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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第4日 8月6日
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第50話 太夫

「一体どういうわけか説明してもらおうか」薫御前が小野塚優花里を睨んでいる。「今日は自衛隊は攻めて来ない、対策は打ったと言っていたではないか」

「そうです」みどりさんもそれに被せるように言った。「大言壮語しておいて、どういうことですか!」

「まあまあ静粛に」議長の権大納言が宥めるように言う。「小野塚左衛門権左どの、お話願います」

 小野塚は立ち上がり前に進みだした。そして登壇する。演台に立っていたみどりさんは極めて不服そうな顔で場を譲る。小野塚が話し始めた。

「皆様、ご心配には及びません。自衛隊の攻撃が本日ないことは確認済みです。すでに、自衛隊が攻撃をしてこないよう、外部にいる同志を通じて手を打っております。間者の報告では、官邸は自衛隊宛に今日は軍を動かさないよう、非公式なラインで命令を発したようですわ」

「今日が即位式であることはSNSでも告知されています。国境の警備が薄くなることは予測できますから、本日攻撃を行わない、という選択をする意味がわかりません」

 みどりさんは反論した。小野塚左衛門権左は全く動じていない風である。

「先程、広島で首相が演説した際に、ヤジが飛ばされています。『平和の式典に参加しながら、軍隊を指揮するのか』というふうな。それを聞いてただでさえ低い支持率をこれ以上下げたくない首相は、今日の攻撃を中止するよう要請しました。もちろん、公式に発表しては全軍の士気も下がりますし、それに弱腰としてそれこそ政権の支持率を落としかねません。ですから、『非公式に要請』しているわけです」

「しかし、そんなヤジごときで……」

「もちろん、ヤジが全てではありませんわ。申し上げましたように、村の外には我々の同志がいます。もちろん東京にも。東京の政権に親しいところにも、そうでないところにも。昨日、防衛大臣を国会で猛攻撃した某野党議員の秘書も、わたくしたちの同志です」そう言ってちらりと茅野さんの方を見た。彼女は頷いただけだった。

「それは了解した。つまり自衛隊の攻撃は、まずあり得ないということはわかった」薫御前が言った。「では一体誰なのだ。その、四ツ足峠を超えて、侵入してきたものとは」

「さあ、そこまではわたくしにも分かりませんわ」小野塚は言った「ただ、只者でないことは確かでしょう。一体どんな人なのかしら、それは」そう言って視線を薫御前の方へと向ける。彼女が見ていたのは薫る御前ではなく、その隣りにいる報告にやってきた男である。

