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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第5日 8月7日
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第68話 会見

 旭美幌は困惑していた。部隊は負傷兵を引き連れて鷲敷へと撤退した。結局2名は行方が分からなかった。捕虜となり生き延びていることを祈るしかない。

 帰り着いた彼女らを待っていたのは、顔を真っ青にした奈良井連隊長であった。

「どうしたのでしょうか、奈良井一等陸佐どの」旭さんは尋ねた。

「どうしたもこうしたもありません!」彼は語気強く言う「お分かりですか、あなた方の敗北がどれだけ士気に影響しているか。そしてその敗北の責任をだれがとるのか」

 そう、実際突入したのは内務省と鹿島教導隊の隊員である。しかし名目上は自衛隊との共同作戦であり、作戦の責任は、もっとも階級が上であるものがとることとなる。

「すなわち、連隊長が……」

「いや、ちがいます」彼は言った。「今矢面に立たされているのは、大井旅団長です」

 第14旅団旅団長・大井陸将補は昨日本隊とともに徳島入りしていた。先に奈良井一等陸佐が裁可していた作戦案を彼も承認していた。そして予定通り後方支援をしていた。実際、抜刀隊の負傷者の治療にあたっているのも第14旅団の衛生科である。

「防衛大臣が作戦の仔細の報告を求めていますし、それにマスコミも……」そう言って彼は部隊の駐留する敷地のすぐ外を指さす。見れば何台もの中継車が停まっている。

「政府も、国民も、説明を求めているんです……」

 旭さんは頭がくらくらするのがわかった。お飾りでもなんでも隊長が責任を取らなくてはならない。神輿が軽いのはそれを担ぎやすく、そして捨てやすいからだ。

 私が説明を――と言おうとした時だった。

「起こったことは起こったことです。隠していたって仕方ありません。私がメディアと国民には説明しましょう。そして政府への報告書もこちらで書きましょう」

 後ろで声がする。振り向くと立っていたのは安西一等陸尉である。彼は旭さんの前に進み出る。

「安西さん……」

「作戦を立てたのは自分、また敵戦力を見誤ったのも自分です。自分が説明をしましょう」

 そして奈良井一等陸佐の方を向くと言った。

「30分後に記者会見をしようと思います。第14旅団の方々は、形だけ、いていただければと思います。質疑はすべて私が受けましょう」

「そうしてもらえればありがたいが……しかし」彼はなにか言おうとしたが、言葉を飲み込んだ「いや、いいだろう。記者会見の準備をしよう」

「そうと決まればまずは準備ですね」彼は振り向いて言った。「旭さん、まずすべきことはわかりますか?」

「そ、想定質問をつくって、そして……」

「いいえ、ちがいます」彼は顔を近づける。旭さんは思わずのけぞりそうになった。

「な、なんですか、顔に何か……」

「ええ、顔です」彼は言った「顔が煤と泥だらけですよ、少なくとも顔は洗っておいた方がよろしい。綺麗なお顔が台無しですよ」

「泥だらけ?! って今なんて?」

「いいえ、なんでもありません」彼は言った「では30分後に、声はまたかけますから」

 そう言うと彼は発表する文面を起草するため、自身の天幕へと入っていくのであった。


 記者会見の席に並んでいたのは5人である。

 大井陸将補、奈良井一等陸佐、安西一等陸尉、旭美幌、そしてほっぺたにばんそうこうを貼った金城香子であった。

 安西は原稿を読み上げた。

「このたび自衛隊及び内務省特別公安課からなる特殊部隊は敵陣への突入を行いました。しかし奮戦むなしく、敵の卑劣な罠により撤退を余儀なくされました。負傷者は15名、行方不明者は2名に上ります。敵の損害の総数は不明です」

 記者団から質問が上がった。

「なぜ大部隊での攻撃を行わなかったのですか」

「仔細は機密につきお答えできませんが、先に突入した先遣隊が壊滅したのを受け、特殊部隊による突入を選択するに至りました」

「兵員の総数は」

「機密につきお答えできません」

「行方不明2名とのことですが、それは戦死ですか」

「行方不明が2名と言うだけです。現在どうなっているかはわかりません」

 おいおい大丈夫だろうか、と旭さんは思った。ほとんどはぐらかしているようなものではないか。見れば連隊長も旅団長も汗を流している。そしてなによりも「抜刀隊隊長」なる肩書の名札を付けている自分への記者団の視線がすごく痛い。

