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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第5日 8月7日
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第66話 奇襲

 我々の任務は単純であった。敵の側面もしくは後方を脅かし、隘路で敵を分断し、退路を断って挟撃する。兵法第二十二計、関門捉賊である。

「これを使ってください」みどりさんはそう言ってお札を何枚か渡した「式を込めています。適切なときに使ってください。自分の身は自分で守ってください」

 自分みたいな力のない人間にそれは意味あるのだろうか、と思ったがあえて言わない。お守りぐらいのものだと思っておけばよいだろうか。

 みどりさんが乗り込んだ荷台を私は後ろから押した。

 それは少しづつ動き始める。レールが斜面にかかり、初速と、あとは自由落下による加速が得られるようになった時、取り残されないように私も荷台に飛び乗った。

 車体は斜面を滑り降りていく。次第にスピードを増す。ジェットコースターのようなものだ。ただしこちらには安全装置などないが。

 みどりさんはなにか呪文を唱えている。おそらく脱線や転覆をしないようにバランスを取っているのであろう。

 ふと私の手に当たるものがあった。

 それは彼女の手だった。

 私が手を引っ込めようとすると、彼女は私の手を握ってきた。

 しかし振り向くことはない。彼女は呪文を唱え続けている。

 荷台車は加速していく。霧の中を突進していく。左右すぐそばまで木々が迫る。かなりのスピードが出ていると思った。身体がふわっとする感覚がして、思わず彼女の手を握る手に力が入る。

 彼女の背中がビクッとしたが、振り返りはしなかった。

「もうすぐです」みどりさんが言った。「終点です。霊力を感じます。敵の横っ腹に突っ込みます。3カウントでジャンプしてください」

「え、ジャンプって……」私は思わぬ言葉に驚いた。

「3……」

 まだレールの先は見えない。

「2……」

 先の霧が薄くなっているのが見えた。彼女は立ち上がる。

「1……」

 霧が晴れた。レールの終点が見える。道路に、敵の隊列が目に入る。

「ジャンプ!」

 彼女は貨車を蹴って空中に跳躍した。

 私もこうなっては仕方ない。ロケット砲を引っ掴むと、彼女に倣って空中に飛んだのである。


 隊列の中、異変に気づいたのは、一人の風水師であった。

 森の奥から、ごーっという音が響いてくるのである。気の流れもおかしい。だが、周りの者達は気づいていない。

 中国武術の心得もあった彼は、懐に潜ませたヌンチャクの準備をした。

 次の瞬間、前の列の二人が消えた。

 いや、消えたのではない、弾き飛ばされたのだ。

 弾き飛ばしたのは、森の中から突如姿を現した貨車であった。

 そして彼は見た。朝日を受けて輝く刀を。

 それは少女だった。彼女は錫杖を片手に、残る部隊に踊りかかったのである。


 私はなんとか体勢を保ち、ロケット砲を抱えながら前転して着地した。

痛む身体を起こして、あたりを見回す。

「近衛中将殿!」

 みどりさんの声がした。振り返ると、みどりさんは錫杖を振るって、敵の刀を受け止めていた。

「宮様! それは……」

「安心しなさい、急所は外しています」

 いや、そういうことではなくて……腰の刀は使わないのか。そうやって手加減できる相手なのだろうか。

 彼女は敵に囲まれていたが、彼女が圧倒しているようだった。ひとり、二人と打ち倒していく。

「オニイサン、よそ見してたら駄目アルヨ」

 後ろから声が聞こえた。

 振り向くと、ヌンチャクを構えた中国風の服装をした男がポーズを決めている。名前は知らないがおそらくなんたらの構えである。

 私はとっさに拳銃を構えた。

 だが。

 放り出されたヌンチャクの先は私の手を直撃した。拳銃は弾かれ、宙を舞う。手がしびれるように痛い。

「痛っ!」

「飛び道具は卑怯ネ!」

 私がひるんだ次の瞬間、彼は再び躍りかかろうとする。すんでのところで何とか避けて退いた。第三十六計、逃げ足だけは早いのである。

「何をしているんですか、戦えていないじゃないですか」

 みどりさんは言った。彼女も流石に多勢に押され、退いている。丁度我々は背中合わせに追い込められた形になった。辮髪のおっさんがヌンチャクを振り回しながら近づいてくる。

