのです! なんですか、東都新聞の記者は『今回の反乱は政権批判から目を背けるため首相自身が起こしたものではないか』なんて聞くのでです! やはりあの新聞社はゴミ以下だと思いましたが、それ以下です! 便所の紙以下ともいいますが、こんなので拭いたらお尻が汚れてしまいます!」

「それはいいすぎだよ、千歌」

「いいえ、あの会社の記者は妄想ばかり書いて真実を書かないのです。小説家にでも転向したほうがいいのではないでしょうか?」

「まあその話はおいておくとして」私は言った「千歌、君は天子様の側にいなくていいのかな?」

「ええ、こちらの仕事もありますので。それに、陛下は……」彼女は顔を曇らせた「陛下は、何かが違うのです。それでお暇を頂戴して、こちらに来たのです」

「そうなんだね」私は言った。

「ええ、ですから動画のアフレコをしようと思いまして」

「少納言どの」みどりさんが言った「その動画の作成具合はいかがですか」

「それはもう!」茅野さんが叫んだ「現在y◯utubeにある文字が流れるだけのクソ動画とはわけが違います。読み上げもゆっくりではなく美少女です。ウケない理由がない!」

「美少女なんて恥ずかしいですわ、お兄様にも言われたこと無いのに」千歌は顔を覆ってくねくねと、でも満更でもない様子で頭を振った。

「まあそれはいいよ、また後で見せてもらおう」私は言った。「ところで青柳さん、相談なんですけれど」

「は、はい、なんでしょう」

「あなたの助言で、政府軍の動きを掣肘することができたと聞いています。いまここで、たとえば東京まで長征を行うとして、頼れる同志がいたりしますか? 広島にはいたとか」

「と、東京に行くんですか?」茅野さんが言った。

「ええ、おそらくは」私は振り向いた「ですよね、宮様」

「ええ、そのとおりです」みどりさんはやや沈みがちに言った「東京の敵を撃て、との勅命です。そのため征夷大将軍を拝命しました」

「征夷大将軍!?」茅野さんが驚いて叫んだ「しかし、その官職を得るべきは」

「ええ、もちろん近衛大将殿がなるべきです。しかし我が政権は名と実を合わせます。征夷大将軍となったからには、東夷と戦わなくてはなりません」

「宮様、しかしそれは」

「私がここを離れるという事です。まだ手段も決まってはいませんが、しかし、決定したこと」

「宮様……」千歌が言った「では、どなたが、ここを霊的に守られるのですか。誰が結界を」

「神祇伯がいます。彼女の霊力なら十分でしょう。霊力だけなら、私より上です」

「いやです!」千歌が叫んだ「あんな女に守られるなどと。皇統に連なる宮様ならまだしも、あんな女の世話になどなりたくありません!」

「千歌、決まったことなんだよ」私は言った。

「お兄様はどうなさるのですか」

「僕は……」一瞬考え込んだ「さあ、どうだろう。でも……」

「もちろん、私についてきてもらいます」

 そういったのはみどりさんだった。

「あなたが意外に使えそうなことはわかりました。東京遠征など、一人では不可能です。援護が必要ですから」

「で、でも僕は」

「お兄様も行ってしまうのですか?!」

「いや、まだ決まったわけじゃないし、それに、何の作戦も立ててないんだよ」そう千歌に言った後、こんどは茅野さんへと視線を向ける「どうでしょう、東京の知り合いで、協力できそうな人が、いるんですか」