「ええと、なんていうかその、にわかに信じがたいのですが、伝わってきた報告では、やってきたのはたった一人、それも、少年であるとのことで……」

「少年ですか?」小野塚は言った「へえ、流石に内務省が未成年を使うとも思えない。だとすればいったい……」

 そのときみどりさんが何かを思い出したように目を見開いた。そして手を上げて発言の許可を求める。

「あの、私に心当たりがあります」

「つづけてください」議長が言う。

「その少年ですが、もしかすると私が知っている人物かもしれません。私がじかに対応させてください」

「だれなのかしら、それは」小野塚が言う。

「顔などは知っていますが、名前までは覚えていません。ですが、少なくとも敵になることはないはずです」

「宮様、即位式までに戻れそうですか?」薫御前が尋ねた。

「ええ、それはもちろん」

「では行ってください」薫御前は言った。そして視線を今度は私の方に向ける「近衛中将、お前も護衛兼運転手としてついていけ。くれぐれも足を引っ張るな」

 突然の指名に私は驚き、そして立ち上がって了解しましたと敬礼した。

 みどりさんはと言うと、極めて不快そうな顔をして、睨むような視線をこちらに投げかけてくるのだった。


「ねえ、ですから先程のことは誤解ですって」私は車の中で釈明した。「本当に何もなかったんです」

「あなたの言葉なんて信じられますか。そうやって何人もの女の子を誑かしてきたんでしょう」

 助手席のみどりさんは引き続きご立腹である。

「誑かしてなんていない」

「あなたがお酒を飲むとどうなるか知っています。同じようなことをしてない訳ありません」

「ねえ、僕は一体、宮様になにをしたんですか?」

「口にするのもおぞましいことです」

 口にするのもおぞましいことってなんだ。というかそれなら

「……なんでその時寝首をかいたりしなかったわけで?」

「あのときは騙されていました。ですが今になって思えばおぞましい言動であったと言わざるを得ません」

「じゃあなんで僕が一緒にこうやって行くことに反対はしなかったんですか。本当は……」

「黙ってください!」みどりさんは顔を赤らめていった「た、弾除けぐらいにはなると……」

「弾除けって、相手は味方なんでしょう?」

「万一! のときのためです!」

 そういってぷい、っとわきを向いてしまった。

「ねえ、宮様」

「なんですか、話しかけないでください」

「失礼、でも一体いま僕らが会いに行っている人というのは、誰なんですか。心当たりがあるということでしたけれど……」

「それですか」みどりさんは振り向きもせず答えた。「想像すれば簡単です。四ツ足峠の向こう側、すなわち高知県香美市になにがあるか」

「香美市に……?」

「香美市は平成の大合併で生まれた市の一つです。四ツ足峠の向こう側は、合併以前は物部村とよばれていた」

「物部村……」何処かで聞いたことある名前だ。何処でだ、と記憶を探る。こんな時、はっと思い出せる人が羨ましい。

「知りませんか」

「いや、聞いたことはあるんだが、思い出せない……」

 ふう、とみどりさんはため息を付いた。

「ならば教えましょう。物部村には古くから伝わり、なおも現在も受け継がれている呪術があります。それをいざなぎ流という」

「いざなぎ流!」さすがにその名は聞いたことある。四国の山奥で伝承された神仏習合で民俗的な呪術! それをお目にかかれるというのか。

「おそらく来ているのはその太夫でしょう」太夫というのはいざなぎ流の呪術師の呼び名である。「私が知っている人は、もうすでに60歳を超えていますが、同じく霊力に秀でた孫がいました。年齢からすると、おそらく彼でしょう。ああ、もうすぐ着きます。工事車両用のスペースがトンネル入口前にありますから、そこに停めてください」

 見ると前方視界の奥に、トンネル入口――だったところが見えた。だった、というのはすでに爆破されて瓦礫と土砂になっていたからだ。車道の丁度左側――谷川の方に砂利の駐車スペースがあり、車を停めた。

 私は車を降りる。みどりさんはトランクから念の為と言いながら日本刀を取り出すと、ベルトで腰に下げた。私達は車道を歩いて、トンネル入口に向かった。

 トンネル入口は完全に崩落して塞がれていた。脇に山の中腹へと通じる道があるが、こちらも封鎖されている。おそらく山の中にも結界が張られているのだろう。

 そういえば、西の国境として配置していた警備兵の姿が見えない。どこへ行ったのか。

「あっ!」

 みどりさんが声を上げる。彼女は、山の中腹に登っていく道を指差した。

 彼女の視線の先を見る。

 誰かが倒れていた。数名ほどである。

 私たちは駆け寄る。倒れていたのはここの衛兵たちであった。見た目は怪我をしていないが、昏倒しているようである。幸い息はしている。

「一体どういう……」

 そうつぶやいた時、後ろで声がした。

「大丈夫だよ、意識をなくしているだけだから」

 振り返ると立っていたのは少年――顔や背丈からすると14、5歳といったところである。髪はやや長く肩ほどまである。服は神職のように狩衣を着ている。手には、なにやら棒の先に紙がついたもの――御幣、と呼ぶと後で知ったが――を持っている。

「いったいどうして……」

「いきなり打ちかかってきたからね、そりゃあ反撃するさ。まったく、とんだ出迎えだよ。せっかく来てやったというのに。でもこんな弱っちい兵隊で大丈夫なの? 俺一人相手にこのザマだよ?」

「あなたは」みどりさんが尋ねる。「あなたは、もしかして、坂本太夫の」

「ああ、じいさまの言ってた人って、お姉さんか」

「招待したのは坂本太夫で、あなたではないはずですが」

「ああ、じいさまは別件で忙しい。なにせ三個旅団を相手にしているんだからね。かわりに孫の俺が名代で来たってわけさ」

「三個旅団を?」

 ああ、そういうわけでか。彼らが西からやってくる第50普通科連隊を食い止めていたおかげで、我々は東の敵を相手にできていたわけか。

「なるほど」みどりさんは言い、頭を下げた。「これはご無礼をしました。私のお願いを聞き入れて共に戦ってくれた人に打ちかかるなんて、申し訳ありません」

「いや、謝らなくてもいいよ。俺はかすり傷一つおってないし。それより朝早く起きて山を超えてきたんだ。すごく腹が減っているんだけど、なにか食べ物ないかな? ほら、いま育ち盛りでもあるし」

「木沢の政庁まで戻ればありますが」

「じゃあ早速行こうよ」

 そう言って二人は車の方へと歩き出した。

「そういえばお姉さんの名前、なんていうの? じいさまからは宮様としか聞かされなかったし」

「浅葱みどり、といいます。あなたは?」

「坂本龍樹」少年は答えた。「これでも太夫なんだぜ」

「あの~ちょっといいですか」私がおずおずと尋ねた。

「どうしましたか」みどりさんが振り向く。

「あの伸びちゃってるひとたち、どうしましょう」私は倒れている衛士を指さしていった。「そのままにはできないし……」

「あー」みどりさんはそう気の抜けた声を発しただけだった。

 結局私が薫御前に電話をかけ、代わりの兵隊を手配しなくてはならなかった。そして悪いのは勝手に打ちかかって自滅した警備兵らや、彼らを気絶させた坂本龍樹なのに、なぜか私がこっぴどく怒られるのであった。

                   

読み方:太夫たゆう

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