 じっさい場違いにしか映らない。20代前半の小娘が軍服を着て幹部席に座っているのである。実際体格もあまりよくないのでコスプレにしか見えないというのが本当のところだ。それはおそらく隣の金城さんとて似たようなものだろう。

 そんな思いをよそに、安西は記者団との問答を続けていく。

「はい、どうぞ」

「チャンネル菊といいますが」記者は言った。有名な右派系のメディアであった。「今回、敵は畏れ多くも天子を僭称し、そして天皇陛下に反逆したわけです。これは本当に許しがたい行為であると思いますが、あなた方はどう思われますか。そしてそれを倒せずにいることを、どうお考えですか」

 うわ、なんかめんどくさそうな、それでいて本質的な質問が来てしまったな、と思った。

 だが安西は顔色一つ変えず答える。

「それについては我々はコメントする立場にありません」

 軍人としては模範的な回答であった。政治的な問題には介入すべきでないのである。

「ただ」彼は続けていった「一言何か言うとすれば、我々は与えられた任務を遂行できていない。これに忸怩たる思いがあるのは事実です」

 確かにそうである。小さな山村一つどうしてこの現代軍が征服できないのか。それは誰もが思う疑問であり、そして味わう屈辱感なのである。

「さて、時間も押してきました」安西は言った「もう一つ、質問があればどうぞ」

 手を上げた記者の中から一人を指名した。

「伺いたいのですが、8月4日の発端から今に至るまで、丹生谷の勢力は幻術や妖術の類を使っていると言う噂があります。地元の警察関係者も、あのとき、不思議な体験をしたとか。その噂は本当なのですか、とすればそれが今回の敗北の原因ではないのですか」

 それ来た、と思った。ここでネタばらしをするのかと思った。

 しかし安西の返答は予想とは異なっていた。

「逆に幻術や妖術などがあるとお考えですか?」

「いや、それは」記者は質問返しにたじろいだ「常識的に考えれば、あり得ないことかと。しかし、小さな山村になぜ敗れてしまうのか、噂を使えば説明が……」

「噂は、あくまで噂です」

 そうであった。ここに呪術の存在を認めれば、また抜刀隊が呪術に特化した特殊部隊だと発表しなくてはいけないことになる。抜刀隊の存在と名前自体は公然であるが、その中身は機密事項なのである。第14旅団では大井と奈良井しか知らない。

「さて、記者会見は終わりです」彼は言った「くれぐれも隊員ら個人へのインタビューはやめてください」

 そう言って立ち去る。旭さんらもそれに続いた。会場ではマスコミらのざわめきが続いていた。

「安西一尉!」奈良井一佐が言った「話が違う、あれではマスコミは納得しないぞ」

「私は言えることはすべて語ったつもりです。なんですか、機密も言えというのですか。それこそどなたかの首が飛びますよ」

「それはそうだが、しかし……」

「ご安心ください。内務省のつてがあります。それでマスコミにはすこし黙っていてもらいましょう」彼は後ろを振り向いて言った「ですよね、金城さん」

「ええ」金城さんは言った「内務省も自分の機密がばれるのは望みません。すでに手は打ってあります」

「なんともたのもしいですね」

「ええ、あなたに命じられてするのではなんだか嫌ですから」

「手厳しい」

「ねえ、割って入るようで悪いんだけど……」旭さんがおずおずと言った「私はどうしたらいいのかな、ほら、報告書とか……」

「隊長は何もしなくて大丈夫です」金城さんは言った。

「報告書は私の方で書きますから」安西も言う。

「そ、そうですか……」旭さんはうなだれるように言った「では、身体も服も汚れているので、シャワーと洗濯にでも行ってこようかな……」

「どうぞ行ってらしてください」

 旭さんは、しゅんとしながら需品科の天幕の方へと歩いていくのであった。

 ああ、どうしてこうも無能扱いされなければならいないんだろう。望んだ仕事でもないのに。

 そして西の霧がかかる山々を見つめた。彼女は嘆かずにはいられなかった。

 先輩、どうして私を後任にしたんでしょうか。

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