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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第4日 8月6日
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第57話 正統

 政庁に入ると、ちょうど農協の職員らがやってきていた。

 いや、農協ではなく、なにか律令制の官職があるのだろう。それを聞きそびれていたが、かれらは稲穂を持ってきていたようだ。それを薫さんが受け取っていた。すでにいつものスーツに着替えていた。

 「それはなんなのでしょうか」私は気がかりであるため、尋ねてみた。

「これか」彼女は言った「超早場米という。2月に植え、8月には収穫される米だ。農業試験場から収穫された。今晩の儀式で使用する」

「するとやはり、大嘗祭を再現するつもりですか」後ろからみどりさんが言った。

「そのとおりです、宮様」薫御前は言う。

「そうですか……」みどりさんは憂いを帯びて言った。「しかし本当に大丈夫なのですか。それは決して正しい手続きではないでしょう」

「宮様、それはすでに決まったことです。なんとしても祭祀を完遂する必要があるのです」

「でも大嘗祭こそ皇位継承の本質です。即位後、亀卜で斎田の選定をして、そこから取れた稲穂を神に捧げます。なのに、即位前に植えられた米を用いるのは……」

「時間がないのです。本来の大嘗祭は、戦争に勝利した後に行われるでしょう。とにかく急いで既成事実を作らないといけないのです。私は準備があるのでこれで」

 そう言うと薫御前は立ち去った。

 みどりさんは釈然としない様子であった。

「いまさら言っても仕方ないわけですが、我々は正統性を主張しているわけです。それならば儀式もきちんとすべきです。即位式もそうですが、このような式典で正統性を得られるのかどうか、甚だ気がかりでなりません。どうでしょう」

 彼女はそう言って私の方を振り向いた。

 私にはそれを否定も肯定もすることはできなかった。それは妹も同じようだった。

 正統性とは本来生まれながらにしてあるものと思われるが、実際はそうではない。正統性とはあらゆる物事を駆使して演出するものである。正統だと認められなければ、いくら血統や法律がそう語ろうと、正統とはならない。

 丹生谷の主上はたしかに血統で言えば正統であろう。宝剣を有してもいたのだから。

 しかしそれを演出する祝祭的空間設計はどうだろうか。

 即位式は概ね見かえの上では成功かもしれない。しかしその規模は本来のものからすれば比べるべくもなく小さい。さらに、正統なる帝を主張するなら京都で即位すべきなのである。行宮で即位式を執り行うのは敗北を認めているようなものだ。

 さらに皇位継承の本質とされる大嘗祭を俄作りで執り行うなどというのは言語道断である。「大嘗祭の再現」という言葉を使っていたが、儀式とはその作法こそが本質なのであって、その作法を真似ることとは儀式を執り行うことにほかならない。であってしかし、その作法を中途半端にしか取り入れていない。それはみどりさんの先ほどの言葉通りだ。

 だが一方で、決められたならやり抜くほかはないのも事実である。我々はすでに引き返すことなどできないのだ。「完璧な計画を来週実行するより、まあまあの計画を今すぐ実行するほうがずっと良い」とはパットン将軍の言葉であるが、それが後手に回れば最後、後ろに手が回ることになりかねないのである。

 それはみどりさんも承知していた。そしてそれ以上何もいわなかった。


 みどりさんと私は政庁の階段を上がると、会議室へと入る。千歌には今後の処理はこちらでやることを言い聞かせて、夜の儀式のため、主上のもとへと戻るように伝えた。千歌ははじめ嫌がっていたが、しかし主上のもとに仕えるのが務めである。それを言い聞かせて戻らせた。丁度主上も行宮を発って山を下っているところであろう。合流は難しくないはずである。

 会議室に入った彼女は地図を広げた。

「道は尽く封鎖しています。盗み出したものが何者かはわかりませんが、まだ丹生谷にいるでしょう。防備を強化するように兵部卿の名前で通達を出します」

「しかし」私は言った「あの熊野別当は封鎖を超えて侵入し、そして脱出しています。そのような者の仕業だとすれば」

「あんなのが何人もいてはたまりません。まずは出来る策を打つのです」そういって彼女は頭を抱えた「どうしてこんな時に盗むのかしら、こっちは即位式やらで忙しいと言うのに!」

「それはそこを狙った犯行でしょう。しかしすでに脱出していればもう打つ手は……」

「そんなことわかっています!」彼女は叫んだ。「そんなこと言う暇があるなら、あなたも智慧の一つぐらい出してください!」

 私は彼女の剣幕にびくっとした。彼女ははっとした。

「ごめんなさい、ついかっとなってしまって……」

「いいえ、大丈夫です」私は言った「ところでですが、あの手は使えないんですか? 一昨日に熊野別当と戦った時、使っていたダウジングは」

「あれですか」彼女は言った「あれは霊のあとを感知して追跡するものです。あのときは強い霊力の跡をたどることが出来ましたが、不幸にして、このたびの事件ではなんの霊力も感じることは出来ません。行宮に安置されていたすきに盗み出されたのでしょうが、そこから知らない霊力の跡が山を下っていったような跡は、まったく感じ取れませんでした」

「ならば一体どうすれば……」

「まずは国境検問の強化です。次いで関係者の取り調べ。ああ、それから捕虜も尋問しましょう。そして大切なのは、宝剣がないことはとにかく伏せておく必要があります。いま公表しても動揺が走るばかりでいいことはありません」

「わかりました、宮様。ところで、具体的に私は何をすればいいのでしょう」

「そうですね……検問に中将を向かわせるのも役不足ですし、取り調べなど相手が女性ではあなたが何をしでかすかわかりません。ここは熊野別当の尋問をしてもらいます。彼と話すのはストレスがかかりますから」

「わかりました……」

「それと、手際よく進めてください。日が傾く頃には、我々は禊をして夜の祭りに備えなければなりません。場所は十二所権現、そしてその前の河原です」

 そう言うと彼女は部屋を出ていった。私は、さて尋問などと言うがどうしたものかと頭をかきつつ、スマホで「尋問 方法」と調べてみる。拷問は私の趣味ではないので行わないとしても、どうすれば自白が引き出せるのか。昔読んだ警察学校の本には調書作りのために自白を引き出す方法が書かれていたが、今知りたいのはそんな方法で引き出された言葉ではなく真実である。

 やるせなさに肩を落とし、そしてなんでこのクソ暑い中長袖を来なければならないのかと自分の軍服を恨みつつ、私はまた留置所へと戻っていくのだった。

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