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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第4日 8月6日
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第56話 尋問

 私達は黒瀧の仮宮を辞すと、山を下って、政庁へと向かった。

 みどりさんの目的は明白であった。政庁横の警察署に拘留している和田を尋問するためである。

「この佳き日をできれば血で汚したくはないのですが…‥」

などとみどりさんは物騒なことを車中で呟くが、千歌は何もいわない。自身の責任を感じているようであった。いや、この子に責任はないのであるが。

 留置所に着いた我々は、人払いを命じた。まだ気が動転している千歌は、部屋の外で待機してもらった。

部屋の中には、私と、みどりさんと、鉄格子を挟んで和田が残された。

「これはこれは宮様」熊野別当・和田は言った「恩赦を与えに来てくれたのかな? なんでも今日は即位式というじゃないか」

「冗談を言っている時間はありません」みどりさんは突っぱねるように言った。「どういうわけか説明してもらいましょうか」

「どういうわけか、というと?」

「しらばっくれないでください。いったい宝剣をどうしたのですか」

「宝剣?」和田は 言った「それは君らが持ってるんじゃないのか?」

「あなたは密かに宝剣を盗み出した。違いますか?」

「冗談はよしてくれよ」彼は呆れたように言った「僕はずっとここにいたんだ。昨日からずっと見張りもついていた。式を打とうにもこの結界ではできないよ」

「ではあなた以外の誰が宝剣を持ち去ったと」

「ちょっとまってくれ、本当になくなったのか?」

「そうです」みどりさんは頷いた。

 一瞬の静寂が場を支配した。

 そしてその間をおいて、和田は笑い始めた。

「ハハハハハ!」彼は大声を上げて笑う。「それは傑作だね!」

「なにがおかしいのでしょう」みどりさんが睨みつけるように言う。

「ハハハ……いやあ、ごめんごめん」彼は笑い涙の出てきた目をこすりながら言う「誰が持っていったんだろうね。でもしかし、そうなっては君らの正統性はどうなるんだい?」

「我々が正統であることは疑うべくもない事実です。そして、宝剣は本来の所有者のもとにあるべきです」

「答えになっていないな」彼はいった「玉と鏡は良いとしよう。しかし宝剣もないまま即位式を執り行ったのでは君たちの忌み嫌う後鳥羽天皇と変わらないんじゃないのか。それなのに正統だと宣うのか?」

「だまりなさい」みどりさんは声を荒げた。「そもそも神器は正統なもののもとにあってこそ、権威の元となり得ます。簒奪者のもとにあるのは、極めて不敬です」

 そしてみどりさんはびしっと彼を指さした。

「いますぐ宝剣の在り処を吐きなさい。そうでないと……」

「そうでないと、どうすんだい?」彼は言った。「僕を殺すのか?」

「くっ」

みどりさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「知っているよ。君に僕は殺せない。そして痛めつけることも出来ない」

「覚えておいてください。私はあなたを許しません」

「そうかい」

「取り調べの続きはまた行います。それまでにあなたが改心していることを期待します」

 そう言うとみどりさんは部屋を出ていこうとする。私もそれについていこうとしたが、そのとき和田が不意に話しかけてきた。

「ところで、そちらの、ええと」彼は一瞬言いよどんだ「そうだ、近衛中将さん。君はどうしてこの反乱に参加しているんだい?」

「僕は……」私は振り返る。

「答える必要はありません」みどりさんが突っぱねるように言った。振り返りもしない。

「ここに来ているのはみんな癖のある出自の人ばかりだ。君はどうなんだい? 出身は? アクセントからは近畿だと思うんだけれど」

「相手にしないで」みどりさんは言った「はやくいきましょう」

「代わりに言ってあげよう。出身は奈良、祖父の代までは十津川にいた。そうではなかったかな?」

私は目を丸くした「何故それを!?」

 みどりさんも思わず振り返った。

「いや、君の妹さんから聞いたんだよ」

「なんだ」私は安堵した。

 しかし待ってほしい。

 こいつは知っていて何故聞いたのか。まるで、十津川という地名を出したかったかのようである。

「ええ、たしかに十津川です。だからなんだと」

「いや、少し気になることがあったからね。また機会があればそれについて聞かせてほしい」

「そんな機会などないでしょう」みどりさんは言った。そして私の手を引く。

「さあ、いきましょう、長居は無用です」

 こうして、我々は留置所を後にしたのである。二回目の尋問も、得られるものは殆どなかったのであった。


 外で待っていた千歌を拾い、一旦政庁まで向かっていると、見慣れた軽自動車が駐車場へと滑り込んで来た。

 それは上野原先生の車であった。

 上野原先生が降りてくる。相変わらず目の下にくまを作っている。おそらく捕虜見聞の疲れが取れていないのだろう。

「ご苦労さまです。また捕虜の健康確認ですか」みどりさんが近づいていって、言った。「彼なら元気です。相変わらず減らず口を叩いています」

「それは何よりです。手間が省けました」彼女は低い活気のない声でいった。「しかし、問題は別のことです。ちょっと厄介なことになっています」

「厄介事といいますと?」みどりさんが尋ねた。

「ええ、もはや外界と途絶されて3日目。薬品の備蓄がなくなり始めたものがあります。ここは超高齢化社会であり、薬品の消費量はそれなりに多いのです。どうにかならないものかと、太政官のどなたかに相談に来たのですが……」

「それはたしかに厄介ですね……戦闘に備えても薬品は欠かせません」みどりさんはしばし考え込んだ。「そうですね、シンパを通じて、薬品の調達をどうにかしましょう」

「助かります」上野原先生は頭を下げた。「リストを準備しますが、できれば薬品の受け取りに私自身も立ち会いたい。不備がないようにしたいんです。命に関わりますから」

「わかりました。今日夜、遅くとも明日には手配しましょう。それでなんとかなりそうですか」

「まあ、なんとかもたせましょう。常用薬なら1日くらいの余裕はあるはずです」

「それでは、また連絡します」

「よろしくおねがいします」

 そう言って上野原先生と別れた。

 すでに日は中天を過ぎていた。夜には新たな儀式が迫っている。

 宝剣の不在という事実を抱えて、そして其の解決になんの進展もないまま、我々は足取り重く政庁へと入っていくのであった。


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