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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第4日 8月6日
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第49話 起床

 谷間に響き渡る、7時のサイレンで目が覚めた。

 もちろん目が覚めたと言っても起床と同義ではない。布団のなかでまどろんでいる。サイレンは1分少しで鳴り終わった。そこからもまだわたしがうとうとしていると、今度はもっと不快な音が廊下から聞こえてきた。鍋をカンカンと叩きながら各部屋を回っているのである。

 両耳を抑え布団に潜り込む。鍋の音は次第に近づいてくる。

 ノックもなくドアが開けられた。鍋がカンカンカンと耳元で連打される。これはたまらない。

「あーもううるさい!」

 私が布団を跳ね上げた。見ると枕元に立っていたのは大宮麗子嬢である。鍋とお玉を持っていた。

「起床時間。8時から朝礼と会議」彼女は顔色ひとつ変えずに言うと、部屋から出ていった。

幼女に急かされては仕方あるまい、と私は布団から這い出した。

洗面所で歯を磨いていると、後ろから斎部美嘉が姿を表した。

「おはようございます」関西アクセントで彼女はいった。

「おはよう」私は答えた。「昨日は大変だったな」

「まああの後は何事もあらへんかったようやし。放った式神も特になんも言うてこんかったしな。あんさんの部屋にも念のため式神おいとったけど、そのあとはなんもあらへんかったわ」

「そうか」とそこまで言ってはっとした。私の部屋に式神をおいていただって!?

「ええと、つまりあのあとしばらくは僕の部屋を観察していたということ?」

 それを聞いて美嘉はにやりとした。

「そうや。気配はあらへんかったけど、もう一体おったら嫌やから、うちがおらんようなった後も出て来んか見とったんや」

「ええと、それはつまり……」

 彼女はそれ以上何もいわない。艶めかしい目で私を見つめてくるばかりである。

 やばい。本当に心臓が張り裂けそうである。ドクンドクンと自分の鼓動が聞こえてくる。

 次の言葉が出てこず、その瞳を見つめ返すしかなかったそのとき、後ろから声がした。

「朝から何をしているんですか」

 はっと振り返る。いたのは、浅葱みどりさんであった。今日は僧衣を着ていない。ワイシャツにスラックスを履いている。私達二人を睨んでいる。

「これはこれは、宮様、おはようございます」美嘉が恭しく頭を下げて挨拶する。

「おはようございます」私も頭を下げた。

「おはようございます。昨日のこととはなんですか。昨晩何かあったんですか」みどりさんは詰問するように言いながら歩み寄る。

 しまった。聞かれていたようだ。このままでは3P……じゃなくて前門の虎、後門の狼である。

 いや待て、昨日夜あったのは『美嘉と一緒に酒を飲んだ』というだけだ。付け加えるなら式神が出た。それだけだ。彼女と二人で酒を飲んだとて、みどりさんに避難されるいわれはない。堂々とすればよいのだ、堂々と。

「いや、昨日の夜、一緒に酒を飲んだだけで……」

「一緒にお酒を?」みどりさんが眉間にシワを寄せた。「それはどういうことです?」

「ああ、今は戦争中ですから、酒なんてけしからんというのはわかりますが……」

「違います!」みどりさんは言った「神祇伯どのと一緒に、ということです」

 私はきょとんとした。

「いや、一緒にって、本当に一緒に酒を飲んだだけですよ。2日前の夜、宮様と一緒に飲んだように」

「私と飲んだ様に!?」みどりさんは赤面しながら声を荒げた。「そんな破廉恥な!」

 破廉恥なって……いくら男女とはいえ一緒に酒を飲んだだけで寝たのと同じにされてはたまらない。一緒に飲酒すればOKのサインなどと宣った阿呆が先帝の御代も終わる頃にもいたが、私はそんなケダモノフレンズではない。ましてや酒に薬品を混ぜるなど言語道断である。

