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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第4日 8月6日
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第51話 即位

 諸人こぞりて崇め奉れ。天地よ言祝げこの佳き日を。今日天地はひとつとなる。

 天八重雲(あめのやえくも)稜威(いつ)道別(ちわき)に道別て降り立つ天津神、それは現世に人の子の姿で顕れる。諸人ひれ伏せ、彼こそ天つ日嗣(ひつぎ)皇統(みすまる)や、天照す神の御裔(みすえ)

 ただしき道を歩むものは幸いである。彼の徳を讃えるものは幸いである。彼こそ地上に現れた天道、天地を結び人の世に立つものである。


 ああ、みたみわれ、いけるここちあり。 あめつちの、さかゆる御代に、あえらく思えば。


 私は見ている。新たなる御代の始まりを。

 いま目の前の御方は、至高の座に登られる。


 場所は黒瀧山の行宮。かつての本堂は、仮の太極殿となる。太極殿は宮殿の正殿で、儀式の場である。私を含む武官は、古式に則った装束を身にまとい、左右に2つの列を作って互いに向かい合うようにして太極殿前の広場に控えている。

 居並ぶ武士(もののふ)らの背後に並ぶのは本日の祝祭を祝うため、掲げられるいくつもの幡。幡とは旗の一種であるが、長い棒の先端より長方形の細長い布が垂れさがっている。日輪などの図像が描かれ、ひときわ大きいものには萬歳の文字。雲一つない青空を突くようにして立ち並ぶ。

 太極殿の内部には、帳で覆われた玉座がある。高御座である。

 太鼓が鳴らされた。音は山々にこだまして響く。儀式の始まりを告げているのだ。

 まず殿上人らが入場してくる。とはいっても太極殿への昇殿が許されるのはわずかである。摂政兼左大臣、親王代の兵部卿宮、そして数名の若い女官ら。権大納言は内弁として、太極殿から向かって右端に設けられた本部より、儀式進行を統括している。彼の合図で物事は進む。

 再び太鼓が鳴る。宮内卿らに先導されて、一行が姿を現す。宮内卿に続くのはわが妹――すなわち典侍(ないしのすけ)である。布に包まれた細長い箱を両手で加賀げている。宝剣を奉持しているのだ。

そしてそれに続いて――畏きかな――主上が御姿を見せたまう。先に説明した赤い上下のお召し物。頭には冕冠を被り給う。古式ゆかしい唐風の装束である。

 主上の後ろに続いたのが掌侍(ないしのじょう)。彼女も布に包まれた箱を持っている。おそらく宝玉のレプリカがあるのだろう。また別の少女も一回り小さい包みを抱えている。あとで聞いたが御璽であるらしい。

 廻縁の赤い絨毯の上を歩いて御姿を現わされた主上は、太極殿の中へと入お入りになる。そしてそのまま、高御座の後ろに姿を消す。宝剣と宝玉も、それに続いた。内部へと宝剣と宝玉、そして御璽を安置すると、典侍たちは帳の外へと出る。そして女官らとともに居並ぶのである。

 主上が高御座に登られてから少し時間が経つ。おそらく1分程度であろうが、もっと長く感じられる。ここが式典で最も大事なところだ。

 主上は、御簾に隠された高御座の中で一人印を結ばれる――いや、見たわけではないので、そう伝え聞いている。結ぶのは大日如来の印であり、これは天照大神と同一視されている。すなわち主上は天照大神と一体化するのである。そして口からは荼枳尼天の真言。中世以来の伝統、即位灌頂である。前もって摂政からその作法は伝えられているが、それを実践するのはまさしくこの瞬間、おひとりとなられるときである。この時主上は神仏と同じとなる。人の子はここで神となるのである。

 それがちょうど終わる頃、鐘が鳴らされる。同時に、御簾が引き上げられる。

 ここで諸臣は、主上の御尊顔を拝するのである。宝剣と宝玉はその両脇の台に置かれている。

また鐘が打たれる。諸臣は腰を曲げて頭を下げ、新帝に最敬礼をとる。頭を上げると、「再拝!」の号令。合計3回頭を下げた。

 そこで宣命使が進み出て、大極殿の階下に立つ。丁度、大極殿正面左右を武官が並び、その間に立っている形となる。宣命使とは天皇の命令を代言するものである。務めるのは権中納言――薫御前だ。即位の宣明を読み上げる。それは古い時代の即位宣命に基づいてはいるものの、さすがに現代語訳されていた。


「現人神にしてこの大八洲国(おおやしまのくに)をしろしめす天皇(すめらみこと)のお言葉を伝える。親王、諸王、諸臣、百官、天下の公民は謹んでこのお言葉を拝聴せよ。

 高天原よりはじまり、高祖皇宗(あまつみおや)は代々この大八洲国を治めてきた。天皇はいま、ここ黒瀧の宮で、畏れ多くもこれらの天業(あまつみわざ)を受け継ぎ、謹んでこの天命を受ける。天下(あめのした)を安国と平けくし、民草を慈しみ、もって政をなす。また諸臣、百官らは明るき清き直き誠の心を以て、たゆむことなく、務めにはげみ、お仕えせよ。これが天皇のお言葉である、諸臣諸民はよくよくこれを承知すべきである」


 権中納言は宣命を読み終わった。そして原稿を懐にしまうと、大声で叫んだ。

「天皇陛下、万歳!」

「天皇陛下、万歳!」

 権中納言が音頭を取り、万歳が叫ばれる。繰り返すこと三回。辺りは熱気に包まれる。

香炉が点火された。新たな帝の誕生を天に伝えるのだ。煙がすっと立ち上る。

 そして、最後の太鼓が鳴らされる。

 主上は高御座からお立ちになる。そしてやってきた時と同じように、帳の後ろからお出になると、太極殿からを離れなれた。宝剣、宝玉、そして御璽も同じように。


 こうして儀式は終わった。主上は自身の即位式を終えられた。

 だがそれは前哨に過ぎなかった。即位において最も重要なもの――この後に控える、深夜の神事こそ、主上が本当の意味で天地人を統べ、神となるのに必要なのであった。


即位式の詳細な配置や進行は43話にも解説があります。気になる方は読み直してみてください。

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