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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第4日 8月6日
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第55話 暗号

 美幌さんは自身の天幕に戻った。暑くて仕方がないが、扇風機も配備されていなかった。団扇であおいでいると、珊瑚と瑠璃が入ってくる。この暑い中長袖のゴスロリ服を着て汗一つかいていない。やはり式神と言うべきか。

「おねーさん、調子はどう?」珊瑚が尋ねた。

「もう最悪よ」美幌さんは言う「私が先陣を切れというのよ、おかしな話よ」

「おかしいところなんてないよ」瑠璃が言う。「だってお姉さんはわたしたちが見えている。ご主人様から選ばれた人なんだよ」

「そうはいってもね」釈然としない顔で彼女は言った「知らない間に勝手に選ばれて、こんな重荷を押し付けられても正直困るのよ」

「頑張ってねお姉さん、応援してるよ」珊瑚が旭さんの肩を揉みながら言った「すごいカチコチだね、何かに憑かれてるみたい」

 そりゃ憑いてるのはあんた等だろう。そう言いたくなるのを抑えつつ、旭さんはハハハ、と愛想笑いを返した。

「ところで、どんな作戦なの?」瑠璃が聞いた。

「それはね」

 そう話し始めた時に、天幕の入り口が開いて、金城さんが入ってきた。

 金城さんは入ってくるなり、怪訝な顔をする。

「あれ、どなたか他にいらっしゃるのかと思いましたが、気のせいでしょうか」

「え?」旭さんは驚きの声を発した。「いや、いるじゃない。ここに二人……」

「私にはあなたしか見えませんが」

「えっ?」旭さんは左右を見た。二人の姿は見えなかった。また左右を見回す。「えっ?あれ?」

 はあ、と金城さんはため息をついた。

「たしかに荷が重いのはわかります。しかし幻覚が見えるまでになるとは……」

「ち、違うって!」旭さんは抗弁した「今そこに二人いたんだから、女の子が!」

「はいはい」金城さんはそう言うとペットボトルの水を渡してきた「熱中症でしょう。はやく水を飲んでください」

「ほんとにいたのに……なんで消えるのよ」旭さんはそう呟きながら水を受け取った。どちらにせよ喉は大変乾いていたため水を一気に半分を程飲んだ。

「落ち着きましたか」金城さんは尋ねた。

「まあね。釈然としないけど……。ところで、何か用事です?」

「ええ、東京の本部から暗号電文が届きました。確認ください」

「私が?」

 旭さんは差し出された紙を受け取った。まだ平文には訳されていない。

 紙には『ヤシオリノサカフネハミチタリ』とある。

「これ、どういう意味?」旭さんは尋ねた。

「さあ、わかりかねます」金城さんは言った「暗号表などは引き継いでないのですか?」

「そんなものないわよ」

「さて、困りましたね……」

「なになに、えーっと」

 突然ひょこっと右から顔を出すものがいた。珊瑚であった。彼女の肩越しに書類を覗き込んでいる。

 横を向くと、瑠璃もまた姿を現していた。

 前を向く。今度は金城さんが目を丸くしている。視線からするにどうやら二人が見えたようだ。

「ええと、あ、なたたちは……」金城さんはややうろたえながら言う。「どこから……」

「おねーさんは、はじめましてかな」瑠璃が言った。「瑠璃だよ、よろしく」

「珊瑚だよ」旭さんの背中越しに珊瑚も言った。

「旭さん、これはいったい……」

「あんたたち、どこ行ってたのよ」旭さんが言った。そしてため息をつきながら言った「この子たちが私がさっき話していた子です。瑠璃と珊瑚。和田先輩の式神です」

「式神……」金城さんは目をぱちくりさせて言った「こんなに人間そっくりなのは、はじめて見ました……」

「式神ってみんなこんなんじゃないの?」

「いいえ、ふつうは小動物の姿がやっとです。こんなに人間そっくりな式神を、しかも二体同時に使役するなんて、よっぽど修業を積んだ術者ではなくてはできません」そして二人をまじまじと見つめた「さすが和田さん、恐るべしです。抜刀隊の隊長に抜擢されるだけのことはあります」

「そうなのね」

 彼女にはあのクソ上司が高く評価されているのがなんだか納得できなかった。式神を人型にした理由もやましい理由に違いないのである。そのために厳しい修業をしたのだろうか。どこまでいってもクソである。

