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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第4日 8月6日
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第53話 宝剣

 わなわなと震える千歌を前に、俺は思った。

 剣がなかっただって? そうなると我々の帝の正統性はどうなるんだ。本物の剣はどこにあるんだ。

いや、待て、たしか一昨日メディアの前で会見した時、確かに剣はそこにあったはずだ。事もあろうに薫御前は秘すべき宝剣を箱より取り出しテレビカメラの前に出したのだ。となれば、何処かで盗まれたに違いない。

「落ち着くんだ、千歌」私は宥めるように言った。「大丈夫。剣はたしかにこの丹生谷までやってきた。それが何処なのかは知らないが、主上が正統な帝なのは確かだ」

「確かにやってきたって……」千歌は顔を上げた。「どういうことでございましょう? もしやお兄様も中を見たのですか?」

「いや、というか……」私は申し訳なさそうに言った「薫御前がメディアに見せていた。一昨日、践祚を宣言したときに」

その時、千歌の顔が突然驚愕し、憤怒に変わった「メディアに見せた? あのメディアにですか、お兄様! ああ、なんと汚らわしい!」千歌はそして身震いした「宝剣をマスゴミに見せるなんて、なんということでしょう……」

「まあ落ち着いて」私は言った「少なくとも、剣はこの土地まで来た。そして何者かわからないが、おそらく持ち去った。これはこれで由々しき事態だ。千歌、よく見つけてくれた」

「そうですか、お兄様!」千歌の顔がにわかに明るくなった。私に褒められたのが嬉しいのだろう。「では、どうすればいいのですか」

「とにかく誰かに相談しよう。そうだな、神祇伯がいいか……」

「あの人だけはお断りです!」

「まあ、そう嫌うもんでもないよ」私は言った「そうだな、そうしたら宮様か……」

「なにか呼びましたか?」

 戸口の方で声がした。見ると扉が開いてみどりさんが入ってきていた。還俗し、先ほどまで皇族として唐風の装束に身を包んでいたが、今はまた僧衣に戻っていた。これが戦いの時動きやすいのだろう。「まだ着替えは終わってなかったのですか。遅いので様子を見に来ました」

「ああ、申し訳ないです」私は言った「ちょっと脱ぎ方がわからなくて。着付けしてくれた人がもう少ししたら来てくれるとか……」

「あの人は他の人の相手で忙しいので当分かかります……それは困った」少し考えたあと、彼女は少し頬を紅潮させて言った「し、仕方ないですね、脱げないのなら私が脱がしましょう」

「宮様がですか!」

「そうです、なにか問題でも?」

「いや、なんというか」私ははにかみながら答えた「ちょっと恥ずかしいというか」

「べ、べつに嫌ならいいんですが」

「ああ、いや、ぜひお願いします」

 そう言ったのは別に急いで前線に戻りたいとかいう勇猛果敢な精神からでも、彼女に服を脱がせてもらいたいとかいう邪な心からでもない。膀胱の限界が近かったのである。とにかく脱げないのでトイレにもいけない。もう3時間もトイレに行っていない。即位式の間は熱くて汗をかくだろうと思って水を大量に飲んでいたが、儀式はすぐに終わってしまった。その後この空調設備の整った宿坊である。トイレが近いのは無理はない。

 みどりさんは私の帯をほどいたりして、服を脱がせにかかった。千歌は、自分ができるのであれば自分が脱がせて差し上げるのに、と不平を言っていた。服が脱ぎ終わると、私は下着だけになった。そのときにはみどりさんは顔を赤くして直視を避けていた。我が妹はといえば、私が実家で半裸で風呂上がりに牛乳を飲んでいるところを見慣れていたせいで、別になんの感情もなさそうであった。

 私はすぐに服を着替えた。武官にふさわしい服を、ということで準備されたのまなんと大鎧であった。こんなものは重たすぎて着れないので、結果として参謀長殿――すなわち左衛門権佐とおそろいの軍服になった。あいつがそれを着て許されるならはじめからそうしてくれよ。

 そして私が着替え終わった時、みどりさんが尋ねた。

「そういえば、さっき私の名前を出していましたよね。なんのことですか?」

「ああ、あれですか、それは……」私は一瞬妹に目配せした。妹は、頷いた。

私は宝剣のことを話した「かくかくしかじかというわけでして」

 話を聞いていたみどりさんは目を丸くした。

「あなた、箱の中を見たんですか」みどりさんは千歌に言った。千歌が縮こまる。

「はい……」

みどりさんがため息を付いた「見てしまったものは仕方ありません。ですが中が空だったのは理解できません。権中納言は、テレビ局に公開しておりましたね?」

「ええ、そうですね」私は言った。

「では、誰かが盗み出したのでしょう」彼女は手を額に当てた「これは困りました」

「そんなに困ってないように見えますが」

「それはあなたの怠惰です」彼女は言った「これは薫さんたちには秘密にしましょう。なんとか挽回の策を考えるのです」

 簡単には言うものの思いつくはずはない。なおもどぎまきする妹と、悟りきったようなみどりさんを前にして、私が次善の策を提案できるはずもないのであった。


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