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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第5日 8月7日
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第63話 霧中

 真っ先に飛び出していったのは、後ろに控えていた薩摩隼人であった。

「きいぇーえい!」となんとも形容しがたい掛け声を上げながら、敵陣へと突っ込んでいく。距離は50メートルはあるが全力疾走でかけて突っ込む。

 これに対して前に出ていた二人はすぐに退いた。示現流への対抗策は唯一つ。一ノ太刀を避けることである。

 すぐに薩摩隼人らは霧の中に突っ込んだ。だが二人の姿は見えない。ただ鬼火が漂うだけだ。甲冑武者も姿を消していた。

「そこにごわすか!」

 気配を感じた彼は「ちぇすとお!!!」と叫びつつ斬りかかった。

 果たしてそれは木であった。

「こんたなんじゃ」

 彼は木にめり込んだ自身の刀を木に足をかけ引き抜くと、再び辺りの気配を探った。

 霧は更に深い。姿も見えない。

 その時新たな殺気を感じて彼は横に飛び退いた。

「きえぇぇぇ!」という猿叫とともに、その空間に刀が振り下ろされる。

「おいどんは味方や!」彼は叫んだ。

「あや、誤チェストにごわしたか。すんもはんした」相手は言った。相手もまた一緒に突入した薩摩隼人であったのだ。

 これは同士討ちのリスクが高すぎる。

「旭はん」薩摩隼人は叫ぶように言った「霧でなんも見えん。こげん中で戦うたぁ無理や」

 その大きな声は、旭美幌まで届いていた。さすがに薩摩弁だが理解は出来る。

「弱ったわね」彼女は顔をしかめた。

 ここまでは抵抗なく進んできた。彼女の梓弓の魔力で事足りたのだ。

 だがここからは抵抗を排除しなくてはならない。まずは相手の呪力が生み出しているこの霧が厄介だ。これを払うためにはこちらからも強い呪力を送らねばならない。

「隊長、あれを使いましょう」金城さんが言う。「あれで、霧を払うのです」

「もう組み上がっているの?」彼女はいった。

「もうとっくにできてるよ~」金城さんにの後ろから珊瑚がひょこっと姿を表した。ということはもちろんと思っていると、今度は瑠璃が出てきた。

「後ろのおじさんたち手間取ってたから、手伝ってきちゃった」

「あなたたち、着いて来ていたの!」旭さんは叫んだ「危ないわよ!」

「わたしたちはもともと武器を持った式神だよ」瑠璃は鎖鎌を取り出しながら言った。

「そうそう、戦うのが使命なんだから」珊瑚も斧を取り出した。

「はいはいはい」そこに安西が割って入った。「ご主人様を慕って来たのかな。先頭の時は、引率者のいうことを聞くんだよ」

「はーい」彼女らは言った。

「隊長、準備はできています」金城さんは言った。「ご命令を」

「ええと、こんなときは」旭さんは一瞬戸惑ったが、すぐに隊長らしく毅然と命令を下した「戦車、前へ!」

 すると後方からキャタキャタと音がする。

 霧の中から姿を表したのは、高さ6メートルほどの山車であった。台車の上には神明造りの社がのっている。幅は道路いっぱいに広がっていた。

 何とか脇に避けながら、山車を前に出す。山車からは呪文を唱える声や読経の声が響いてくる。

 山車の中には祈祷師(シャーマン)が乗っていた。

「これが秘密兵器、シャーマン戦車です」安西がつぶやくように言った。

 その効果はあった。進んだそばから霧が退く。鬼火も姿を消している。部隊は前進する。

「通信隊、前へ!」旭さんが命令を下した。金城さんが一瞬むすっとした顔をしたが、旭さんはそんなことに気づく余裕はないようである。

 二列に分かれた縦隊の合間を縫って、通信隊が駆け抜ける。通信を遮る霧の前では無線は役に立たない。代わりに電話線を鷲敷の本営から引っ張ってきていた。加護を受けるため銅線を五色紐で覆うことを忘れてはいない。

