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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第4日 8月6日
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第54話 裏切

「さて、おのおのがた」安西一等陸尉は言った「これが丹生谷の地図、そしてここが私達の展開する鷲敷です」

 場所は安西一等陸尉の天幕。鹿島教導隊の本営であり、事実上の内務省警備局特別公安課所属・抜刀隊の本部である。扇風機一個という人権に反した冷房器具に辟易しながら、旭美幌は作戦会議に参加していた。

「高知県香美市の第50普通科連隊も我々とは反対側、すなわち丹生谷の西へと進出していますが、こちらも我々同様に何者かに行く手を阻まれています。奇妙なことに、県境よりもはるか西で、進出はとまっています」

「つまり、丹生谷の軍勢が高知県まで進出しているということですか?」美幌さんは尋ねた。

「いいえ」安西は目を細めたまま答えた、まったく狐のようだと美幌さんは思った。「丹生谷にそこまでの兵力があるとは到底思えません。おそらくは地元の勢力が呼応して反乱に加担しているということです」

「そんな勢力が他にも!」金城さんが声を上げた「それは由々しき事態です。となるともちろん他の地方でも……」

「ええ、もちろん、ですから特公は吉野や東北にも目を光らせているわけですよね、旭さん」

「え、ええ、そうです」美幌さんは言った。ついさっき、知った内容だ。今朝FAXで届いたという機密文書の山を見せられたのだ。しかもその後受領の旨をいちいち電話でかけねばならなかった。受領のサインは判子を押した後スキャンしてPDF化し、それをプリントアウトしたものをFAXで送り返すと同時に、電話でも届いたか再度確認する。まったくお役所仕事はめんどくさい。

「それに、あなたの故郷にもですね」彼は金城さんに視線を向けた。

「私の故郷がなんだというんでしょう」金城さんは非難するように言った。「私はもはや、故郷からはうちなんちゅとは思われてはいません」

「金城さん、沖縄出身なんですか」美幌さんが言った。

「ええ、そうです」彼女は不機嫌そうに答えた。「しかし、故郷からは裏切り者と思われているようです。もううちなーとは関係ありません」

 美幌さんはそこではそれ以上尋ねないことにした。

 場の空気が悪くなったと感じた安西は、それを変えようと。とりあえず話を進める。

「しかし、現在我々が最優先すべきなのは目の前の敵、すなわち丹生谷です。不幸にも今日は上からの命令で攻撃はできません。となれな明日の明朝、切込みを敢行しなくてはならないでしょう」

「先鋒は安西さんですか?」美幌さんは尋ねた。

「いいえ。わたしは指揮をとりますのでやや後方に。先頭は、旭美幌さん、あなたにお願いしたい」

「はい!?」「そんな無茶な」美幌さんと金城さんが同時に叫んだ。

「わ、私は呪術なんて使えません」美幌さんは慌てふためきながら言った「そんな私より先鋒にふさわしい人がいるでしょ!?」

「いいえ、あなたがベストです」安西は言った「あたなは和田にも抜擢された人です。さらに、弓もしていたそうですね?」

「ええ、まあ、弓道なら……」

「弓矢には日本刀と同じく魔を払う力があります」安西さんは言った。「残念ながら鹿島教導隊も陰陽寮も、刀を重視したため、弓や体術をやや疎かにしているのです。そんな中であなたは貴重です。聞けば、インターハイ出場経験もあるとか。あなたが破魔矢を放ち、そして突撃の際は先鋒で梓弓をかき鳴らす。これで我軍の霊的勝利は確約されたも同然でしょう」

 まったく意味がわからなかった。そもそも文官である自分がなんで突撃の先頭なのか。そもそも希望してこんなところに配属されたわけでもない。空に向かって矢を放った覚えはないぞ。

 うなだれる美幌さんの肩に、副官である金城さんは手をおいた。慰めてくれるのか、と思ったが違った。

「私は隊長に期待なんてしていませんが、少なくともこの安西陸尉よりは信頼しています」

「あらあら、ひどいもの言いですね」安西は肩をすくめて言った「作戦には協力が欠かせませんよ」

「信頼していない、とは言いましたが、命令を聞かないとは言っていません。というよりも、命令は形のうえでは、旭隊長より出るのでしょう。たとえ、すべてがあなたの入れ知恵でも。旭隊長の命令には、職務でありますから、従います」

 なんだかバカにされているような物言いだなと美幌さんは思ったが、自身になんの実力もないのは自分自身がよく知っているので、何もいわない。

「では、旭さん」安西は言った「作戦を練りましょう」


 作戦会議が終わった後、へとへとになって美幌さんは天幕を出た。脳漿をしぼったというよりは、純粋に暑かったのだ。

 副官の金城さんも一緒に出てくる。不快な表情をやはり浮かべている。

「彼の態度は慇懃無礼といいますか、気に食いませんね」金城さんは言った。

「私はすべてが気に食わないよ……」美幌さんはうなだれるように言った。

「予期できたことです。作戦も、何もかも」

「ははは」美幌さんは空笑いを浮かべた「金城さんは元気ですね……この暑いのに。沖縄の人は暑さになれているんですかね、やはり」

 その時金城さんの顔が険しくなった。

「先程も申しましたように、わたしをうちなーとは思わないでください」

「それはどうして?」

 金城さんは一瞬黙り込んだ。美幌さんはしまった、と思った。

しかし金城さんは、一拍おいて続けた。

「わたしは裏切り者なのです」彼女は言った。

「裏切り者?」

「ええ。わたしは沖縄のユタです。隊長もご存知でしょう、1年ほど前にあった沖縄防衛局の事件を」

「局長が怪死した、あの事件ですか?」

「そうです。あの怪死には、反基地派のユタが関わっていたといわれています」

 頭がくらくらしてきた。どういうことかな? 

「わたしは、その呪詛返しの役目を仰せつかったのです。結果、沖縄のユタ数人が廃人と化しました」

 美幌さんは何も言うことは出来なかった。事実にせよ、与太話にせよ、このようなことを真顔で言うやつが碌なわけないのだ。

「それ以来私はユタの間では裏切り者と言われています。『イスカリオテのユタ』、それが私に与えられた二つ名です」

 彼女は空笑いをたたえながら言った。美幌さんは、ただ何かが恐ろしくて仕方がなかったのであった。


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