「一体何が問題なんですか。一昨日も青柳さんと一緒に飲みましたが、別に問題などありませんでしたよ」

「少納言殿とも!?」目を泳がせながら、みどりさんは叫んだ。

みどりさんはふらつき卒倒しそうになる。

危ない、と抱きかかえようと手を差し伸べると、彼女はすんでのところで踏みとどまった。そして私の手を払い除け、返す刀で私の頬をビンダした。

「触らないでください! 汚らわしい!」

 私は呆然と立ち尽くすしかない。一昨日ビンダされたのは私に非があった。だが今回は私は何もしていないではないか。これはあまりに理不尽だ。

「ほんっとうに、あなたという人は!」

 みどりさんはそんな私の不満など一顧だにしない。怒りなのか何なのかわからないが、顔を真っ赤にそめて、そう言い捨ててから立ち去った。

 私はなにがなんだか理解できず、叩かれた左の頬を擦りながらゆっくりと隣の美嘉を見た。流石の美嘉も面食らっているようであり、目を丸くしている。

「あんた、いったいなにをやらかしたんや」彼女は言った。

「いや、というか、殴られる道理がわからない……」私はそう言うのがやっとだった。

「ここへ着たはじめの夜、宮様とおんなじ旅館に泊まったやろ。そのときなんかあったんか?」

「いや、何も。一緒に飲んだだけで……飲みすぎて最後の方は記憶が無いけど……」

 それを聞いて美嘉はなにか合点したような顔になった。

「ああ、そないなことか」彼女は言った。

「そないなこと、ってなんだ」私は聞く。

「あんたの悪い癖や。まあ飲み過ぎには注意することですわな」

「酔って駅前で朝鮮語で歌い出すお前に言われたくない……というか酔って僕が何をしたと」

「その記憶が無いんが問題や」彼女はいった。「酒は飲んでも飲まれるな、昔の人はええことおっしゃっとりますな。まあええ勉強にならはったんちゃいますか」

 そう言って彼女はにやりと笑った。

 私は天を仰いだ。天と言っても室内なので天井なのだが。

 ああ。私が何を悪いことしたというのか。酒を高スピードでたくさん飲むのがそんなに悪いことなのか。私が酒を飲んでいると、なぜか酒の量が意識しているより早く減る。おそらく蒸発してしまっているのだと思うが、それより早く飲まないともったいない。それに、早く酒を飲まないと、隣のやつ――特にこの美嘉であるが――に私の分まで飲まれてしまうのである。

 まったく、飲んでも飲まれないようにしないといけないものである。


 朝礼は太政官の政庁、つまり旧丹生谷村役場の村議会議場で行われた。

 村議会の議事堂は役場の2階にあった。正面中央の一段と高いところが議長席、その左右にいくらか理事席がある。これは村長や副村長、それから出納長や教育委員長など村の重役が座るとことである。国会中継を見たことある方ならわかると思うが、国会であれば大臣らが座っているところである。それと向かい合うようにして、議員の議席が並んでいる。

 これを太政官は転用していた。参議院のように議長席の後ろを更に高くして椅子を増設しており、そこが玉座であった。議長に選ばれていたのは権大納言である。摂政・左大臣である入道殿が村長席に座り、薫御前は副村長席を占めていた。その他太政官メンバーが理事席に腰を下ろしている。みどりさんや美嘉も座っている。

 そして議長席のすぐ前に書記席がある。ここには少納言兼内記の茅野さんが腰を下ろしていた。

 議長席の後ろには本来、市町村旗と国旗が掲げられている。さすがに日の丸はそのままであったが、市町村旗の代わりに赤地に揚羽蝶の幟が掲げられていた。

 その他、高官は議員席に座ることになる。私は近衛中将であるから、議員席の方を占めることになった。横を見ると、見知った顔もいれば知らない顔もいる。参謀面をしていた左衛門権佐・小野塚優花里も議員席に腰を下ろしていた。他には太政官入りをしていない大蔵卿や治部卿などがいた。

 朝礼は8時過ぎに始まった。ここで初めて顔を合わせるものもいるわけであり、上位者に失礼などがあってもいけないので、まずは出席者の簡単な紹介があった。官位と名前が上から順に読み上げられ、読み上げられたものはその場で礼をするか起立した。出席者は合計で20人足らずであった。

 さて、紹介が終わり本題に入ろうとしたところで、議長が主上を含め全員の起立を求めた。時計を見れば丁度8時15分。議長は1分間の黙祷をお願いします、と言った。

 黙祷が終わり、席につくと、次はまず昨日の戦果の報告が始まった。段取りではその後即位式直前の最終確認が行われるはずであった。

 議長の求めに応じて登壇したのは兵部卿のみどりさんであった。昨日の戦闘の結果、約30名の捕虜と3機のヘリコプターを鹵獲したことを発表している。そして本日の式典中の防衛体制について話をしようとしたとき、議場のドアが開き、一人駆け込んできた。

 その駆け込んできた人物はまっすぐ薫御前のところに行くと、何かを耳打ちした。それを聞いて薫御前は顔を歪めた。

 騒然とする議場内をよそに、薫御前はすっくと立ち上がった。そして議長の方を見た。

「非常事態です。朝議は一時中断です」

「何がありましたか?」議長である権大納言は聞き返す。

「侵入者です。四ツ足峠を超えて、何者かが侵入してきたと」

 四ツ足峠は丹生谷の西の端、高知県との県境に位置する山である。国道195号線はトンネルでその山を貫いている。

 そのトンネルは昨日爆破したはずだった。なのに何者かが侵入してくるとは。やはり内務省か。いや、普通に考えると高知県香南市に駐屯する陸自の第50普通科連隊だろう……

 そこまで考えてはっとした。そして右を見る。

 昨日、今日は自衛隊の攻勢はないと大言壮語していた参謀殿は、顔色一つ変えずに座っていた。登壇しているみどりさんと、そして薫御前が、鋭い視線を彼女に向けていた。


本日、過去話の青柳茅野の官位についての部分を書き直しています。当初は内記、後に少納言というふうに変えていますので、よろしくおねがいします。

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