 さらにシャーマン戦車を前進させる。霧は退くものの、それは奥深くまで続いており、果てるとも知れない印象を与えていた。敵兵の姿も見えない。

「こんなに順調に進んで良いのかしら」旭さんはつぶやいた。

「きっと敵は怯えているのです。しかし、油断は禁物ですよ」安西が言う「次何を繰り出してくるかわかりません」

「後方より連絡です。部隊はすべて霧の中に入りました」金城さんが報告した。

「なら、これを突破するのももう少しね」旭さんはそう言って、電話をこちらに寄越すように言った。鷲敷の本営に、現状を報告するためだ。

「こちら抜刀隊、旭美幌」旭さんは受話器を取って言う「部隊は敵陣に浸透しつつあり、作戦遂行は予定通りに――」

 そこまで言ったとき、突然通信が途切れた。

 同時に後方で雄叫びが上がった。次いで刀の音が聞こえる。姿は後ろも霧で見えない。戦車は前方の霧は払っているが、後方はそのままであるからだ。

「しまった、罠か」そう旭さんがつぶやいた瞬間――

 目の前に珊瑚が飛び出していた。

同時にカーンと甲高い音が聞こえる。ほぼ同時に銃声。

そしてまた銃声。ほぼ同時に地面で土が跳ねる。

 旭さんは現状を一瞬把握できなかった。かわって、

「鉄砲を撃ってきたぞ!」金城さんが叫んだ「被害は!」

「被害なし!」声が答える。前方を見ると、突出した部隊は山車の後ろに隠れていた。そして山車を盾にして更に前進を続けようとする。

金城さんが腰の太刀に手をかけながら言った。

「隊長、これは危険かもしれません。我々は今、挟撃されつつあります」

「て、鉄砲……」旭さんは青ざめた顔で言った「今、撃たれたの?」

「大丈夫です。隊長は撃たれてはいません」

「鉄砲、撃たれた……」旭さんがガタガタ震える。

 そんな彼女の方に金城さんは手を置くと、前後に揺さぶった。

「しっかりしてください、隊長!」金城さんは険しい顔で言う「あなたは何もできないお飾りですが、せめて正気を保っていてください」

 そして彼女の顔にビンダを食らわした。

 金城さんは、しまった、と思った。しかし旭さんは

「え、あ、ええと」彼女は正気を取り戻したようだった「ええと、今、何を」

 上官を殴ったことを言われなくてよかったと思いつつ、金城さんは内心ゾクゾクと湧き上がるものをこらえつつ言った。

「隊長、我々は今挟撃されています。前門の虎、後門の狼です。敵は卑怯にも飛び道具を使っています。犠牲を覚悟で前に進むか、撤退か」

「まあ、撤退も、挟撃されている現状では難しいかも知れないですがね」安西が言った。

「ならばやはり」

「そう、突破を目指すしかありません」

 再び前方より銃声。バラバラバラ、と山車に当たる音。次いで前方で鬨の声が上がった。

 旭さんは、祈祷師をあんな木造の盾にしていいのかと思ったが、しかし行動は彼らのほうが早かった。すでに銃火にさらされた恐怖で読経どころではなくなり、中から這い出して山車の影に隠れていた。再び辺りを霧が覆い始める。