「ところで二人とも」旭さんは二人の式神に言った「これの意味はわかるの?」

「うーん、わからないこともないけれど」珊瑚が言った。

「じゃあ教えて頂戴」

「ごほうび、くれる?」

「ごほうび?」

「ご主人様は、わたしたちが頑張ったらごほうびをくれるんだよ」瑠璃が言った。

「ごほうび、ねえ」

「まあ式神と言っても貴女の式神ではなく和田さんの式神なんですから、協力の対価は払ってしかるべきでしょう」金城さんは言った。

「それもそうね」旭さんは言った。汝、脱穀中の牛に轡をするなかれ。「先輩は、いったい何をごほうびにくれていたの?」

「たとえばね、うーんと」珊瑚が思い出すように言う「前、ベッドの中でくれたごほうびは……」

「ちょっとストップ!」旭さんが顔を真っ赤にして叫んだ「あの変態、あなたたちに何をさせているの?!」

「えー、でも、ご主人様はこれがごほうびだって言うし」

「嫌じゃないの?!」

「嫌なわけないよ」瑠璃が言う。「わたしたちはご主人様に忠誠を誓っているんだよ」

「でも、よりにもよってそんな」そして旭さんは振り向いて言った「金城さんも、何か言ってください!」

 しかし金城さんの視線は意外と冷ややかだった。

「いったい旭さんが何を考えていらっしゃるのかわかりませんが、しかし、対価を与えるのは決まったことでしょう。何を与えるか決めてください」

 しまった、こいつは和田がロリコンだということを知らないのだ。

 しかしここでそんなことを議論しても仕方がない。とにかく今ははやく情報を得たい。

「まあいいわ」旭さんは苦虫をかみつぶすように言った「……二人とも、なにか欲しいものあるの? あげられるものならいいんだけれど……」

「うーん、そうだねえ、ええと」二人は顔を見合わせてしばらく考えた。そしてふと思いついたらしい、旭さんの方を向く。

「おねーさんたちの髪の毛を、1本づつちょうだい」

 旭さんはきょとんとした。

「え、そんなのでいいの?」

「うん」

 不思議に思いながらも旭さんは自分の髪の毛を2本抜くと二人に渡した。

 後ろを向くと金城さんは渋い顔をしている。

「どうしたんですか?」旭さんは尋ねた。

「いいえ、うーん、髪の毛ですか」彼女は少し考えた後続けた「まあいいでしょう。式神であれば、そう悪用などしないでしょうから」

 そういって彼女も髪の毛を2本引き抜いて渡した。

「ありがとう、おねーさんたち」瑠璃は言った。

「さあ、あげたんだから、教えて頂戴」旭さんは言う。

「はーい」珊瑚が言う。「ええとね、『ヤシオリノサケ』っていうのがスサノヲが八岐大蛇を倒した時に使ったすごく強いお酒。それを酒船に盛っていたから、『ヤシオリノサカブネ』」

「そしてそうやって倒した八岐大蛇の尻尾から出てきたのが、天叢雲剣。宝剣だよ」

「ええと、それはすなわち……」

「そう。丹生谷の反逆者が正統性の根拠にしている、宝剣を手に入れる準備は整った。『ヤシオリノサカブネハミチタリ』はそういう意味だよ」

「宝剣を得る準備ができた、ですって」金城さんは叫んだ「それはいったいどう風にして」

「そこまではここに書かれていないよ」瑠璃は言った「でも、ご主人様の当初の任務、内務省神山支部の本来の目的は確実に前に進んでいる、そういうことだよ」

「しかし和田先輩は捕らわれて……」そこで旭さんははっとした「まさかわざと? 内部に入り込むために?」

「かもしれないよ。そこまではご主人様も教えてはくれていなかったから」

「とすればあの作戦も」

「ええ、ずっとやりやすくなるでしょう」金城さんは言った。「しかし、これは偶然でしょうか。安西さんは、彼の計画を知っていて?」

「あのお兄さんは、ご主人様を信頼しているんだよ」珊瑚が言った。「だからそれを含みおいた計画を立てたんだよ、きっと」

「そういうものかしら、先輩を信用するなんて」

「そういうことにしておきましょう、今は」金城さんは言った「そうすれば我々のすべきことは一つです。明日の攻撃を完璧なものとするため、作戦をつめましょう」

 旭さんは頷いた。ことここに至っては、疑心や怠惰は捨て去らなくてはならない。他にやりようがないことを、嫌ながら、十分に承知していたからであった。


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