「ええ、まあ、現政権を好きではない、という意味ではいるかも知れませんが……」彼女は視線をずらした「あまり、具体的には協力できないかも……」

「というと?」

「ただ、表現の自由を守りたい人ばかりです。現政権の規制に反発しているんです」

「それは少し趣向が違いますね。でも昨日は協力したのでしょう?」

「野次くらいなら。でも、実際に物理的な協力は……」

「わかりました。別の手を探しましょう」

「すいません……」

「しかたありません」私は言った「さて、宮様、それではいったんすべきことを整理するのはどうでしょう」

「そ、そうですね」みどりさんは言った。そして机の上の地図に目を落とす。盤上の駒を並べ替え、現在の配置に組み替える。

「これが戦闘後の配置です。なおも物部村の防衛戦は突破されておらず、193号線の南北のラインも健在です。阿南に展開する本隊は、今朝の攻勢に失敗して、足止めを食らっています。戦力は今拮抗状態です」

「我々は自給自足が可能ですが、しかし、敵もまたこれが全てではありません。おそらく伊丹や岡山からの増援部隊が準備されていると考えるべきです。これに量で押されれば、おそらくは」

「でも結界があるんでしょう?」私は言った。

「ええ。しかし結界は物理には効きません。人間の知覚を麻痺させるだけ。もし特科が出てきて、民間人の被害も考えないというのなら、話は別です」

 私は、ごくりとつばを飲み込んだ。

「政府が……自衛隊がそこまでしますか?」

「わかりません。これは最悪のケースです。そして例えば、長引いて米軍の介入でも招けば、その時は……」

 全員が沈黙した。だれも声を発しようというものはいない。

 沈黙を破ったのは本田外記であった。

「し、しかし」彼は言った「そのための宣伝部でしょう、世論を誘導するための。この動画で正統性を主張し続けるのですよ」

「そ、そうですね」茅野さんも言う「宝剣がある限り、正統性はこちらにあると、主張し続けるわけです」

「宝剣があれば……」私は呟いた。千歌と、そしてみどりさんの顔が曇るのがわかった。

「どうかしましたか?」茅野さんが言う。

「い、いや何でもないですよ」私は言った「話を戻しましょう。長期化すると我々に戦局は不利です、どうにか早く決着をつけないと」

「そう。そのとおりです」みどりさんは言う「私も考えました。そのために、何をすべきか。負けないのではなく、勝たなくてはいけない。それでは、守っているだけではいけないと」

「では、やはり東京へ?」茅野さんが聞く。

「まだわかりません。なにが最善なのか」

 彼女は二重の意味でわかっていた。

彼女は戦功をあげている――いやあげすぎた。それは皇位や、また太政官の地位を脅かすものにも思えたのだ。そしてそこでの遠征の命令。体の良い追放だ。彼女は疎んじられているのだ。

 そしてまたこの戦局の打開策が、やはり東京遠征しか無いであろうことをうすうすと感じ取っていた。

「さて、どうしましょうか、いい案があればいいのですが……」

「ちょっと失礼いたします」

 後ろから聞き覚えのある似非上方アクセントが聞こえた。振り向くと立っていたのは、先ほど別れたばかりの美嘉であった。

「なんの用でしょうか」

 みどりさんは彼女を睨んだ。

「用事があったんじゃなかったのか」私は聞く。

「用事は済んだ。用事いうてもメールを確認するくらいやったからな」彼女は言う「そしたら、これは一刻も早うしらせたらんとあかんな、思たんや」

「何のメールですか、それは」みどりさんが言う。

「前に水澤はんから頼まれとったことや」美嘉は言う「結果はここでは何やから、場所変えて話そうか。宮様、水澤はん、そして」彼女は私の背後に視線を向ける。千歌がびくっとした「そこの妹はんも、ついて来ておくれやす」

「場所を変えるってどこで話すんだ。3階の会議室か?」

「違うわ」彼女は言った。そして口元に悪そうな笑みを浮かべる「留置所や。そこに話しておきたい相手もおることやしな」

 彼女はそう言って部屋を出る。

 私達はあっけにとられていた。しかし追いかけないわけにもいかなかった。

 留置所だって? しかし、あそこにいるのは……


 彼女へ昔した頼み事。そしてその結果があれなのだとすれば……


 そう、彼に聞かせる意味も、あるのであろう。

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