 さらに山車の前方で悲鳴が上がる。

 次いで山車がぐらついた。車軸を撃ち抜かれたようで、左へと傾斜する。もともと横幅が高さより狭い不安定な構造である。すぐにバランスを崩して横転した。

 そしてまたそこは崖である。山車はベキべキと崩壊しながら、谷底へと落ちていく。

 すぐさま霧が押し寄せてくる。

 霧の押し寄せてくる前、旭美幌には一瞬見えていた。山車の向こうで、地面に倒れている隊員の姿を。

 隊員を守るのが隊長の使命だ。そう思った彼女はすぐさま飛び出していた。

 だが。

 駆け出した彼女をすぐ霧が捉えた。一寸先も見えない。

 がちゃり、と前で音がする。

 姿を表したのは、先に見えた、青白く光る甲冑武者の姿であった。刀を振り上げている。

「ひいっ」

 彼女はたじろいだ。そしてその刀が振り下ろされんとした、次の瞬間――

 彼女の横を誰かが駆け抜けた。

 目の前の甲冑武者が横薙ぎに切られ、消滅する。

 次いでその横にいた影にも斬りかかる。

 飛び出してきたのは金城さんであった。彼女はぐるりと、まるで剣舞のように回転しながら、敵の亡霊を切り刻んでいた。

「隊長!」金城さんは言った「隊長は刀も持っていないんです。むやみに飛び出して私から離れるのはやめてください!」

「え、あ、ごめんなさい」彼女は縮こまるように言った。

「まったく、隊長は私がいないと駄目なんですから!」そう言ってもう一体亡霊を倒した。そして振り向いた。

「隊長、前方もこの通り、後方ももはや。安西一尉も撤退を考えています」

「でも……いや、そうね、ごめんなさい。安西一尉も言うならそのとおりね」彼女は言った「一旦引いて体勢を立て直しましょう」

 その時再び銃声がした。

「伏せてください!」

 押し倒されるように、旭さんは地面に伏した。目の前で土が跳ねた。

「引きましょう。この霧の中、相手もめくらで撃っています。撃ち返しつつ撤退を」

 そう言うと金城さんは懐から拳銃を取り出した。そして霧の中に向かって3発撃った。

「さあ、早く。でないと……」

 そう言った次の瞬間、彼女は刀を構えていた。

 キーンと音が鳴る。

 振り下ろされていたのは薙刀だった。振り下ろしていたのはさっき姿を消していた巫女であった。

「姿を表しましたね!」金城さんが叫ぶ。

「なんや、心得あるんどすか」巫女は言った。

「この朝敵め、恥ずかしくないのですか、天朝に弓引くことが」

「そんなん言われても困りますわ」丹生谷の巫女は言った。

そしての刀をはねのけた。次いで血が飛んだ。

薙刀の切っ先が、金城さんの頬をかすめたのだ。金城さんが頬を抑えて飛び退いた。

「次は外さんわ」

 そう言うとその巫女は薙刀を構えた。

 びゅっ、っと音がする。次いで、ガチャガチャと金属同士のぶつかる音。

 見れば、巫女の薙刀に鎖鎌が巻き付いている。

 次いで銃声。同時に斧を持った式神が前に飛び出していた。

「おねーさんたち!」鎖鎌の鉄鎖を巻き付けている、珊瑚が言う「ここはわたしたちに任せて、はやくさがって!」

「いや、でも……」

「早く、銃も撃ってきてるよ!」瑠璃が斧で銃弾を弾きながら言った。

「隊長、下がりましょう。この子達なら大丈夫です」金城さんが言った。

「そう、私達は、式神だから」二人は同時に言った。 

「そう、でも……」式神とはいえ、見目幼い二人をおいて下がるなんて、それが公務員のすることか。しかし……

「あなたたち、恩に着るわ。必ず帰ってね」旭さんは涙を抑えながら言った「必ずよ!」

「あたり前田のクラッカーだよ」瑠璃が言った。

「さあ、早く」

 金城さんが手を引いた。導かれるままに霧の中を駆け抜ける。全く前も見えないが、1分も走らず、本隊と合流できた。

 部隊は、撤退の準備を進めていた。

「安西はんが、後ろの方で、戦ってくれとる」居合わせた易者が伝えてくれた。「退却のための道を開いてくれた」

「撤退!」旭さんは叫んだ。部隊は殿を先程の二体の式神に任せ、来た道を戻っていく。

 途中、安西一尉と合流する。

「申し訳ありません。敵を逃したようです」彼は言う。

 しかし旭さんは咎めなかった。

「あなた方が無事で良かった。はやく、鷲敷に戻りましょう」

 ――結果として、8月7日の攻勢も失敗に終わったのだった。奇跡的と言うべきか、死者は出なかった。しかし15人の負傷者と、2人の捕虜を出し、戦闘は抜刀隊の撤退という形で決着したのであった。


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