「これはまずいですね……」

「まずいですね、じゃないでしょう! なんとかしなさい!」

「といわれても……このバズーカは?」

「それは脱出の時使う最後の手段です!」

「刀は?」

「それも最後の手段です」

 もう最後の手段を使うべき窮地だとおもうのだがそれはどうなんだろうか。そう思った時、思い出した。何かのときのために、あれを丁度上着のポケットに入れていたことを。

「宮様、ライターはお持ちですか?」

「ライター?!」背中越しに言う「そんなのを何に使うんですか!?」

「持ってるんですか、ないんですか」

「ありますが……」

「なら渡してください」

 みどりさんはごそごそと胸元をまさぐった。するとチャッカマンが姿を現す。こちらのほうが持ち手も長いので安全である。私はそれを受け取った。

 チャッカマンの火をつける。

「そんなんでどうするんですか!」みどりさんが叫ぶ。

「こうするんですよ」

 そう言うと私はポケットから小瓶を取り出した。その内容物を口に含む。

「オニイサン、血迷ったアルネ」

 男は怪しい協和語を話しながらヌンチャクを振って躍りかかってくる。

「危ない」みどりさんが叫ぶ。

 相手が間合いを詰めた、その時だ。

 私は、口の中の液体――アルコール度数70%の白酒を、口から噴射したのである。

 もちろん前に構えたライターの火に引火する。それは3メートル近くの火柱となって、相手に襲いかかったのである。

「アイヤー!」

 男は服を燃やされ、何とか火を消そうと地面を転がる。側にいた他の隊員も、それを消そうとパタパタと彼を叩いている。

 一方私の方といえば。

「けほっ、けほっ!」

 70%のエタノールを口に含んだわけである。火を吸い込んでいなくても焼け付くように痛い。

 すると後ろから声がした。

「よくやりました! 相手はひるんでいます」

 みどりさんは上機嫌である。そして火柱を見てひるんだ相手に打ちかかっており、それを受ける刀との金属同士のぶつかる高い音がする。

 火吹きはもともとは宴会芸として習得したものだ。一度学祭で披露した所舞台を燃やして以後封印されている技である。もっとも、これにウケていたのは美嘉ぐらいなものであったが。

「中将殿!」

 そう呼ばれて振り向くと、彼女が槍を投げてよこしてきた。なんと敵部隊の装備の一つであるらしい。拳銃ですらない。何だこの部隊。曲馬団かなにかか?

 もちろん私自身、槍術が出来るわけではない。しかし如何様でもやり様はある。

 私は布の切れ端を槍の先端に巻きつけると、それに白酒の残りをかける。火をつけると、たちまちこれは(名前だけ)飛び道具となる。すなわち火槍である。

 やけどを負ったと思われる男は後ろに引っ込んでいた。代わりに出てくるのは祈祷師と言った風体の人物である。彼らは真言(マントラ)を唱えようとする。

 彼らが唱え終わる前に渡しの身体は動いていた。まずは霊力を封じなければならない。金縛りの術など使われてはたまらないからだ。かといってもそんな霊力など私にあるわけない。しかしこのとき吸い込んだアルコールで抑制が外れていた私は、とりあえずはとポケットにはいっていた札を相手に投げつけ、燃える槍を振るいながら的に向かって突っ込んでいったのである。

 相手が玄人ならおそらくこんな先鋒は通用しなかったであろう。しかしこの時敵は部隊後方に、補助要員としての呪術師や祈祷師、占い師を配置しており、彼らは戦闘訓練をほとんど受けていなかった。後で聞くところでは、ほとんど、陰陽寮の職員をそのまま連れてきたばかりであるというのである。

 札は空気抵抗など知らぬというふうに直進し、敵の呪術師の印を結んだ手を弾いた。頼みの綱の呪術が破られたところに、私が突撃してくるわけである。彼らに物理への対抗手段はなかった。

 当然、彼らはひるんで下がるわけである。

 予想外に奮戦できた私は、嬉しくて、思わず叫んだ

「宮様、こっちは何とかなりそうです!」

 そういって振り向いた瞬間だった。

 みどりさんの錫杖が投げ出されていた。

 さっきより甲高い音。刀と刀がぶつかる音だ。

 みどりさんが抜刀していた。自衛隊の制服を着た、若い男が彼女に剣を振り下ろしている。それを横一文字で受け止めていた。

 みどりさんは、刀を振り払うと、後ろへ飛び退いた。

 男も同様だった。一歩下がると、左足を前に突き出し、右足を引く形で、刀を横に構えた。

「なかなかの手練とみました」みどりさんは言った。「私は兵部卿浅葱みどりです。あなたが隊長ですね」

「いいえ、私は隊長ではありません」相手は答える。目の細い優男風であったが、顔は笑ってはいなかった。「抜刀隊所属の安西と申します。あなた方を逮捕しにまいりました」


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