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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第5日 8月7日
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第67話 撤退

 みどりさんは相手の男を睨みつける。

「逮捕とは異なことを。わたくしがなにかしたとでも?」

「それはもう」彼は表情を変えず言った「酒税法違反、電波法違反、銃刀法違反、そして内乱罪。数えるのも難しいですね」

「政府の犬が何をいいますか」

「犬で結構ですよ。我々は忠良な公僕です」

「宮様」私は声をかける「刀を……」

「ええ、手加減、できないかもわかりません」彼女は振り向かずに言う。

「なるほど、私の部下たちには『手加減』していたんですね」彼はふふっと笑った「舐められたものです。ですが、私はそうはいきません」

「でしょうね」

 両者はにらみ合ったままである。

 先に動いたのはみどりさんだった。

 みどりさんは刀を振り下ろして相手に袈裟懸けに斬りかかる。

 男は刀を上から回すように振り下ろすと、みどりさんの刀を下へと弾いた。

 そしてそのまま切り上げようとするが、身のこなしが軽い方が有利である。みどりさんは一歩飛び退いて切っ先は虚空を斬る。

 そして再び上段から振り下ろす。みどりさんはそれを受け止め、次いで弾いたかと思うと、相手の腹に蹴りを入れた。男は後ろに飛ぶ。

「体術ですか……」彼はそう言うが、苦悶は顔に出さない。「卑怯ではないですか?」

「卑怯なものですか。これも立派な剣術です」

 そう言って再び男に斬りかかる。

 相手はそれを受け流して後ろに飛び退いた。再び斬りかかるためみどりさんは上段の構え、対して男は右手に刀を持ったまま両手を広げる。

 みどりさんが刀を振り下ろす。

 男は右手の刀を斜めに振り下ろし、みどりさんの刀を左下に弾いた。

 刀を弾かれ、みどりさんはバランスを崩す。

 相手は再び斬りかかろうとする。

「みどりさん!」

 叫ぶ前に手が動いていた。1枚残っていた彼女の護符を、相手の男の方に投げつけていた。

 男の刀は胴を薙ごうとしていた。

 しかし切っ先は彼女には届かなかった。

 キーンと高い音が鳴ったかと思うと、刀が中を舞っている。

 陽光を浴びて光る刀は、そして、落下し、トス、と地面に突き刺さった。


 刀を持っていたのは、みどりさんの方であった。


 みどりさんは刀を構え直す。男は、右手を痛めたらしい、片方の手で擦りながら、立っていた。

「痛っ……」

 男は呟く。そして彼は顔をあげると、私の方を睨んだ。

「どういう了見でしょうか、一騎打ちに割って入るとは」

 私は答える義理などないと言ったふうに彼の発言を無視する。

 彼は後ろに控えていた隊員から変わりの刀を投げてよこしてもらうと、それを抜刀した。

「彼女の次は、あなたですよ」

 彼はそう言って、わずかばかり目を見開くと、鋭い眼光を向けた。背中の毛が逆立つようだった。

「余計なことを!」みどりさんが叫んだ。「余計に刺激させただけじゃないですか」

「いや、でも、さっき……」

「弁明は後で聞きます!」みどりさんは言った「いまは自分のことをしてください」

「さあ、続きをしましょう」

 そう言うと男は刀を構えた。

 

 その時だった。


 霧の向こうからベキベキとなにかが壊れる音、大きななにかが川へと落下する音が聞こえた。何やら悲鳴などで騒がしい。

「何事でしょうか」彼は言った。

「安西一尉どの!」隊員が彼に言う「シャーマン戦車がやられました。旭隊長は、撤退の指示を出しています」

「撤退など……」彼は言った。しかし霧の中での騒ぎは大きくなる。

 部隊はすでに、撤退を始め、こちらへと向かっているようなのである。

 その声を、みどりさんは聞き逃さなかった。

「近衛中将殿!」みどりさんが下知する。

「はい!」

「あれを撃ってください。敵は撤退を決定し、作戦目的は果たせました」

 あれ、とはもちろん背中に抱えたロケットランチャーである。

 しかし。

「どこに撃てば……」

「どこでもいいです、山に向かって撃ってください!」

 私は言われるままにロケット砲を抱える。後方を安全確認して、引き金を引いた。

 ロケット砲は山の上に向かって飛んでいく。上は霧に隠れて見えない。

 そして爆音が響いた。地面が揺れる。

 斜面をころころと小石が降ってくる。それはだんだん大きな石へとかわる。

「ええと、このあとは……」

「今にがけ崩れがここを襲います。混乱に乗じて逃げるのです」

 彼女は私の腕を掴んだ。そして川の方へと走り出す。

「待ちなさい!」

 男がそう言って追いかけようとしたが、彼は引かざるを得なかった。

 彼の前に大きな岩が落ちてきたからであった。

 私は彼女に引かれるまま、川に飛び込む。岩が落ちる前にと、水に浸かりながら、川べりを上流へ向かって走っていく。我々すれすれに崩れてきた石や岩が落ちてきて水しぶきを上げる。彼女は法力のおかげかそれを避けながら、進んでいた。

 追いかけてくるものは、誰もいなかった

 

 もはや霧も晴れ、戦域から遠ざかったところにたどり着いたところで、我々は一息ついた。濡れた服が重たいのもあるが、生きて変えることができたことにまずは安堵である。

「よく使えましたね、あれ」みどりさんは言った「命令した後で、そういえば、と思ったのですが……」

「出陣前に説明書を読みましたからね」私は言った。「それにしてもさっきは危なかったですね」

「そのことですが」彼女の目の色が変わった「あれは一騎打ちなんです。それに割って入ることがどれだけ実際シツレイか、わかりますか?」

「いや、でも、実際危なかったわけですし」

「あなたになんか助けてもらわなくても、大丈夫です!」彼女は語気強く言った。そのあと、溜息をつくように言う。「まあしかし、それはそれで、あなたが役に立つこともわかったので、良しとしましょう。どうしてああいう術が使えると今まで言わなかったんですか?」

「いや、あれは宮様の札で……」私は驚くように言った「宮様が気を込めたので、使えたのかと」

「さすがに一般人はそんなことできません。いくら護符や呪符を持っていても、そこから力を引き出す能力がなくては十分に使えません。せいぜい確率――たとえば交通事故に合う確率なんかを下げたりする程度です。しかしこう思ったことを出来るのは――」彼女は私に鋭い視線を向けた「あなたは、いったい何者なんですか?」

「僕が、何者か……」

 私はそれを心の中でも繰り返した。そんなのはこちらが聞きたいぐらいだった。

 私は術が使える。それが本当なのだとしたら、もしや……

 

 祖父が昔私に語った先祖の言い伝えは、本当なのかもしれないのだ。

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